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大学生須藤の場合 1
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須藤は大学一年生。
新生活に胸躍らせていたのは始めの数ヶ月の話で、今はただ孤独に耐えるだけの苦学生であった。
もともと人付き合いが苦手な彼には大学でも友達は作れず、アルバイトも長続きしなかった。大学に行っても辛いだけ、という理由で授業にも出席せず、ただひたすら引きこもり生活をダラダラと過ごしていたのだった。
そんな彼にも楽しみはあった。深夜の時間帯のいつものコンビニに入ることだ。…というより、目的はまた別にあるのだが。
「いらっしゃいませ~!」
深夜の時間だというのに明るい接客に眩しいくらいの笑顔…。そんな従業員の彼女に、彼は惹かれていた。この時間のコンビニに行って彼女に会うこと……。それが今の彼の唯一の楽しみであった。
……といっても、話し下手な彼には彼女を口説くような度胸はない。せいぜい話すことといったら……。
「お、おおおにぎり、あ、あああ、あっためて、くくくださ……!」
「あ、はい。あっためですね~!」
この程度である。
「ありがとうございました~!」
たどたどしい須藤の会話にも変わらぬ様子で明るく接客してくれる彼女。そんな彼女に心惹かれながらも、須藤はまともに話すことすらできない自分が情けなかった。
「……はあ……。」
虚しい想いがため息となって吐き出される。
一体何日めだろうか。今日こそは彼女と話すんだ、と思いながら結局ろくに会話もできずに家路につく。そんな毎日を須藤はこの数ヶ月繰り返していた。
彼女と話したい。そう思いながらも、心のどこかで、そんなことをしても迷惑なんじゃないか?どうせ自分なんて……、と卑屈な想いに駆られ、結局踏み込めない。須藤はそんな自分にほとほと嫌気がさしはじめていた……。
「……遊びましょ……。」
……不意に、幼い女の子の声が聞こえてきた。
「……え?」
須藤は戸惑い、あたりを見渡した。今は深夜2時である。小さな女の子がうろつくような時間ではない。実際、辺りを見渡しても人影一つなかった。
「……気のせいか。」
そう思い立ち去ろうとした時、須藤の視界の隅にあるものが映った。
それは一体のフランス人形だった。
大きさは3歳児ほどと大きく、遠目からでも美しいブロンドの髪とブルーの瞳が特徴的であった。
須藤は思わずその人形に駆け寄った。道端に打ち捨てられたその人形はあちこちがほこりまみれだった。
「かわいそうに……。一体だれが捨てたんだろう。」
須藤はその人形を拾い上げ、顔の煤を取ってやった。するとどうだろう。人形は美しい顔立ちがよりはっきりとなり、まるで生きているような妖しさをはなち始めるではないか。
「……美しい……。」
うっとりするような人形の美しさに思わず、須藤は声を漏らしてしまった。
「………ありがとう………。」
「⁉︎」
またしても少女の声が聞こえた。
見回しても声の主はいない。……不思議な声だった。まるで頭の中に響くかのような……。
「……どこを見ているの……?私はここよ……。」
「ま、まさか……。」
須藤は恐る恐る持っている人形に目を落とした。すると人形のガラス玉のような眼球がギョロリと須藤へ焦点を合わせた。
「ヒッ……!」
彼は思わず身を震わせ、声を上げてしまった。そして理解した。先程から自分に語りかけていたのはこの人形だったのだと。
戦慄する須藤に、人形は無表情のまま語りかける。
「うふふ……。そんなに怯えなくてもいいわ。私はおにいさんみたいに優しい人、好きよ。」
「や…優しい……?」
「ええ。あなた、私の汚れた顔を拭いてくれたもの。優しいわ。私はミリアっていうの。よろしくね。」
「う…うん。よろしく……。」
喋る人形には敵意はないらしい。そう思うと須藤はいささか安堵した。なにより優しいなどと言われたのだ。人形とはいえ女性にそう言われると、須藤はまんざら悪い気はしなかった。
ミリア、と名乗った人形はまた須藤に語りかけてきた。
「あなた、何か悩んでるみたいね。」
「え……?わ、わかるのかい?」
「もちろんよ。あなた、浮かない顔してるもの。」
「あ、はは……。情けないな。人形にまで見透かされるなんて。」
「人形じゃない。ミリアよ。」
「ああ、ごめん。ええと……ミリア。」
「うふふ。ありがと。よかったらミリアがあなたの悩みを聞いてあげようか?力になるわよ。」
「え……?でも……。」
「いいじゃない。笑ったりなんかしないわ。それに悩みなんて、人に打ち明けたら半分解決するものよ。さ、言ってみて。」
「う、うん……。」
言われるがままに、須藤はミリアに自分の悩みを打ち明けた。この近くのコンビニにいるアルバイトの女の子に恋していること、そんな彼女に声をかけられないでいることをありのままに……。
須藤はそんな悩みを、虚ろな瞳をした無表情なままのミリアに語り続けた。
「……というわけなんだ。いや、ほんと恥ずかしい話なんだけど……。」
「いいえ。何も恥ずかしくなんかないわ。好きな人に想いを告げられないだなんて、よくある話よ。」
「そ、そうかな……。」
「こういう場合はね。強気でいかなきゃダメなの。“あの子は俺の物”ってつもりでいかなきゃ。」
「そ、そんなことできないよ……。」
「そんな弱気じゃだめ。自分に言い聞かせるのよ。“あの子は俺の物”って。大丈夫。あなたならできる……。」
「……僕ならできる……。」
……いつのまにか、ブルーだったミリアの両眼は禍々しい赤黒に染まっていた。そして須藤の両眼も、黒い靄がドロリと溶け出して曇りはじめていた。
「……僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできるあの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物……。」
……さあ、遊びましょ……
新生活に胸躍らせていたのは始めの数ヶ月の話で、今はただ孤独に耐えるだけの苦学生であった。
もともと人付き合いが苦手な彼には大学でも友達は作れず、アルバイトも長続きしなかった。大学に行っても辛いだけ、という理由で授業にも出席せず、ただひたすら引きこもり生活をダラダラと過ごしていたのだった。
そんな彼にも楽しみはあった。深夜の時間帯のいつものコンビニに入ることだ。…というより、目的はまた別にあるのだが。
「いらっしゃいませ~!」
深夜の時間だというのに明るい接客に眩しいくらいの笑顔…。そんな従業員の彼女に、彼は惹かれていた。この時間のコンビニに行って彼女に会うこと……。それが今の彼の唯一の楽しみであった。
……といっても、話し下手な彼には彼女を口説くような度胸はない。せいぜい話すことといったら……。
「お、おおおにぎり、あ、あああ、あっためて、くくくださ……!」
「あ、はい。あっためですね~!」
この程度である。
「ありがとうございました~!」
たどたどしい須藤の会話にも変わらぬ様子で明るく接客してくれる彼女。そんな彼女に心惹かれながらも、須藤はまともに話すことすらできない自分が情けなかった。
「……はあ……。」
虚しい想いがため息となって吐き出される。
一体何日めだろうか。今日こそは彼女と話すんだ、と思いながら結局ろくに会話もできずに家路につく。そんな毎日を須藤はこの数ヶ月繰り返していた。
彼女と話したい。そう思いながらも、心のどこかで、そんなことをしても迷惑なんじゃないか?どうせ自分なんて……、と卑屈な想いに駆られ、結局踏み込めない。須藤はそんな自分にほとほと嫌気がさしはじめていた……。
「……遊びましょ……。」
……不意に、幼い女の子の声が聞こえてきた。
「……え?」
須藤は戸惑い、あたりを見渡した。今は深夜2時である。小さな女の子がうろつくような時間ではない。実際、辺りを見渡しても人影一つなかった。
「……気のせいか。」
そう思い立ち去ろうとした時、須藤の視界の隅にあるものが映った。
それは一体のフランス人形だった。
大きさは3歳児ほどと大きく、遠目からでも美しいブロンドの髪とブルーの瞳が特徴的であった。
須藤は思わずその人形に駆け寄った。道端に打ち捨てられたその人形はあちこちがほこりまみれだった。
「かわいそうに……。一体だれが捨てたんだろう。」
須藤はその人形を拾い上げ、顔の煤を取ってやった。するとどうだろう。人形は美しい顔立ちがよりはっきりとなり、まるで生きているような妖しさをはなち始めるではないか。
「……美しい……。」
うっとりするような人形の美しさに思わず、須藤は声を漏らしてしまった。
「………ありがとう………。」
「⁉︎」
またしても少女の声が聞こえた。
見回しても声の主はいない。……不思議な声だった。まるで頭の中に響くかのような……。
「……どこを見ているの……?私はここよ……。」
「ま、まさか……。」
須藤は恐る恐る持っている人形に目を落とした。すると人形のガラス玉のような眼球がギョロリと須藤へ焦点を合わせた。
「ヒッ……!」
彼は思わず身を震わせ、声を上げてしまった。そして理解した。先程から自分に語りかけていたのはこの人形だったのだと。
戦慄する須藤に、人形は無表情のまま語りかける。
「うふふ……。そんなに怯えなくてもいいわ。私はおにいさんみたいに優しい人、好きよ。」
「や…優しい……?」
「ええ。あなた、私の汚れた顔を拭いてくれたもの。優しいわ。私はミリアっていうの。よろしくね。」
「う…うん。よろしく……。」
喋る人形には敵意はないらしい。そう思うと須藤はいささか安堵した。なにより優しいなどと言われたのだ。人形とはいえ女性にそう言われると、須藤はまんざら悪い気はしなかった。
ミリア、と名乗った人形はまた須藤に語りかけてきた。
「あなた、何か悩んでるみたいね。」
「え……?わ、わかるのかい?」
「もちろんよ。あなた、浮かない顔してるもの。」
「あ、はは……。情けないな。人形にまで見透かされるなんて。」
「人形じゃない。ミリアよ。」
「ああ、ごめん。ええと……ミリア。」
「うふふ。ありがと。よかったらミリアがあなたの悩みを聞いてあげようか?力になるわよ。」
「え……?でも……。」
「いいじゃない。笑ったりなんかしないわ。それに悩みなんて、人に打ち明けたら半分解決するものよ。さ、言ってみて。」
「う、うん……。」
言われるがままに、須藤はミリアに自分の悩みを打ち明けた。この近くのコンビニにいるアルバイトの女の子に恋していること、そんな彼女に声をかけられないでいることをありのままに……。
須藤はそんな悩みを、虚ろな瞳をした無表情なままのミリアに語り続けた。
「……というわけなんだ。いや、ほんと恥ずかしい話なんだけど……。」
「いいえ。何も恥ずかしくなんかないわ。好きな人に想いを告げられないだなんて、よくある話よ。」
「そ、そうかな……。」
「こういう場合はね。強気でいかなきゃダメなの。“あの子は俺の物”ってつもりでいかなきゃ。」
「そ、そんなことできないよ……。」
「そんな弱気じゃだめ。自分に言い聞かせるのよ。“あの子は俺の物”って。大丈夫。あなたならできる……。」
「……僕ならできる……。」
……いつのまにか、ブルーだったミリアの両眼は禍々しい赤黒に染まっていた。そして須藤の両眼も、黒い靄がドロリと溶け出して曇りはじめていた。
「……僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできる僕ならできるあの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物あの子は俺の物……。」
……さあ、遊びましょ……
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