記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

診療所にて 「マモン」

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アカリ達から少し遅れて、俺は高松達のいる待合室にやって来た。そこでは診療所にいたゴロツキたちが全員集まっていた。彼らの視線が遅れてやって来た俺に一斉に向けられる。
「よう。遅かったじゃねえか。探偵さん。何やってたんだ?」
「……いや、すまない。ちょいとヤボ用で…。」
?」
「な……!」
……アイツら!まさかバラしたのか⁉︎30手前のいい大人がチビった、なんて赤面必至の恥ずかしい事実を……!
俺はキッ、とアカリたちを睨みつけたが、視線に気づいた当の本人たちは濡れ衣だと言わんばかりに首を横に振っている。
「……おいおい。図星か?まさか、と思って冗談半分で言っただけなんだがなぁ……。」
……しまった!どうやら自分で墓穴を掘ってしまったらしい……。
ゴロツキ連中のあちらこちらからクスクスと下卑た嗤いが聞こえてくる。こんな連中の前で、とんだ赤っ恥だ……。などと思っていたら、笑い声を打ち消すように高松がガン!と机を力強く叩きつけた。さっきまでの緩みかけた空気はかき消え、またピンと空気が張り詰める。机を叩きつけた高松はと言うと、まるで射抜くかのような鋭い眼光を俺に向けていたのだった。
「……なあ、探偵さんよ。俺は今からあんたに『マモン』について教える。それの意味することが分かるか?あんたが知ろうとしている『マモン』は組にとっていわば重要機密事項……。おそらくここに集まっている奴らの組もそうだろう。その情報をあんたに漏らすってことは、俺は指を詰めなきゃならん。……いや、下手すりゃ俺は殺されるかもしれねえ。その上であんたに話そうってんだ。あんたがそんな調子じゃ困る。本当に覚悟は出来てんだろうな?」

……覚悟……か。
覚悟なら出来ている。陳さんのために、闇クラブのオーナーであってもその息子を引き連れて行く覚悟なら。
この高松という男も、自分が殺されるリスクを見越してそれでも協力してくれる気になったんだ。今更後には引けない。

「……もちろんだ。」
俺は高松の眼光を撃ち返す気概で睨み返した。高松はしばらく俺の眼を伺っていたが、やがて口許を緩めた。
「……さっきみたいな、いい眼をしやがる。そう来なくちゃな。」


そうして高松は、一服しながら静かに語り始めた。
「さて、『マモン』についてだが……、教える前にあんたらはいったいどこまで『マモン』について知ってるんだ?」
「そうだな……。俺たちが知ってる情報は闇クラブの一つで、カジノとか資金洗浄とかで金を儲けてるってことくらいか。」
「闇クラブ、ねえ……。」高松はちょんちょんとタバコの灰を灰皿に落とす。「俺の知ってる『マモン』はそんななもんじゃねえ。」
「どういうことだ?」
高松はまたタバコを吸い直した後、俺の問いに答えた。
「……あんた、『マモン』は資金洗浄をやってるって言っていたな。最近の資金洗浄については詳しい方か?」
「いや、あまり……。」
「俺らにとっての『マモン』は、その資金洗浄を請け負ってくれる便利ないわば『銀行』だ。……と言っても、普通の銀行じゃねえ。そいつは現実には店は構えず、ネットの世界にだけ存在する架空の銀行…。」
「⁇どういうことだ?」
困惑する俺だったが、須田のやつは何か気づいたらしい。
「……“仮想通貨”、ですか?」
「その通り。よく分かったな。お嬢ちゃん。」

仮想通貨……。
ビットコインなどに代表されるバーチャル世界の通貨の名称だ。俺も専門家って訳じゃないから詳しいことはわからんが、管理会社の発行するバーチャル上の貨幣を市場取引してその時の値段で儲けたり儲けなかったり…と株みたいな金融商品のイメージだ。

「仮想通貨で資金洗浄……。そんなことが可能なのか?」
俺の疑問を、高松に代わって須田が答える。犯罪史に関しては元警察の彼女の方が詳しいらしい。
「可能です。現に2013年5月28日には、インターネットを使用した資金洗浄として、米ネット決済サービスリバティー・リザーブが起訴され、60億ドルが資金洗浄されたと報じられる事例があります。このように近年では仮想通貨を使った資金洗浄がむしろメジャーなようです。」
「へぇ……。」
「そのお嬢ちゃんの言う通り、俺らの界隈じゃその仮想通貨を使った資金洗浄を使うのが流行ってる。ただ『マモン』の違うところは自分たちで仮想通貨を作り流通させているところだ。俺たちヤクザの麻薬取引、政治家の裏金、もちろん奴らがやってる臓器売買なんかで得た金も全てその仮想通貨で資金洗浄される。まさに裏世界の銀行…。それが金融システム『マモン』ってわけさ。」
なるほど……。仮想通貨を作るのは「マモン」の側にもメリットがあるわけか。全く良く出来ている。
「しかしだな…。あんたらヤクザが資金洗浄する意味なんてあんのか?ただでさえ警察に眼をつけられてるようなもんなんだろ?」
「だからこそ、さ。お察しの通り、俺たちが儲けた金はキナ臭いもんばかりだ。そんな金でまともに組の運営なんて出来やしねぇ。だが汚い金を合法な綺麗な金にすりゃ、警察もおいそれとは手が出せねぇ。捕まる口実は少ないに越したことはない。……ま、今の話でそこのオマワリさんが上に言わない限りは安心かな。」
そう言って高松は秋山の方を一瞥する。秋山はと言うと、先程から腕を組んで渋い顔をして聞いていた。
「…うん?俺が上司にチクるかどうかを疑ってんのか?それなら問題ない。俺はそこまで警察に忠義は誓っちゃいない。ここ最近で愛想も尽きたしな。…それに汚い真似してんのはあんたらだけじゃない。俺たちも似たようなもんさ。」
「…それを聞いて安心したぜ。ま、警察の言うことなんざ信用できねえがな。」
「そのセリフ、そのまま返すよ。あんたもヤクザだろうが。」
「…はは。違いねぇ。」
談笑するヤクザと警官。…よくよく考えるとなんともカオスな空間だ。
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