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離愁編
苦悩する亡者
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……いくつものモニターと、コンピュータ。視界には有象無象の数字達。
そんなこじんまりとした小部屋にただ一人、私は座っていた。
私は「陳成龍」。
少し前まで、とある大学病院の院長をやる傍ら、闇のカジノクラブ「マモン」のオーナーも務めていた。
……あの頃の私は、ただひたすらに金を集めることに執着していた。金こそが正義とばかりに、病院で、クラブで、ありとあらゆる手段を講じて金儲けに走っていた。金さえあればなんでもできると信じて。
だが今、私の周りには誰もいない。鬱憤をぶつける部下も、いつも小言を喚く妻も誰一人として……。
コンコン、とノックの音がした。ここに来る奴といえば、もう予想がつく。「ルシフェル」の“運び屋”だ。
「…入れ。」
「失礼します。」
そう言って、大柄のスキンヘッドの男が入ってきた。浅黒い肌に黒いサングラスをかけたその風貌は、アメリカやらのお偉いさんが来た時に見かけるSP、もしくはヤクザを連想させる。名前は確か…岩田といったか。
「陳様。ご依頼頂いていた品をお届けに参りました。」
「……ああ。」
岩田の手には、ブリキ仕掛けのオルゴールが握られていた。ここに持って来るように彼らに依頼したものだ。
「ご苦労。こちらに渡してもらえるかな?」
そう言って私は手を伸ばした。だが岩田は件のオルゴールを私に渡す気配がない。
「……何をしてるんだ。早く渡さないか。」
「陳様。このオルゴールですが、我々にわざわざ依頼して持って来させたということは、もちろん『マモン』の運営に関わるものなんですよね?」
「……。」
私は即答出来なかった。
この岩田という男は勘が鋭い。おそらくは私のいまの胸中を疑っているのだろう。下手な返事をすれば、構わず殺しにかかってくるだろう。
私はとりあえず、その場しのぎの返答をすることにした。
「……勿論だとも。そうでなければ君達を使ってまで、そんな壊れかけのオルゴールを持って来させるわけがないだろう?」
「……。」岩田はしばらく黙っていたが、やがてその手のオルゴールを手渡して「失礼しました。」とぼそりと一言言った。
「それと陳様。一つ申し上げにくいのですが……。」
と、さっきとあまり変わる様子もなく事務的な口調で岩田が続ける。
「私の相棒がご自宅を探索中に、運悪く奥様が事故に遭われて亡くなられているのを発見したとのことです。」
「……そうか。」
妻の死を淡々と語る岩田。
不思議と、私は何も感じなかった。妻の死、というものは世間で言えば悲しい出来事なのだろう。
だが私にとってあれはただただ金にたかるうじ虫のようなものでしかなかった。二言目には「金はどうした」としか言ってこなかったような女だ。愛情なんて感じたことは一度としてなかった。
……本当に、私のこれまでの人生はいったいなんだったのだろう。
つくづくそう思う。
「金」に執着し、「金」を追い求め、だがその末路は、こうしていつ来るかもわからない刺客にただ一人怯えて暮らすだけとは……。
「どうかされましたか?陳様。」
物思いに耽る私を不思議に思ったのだろう。岩田が尋ねて来た。
「……いや。大丈夫だ。もう用は済んだんだろう。行ってくれ。」
「…かしこまりました。では『マモン』の起動の件、早急にお願いします。そのオルゴールが鍵になるというなら今この場でも…。」
「わかっている。だがこのオルゴール、どうも錆びついて動かないようだ。もう少し時間をくれ。」
「…分かりました。」
そう言って、岩田は去っていった。
……そう。闇クラブの金融システム「マモン」の再起動、というのが、今私に課せられている使命だ。
…というより、生かされているというのが実際のところだろう。本部にとって、私にはもう利用価値などない。欲しいのは私が運営していた「マモン」の蓄えた膨大な資金なのだ。その資金を引き出すための鍵を私が握っている…。連中はそう思い込んでいる。
資金さえ引き出してしまえば私はもう用済みだ。あちらは資金を出してくれれば新しいクラブを用意する、などとのたまわってはいるが、元ボスがクラブを潰して回っている今、奴らがそんな親切な事をしてくれるとは思えない。多分私は切り捨てられるのだろう……。
岩田から手渡されたオルゴールを眺め、私はまた物思いに耽る。
これは私が幼い頃、不器用な父が送ってくれた代物だ。私はこのオルゴールが大好きだった。寝る前にいつもこのオルゴールを子守唄がわりに聞いていた。
私の物心ついたころから、父は立派な医者として毎日忙しく働いていた。幼かった私には、そんな父の背中がとてもかっこよく見えたものだった。
「いつか父さんのような立派なお医者さんになる。」
あの頃はそんな無邪気な夢を持っていたっけ……。
……どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
憧れだったはずの父とは仲違いして、追い出してそれっきり。私は医師にはなったものの、憧れていた父のような医師とは程遠い汚い人間になってしまった。
「……父さん……。今、あなたがこの場にいたら、私にどんな言葉をかけますか?」
小さな小部屋に、私の虚しい独り言が響く。それに答える人なんていないというのに……。
そんなこじんまりとした小部屋にただ一人、私は座っていた。
私は「陳成龍」。
少し前まで、とある大学病院の院長をやる傍ら、闇のカジノクラブ「マモン」のオーナーも務めていた。
……あの頃の私は、ただひたすらに金を集めることに執着していた。金こそが正義とばかりに、病院で、クラブで、ありとあらゆる手段を講じて金儲けに走っていた。金さえあればなんでもできると信じて。
だが今、私の周りには誰もいない。鬱憤をぶつける部下も、いつも小言を喚く妻も誰一人として……。
コンコン、とノックの音がした。ここに来る奴といえば、もう予想がつく。「ルシフェル」の“運び屋”だ。
「…入れ。」
「失礼します。」
そう言って、大柄のスキンヘッドの男が入ってきた。浅黒い肌に黒いサングラスをかけたその風貌は、アメリカやらのお偉いさんが来た時に見かけるSP、もしくはヤクザを連想させる。名前は確か…岩田といったか。
「陳様。ご依頼頂いていた品をお届けに参りました。」
「……ああ。」
岩田の手には、ブリキ仕掛けのオルゴールが握られていた。ここに持って来るように彼らに依頼したものだ。
「ご苦労。こちらに渡してもらえるかな?」
そう言って私は手を伸ばした。だが岩田は件のオルゴールを私に渡す気配がない。
「……何をしてるんだ。早く渡さないか。」
「陳様。このオルゴールですが、我々にわざわざ依頼して持って来させたということは、もちろん『マモン』の運営に関わるものなんですよね?」
「……。」
私は即答出来なかった。
この岩田という男は勘が鋭い。おそらくは私のいまの胸中を疑っているのだろう。下手な返事をすれば、構わず殺しにかかってくるだろう。
私はとりあえず、その場しのぎの返答をすることにした。
「……勿論だとも。そうでなければ君達を使ってまで、そんな壊れかけのオルゴールを持って来させるわけがないだろう?」
「……。」岩田はしばらく黙っていたが、やがてその手のオルゴールを手渡して「失礼しました。」とぼそりと一言言った。
「それと陳様。一つ申し上げにくいのですが……。」
と、さっきとあまり変わる様子もなく事務的な口調で岩田が続ける。
「私の相棒がご自宅を探索中に、運悪く奥様が事故に遭われて亡くなられているのを発見したとのことです。」
「……そうか。」
妻の死を淡々と語る岩田。
不思議と、私は何も感じなかった。妻の死、というものは世間で言えば悲しい出来事なのだろう。
だが私にとってあれはただただ金にたかるうじ虫のようなものでしかなかった。二言目には「金はどうした」としか言ってこなかったような女だ。愛情なんて感じたことは一度としてなかった。
……本当に、私のこれまでの人生はいったいなんだったのだろう。
つくづくそう思う。
「金」に執着し、「金」を追い求め、だがその末路は、こうしていつ来るかもわからない刺客にただ一人怯えて暮らすだけとは……。
「どうかされましたか?陳様。」
物思いに耽る私を不思議に思ったのだろう。岩田が尋ねて来た。
「……いや。大丈夫だ。もう用は済んだんだろう。行ってくれ。」
「…かしこまりました。では『マモン』の起動の件、早急にお願いします。そのオルゴールが鍵になるというなら今この場でも…。」
「わかっている。だがこのオルゴール、どうも錆びついて動かないようだ。もう少し時間をくれ。」
「…分かりました。」
そう言って、岩田は去っていった。
……そう。闇クラブの金融システム「マモン」の再起動、というのが、今私に課せられている使命だ。
…というより、生かされているというのが実際のところだろう。本部にとって、私にはもう利用価値などない。欲しいのは私が運営していた「マモン」の蓄えた膨大な資金なのだ。その資金を引き出すための鍵を私が握っている…。連中はそう思い込んでいる。
資金さえ引き出してしまえば私はもう用済みだ。あちらは資金を出してくれれば新しいクラブを用意する、などとのたまわってはいるが、元ボスがクラブを潰して回っている今、奴らがそんな親切な事をしてくれるとは思えない。多分私は切り捨てられるのだろう……。
岩田から手渡されたオルゴールを眺め、私はまた物思いに耽る。
これは私が幼い頃、不器用な父が送ってくれた代物だ。私はこのオルゴールが大好きだった。寝る前にいつもこのオルゴールを子守唄がわりに聞いていた。
私の物心ついたころから、父は立派な医者として毎日忙しく働いていた。幼かった私には、そんな父の背中がとてもかっこよく見えたものだった。
「いつか父さんのような立派なお医者さんになる。」
あの頃はそんな無邪気な夢を持っていたっけ……。
……どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
憧れだったはずの父とは仲違いして、追い出してそれっきり。私は医師にはなったものの、憧れていた父のような医師とは程遠い汚い人間になってしまった。
「……父さん……。今、あなたがこの場にいたら、私にどんな言葉をかけますか?」
小さな小部屋に、私の虚しい独り言が響く。それに答える人なんていないというのに……。
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