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警察官青島の場合 2
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「ヤマさん…!一体…⁉︎」
青島は今の事態に理解が追いついていなかった。
同僚であり、先輩であり、相棒だったチョウさんの死。他部署の警察官からの取調べ。チョウさんの同期の先輩であるヤマさんの変貌。こういった非日常の出来事が立て続けに起こったのだ。青島の混乱はピークに達していた。
「夢だ…!これは悪い夢だ……!」
自身に言い聞かせるように誰にともなく独り言ちながら、青島は一歩また一歩と後ずさる。
「い……た……い……。い……た……い……。」
ヤマさんの姿をしたソレは、上体を仰け反らせてゆっくりと青島との間を詰めていく。まるで柳のように、ゆらゆらと身体を揺らしながら、ゆっくりと。
蒼白となった顔が振り子の如く左右に揺れて青島に近づいて来る。その両の眼は白眼の無い漆黒と化し、口からは得体の知れない緑の液体がダラダラと流されている。
「い……た……い……。い……た……い……。」
「く……来るな!来ないでくれ!ヤマさん!」
青島の訴えも虚しく、ソレは眼前まで迫ってきた。やがてその口を大きく開ける。底の見えない真っ暗なその中から、黒く細い髪の毛のような触手が伸びて、蔦のようにソレの顔全体を覆い始める。その時、青島は見た。その触手の伸びる元、得体の知れない何かがその口からゆっくりと這い出そうとしていた……。
「おい!うるさいぞ!何騒いでる!」
向こう側から怒声が聞こえる。
見ると先程取調べを受けた他署の警官が眉を吊り上げてこちらを睨んでいた。
「全くいいご身分だよな、お前らは!仕事もしないで遊んでられるなんてよ!」
嫌味を垂れながら警官が近づいてくる。その声に気づいたのか、ソレも警官に向かって振り向いた。
「あ?」
キョトンとする警官の顔を両手で掴み、そいつは何かを吐き出した。黒い大きなその何かはポカンと開けられた警官の口の中にスルリと入り込んでしまった。
「あ……!グ……!」
警官は途端に白目を剥いて苦しそうに痙攣を起こし始めた。一方のヤマさんだったモノは、糸の切れた人形の様にその場に力なく崩れ落ち、その後は身じろぎひとつしなくなった。
(あれは…やはりヤマさんじゃなかった。ヤマさんの中に何かが入り込んでヤマさんを操っていたんだ。それが無くなったから、ヤマさんを動かすモノがなくなって、ヤマさんは倒れてしまったのか……。)
青島はハッとした。このままだと、あの警官が今度はソイツの宿主になってこちらに襲いかかってくるのではないか?その時はあの警官の命も奪って……。
「いけねえ!」
青島は咄嗟に痙攣する警官を羽交い締めにして、その下腹部を渾身の力を込めて殴りつけた。
「吐き出せっ…!このっ……!」
二、三発殴りつけると、堪らず警官は先程の黒い塊を吐き出した。
それは一見すると人間の頭部に見えた。整った顔立ちの少女が虚ろな目で虚空を見つめている。警官の胃液にまみれたそれは、無機質な、まるで作り物のようなものでありながら、一方でその周りを髪の毛のようなモノが蠢いて、あたかも生物のような印象も受ける。
「なんだ。これは……。」
呆気にとられる青島。すると、その少女の眼球がギョロリと青島を見据える。
『い……た……い……。くる……しい……。』
頭に響くような悍ましい声が聞こえたかと思うと、その少女の頭は、自身の髪の毛を動かしてまた警官の口の中に戻ろうとする。
「させるか!」
青島はその少女の頭を踏みつけてその動きを止めた。ヌチャリ、と嫌な感蝕を感じながらも青島は何度も何度も踏みつけた。
(こいつが……ヤマさんを殺した。そしておそらくチョウさんも……。今回の事件の元凶はきっとのこいつに違いない。)
『い……た……い……。や……め……て……。』
「やめて……だと……?」
少女の言葉に、青島の表情が少しずつ変わり始めた。
うろたえるだけだった目はカッと見開かれた眼差しに。震えていた口元は、キュッと固く一文字に結ばれた。
「おまえがそのセリフを言えるのか!ヤマさんを、チョウさんを殺したお前に!」
踏みつける足に力がこもる。一発、一発踏みつける毎に、少女の頭は砕けていく。
『い……た……い……。や……め……て……。』
「やかましい!ヤマさんを返せ!チョウさんを返せ!皆んなを…皆んなの命を返せ!ちくしょう!」
青島は少女の頭を思い切り蹴飛ばした。少女の頭は壁にぶつかり、潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃになった後、ピクリとも動かなくなった。
「やったか……!?死んだのか……?」
少女の頭に駆け寄ると、それはもう虫の息のようだった。
「やった……!これで仇がとれました……!チョウさん……!ヤマさん……!」
全てに決着が着いたと確信して、感極まる青島の真下で、少女が最期の断末魔の声を上げる。
『たす……けて……。み……り……あ……。』
「……ミリア?」
その声を最後に、少女の頭はドロドロと溶け始めついには跡形もなくなってしまった。
(こいつはミリアに助けを求めた……。ということは、こいつはミリアじゃないのか?まだ…終わってない、ってことなのか……?)
青島の胸中に、一抹の不安がよぎる……。
青島は今の事態に理解が追いついていなかった。
同僚であり、先輩であり、相棒だったチョウさんの死。他部署の警察官からの取調べ。チョウさんの同期の先輩であるヤマさんの変貌。こういった非日常の出来事が立て続けに起こったのだ。青島の混乱はピークに達していた。
「夢だ…!これは悪い夢だ……!」
自身に言い聞かせるように誰にともなく独り言ちながら、青島は一歩また一歩と後ずさる。
「い……た……い……。い……た……い……。」
ヤマさんの姿をしたソレは、上体を仰け反らせてゆっくりと青島との間を詰めていく。まるで柳のように、ゆらゆらと身体を揺らしながら、ゆっくりと。
蒼白となった顔が振り子の如く左右に揺れて青島に近づいて来る。その両の眼は白眼の無い漆黒と化し、口からは得体の知れない緑の液体がダラダラと流されている。
「い……た……い……。い……た……い……。」
「く……来るな!来ないでくれ!ヤマさん!」
青島の訴えも虚しく、ソレは眼前まで迫ってきた。やがてその口を大きく開ける。底の見えない真っ暗なその中から、黒く細い髪の毛のような触手が伸びて、蔦のようにソレの顔全体を覆い始める。その時、青島は見た。その触手の伸びる元、得体の知れない何かがその口からゆっくりと這い出そうとしていた……。
「おい!うるさいぞ!何騒いでる!」
向こう側から怒声が聞こえる。
見ると先程取調べを受けた他署の警官が眉を吊り上げてこちらを睨んでいた。
「全くいいご身分だよな、お前らは!仕事もしないで遊んでられるなんてよ!」
嫌味を垂れながら警官が近づいてくる。その声に気づいたのか、ソレも警官に向かって振り向いた。
「あ?」
キョトンとする警官の顔を両手で掴み、そいつは何かを吐き出した。黒い大きなその何かはポカンと開けられた警官の口の中にスルリと入り込んでしまった。
「あ……!グ……!」
警官は途端に白目を剥いて苦しそうに痙攣を起こし始めた。一方のヤマさんだったモノは、糸の切れた人形の様にその場に力なく崩れ落ち、その後は身じろぎひとつしなくなった。
(あれは…やはりヤマさんじゃなかった。ヤマさんの中に何かが入り込んでヤマさんを操っていたんだ。それが無くなったから、ヤマさんを動かすモノがなくなって、ヤマさんは倒れてしまったのか……。)
青島はハッとした。このままだと、あの警官が今度はソイツの宿主になってこちらに襲いかかってくるのではないか?その時はあの警官の命も奪って……。
「いけねえ!」
青島は咄嗟に痙攣する警官を羽交い締めにして、その下腹部を渾身の力を込めて殴りつけた。
「吐き出せっ…!このっ……!」
二、三発殴りつけると、堪らず警官は先程の黒い塊を吐き出した。
それは一見すると人間の頭部に見えた。整った顔立ちの少女が虚ろな目で虚空を見つめている。警官の胃液にまみれたそれは、無機質な、まるで作り物のようなものでありながら、一方でその周りを髪の毛のようなモノが蠢いて、あたかも生物のような印象も受ける。
「なんだ。これは……。」
呆気にとられる青島。すると、その少女の眼球がギョロリと青島を見据える。
『い……た……い……。くる……しい……。』
頭に響くような悍ましい声が聞こえたかと思うと、その少女の頭は、自身の髪の毛を動かしてまた警官の口の中に戻ろうとする。
「させるか!」
青島はその少女の頭を踏みつけてその動きを止めた。ヌチャリ、と嫌な感蝕を感じながらも青島は何度も何度も踏みつけた。
(こいつが……ヤマさんを殺した。そしておそらくチョウさんも……。今回の事件の元凶はきっとのこいつに違いない。)
『い……た……い……。や……め……て……。』
「やめて……だと……?」
少女の言葉に、青島の表情が少しずつ変わり始めた。
うろたえるだけだった目はカッと見開かれた眼差しに。震えていた口元は、キュッと固く一文字に結ばれた。
「おまえがそのセリフを言えるのか!ヤマさんを、チョウさんを殺したお前に!」
踏みつける足に力がこもる。一発、一発踏みつける毎に、少女の頭は砕けていく。
『い……た……い……。や……め……て……。』
「やかましい!ヤマさんを返せ!チョウさんを返せ!皆んなを…皆んなの命を返せ!ちくしょう!」
青島は少女の頭を思い切り蹴飛ばした。少女の頭は壁にぶつかり、潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃになった後、ピクリとも動かなくなった。
「やったか……!?死んだのか……?」
少女の頭に駆け寄ると、それはもう虫の息のようだった。
「やった……!これで仇がとれました……!チョウさん……!ヤマさん……!」
全てに決着が着いたと確信して、感極まる青島の真下で、少女が最期の断末魔の声を上げる。
『たす……けて……。み……り……あ……。』
「……ミリア?」
その声を最後に、少女の頭はドロドロと溶け始めついには跡形もなくなってしまった。
(こいつはミリアに助けを求めた……。ということは、こいつはミリアじゃないのか?まだ…終わってない、ってことなのか……?)
青島の胸中に、一抹の不安がよぎる……。
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