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《語源》道という漢字
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「この道はどこへ向かうのか。
迷わずいけよ!行けばわかるさ!」
…と、かつてアントニオ猪木という伝説的なレスラーがこのようなマイクパフォーマンスを行なった。
「道」にもさまざまな「道」がある。
寄り道、抜け道、回り道。およそ道とも呼べぬ獣道……。
数え上げればキリがないが、そんな「道」という漢字は如何様にして生まれたのだろうか。
この「道」の元になったと思われる字は、古代中国の西周の時代(紀元前1046年~紀元前256年)と見られており、会意兼形声文字と見られている。
まず「道」のつくりである「しんにょう」は道を歩くことに関する意味を表す。
ふむ。ではその上に乗っかってる首は?
文字通り首だ。
諸説あるのだが、古代中国では新しい道を作る時、戦で討ち取った大将の首を持って道を作ったから、そこから「道」という漢字が生まれたそうだ。
なんとも恐ろしいエピソードだが、当時はそれが魔除けになると信じられていたそうだ。まあそりゃ、生首をブラブラしながら道を作っている奴に幽霊は近づきたくないだろう。
それにこれはただ単に呪いを避ける為だけでなく、討ち取った大将への敬意や、新しい土地の精霊のようなものへの挨拶といった意味があったのかもしれない。
それに討ち取った大将の首を大事に持っているなんて、何か漢のアツイ友情のようなものを感じるではないか。そのうち、「生首」と愛し合うBL小説も出るのではないか?(どう足掻いてもサイコホラーになりそうなのが残念だが)
それに首のことなら我が国も負けていない。
室町時代には坊主や民間人を見かけたら「斬り試し」に使えなんて言われていたし、門の前には必ず生首を飾り、毎日入れ替えなさいみたいな教えもあったのだ。
今なら生首が一個出ただけで絶叫必至のホラーなんだが、昔なら、
「生首?そんだらほれ、畑にいくらでも落ちてんべ。」
とか言われそうだ。
いやあ現代に生まれて本当によかった。
……ふと、よからぬ想像が頭をよぎった。
道を歩く時に生首を持ち歩くのが当たり前の現代になっていたらどうなっていただろう。
少し想いを走らせる。
時代は現代。
私はスーツ姿でピシッとネクタイを締めて、「よし!」と気合いを入れてビジネスバッグを持つ。今日もまた家族のために働くのだ。
「あなた!ちょっと!」
いざ行かん、というところで妻が急足で追いかけてきた。
「あなた!忘れてるわよ!ほら!」
妻が慌てて持って来てくれたのは「生首」だった。
危ない、危ない。忘れるところだった。
「ありがとう。助かったよ。」
「んもう。本当に気をつけてよ。このところ物騒なんだから。課長さんもこの前やられちゃったんでしょ?」
「うん…。でもまあ、そのおかげで僕が繰り上がりで課長になれたんだ。感謝しなきゃ。」
「ふふ。そうね。じゃああなた、いってらっしゃい。」
「行って来ます。」
私は玄関のドアを開け、自宅を後にした。
この時間、電車の混む時間だ。
皆それぞれ携帯をいじったり時計を気にしたり生首を触ったりと様々なことをしてる。
電車を待つ時間、広告やエンタメのニュースが耳に入ってくる。
『外出にはお気に入りの生首!でも腐敗臭がやっぱり…。そんなあなたにこれ!爽やかフレグランスでどんな腐敗臭も一髪消臭!』
『今週の生首にしたいタレント堂々第1位は……やっぱりこの人!4週連続ノミネート!ご存知キムチタクヤ!生首が似合うタレントと合わせて今週で殿堂入りとなります!おめでとう!』
『最近の女子高生の間では生首をデコるのが流行ってるそうです。みんなハートのシールをつけたりビーズを埋め込んでキラキラにしたり、かわいいですね!』
……などといつもの放送を聞き流していたら電車が来てしまった。
この時間は満員電車だ。ぎゅうぎゅう詰めで体にはきついし、皆んなの生首で臭いもきつい。鼻栓を持ってくればよかった。
電車の広告が目に入る。
『手荷物や生首は、膝の上か網棚の上に。一人一人に思いやりを』
全く、こんな満員電車で何が思いやりだ。皮肉の効いた広告だ。
あちらこちらで悲鳴が起こる。
「ちょっと!私の生首が潰れちゃうじゃない!気をつけてよ!」
「しょうがないだろ!周りを見ろよ!こんなんで気なんか使えるか!」
「誰か…!誰か僕の生首知りませんか!生首!落としちゃった!うわああぁん…!」
……などと、阿鼻叫喚に揉まれながら十数分、ようやく会社に着くことができた。
入り口に入ってカードで打刻して、マイロッカーに貴重品と生首を入れておく。
「おはようございます。」
「おはようございます!課長!」
「ああ、おはよう。」
課長にあがって数日。まだこの呼ばれ方に慣れないが、前の課長にも負けない立派な課長にならなければ。
そう心密かに燃えていると、一人の女子社員が声を掛けてきた。
「あ、あの…課長。」
「ん?なんだい?」
「課長。宜しかったら、今日の仕事が終わったら、屋上へ来ていただけませんか?」
「屋上か…。わかった。いいよ。」
「……待ってます。」
顔を赤らめながら、彼女は走り去っていった。一体なんだろうか?
仕事も終わり、私は約束通り屋上に向かった。
屋上には夕焼けに佇む彼女、そして首切り役人の山田さん……。そうか。そういうことか。
「課長……。来てくれたんですね。」
「ああ。」
「この状況、私が今から何をしたいか、わかりますよね?」
「悪いことは言わない。止めるんだ。」
私の制止の言葉も聞かず、彼女は続ける。
「課長。私、前の課長にしつこく言い寄られてたの、知ってますよね?あれでいつもあなたが助けてくれたこと、嬉しかった……。私、その時からずっと…。」
「やめろ。その先を言っちゃいけない。やめるんだ。」
「課長!私、課長のことが好きなんです!愛人でもいい!お側に置かせて下さい!」
やはりか……。前の課長はこれで彼女に制裁された。今度は私の番という訳か…。
だが、彼女の決死の告白だが、私は受けるわけにはいかなかった。
「……すまない。私には愛する妻がいる。家族がある。それを裏切るわけにはいかない。君の気持ちに応えることはできない……。」
私の答えに、彼女はうなだれ、涙を流した。
「そう……ですよね。課長なら、きっとそういうと分かってました。分かってたけど……抑えられなかった……。」
泣き崩れる彼女。
そこへ、スッと首斬り役人山田さんが立ち上がる。
「介錯はいかに?」
「……私が受けます。」
「承った。」
首切り役人山田さんは彼女に正座させると、腰元の刀を抜き、丹念に水で清めた後、上段に構えた。
「御免!」
彼女の首が吹き飛び、首を失った体からは大量の血が吹き出した。
山田さんはその血を丁寧に吹き上げ、私の真ん前に突き出した。
「御首である。確かめられよ。」
「はい……。」
私は彼女の首をあらためる。彼女は微笑んでいた。きっと心の中をさらけ出せてホッとしたのだろう。
……本当にすまない。だが私は死ぬわけにはいかない。
私は彼女の首を抱き抱えると、山田さんに一礼してその場を後にした。
こんなやりとりを、これからいくつ繰り返すのだろう。いくつの首を刎ねるのだろう。
だががんばらなければ。それが課長という「道」なのだから……。
迷わずいけよ!行けばわかるさ!」
…と、かつてアントニオ猪木という伝説的なレスラーがこのようなマイクパフォーマンスを行なった。
「道」にもさまざまな「道」がある。
寄り道、抜け道、回り道。およそ道とも呼べぬ獣道……。
数え上げればキリがないが、そんな「道」という漢字は如何様にして生まれたのだろうか。
この「道」の元になったと思われる字は、古代中国の西周の時代(紀元前1046年~紀元前256年)と見られており、会意兼形声文字と見られている。
まず「道」のつくりである「しんにょう」は道を歩くことに関する意味を表す。
ふむ。ではその上に乗っかってる首は?
文字通り首だ。
諸説あるのだが、古代中国では新しい道を作る時、戦で討ち取った大将の首を持って道を作ったから、そこから「道」という漢字が生まれたそうだ。
なんとも恐ろしいエピソードだが、当時はそれが魔除けになると信じられていたそうだ。まあそりゃ、生首をブラブラしながら道を作っている奴に幽霊は近づきたくないだろう。
それにこれはただ単に呪いを避ける為だけでなく、討ち取った大将への敬意や、新しい土地の精霊のようなものへの挨拶といった意味があったのかもしれない。
それに討ち取った大将の首を大事に持っているなんて、何か漢のアツイ友情のようなものを感じるではないか。そのうち、「生首」と愛し合うBL小説も出るのではないか?(どう足掻いてもサイコホラーになりそうなのが残念だが)
それに首のことなら我が国も負けていない。
室町時代には坊主や民間人を見かけたら「斬り試し」に使えなんて言われていたし、門の前には必ず生首を飾り、毎日入れ替えなさいみたいな教えもあったのだ。
今なら生首が一個出ただけで絶叫必至のホラーなんだが、昔なら、
「生首?そんだらほれ、畑にいくらでも落ちてんべ。」
とか言われそうだ。
いやあ現代に生まれて本当によかった。
……ふと、よからぬ想像が頭をよぎった。
道を歩く時に生首を持ち歩くのが当たり前の現代になっていたらどうなっていただろう。
少し想いを走らせる。
時代は現代。
私はスーツ姿でピシッとネクタイを締めて、「よし!」と気合いを入れてビジネスバッグを持つ。今日もまた家族のために働くのだ。
「あなた!ちょっと!」
いざ行かん、というところで妻が急足で追いかけてきた。
「あなた!忘れてるわよ!ほら!」
妻が慌てて持って来てくれたのは「生首」だった。
危ない、危ない。忘れるところだった。
「ありがとう。助かったよ。」
「んもう。本当に気をつけてよ。このところ物騒なんだから。課長さんもこの前やられちゃったんでしょ?」
「うん…。でもまあ、そのおかげで僕が繰り上がりで課長になれたんだ。感謝しなきゃ。」
「ふふ。そうね。じゃああなた、いってらっしゃい。」
「行って来ます。」
私は玄関のドアを開け、自宅を後にした。
この時間、電車の混む時間だ。
皆それぞれ携帯をいじったり時計を気にしたり生首を触ったりと様々なことをしてる。
電車を待つ時間、広告やエンタメのニュースが耳に入ってくる。
『外出にはお気に入りの生首!でも腐敗臭がやっぱり…。そんなあなたにこれ!爽やかフレグランスでどんな腐敗臭も一髪消臭!』
『今週の生首にしたいタレント堂々第1位は……やっぱりこの人!4週連続ノミネート!ご存知キムチタクヤ!生首が似合うタレントと合わせて今週で殿堂入りとなります!おめでとう!』
『最近の女子高生の間では生首をデコるのが流行ってるそうです。みんなハートのシールをつけたりビーズを埋め込んでキラキラにしたり、かわいいですね!』
……などといつもの放送を聞き流していたら電車が来てしまった。
この時間は満員電車だ。ぎゅうぎゅう詰めで体にはきついし、皆んなの生首で臭いもきつい。鼻栓を持ってくればよかった。
電車の広告が目に入る。
『手荷物や生首は、膝の上か網棚の上に。一人一人に思いやりを』
全く、こんな満員電車で何が思いやりだ。皮肉の効いた広告だ。
あちらこちらで悲鳴が起こる。
「ちょっと!私の生首が潰れちゃうじゃない!気をつけてよ!」
「しょうがないだろ!周りを見ろよ!こんなんで気なんか使えるか!」
「誰か…!誰か僕の生首知りませんか!生首!落としちゃった!うわああぁん…!」
……などと、阿鼻叫喚に揉まれながら十数分、ようやく会社に着くことができた。
入り口に入ってカードで打刻して、マイロッカーに貴重品と生首を入れておく。
「おはようございます。」
「おはようございます!課長!」
「ああ、おはよう。」
課長にあがって数日。まだこの呼ばれ方に慣れないが、前の課長にも負けない立派な課長にならなければ。
そう心密かに燃えていると、一人の女子社員が声を掛けてきた。
「あ、あの…課長。」
「ん?なんだい?」
「課長。宜しかったら、今日の仕事が終わったら、屋上へ来ていただけませんか?」
「屋上か…。わかった。いいよ。」
「……待ってます。」
顔を赤らめながら、彼女は走り去っていった。一体なんだろうか?
仕事も終わり、私は約束通り屋上に向かった。
屋上には夕焼けに佇む彼女、そして首切り役人の山田さん……。そうか。そういうことか。
「課長……。来てくれたんですね。」
「ああ。」
「この状況、私が今から何をしたいか、わかりますよね?」
「悪いことは言わない。止めるんだ。」
私の制止の言葉も聞かず、彼女は続ける。
「課長。私、前の課長にしつこく言い寄られてたの、知ってますよね?あれでいつもあなたが助けてくれたこと、嬉しかった……。私、その時からずっと…。」
「やめろ。その先を言っちゃいけない。やめるんだ。」
「課長!私、課長のことが好きなんです!愛人でもいい!お側に置かせて下さい!」
やはりか……。前の課長はこれで彼女に制裁された。今度は私の番という訳か…。
だが、彼女の決死の告白だが、私は受けるわけにはいかなかった。
「……すまない。私には愛する妻がいる。家族がある。それを裏切るわけにはいかない。君の気持ちに応えることはできない……。」
私の答えに、彼女はうなだれ、涙を流した。
「そう……ですよね。課長なら、きっとそういうと分かってました。分かってたけど……抑えられなかった……。」
泣き崩れる彼女。
そこへ、スッと首斬り役人山田さんが立ち上がる。
「介錯はいかに?」
「……私が受けます。」
「承った。」
首切り役人山田さんは彼女に正座させると、腰元の刀を抜き、丹念に水で清めた後、上段に構えた。
「御免!」
彼女の首が吹き飛び、首を失った体からは大量の血が吹き出した。
山田さんはその血を丁寧に吹き上げ、私の真ん前に突き出した。
「御首である。確かめられよ。」
「はい……。」
私は彼女の首をあらためる。彼女は微笑んでいた。きっと心の中をさらけ出せてホッとしたのだろう。
……本当にすまない。だが私は死ぬわけにはいかない。
私は彼女の首を抱き抱えると、山田さんに一礼してその場を後にした。
こんなやりとりを、これからいくつ繰り返すのだろう。いくつの首を刎ねるのだろう。
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