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日が落ちて辺りがすっかり暗くなったころ……。
街のあちらこちらの家には灯りが点き、それぞれの家族がその日にあったことを語らい、時に笑い、時におどけながら各々の食卓を囲んでおりました。
さて、ここにも夕食を前に暗い部屋でジッと座っている少年が1人おりました。この少年、名をジャックといい、幼い頃に母を亡くして以来、10才になる今まで父親と二人暮らしで過ごして来ました。父親は朝早くには仕事に行き、夜遅くに帰ってきます。その間、家の掃除、洗濯、食事の準備はいつもジャックの役目になっていました。
今日もいつもと同じよう、二人分の夕食を作って、父親の帰りをジッと待っていたのです。
そうして街の灯りも消える頃、ジャックは誰かの足音が近づいてくるのを聞きつけて、急いで玄関口まで駆け寄りました。
彼の父親が帰ってきたのです。
家のドアを開けて父親の姿を認めると、ジャックは開口一番、
「お…おかえりなさい!」
と、その日精一杯の元気な声で、帰ってきた父親を迎えました。
「……ただいま。」
父親は溜息をつきながら、ジャックの横を素通りしていきました。
「あ……、荷物……持つ……よ。」
「いい。」
ジャックの手を振り払うように、父親は仕事道具をサッと片付けると、食卓の上に手つかずのまま並んでいる料理に目を止めました。
「なんだ。まだ食べてなかったのか。」
「あ……。父さんが来るまで、待ってようと思って……。」
「いつも言ってるだろう。父さんは帰りが遅いんだから、先に食べて寝てなさいと。」
「あ……でも……。」
「いいから。」
そう言い放つと、父親は食卓には座らず、自分の書斎へと向かっていきました。
「あ…食べない……の?」
「まだ仕事が残ってるんだ。先に食べて早く寝なさい。」
「……はい。」
そうして父親は書斎に閉じこもってしまいました。
ジャックはしばらく茫然と食卓の料理を眺めていましたが、やがて諦めて一人で食べ始めました。ひとりぼっちの部屋に、食器の擦れる音が淋しく響きます。冷たくなった料理はまるで砂のような味に感じました。
ジャックは料理を口に運びながら、目の前の席に目をやります。ジャックの頭の中では、そこに自分の料理を美味しそうにほうばる父親の姿がありました。
“ジャック。今日はどんな事があったんだい?”
“うん。今日はね、学校で面白い事があったんだ。隣の席のベンって奴がね、あろう事か鉛筆を忘れちゃってね、それでその日大事なテストがあったもんだからもう大慌てさ。”
“そいつは気の毒に。それでどうなったんだい?”
“もちろん、僕は鉛筆を貸してやったよ。でもテストが始まってもベンの奴、ウンウン唸るだけで何も解けなかったらしくて、結局白紙で出したんだ。これじゃ貸しても貸さなくてま同じだよね。”
“ははは。でも、その子はお前が鉛筆を貸した時、どんな表情をしていた?”
“とても喜んでたよ。心底救われたような顔で、ありがとう、って何度も言ってた。”
“そうか。じゃ、お前はその子に良いことをしたんだ。エライぞ、ジャック。”
“えへへ……。”
「えへへ……。へへ……へ…。」
ジャックが目を開けると、そこには父親の姿はなく、ただ冷めた料理の並んだ空席だけがありました。
「……。」
ジャックはしばらくその空席をジッと見ていました。そうしてため息を一つ吐くと、ジャックはまた黙々と食べ始めるのでした。
食事が終わったら自分の食べた食器は片付け、洗って元に戻す。そうしてテーブルの上を拭いてそうして自室に入る。もう何年もの間、これがいつもの流れになっていました。父がいる書斎の前を通る時、一言「おやすみ」と言って、ジャックは自分の部屋へと向かいました。
暗い暗い自分の部屋に、ジャックは灯りもつけずに入っていきました。ベッドに入る前に、ジャックは自室の窓の外を眺めました。
窓の向こうには、もう灯りも落ちた街並が見えます。
(同い年の子供達は、きっとお母さん、お父さんと一緒に寝床についてるんだろうな。僕もお母さんが生きていたら……。)
そこまで考えて、ジャックはベッドの枕に顔を埋めました。込み上げる涙が落ちないように、漏れ出てしまう泣き声が聞こえないように。
けれども独りぼっちの暗い部屋は、10歳の少年に“孤独”という名の影を連れて覆いかぶさってきます。
今夜もまた、泣き疲れていずれ眠ってしまうんだろう……。
彼がそんな事を考えていたその時でした。
突然、部屋の洋服ダンスが開いたのです。どういう訳か、そのタンスからは柔らかな光が漏れ出て、部屋の中に一条の光が差し込みました。
ジャックがキョトンとしていると、今度はその中から何かが飛び出てきました。
それは二本足で立つトカゲのようで、コウモリのような翼を持ち、色鮮やかな鱗に覆われておりました。
……そう。それはまるでおとぎ話にでてくる“ドラゴン”のような出で立ちをしておりました。
ジャックはそのドラゴンを不思議そうに見つめていると、ふとそのドラゴンと目があってしまいました。
(しまった……!)
ジャックは必死に逃げだそうと試みましたが、恐ろしさのあまり体がすくんで動けません。そうこうしているうちに、ドラゴンは目の前までやって来てしまいました。
「あ……。」
ジャックは助けを呼ぼうかとも考えましたが、そのドラゴンの鋭い牙を見た途端、その考えもやめました。
自分が一言でも叫べば、あの鋭い牙が自分の喉笛に食らいついてくるのでは……。
そんな不安が頭をよぎったのです。
しかし、声も出せない、身動きも取れないとなると、ジャックはいよいよもって逃げ場がなくなってしまいました。
(助けて……!誰か……!)
不可思議な事態に、ジャックはすっかり怯えておりました。そんなジャックに向けて、眼前のドラゴンは短くもたくましい片腕をヌゥッと伸ばし、口を開きます。
「ジャッキー、探したよ!頼む!一緒に来てくれないか!」
ドラゴンの発した言葉に、ジャックはまたキョトンとするのでした。
街のあちらこちらの家には灯りが点き、それぞれの家族がその日にあったことを語らい、時に笑い、時におどけながら各々の食卓を囲んでおりました。
さて、ここにも夕食を前に暗い部屋でジッと座っている少年が1人おりました。この少年、名をジャックといい、幼い頃に母を亡くして以来、10才になる今まで父親と二人暮らしで過ごして来ました。父親は朝早くには仕事に行き、夜遅くに帰ってきます。その間、家の掃除、洗濯、食事の準備はいつもジャックの役目になっていました。
今日もいつもと同じよう、二人分の夕食を作って、父親の帰りをジッと待っていたのです。
そうして街の灯りも消える頃、ジャックは誰かの足音が近づいてくるのを聞きつけて、急いで玄関口まで駆け寄りました。
彼の父親が帰ってきたのです。
家のドアを開けて父親の姿を認めると、ジャックは開口一番、
「お…おかえりなさい!」
と、その日精一杯の元気な声で、帰ってきた父親を迎えました。
「……ただいま。」
父親は溜息をつきながら、ジャックの横を素通りしていきました。
「あ……、荷物……持つ……よ。」
「いい。」
ジャックの手を振り払うように、父親は仕事道具をサッと片付けると、食卓の上に手つかずのまま並んでいる料理に目を止めました。
「なんだ。まだ食べてなかったのか。」
「あ……。父さんが来るまで、待ってようと思って……。」
「いつも言ってるだろう。父さんは帰りが遅いんだから、先に食べて寝てなさいと。」
「あ……でも……。」
「いいから。」
そう言い放つと、父親は食卓には座らず、自分の書斎へと向かっていきました。
「あ…食べない……の?」
「まだ仕事が残ってるんだ。先に食べて早く寝なさい。」
「……はい。」
そうして父親は書斎に閉じこもってしまいました。
ジャックはしばらく茫然と食卓の料理を眺めていましたが、やがて諦めて一人で食べ始めました。ひとりぼっちの部屋に、食器の擦れる音が淋しく響きます。冷たくなった料理はまるで砂のような味に感じました。
ジャックは料理を口に運びながら、目の前の席に目をやります。ジャックの頭の中では、そこに自分の料理を美味しそうにほうばる父親の姿がありました。
“ジャック。今日はどんな事があったんだい?”
“うん。今日はね、学校で面白い事があったんだ。隣の席のベンって奴がね、あろう事か鉛筆を忘れちゃってね、それでその日大事なテストがあったもんだからもう大慌てさ。”
“そいつは気の毒に。それでどうなったんだい?”
“もちろん、僕は鉛筆を貸してやったよ。でもテストが始まってもベンの奴、ウンウン唸るだけで何も解けなかったらしくて、結局白紙で出したんだ。これじゃ貸しても貸さなくてま同じだよね。”
“ははは。でも、その子はお前が鉛筆を貸した時、どんな表情をしていた?”
“とても喜んでたよ。心底救われたような顔で、ありがとう、って何度も言ってた。”
“そうか。じゃ、お前はその子に良いことをしたんだ。エライぞ、ジャック。”
“えへへ……。”
「えへへ……。へへ……へ…。」
ジャックが目を開けると、そこには父親の姿はなく、ただ冷めた料理の並んだ空席だけがありました。
「……。」
ジャックはしばらくその空席をジッと見ていました。そうしてため息を一つ吐くと、ジャックはまた黙々と食べ始めるのでした。
食事が終わったら自分の食べた食器は片付け、洗って元に戻す。そうしてテーブルの上を拭いてそうして自室に入る。もう何年もの間、これがいつもの流れになっていました。父がいる書斎の前を通る時、一言「おやすみ」と言って、ジャックは自分の部屋へと向かいました。
暗い暗い自分の部屋に、ジャックは灯りもつけずに入っていきました。ベッドに入る前に、ジャックは自室の窓の外を眺めました。
窓の向こうには、もう灯りも落ちた街並が見えます。
(同い年の子供達は、きっとお母さん、お父さんと一緒に寝床についてるんだろうな。僕もお母さんが生きていたら……。)
そこまで考えて、ジャックはベッドの枕に顔を埋めました。込み上げる涙が落ちないように、漏れ出てしまう泣き声が聞こえないように。
けれども独りぼっちの暗い部屋は、10歳の少年に“孤独”という名の影を連れて覆いかぶさってきます。
今夜もまた、泣き疲れていずれ眠ってしまうんだろう……。
彼がそんな事を考えていたその時でした。
突然、部屋の洋服ダンスが開いたのです。どういう訳か、そのタンスからは柔らかな光が漏れ出て、部屋の中に一条の光が差し込みました。
ジャックがキョトンとしていると、今度はその中から何かが飛び出てきました。
それは二本足で立つトカゲのようで、コウモリのような翼を持ち、色鮮やかな鱗に覆われておりました。
……そう。それはまるでおとぎ話にでてくる“ドラゴン”のような出で立ちをしておりました。
ジャックはそのドラゴンを不思議そうに見つめていると、ふとそのドラゴンと目があってしまいました。
(しまった……!)
ジャックは必死に逃げだそうと試みましたが、恐ろしさのあまり体がすくんで動けません。そうこうしているうちに、ドラゴンは目の前までやって来てしまいました。
「あ……。」
ジャックは助けを呼ぼうかとも考えましたが、そのドラゴンの鋭い牙を見た途端、その考えもやめました。
自分が一言でも叫べば、あの鋭い牙が自分の喉笛に食らいついてくるのでは……。
そんな不安が頭をよぎったのです。
しかし、声も出せない、身動きも取れないとなると、ジャックはいよいよもって逃げ場がなくなってしまいました。
(助けて……!誰か……!)
不可思議な事態に、ジャックはすっかり怯えておりました。そんなジャックに向けて、眼前のドラゴンは短くもたくましい片腕をヌゥッと伸ばし、口を開きます。
「ジャッキー、探したよ!頼む!一緒に来てくれないか!」
ドラゴンの発した言葉に、ジャックはまたキョトンとするのでした。
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