記憶探偵の面倒な事件簿

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離愁編

血戦!マモン 突入!

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診療所での一件から日が明け、俺と秋山は高松の言っていたT市工業地域の「ブラックバンク」近くに来ていた。周辺にはヤクザ、チンピラが集まり、物々しい雰囲気をかもしだしている。ただならぬ様子に、通行人も何事かと目を向けるが、ゴロツキに睨まれた途端に目を逸らし、そそくさと逃げ去っていく。

「……なんか、今にも戦争でもおっぱじめそうな感じだな。」
「ああ……。」
「ブラックバンク」にはヤクザが数十名は集まっていた。ヤクザが大勢集まる、というのは分かっていた事なんだが、いざ実際に目の前にしてみるとやはり圧倒されるものがある。

……と、ヤクザの人だかりをかきわけて誰かがこっちにやってくる。なんだなんだなんだ⁉︎
「よう!探偵さんじゃねえか。あんた、本当に来たんだなぁ。」
山田組若頭、高松だった。
「どうした?ガタガタ震えて。本番前にブルってんのか?」
「ち、違うわい!武者震いだ!武者震い!」
「……そんな声を張り上げて否定すると余計にびびってる風に見えるぞ。西馬。」
……言われてみれば秋山の言う通りか。


「ところで……あの嬢ちゃんたちはどうした?」
高松は辺りを見回して尋ねて来た。アカリと須田の事を言ってるんだろうか?
「ああ。助手の二人はお留守番だ。あいつらは調査専門で、危ない役は俺と秋山が請け負ってんだ。」
……まあその他色んな理由もあるわけだが。
「そっちこそ、あの住吉とかいう男はどうしたんだよ?」
「住吉か?一緒には来てねえよ。あいつはそもそも違う組の若頭だからな。……でももしかしたら、別行動で来るかもな。」
「どうして?」
「あいつ、陳の爺さんを本当に慕ってるからよ。あの爺さんの息子がここにいると知ったら、一人でもやってくるぜ。多分。」
そう言って高松はまたカカカ…!と、この男独特の笑い方でいたずらっぽく笑った。
「……あんたはずいぶんと余裕なんだな。」
「あん?」
「いや、この状況でこれほどリラックスしてるなんて、やっぱヤクザの若頭だと怖いものなしなんだろうなと思ってさ。」
俺の言葉を聞くと、高松はまたカカカと笑った。
「バカ言っちゃいけねえ。死ぬかも知んねえ殴りこみだ。怖くないわけねえだろ。」
「…え?でもあんた笑ってるじゃないか。」
「俺は若頭だぜ?言ってみりゃ今日の殴りこみのリーダーだ。そいつがビビってるのが下のやつらにも伝わったら、全員の士気が下がっちまう。そうだろ?」
……まあ、確かに。
「それに……実を言うと俺は組で一番ヘタレって言われるくらいのビビリだったんだ。喧嘩なんかでもヤバくなったらいの一番に逃げ出したしな。」
「へえ……。」……なんか意外。
「当然仲間内からはバカにされ笑われた。だけど陳の爺さんだけはそんな俺を笑わなかった。『命あっての物種だ。引き際をわきまえてる、ってのはおめえの一つの才能だ。』ってな。……そんなこと言ってくれる人はそん時はあの爺さんだけだったな……。」
「陳さん……。」
「それから俺はその後も何やかやで生き残ってきた。そんな内に下につくもんも出来てきた。そしたら俺は、今度はそいつらも生かすことを考えるようになった。下の奴らを一人も死なさず修羅場を何度もくぐり抜けるうちに俺についてくる奴がどんどん増えていって……気づいたら組ん中で一番でかい派閥になってやがった。そんでその派閥を率いてることを買われて若頭に任命された、ってわけよ。」
「なるほどねえ……。」
高松の身の上を聞いていると、高松の背後からヤクザの一人が近づいてきた。
「兄貴。突入準備、整いやした。」
「おっ……。そうか。」
部下からの報告を聞いた高松は、さっきまでニヤついていた唇をキュッと結び、眉間に皺を寄せる。ここに来て初めて見せる真剣な表情だ。
「……よし。突入するぞ。連中を集めろ。」
「へいっ!」
そう言って、ヤクザの男は翻って人だかりの中へと駆けていった。

その背中を見送りながら、高松はタバコに火をつけ、俺たちに話しかけて来た。
「突入前に、あんたらにこれを渡しとく。ブラックバンクの中の見取り図だ。」
「あ…どうも。」
「言っとくが、俺たちはあんたらを守るつもりもないし義理もねえ。着いてくんのは勝手だが、てめえらの身はてめえらで守れ。いいな。」
高松が俺と秋山にピシャリと言い放つ。言われるまでもない。もとよりそのつもりだ。……が、改めて言われると、やはり背筋の伸びる思いがする。
「……ああ。大丈夫。心配無用だ。」
精一杯の覚悟を乗せて、俺は高松の檄に答えた。俺の覚悟が届いたのか、高松はしばらく俺を一瞥した後ニヤリと笑い、突入を待つヤクザの人だかりへと悠々と歩き出していった。


「……さて、お前ら突入前にもう一度確認する。今回の殴りこみの目的と流れだ。」
高松がその場にいるヤクザ連中に向けて何やらしゃべっている。こうしてみると軍服でも着せたらさながら一将軍といった雰囲気だ。周りのヤクザたちも一斉に高松の話を聞いている。
「今回の俺たちの目的は組の資金の奪還、及びその所在の確認だ。目的を達成したらすぐに引き上げる。くれぐれもそこを勘違いすんな。殺しに来たんじゃないからな。特に黒服を着ている警備の連中には気をつけろ。組長オヤジの話じゃバケモンみたいな強さらしいからな。出くわしたら逃げるか、複数人で確実に仕留めろ。ただ深追いはするな。」
……黒服の警備。「ルシフェル」の連中の事だ。やはり裏の世界でもその存在は知られていたらしい。
「次に今回の殴りこみの流れだ。まずここにいるメンバーを三隊にわけ、正面、右側、左側の三方向から突入する。相手の迎え撃つ戦力を分散させるためと、俺たちの退路を確保するためだ。まず正面からの部隊は俺を先頭に、右側の部隊は外村、左側の部隊は英二を先頭にして動け。先頭に立つ二人は自分の取巻きを部隊にしろ。」

「「へいっ‼︎兄貴‼︎」」

「突入した後は各々二階のコンピュータルームを目指す。金融取引のデータが全て詰まった部屋だ。そこから組の預け入れた資金のデータから金を引き出した後退却する。……ここまで聞きたいことはあるか?」

「「ありやせんっっ‼︎」」

「……よし。じゃあ最後だが、絶対に無理はすんな。敵わないと思ったらすぐに逃げろ。命あっての物種、なんだからな。」


「「へいっ‼︎」」


「よし……。散れぇっ‼︎‼︎‼︎」


高松の号令と共に、ヤクザの集団が怒号と共に動き始めた。……この間、わずか1分。
ヤクザとは思えない(いや俺が知らないだけかもしれないが)見事な統率と戦略である。ブラックバンクへと向かうヤクザたちを、俺はしばし呆然と見つめていた。
「おい。西馬。何やってんだ。俺たちも行くぞ。」
隣にいた秋山も走り出した。……そうだ。俺だってここに目的があって来たんだ。
陳さんの息子、成龍氏を連れ帰らなければ……。
先を走る秋山に追いつくように、俺もまた走り出したのだった。
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