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警察官チョウさんの場合
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都内警察署にて……。
ベテラン刑事であるチョウさんとその相方青島は、今回起きた不可解な事件に頭を抱えていた。
「ふ~~む……。一体全体、何なんだろうな。この事件は。」
先刻知らせを受けて現場を見た二人。その殺人現場の写真は、今まで見た中でも異様な光景だった。
絞殺された男性の遺体ともう一つの遺体……。髪の毛で全身をがんじがらめにされ、両眼を抉られて殺されながらも、その上で笑いを浮かべているその遺体は、一際異彩を放っていた。
その異様さは、長年刑事をやってかたチョウさんですら吐き気を催す程であった。
「……ま、とりあえずもう一度事件について確認してみるか。おい。青島ぁ。」
「はいっ!チョウさん!」
新人刑事、青島はささっと手帳を取り出し事件の概要を説明し始めた。
「被害者はこのアパートの住人、井口とその会社の同僚の2名。同僚の死因は絞殺による窒息死。首からは井口本人の指紋が残されているため、井口が殺したものとみて間違いなさそうです。」
「ふむ……。その殺された同僚はなぜこのアパートに来たんだっけか。」
「はい。殺された当日、井口は会社を休んでいたそうで、ガイシャはその安否を確かめるためにこの部屋に来たようです。」
「ふむ……。」チョウさんは腕を組んでますます考え込む。「ま、こいつはまだいいとしよう。問題は……。」
チョウさんは井口の遺体へ目を移した。
「こいつだ。この井口って男がとにかく不可解だ。」
「井口ですね……。えーと、この被害者は見ての通り、両眼を何者かにえぐられた状態で発見されました。直接の死因は心臓麻痺によるショック死……。」
「そう。そこだ。まずそこが解せんのだ。どうしてこの井口はショック死したのか。」
「……と、言いますと?」
「井口の家に来た同僚。こいつは井口に絞め殺された。つまり井口は同僚を絞め殺した後、ショック死したことになる。」
「ええ。」
「どう考えてもおかしいだろ。てめえが人殺した後に心臓麻痺で死ぬなんざ……。」
「そうっすね……。」
チョウさんはまた再び井口の遺体の写真に目を移した。
「……加えてこの表情だ。目をほじくられてショック死したとしても、そんな奴がこんな嬉しそうに笑いながら死ぬかね?」
チョウさんはそう言って遺体写真をコツコツと叩く。写真の中の井口は、恍惚とした歪な笑いを浮かべていた。
「……そうっすよね。それがまた気味が悪いというか、理解できない心境っすね……。」
「……まあ、同僚を殺したくらいだ。多少気が狂っていたんだろう。しかし……。」
チョウさんはまた別の写真を取り出す。今度は遺体の全身が写った写真だ。遺体には全身に渡って髪の毛が蔦状に絡みついていた。
「問題はこの髪の毛だ。こいつは一体なんなんだ。なんだってこんなに大量に絡みついてやがるんだ。」
「分かりません。しかしどうやは犯人はこの髪の毛で井口をとんでもない力で締め上げたみたいです。井口の遺体の全身の骨が折れていたそうっすよ。」
「ほお……。」
チョウさんは青島の報告に目を細めた。
「するとこういうことか。井口は同僚を殺した後、何者かに髪の毛で全身を締め上げられ、目を抉られて殺された。しかも笑いながら。」
「そう……なりますね。」
「……なんとも。」チョウさんはタバコに火をつけ、一口吸った後大きく煙を吐き出した。「けったくそ悪い事件だな。おい。」
チョウさんはひとしきりタバコをふかした後、それを灰皿に押し当て火を消した。
「…そんで、井口の当日の様子は何か分かったか。」
「あ、はい!井口は死亡当日、体調不良で休んでいたそうです。なんでも“ミリア”と名乗る女性から電話があったそうで。」
「“ミリア”……。何もんだ。そいつは。」
「井口の彼女らしい、といううわさです。でも誰もその姿を見ていません。井口のアパートの周辺の住民にも聞いて回ったんですが、井口宅から女性が出入りしたのは見たことがないそうで、実在するかも怪しい人物です。」
「……しかし、実際会社にはその女が電話をかけてきた。」
「ええ。井口宅にも女物の服も見つかっています。この“ミリア”という女が同居していた可能性は高いと思います。」
「ふむ……。」
しばし考えた末、チョウさんは顔を上げた。
「よし。じゃあその“ミリア”とやらを追ってみよう。お前、ひとっ走り現場まで行って聞き込みしといてくれ。」
「了解しました!」
青島はビシッと敬礼をして現場に向かって駆け出していった。走り去っていく足取りは力強く、有り余る若さを解き放っていた。
そんな青島の背中を眺めながら、チョウさんはまた一服タバコをふかしていた。
「ぼちぼち、世代交代……か。」
チョウさんはまもなく定年間近。今回の事件が最後になると上から言われていた。
「よりによってこんな仕事を振られるとはよ。全く、俺も青島運がねえ。」
チョウさんは苦笑しながらタバコをふかして、ふと窓側に目をやる。そこには見覚えのない、小さなフランス人形がチョコンと座っていた。
「あん?なんだコリャ。」
チョウさんがその人形をつまみあげると、一人の婦警が近づいてきた。
「あ、チョウさん。その人形、署の近くで拾ったんです。で、可愛いからここに飾ってて。」
「おいおい。警察官が拾得物を私物化してどうすんだ。」
「いいじゃないですかぁ~。持ち主が見つかるまでのちょっとの間だけですからぁ~。」
「ダメだ。ダメだ。とっとと下げといてくれ。……全く、こんな気味悪い人形、よく置こうと思ったな……。」
「はぁい……。わかりましたぁ……。」
ブツブツといいながら出て行くチョウさんを尻目に、婦警は人形に話しかけ始めた。
「……酷いわ。チョウさんたら。こんな可愛いお人形を、“気味悪い”だなんて……。」
そう言いながら、婦警は人形の髪を整える。
「ねえ。ミリアちゃん。」
“ミリア”と呼びかけられたその人形は、ギョロギョロと目玉をあべこべに動かし、婦警に応えた。
「わたし……あのおじいさん嫌いだわ。ミリアのこと、気味悪いだなんて……。」
「ごめんねぇ~。ミリアちゃん。あの人口やかましいジジイでみんな嫌ってるのよ。」
「ふ~ん……。みんな嫌ってるんだ……。」
……ミリアの目がまた漆黒く、昏く色を失っていく。
それに呼応するように、婦警の目も色を失っていく……。
「じゃあ、そんな人はもう、いらないわよねえ……。」
ベテラン刑事であるチョウさんとその相方青島は、今回起きた不可解な事件に頭を抱えていた。
「ふ~~む……。一体全体、何なんだろうな。この事件は。」
先刻知らせを受けて現場を見た二人。その殺人現場の写真は、今まで見た中でも異様な光景だった。
絞殺された男性の遺体ともう一つの遺体……。髪の毛で全身をがんじがらめにされ、両眼を抉られて殺されながらも、その上で笑いを浮かべているその遺体は、一際異彩を放っていた。
その異様さは、長年刑事をやってかたチョウさんですら吐き気を催す程であった。
「……ま、とりあえずもう一度事件について確認してみるか。おい。青島ぁ。」
「はいっ!チョウさん!」
新人刑事、青島はささっと手帳を取り出し事件の概要を説明し始めた。
「被害者はこのアパートの住人、井口とその会社の同僚の2名。同僚の死因は絞殺による窒息死。首からは井口本人の指紋が残されているため、井口が殺したものとみて間違いなさそうです。」
「ふむ……。その殺された同僚はなぜこのアパートに来たんだっけか。」
「はい。殺された当日、井口は会社を休んでいたそうで、ガイシャはその安否を確かめるためにこの部屋に来たようです。」
「ふむ……。」チョウさんは腕を組んでますます考え込む。「ま、こいつはまだいいとしよう。問題は……。」
チョウさんは井口の遺体へ目を移した。
「こいつだ。この井口って男がとにかく不可解だ。」
「井口ですね……。えーと、この被害者は見ての通り、両眼を何者かにえぐられた状態で発見されました。直接の死因は心臓麻痺によるショック死……。」
「そう。そこだ。まずそこが解せんのだ。どうしてこの井口はショック死したのか。」
「……と、言いますと?」
「井口の家に来た同僚。こいつは井口に絞め殺された。つまり井口は同僚を絞め殺した後、ショック死したことになる。」
「ええ。」
「どう考えてもおかしいだろ。てめえが人殺した後に心臓麻痺で死ぬなんざ……。」
「そうっすね……。」
チョウさんはまた再び井口の遺体の写真に目を移した。
「……加えてこの表情だ。目をほじくられてショック死したとしても、そんな奴がこんな嬉しそうに笑いながら死ぬかね?」
チョウさんはそう言って遺体写真をコツコツと叩く。写真の中の井口は、恍惚とした歪な笑いを浮かべていた。
「……そうっすよね。それがまた気味が悪いというか、理解できない心境っすね……。」
「……まあ、同僚を殺したくらいだ。多少気が狂っていたんだろう。しかし……。」
チョウさんはまた別の写真を取り出す。今度は遺体の全身が写った写真だ。遺体には全身に渡って髪の毛が蔦状に絡みついていた。
「問題はこの髪の毛だ。こいつは一体なんなんだ。なんだってこんなに大量に絡みついてやがるんだ。」
「分かりません。しかしどうやは犯人はこの髪の毛で井口をとんでもない力で締め上げたみたいです。井口の遺体の全身の骨が折れていたそうっすよ。」
「ほお……。」
チョウさんは青島の報告に目を細めた。
「するとこういうことか。井口は同僚を殺した後、何者かに髪の毛で全身を締め上げられ、目を抉られて殺された。しかも笑いながら。」
「そう……なりますね。」
「……なんとも。」チョウさんはタバコに火をつけ、一口吸った後大きく煙を吐き出した。「けったくそ悪い事件だな。おい。」
チョウさんはひとしきりタバコをふかした後、それを灰皿に押し当て火を消した。
「…そんで、井口の当日の様子は何か分かったか。」
「あ、はい!井口は死亡当日、体調不良で休んでいたそうです。なんでも“ミリア”と名乗る女性から電話があったそうで。」
「“ミリア”……。何もんだ。そいつは。」
「井口の彼女らしい、といううわさです。でも誰もその姿を見ていません。井口のアパートの周辺の住民にも聞いて回ったんですが、井口宅から女性が出入りしたのは見たことがないそうで、実在するかも怪しい人物です。」
「……しかし、実際会社にはその女が電話をかけてきた。」
「ええ。井口宅にも女物の服も見つかっています。この“ミリア”という女が同居していた可能性は高いと思います。」
「ふむ……。」
しばし考えた末、チョウさんは顔を上げた。
「よし。じゃあその“ミリア”とやらを追ってみよう。お前、ひとっ走り現場まで行って聞き込みしといてくれ。」
「了解しました!」
青島はビシッと敬礼をして現場に向かって駆け出していった。走り去っていく足取りは力強く、有り余る若さを解き放っていた。
そんな青島の背中を眺めながら、チョウさんはまた一服タバコをふかしていた。
「ぼちぼち、世代交代……か。」
チョウさんはまもなく定年間近。今回の事件が最後になると上から言われていた。
「よりによってこんな仕事を振られるとはよ。全く、俺も青島運がねえ。」
チョウさんは苦笑しながらタバコをふかして、ふと窓側に目をやる。そこには見覚えのない、小さなフランス人形がチョコンと座っていた。
「あん?なんだコリャ。」
チョウさんがその人形をつまみあげると、一人の婦警が近づいてきた。
「あ、チョウさん。その人形、署の近くで拾ったんです。で、可愛いからここに飾ってて。」
「おいおい。警察官が拾得物を私物化してどうすんだ。」
「いいじゃないですかぁ~。持ち主が見つかるまでのちょっとの間だけですからぁ~。」
「ダメだ。ダメだ。とっとと下げといてくれ。……全く、こんな気味悪い人形、よく置こうと思ったな……。」
「はぁい……。わかりましたぁ……。」
ブツブツといいながら出て行くチョウさんを尻目に、婦警は人形に話しかけ始めた。
「……酷いわ。チョウさんたら。こんな可愛いお人形を、“気味悪い”だなんて……。」
そう言いながら、婦警は人形の髪を整える。
「ねえ。ミリアちゃん。」
“ミリア”と呼びかけられたその人形は、ギョロギョロと目玉をあべこべに動かし、婦警に応えた。
「わたし……あのおじいさん嫌いだわ。ミリアのこと、気味悪いだなんて……。」
「ごめんねぇ~。ミリアちゃん。あの人口やかましいジジイでみんな嫌ってるのよ。」
「ふ~ん……。みんな嫌ってるんだ……。」
……ミリアの目がまた漆黒く、昏く色を失っていく。
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「じゃあ、そんな人はもう、いらないわよねえ……。」
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