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離愁編
診療所にて 暗躍する者
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西馬や高松らが立ち去った後……。
陳老人の診療所横の路地裏付近をうろつく一人の怪しい影があった。
「おーい。こっちだ。こっち。」
もう一つの男の声のする方へ人影は動いた。
「あ…あんまり大きい声出さねえでくれよ……。兄貴たちに見つかったら……。」
「なあにビクついてんのよ。大丈夫だって。ほら、こっちこっち。」
誘われるままに人影は路地裏の奥へ奥へと進んでいく。
……と、その時路地裏に西日が差し込み人影を照らした。人相の悪い三十程の男の姿が照らし出された。この男、つい先ほどまで高松らと共に診療所の待合室にいた男である。
その男は声のすると路地裏の奥にまで進むと、一層闇の深い暗がりに差し掛かった。物陰からは何者かの息遣いが聞こえてくる。
「やあ。ご苦労さん。どうだい?首尾は?」
物陰から妙に明るい男の声がした。どうやら先ほどからこの男を呼んでいたのはこの物陰の奥にいる人物らしい。
「ああ……。山田組の殴り込みの決行日が分かったよ。明日の正午だ。」
「ふうん……。で?さっきのヤクザ同士の会合でなんか他に変わったことはあった?」
「か、変わったこと……?なんのことだ?」
「例えば、見知らぬ探偵みたいな連中がいたとかさ。」
「あ……。ああ、いたな。なんか妙に肝の据わってる連中でよ。兄貴たちに檄飛ばしてやがった。」
「へえ……。そいつらはこの後どうするって言ってた?」
「なんかもの好きな連中みたいでよ。明日の殴り込みに参加するとかなんとか……。」
「なるほどねぇ…。」
情報を吟味する物陰の男に、次第にゴロツキの男は少しイライラし始めた。
「……なあ、もういいだろ?約束の報酬をくれよ。あまり長くこの場にいたら、俺もだれか仲間に見つかっちまう……。」
「ん?ああそうだっけ。悪い悪い。」
そう言って、のっそりと物陰にいた男は姿を現した。
赤い髪に黒いスーツ…「ルシフェル」の“運び屋”、零野である。
「あんたもがめついねえ。先に依頼料は支払ったろ?」
「ふざけんな。あんなシケた金じゃ、組から抜けるにゃ不十分だ。500万は用意してくんねえとな。」
「はっ。こんな程度の情報で500万って…。」
ニヤつく零野の眉間に、ゴロツキは拳銃を突きつけた。
「……俺は本気だぜ?俺は組を売っちまったんだ。もうあそこにゃ戻れねえし戻る気もねえ。今ここで大金をつかんで今の生活からおさらばするんだ。ほら、さっさと用意しろ。」
攻め立てるゴロツキに対して、零野はくつくつと笑い始めた。
「何がおかしいっ!!」
「…はは。いや、悪い悪い。たかだか500万の現金で死ぬかもしれない取引やるなんて、馬鹿だな、と思ってさ。」
「なんだと……!」
「現金は手に入ったとして、そのあとあんたはどうやって暮らす?あんたの所属してる組は半端な規模じゃない。海外に逃げたって追っ手はやってくる。それに怯えながらちまちま500万をやりくりして余生を過ごすのかい?」
「それは……。」
ゴロツキは言葉に詰まったが、すぐに元の剣幕で零野に詰め寄った。
「やかましい!そんなもんは後で考えりゃいいんだ!とにかく金だ!金を寄越せ!」
「やれやれ…。単細胞はこれだから……。」
「なんだと!」
激昂したゴロツキは、とうとう銃の引き金に指をかけ、零野に向けて構え直した。
「こんのガキゃあ、もう勘弁ならねぇ!ぶっ殺す…!」
ゴロツキが発砲しようとしたその一瞬、まさに瞬き一つする間に、奇妙なことが起こった。目の前にいたはずの零野が忽然と姿を消したのだ。あまりの一瞬の出来事に、ゴロツキは目を疑った。
「あ……。え……?あいつは一体……?」
戸惑うゴロツキ。と、後頭部にこつりと固い感触がした。それは固く、小さく筒状で……。
「誰が誰を殺すって?」
背後から零野の声がする。
やがてゴロツキは自分が零野に銃口を当てられているという現状を理解した。理解したが同時に一つの疑問が生まれた。
…自分は間違いなく奴の正面に立って銃口を向けていた。この路地裏には横から回り込むようなスペースはなく、奴の背後は袋小路になっていたはずだ。それなのに、奴はほんの一瞬でどうやって俺の背後に回ったんだ?……
程なくして、拳銃の消音器独特のパスンと間の抜けた音がゴロツキの眉間を貫いた。男のそんな疑問もやがては虚無の彼方へと消え去っていくのだった……。
「あー。もしもし?岩田のとっつぁん?俺だ。」
ゴロツキを始末した零野は、相棒である岩田に連絡を取っていた。
『…零野か。どうした?』
「ボスの妹に付いている例の探偵の動向が分かった。明日、ヤクザの連中と一緒にそっちに向かうらしい。」
『……!ここに殴り込む気か⁉︎』
「そうらしいな。ま、あんたならヤクザの連中の相手くらいお手のもんだろ?」
『軽く言ってくれる……。まあなんとかならんでもないが……。それでボスの妹もこっちに来るのか?』
「いや、そこまでは分からねぇ。でも来ねえんじゃねえかな。穴取とやり合ってた時も来てなかったし。」
『……ということは。』
「ああ。計画実行の好機だ。ボスの妹が孤立したところを俺がかっさらう。あんたはヤクザと探偵を引きつける。」
『また厄介事を押し付けられたな…。』
「そうボヤくなよ。全ては俺たちの計画のため、だろ?」
『……ふん。まあいい。しくじるなよ。』
「お互い様だ。そんじゃあな。」
零野は通信を切り、そうして骸と化したゴロツキを一瞥した。
「……俺は自由になってやるよ。あんたと違って賢いやり方でな。」
陳老人の診療所横の路地裏付近をうろつく一人の怪しい影があった。
「おーい。こっちだ。こっち。」
もう一つの男の声のする方へ人影は動いた。
「あ…あんまり大きい声出さねえでくれよ……。兄貴たちに見つかったら……。」
「なあにビクついてんのよ。大丈夫だって。ほら、こっちこっち。」
誘われるままに人影は路地裏の奥へ奥へと進んでいく。
……と、その時路地裏に西日が差し込み人影を照らした。人相の悪い三十程の男の姿が照らし出された。この男、つい先ほどまで高松らと共に診療所の待合室にいた男である。
その男は声のすると路地裏の奥にまで進むと、一層闇の深い暗がりに差し掛かった。物陰からは何者かの息遣いが聞こえてくる。
「やあ。ご苦労さん。どうだい?首尾は?」
物陰から妙に明るい男の声がした。どうやら先ほどからこの男を呼んでいたのはこの物陰の奥にいる人物らしい。
「ああ……。山田組の殴り込みの決行日が分かったよ。明日の正午だ。」
「ふうん……。で?さっきのヤクザ同士の会合でなんか他に変わったことはあった?」
「か、変わったこと……?なんのことだ?」
「例えば、見知らぬ探偵みたいな連中がいたとかさ。」
「あ……。ああ、いたな。なんか妙に肝の据わってる連中でよ。兄貴たちに檄飛ばしてやがった。」
「へえ……。そいつらはこの後どうするって言ってた?」
「なんかもの好きな連中みたいでよ。明日の殴り込みに参加するとかなんとか……。」
「なるほどねぇ…。」
情報を吟味する物陰の男に、次第にゴロツキの男は少しイライラし始めた。
「……なあ、もういいだろ?約束の報酬をくれよ。あまり長くこの場にいたら、俺もだれか仲間に見つかっちまう……。」
「ん?ああそうだっけ。悪い悪い。」
そう言って、のっそりと物陰にいた男は姿を現した。
赤い髪に黒いスーツ…「ルシフェル」の“運び屋”、零野である。
「あんたもがめついねえ。先に依頼料は支払ったろ?」
「ふざけんな。あんなシケた金じゃ、組から抜けるにゃ不十分だ。500万は用意してくんねえとな。」
「はっ。こんな程度の情報で500万って…。」
ニヤつく零野の眉間に、ゴロツキは拳銃を突きつけた。
「……俺は本気だぜ?俺は組を売っちまったんだ。もうあそこにゃ戻れねえし戻る気もねえ。今ここで大金をつかんで今の生活からおさらばするんだ。ほら、さっさと用意しろ。」
攻め立てるゴロツキに対して、零野はくつくつと笑い始めた。
「何がおかしいっ!!」
「…はは。いや、悪い悪い。たかだか500万の現金で死ぬかもしれない取引やるなんて、馬鹿だな、と思ってさ。」
「なんだと……!」
「現金は手に入ったとして、そのあとあんたはどうやって暮らす?あんたの所属してる組は半端な規模じゃない。海外に逃げたって追っ手はやってくる。それに怯えながらちまちま500万をやりくりして余生を過ごすのかい?」
「それは……。」
ゴロツキは言葉に詰まったが、すぐに元の剣幕で零野に詰め寄った。
「やかましい!そんなもんは後で考えりゃいいんだ!とにかく金だ!金を寄越せ!」
「やれやれ…。単細胞はこれだから……。」
「なんだと!」
激昂したゴロツキは、とうとう銃の引き金に指をかけ、零野に向けて構え直した。
「こんのガキゃあ、もう勘弁ならねぇ!ぶっ殺す…!」
ゴロツキが発砲しようとしたその一瞬、まさに瞬き一つする間に、奇妙なことが起こった。目の前にいたはずの零野が忽然と姿を消したのだ。あまりの一瞬の出来事に、ゴロツキは目を疑った。
「あ……。え……?あいつは一体……?」
戸惑うゴロツキ。と、後頭部にこつりと固い感触がした。それは固く、小さく筒状で……。
「誰が誰を殺すって?」
背後から零野の声がする。
やがてゴロツキは自分が零野に銃口を当てられているという現状を理解した。理解したが同時に一つの疑問が生まれた。
…自分は間違いなく奴の正面に立って銃口を向けていた。この路地裏には横から回り込むようなスペースはなく、奴の背後は袋小路になっていたはずだ。それなのに、奴はほんの一瞬でどうやって俺の背後に回ったんだ?……
程なくして、拳銃の消音器独特のパスンと間の抜けた音がゴロツキの眉間を貫いた。男のそんな疑問もやがては虚無の彼方へと消え去っていくのだった……。
「あー。もしもし?岩田のとっつぁん?俺だ。」
ゴロツキを始末した零野は、相棒である岩田に連絡を取っていた。
『…零野か。どうした?』
「ボスの妹に付いている例の探偵の動向が分かった。明日、ヤクザの連中と一緒にそっちに向かうらしい。」
『……!ここに殴り込む気か⁉︎』
「そうらしいな。ま、あんたならヤクザの連中の相手くらいお手のもんだろ?」
『軽く言ってくれる……。まあなんとかならんでもないが……。それでボスの妹もこっちに来るのか?』
「いや、そこまでは分からねぇ。でも来ねえんじゃねえかな。穴取とやり合ってた時も来てなかったし。」
『……ということは。』
「ああ。計画実行の好機だ。ボスの妹が孤立したところを俺がかっさらう。あんたはヤクザと探偵を引きつける。」
『また厄介事を押し付けられたな…。』
「そうボヤくなよ。全ては俺たちの計画のため、だろ?」
『……ふん。まあいい。しくじるなよ。』
「お互い様だ。そんじゃあな。」
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