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《体験談》猫の涙
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皆さんはペットに感情があると思うことはあるだろうか。
私は猫が好きで、よく猫カフェに通っている。
猫という生き物も、感情表現が豊かで愛らしい生き物だ。
例えば嬉しかったり興奮したりすると、尻尾をピンと立てる。
怯えている時は耳を俗に「イカ耳」と呼ばれるような形にたたみ、瞳孔の黒い部分が大きくなる。
イライラしている時は尻尾をブンブンと振る…など、人間のように表情はないが、自分の気分を彼らなりに我々に伝えてくれる。
私が通っている猫カフェにいた猫にも、そんな1匹がいた。
正直私のその猫の第一印象はあまり良い物ではなかった。身体はガリガリに痩せ細り、肋が浮き出ていて、猫というより犬のような面をした不気味なヤツ。それが初めて会った時の彼の印象だった。
しかし基本的には大人しく人懐こいが、一度チュールが出ると、我先に食いにいく食い意地が張ったヤツだった。人の膝に乗るのが好きで、私に初めて乗って来た猫も彼だった。
頭を撫でてやると気持ち良さげに目を細め、顎下などは特に気持ちいいのか、ノドをゴロゴロと鳴らしていた。
そんな彼は生まれつき病弱で猫風邪をよく患い、一度里親に出されたが「吐くから」という理由で猫カフェに戻された悲しい経歴がある。そして私が会った頃には腎臓を患っていた。定期的に点滴が必要で、そんなストレスの影響か、身体の一部がはげてしまっていた。
とはいえ、本人はそんなことなどなんのそのと、お客さんのひざ上にジャンプで飛び乗り、おもちゃにも若い猫に混じって元気に遊んでいた。そんな姿が私は気に入り、いつの間にか彼を見にいくのが目的でその猫カフェに通うようになった。
そんなある日のことだった。
「あの子が…もうダメかもわからないです。」
猫カフェの店主がそう告げた。
毎日の点滴と投薬で治療をしてきたが、もうごまかしが効かない状態になってしまったのだ。
その話を聞いてからも、いや話を聞いたからか、私は余計にその猫カフェに通うようになり、彼の様子を見てきた。だが彼は、見にいくたびに衰弱しているのが明らかだった。
常に猫用のベッドで寝たきりで、起き上がることもままならない。あんなに好きだったチュールも食べようとせず、水を飲むこともできなかった。
治療して治るならそれに越したことはない。だが、目の前のほとんど骨と皮になってしまった、の痛々しい姿を見てしまうと、そんなことならもういっそのこと楽にしてあげた方がいいんじゃないかとも思えてしまう。
それほど、彼は弱り切っていた。
その猫の死が近いと分かってから、多くの人たちがやってきた。
かつてその猫を預かっていた別の猫カフェの店主や古くからその猫を知る常連達。皆一様に彼ヘ思い思いの言葉をかけてゆく。
彼はそれほどに多くの人に愛されていたのだ、と実感した瞬間だった。
そうして何日かたったある日、その日も店主は彼に点滴を施していたのだが、突然彼がスクッと起き上がり歩き始めた。
もうほとんど起き上がるのも困難だというのに、ヒョコヒョコと歩き始めたのだ。
私は彼が心配で彼の後を追った。すると、なんと天井裏に続く階段を登ろうとするではないか。
驚くと同時に私はその時確かに見た。の目に、大粒の涙が湛えらているのを。
そうして、天井裏まで登った彼は、人目につかない奥の方で眠ってしまった。猫は死期を悟ると、誰にも見つからないところでひっそりと死ぬという。彼なりに、何かを感じ取ったのだろう。でも…。
「そこでいいのかい?そんな寂しいところでひとりぼっちでいいのかい?」
彼は答えず、いつものように目を細めて笑っているように見えた。
通常、猫は涙を流さないとされている。
だが、私は確かに見たのだ。猫が涙を流す瞬間を。あの涙は、私を含めた彼のために集まった人や、そのカフェにいる猫たちに「ありがとう」という彼の感謝の思いがあったのではないか。
非科学的と思われるかもしれないが、あの涙を間近で見た私には、どうしてもそう思えてならないのである。
翌週の火曜日。
彼は亡くなったらしい。
幾つもの思い出を遺して、今はお骨として祀られている。
彼の思い出の中に、私は残ることが出来ただろうか。
この場を借りて、彼に別れを言いたい。
今までありがとう。
そして、さようなら。
私は猫が好きで、よく猫カフェに通っている。
猫という生き物も、感情表現が豊かで愛らしい生き物だ。
例えば嬉しかったり興奮したりすると、尻尾をピンと立てる。
怯えている時は耳を俗に「イカ耳」と呼ばれるような形にたたみ、瞳孔の黒い部分が大きくなる。
イライラしている時は尻尾をブンブンと振る…など、人間のように表情はないが、自分の気分を彼らなりに我々に伝えてくれる。
私が通っている猫カフェにいた猫にも、そんな1匹がいた。
正直私のその猫の第一印象はあまり良い物ではなかった。身体はガリガリに痩せ細り、肋が浮き出ていて、猫というより犬のような面をした不気味なヤツ。それが初めて会った時の彼の印象だった。
しかし基本的には大人しく人懐こいが、一度チュールが出ると、我先に食いにいく食い意地が張ったヤツだった。人の膝に乗るのが好きで、私に初めて乗って来た猫も彼だった。
頭を撫でてやると気持ち良さげに目を細め、顎下などは特に気持ちいいのか、ノドをゴロゴロと鳴らしていた。
そんな彼は生まれつき病弱で猫風邪をよく患い、一度里親に出されたが「吐くから」という理由で猫カフェに戻された悲しい経歴がある。そして私が会った頃には腎臓を患っていた。定期的に点滴が必要で、そんなストレスの影響か、身体の一部がはげてしまっていた。
とはいえ、本人はそんなことなどなんのそのと、お客さんのひざ上にジャンプで飛び乗り、おもちゃにも若い猫に混じって元気に遊んでいた。そんな姿が私は気に入り、いつの間にか彼を見にいくのが目的でその猫カフェに通うようになった。
そんなある日のことだった。
「あの子が…もうダメかもわからないです。」
猫カフェの店主がそう告げた。
毎日の点滴と投薬で治療をしてきたが、もうごまかしが効かない状態になってしまったのだ。
その話を聞いてからも、いや話を聞いたからか、私は余計にその猫カフェに通うようになり、彼の様子を見てきた。だが彼は、見にいくたびに衰弱しているのが明らかだった。
常に猫用のベッドで寝たきりで、起き上がることもままならない。あんなに好きだったチュールも食べようとせず、水を飲むこともできなかった。
治療して治るならそれに越したことはない。だが、目の前のほとんど骨と皮になってしまった、の痛々しい姿を見てしまうと、そんなことならもういっそのこと楽にしてあげた方がいいんじゃないかとも思えてしまう。
それほど、彼は弱り切っていた。
その猫の死が近いと分かってから、多くの人たちがやってきた。
かつてその猫を預かっていた別の猫カフェの店主や古くからその猫を知る常連達。皆一様に彼ヘ思い思いの言葉をかけてゆく。
彼はそれほどに多くの人に愛されていたのだ、と実感した瞬間だった。
そうして何日かたったある日、その日も店主は彼に点滴を施していたのだが、突然彼がスクッと起き上がり歩き始めた。
もうほとんど起き上がるのも困難だというのに、ヒョコヒョコと歩き始めたのだ。
私は彼が心配で彼の後を追った。すると、なんと天井裏に続く階段を登ろうとするではないか。
驚くと同時に私はその時確かに見た。の目に、大粒の涙が湛えらているのを。
そうして、天井裏まで登った彼は、人目につかない奥の方で眠ってしまった。猫は死期を悟ると、誰にも見つからないところでひっそりと死ぬという。彼なりに、何かを感じ取ったのだろう。でも…。
「そこでいいのかい?そんな寂しいところでひとりぼっちでいいのかい?」
彼は答えず、いつものように目を細めて笑っているように見えた。
通常、猫は涙を流さないとされている。
だが、私は確かに見たのだ。猫が涙を流す瞬間を。あの涙は、私を含めた彼のために集まった人や、そのカフェにいる猫たちに「ありがとう」という彼の感謝の思いがあったのではないか。
非科学的と思われるかもしれないが、あの涙を間近で見た私には、どうしてもそう思えてならないのである。
翌週の火曜日。
彼は亡くなったらしい。
幾つもの思い出を遺して、今はお骨として祀られている。
彼の思い出の中に、私は残ることが出来ただろうか。
この場を借りて、彼に別れを言いたい。
今までありがとう。
そして、さようなら。
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