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離愁編
酒場の二人 2
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バー「ナポレオン」にてヒカルを待っていた俺は、マスターに「コピ・ルアク」といううんこコーヒーを飲まされた。思わず吹き出したがそれが高級コーヒーと知るや、吹いたコーヒーをくんかくんか……。そんなところをちょうどやって来たヒカルに見られてしまったのだった……。
ひとまずヒカルには言い訳…もとい弁解はしておいた。驚いたのは「コピ・ルアク」の名前を出したら意外にも納得してくれたことだ。
ヒカルの奴はいつものように俺の隣で子供っぽくケラケラと笑う。
「『コピ・ルアク』か……。懐かしい名前だね。以前、安藤さんのクラブでご馳走になったことがあるよ。」
「安藤…って安藤チヒロのことか?」
安藤チヒロ……。
闇の美食クラブ「ベルゼブ」のオーナーで、「グルメ食人鬼」の異名を持つ猟奇殺人鬼だ。…あの男との決闘は今でも忘れない。俺の猛攻をかいくぐりながら、あの男は俺の腕を食い続けてきた。人間の肉を食い続けてきた彼は、筋肉の動きで次の動きを予測するという離れ業を持っていたのだ。だが、俺はそんな奴に対して、とっさに思いついたスイッチ戦法で見事に…(…そういうことにしておこう)彼に勝利したのだった。
安藤チヒロは殺人鬼ではあるが、同時にヒカルのことを敬愛しており、ヒカルに妹のアカリを殺させぬよう保護してくれ、と俺に依頼してきた程だ。
「あのオッさんが取り扱ってるのって…人肉だけじゃなかったのか?」
「そりゃ誤解だよ。彼の経営していたレストランはありとあらゆる食材を扱っていた。人肉はあくまでメニューの一つさ。」
「ふうん……。」
「彼は殺人鬼だったけど、同時に一流のシェフだった。料理や食材に対してはどんなものでも丁重に扱った。彼なりの美学さ。決してそこは曲げたりしなかった。そんなところがある意味で憧れでもあった……。」
寂しげにグラスを回しながら語るヒカル。……そういえば、安藤にトドメをさしたのはヒカルなんだった。安藤は俺たちを逃がすために一人残り、ヒカルを食い止めていたんだっけ。
「やっぱり…後悔してんのか?かつての仲間だったんだろ?」
俺の問いにヒカルはしばし考えていたが、やがて首を横に振った。
「……いや。実を言うと、僕は安藤さんを殺してないんだ。安藤さんは、僕の目の前で毒を飲んで死んだ。……僕の考えを改めさせようと、その身を持って訴えたんだ。おかげで……今は少し前向きになれた。」
「……そうだったのか。」
初耳だった。てっきり安藤はヒカルが殺したのだと思っていたのだが、まさか服毒自殺だったとは…。
ヒカルはグラスを回しながらなおも続ける。
「……あの人は、僕にとって父親のような人だった。おおらかで、色んなことを教えてくれた。最期まで、本当に最期まで僕の身を案じていた。あの人の言葉がなければ、僕は君の協力も仰がなかったし、先の穴取との戦いには勝てなかったろう。…全く、人の縁というのは分からないものだ。」
「確かに、な……。」
俺も同感だった。俺もあの時安藤にボスの妹を守って欲しい、なんて頼まれなかったら、ヒカルと手を取り合うだなんて思いもしなかったろう。いや、もしかしたらどこかでヒカルに殺されていたかもしれない。
「命は消えても魂は消えず、か……。死んじまった人には、なんか不思議な力があんのかもしんねぇな……。」
「……。」
しばしの間俺たち二人は何も語らずに、思いを託して死んでいった男を偲びながら互いにグラスを傾けた。
ふと、思い出したかのようにヒカルが俺に向けてグラスを掲げた。
「……遅くなったけど、ここで一つ乾杯といかないかい?せっかく久々に再会したんだから…さ。」
「ん?……ああ。」
俺も応じてグラスを持つ。
「そんじゃ、二人の再会に。」
「乾杯……。」
チン…と、静かなバーにグラスの重なる音が響く。
「いやしかし、ちょうど良かったよ。実はちょっと頼みごとがあって君を探していたんだ。」
「へえ…。そりゃ驚いた。実は俺も頼みごとがあってあんたを探してたんだよ。」
「本当かい?それは嬉しいな。一体なんだい?」
「ああ。実は……陳成龍という男について知ってないかと思ってな。」
「……なんだって?」
ヒカルが目を見開いてこちらを見ている。明らかに何か知っているような反応だ。
「やはり…なんか知ってんだな?」
「知ってるも何も…。その男、ちょうど僕が君に探して貰おうと思っていたんだよ。」
「…ええ?」
…驚いた。まさかヒカルも成龍氏を探していたとは。
この偶然の一致。果たして喜ぶべきか否か?
面倒なことにならなきゃいいんだが……。
ひとまずヒカルには言い訳…もとい弁解はしておいた。驚いたのは「コピ・ルアク」の名前を出したら意外にも納得してくれたことだ。
ヒカルの奴はいつものように俺の隣で子供っぽくケラケラと笑う。
「『コピ・ルアク』か……。懐かしい名前だね。以前、安藤さんのクラブでご馳走になったことがあるよ。」
「安藤…って安藤チヒロのことか?」
安藤チヒロ……。
闇の美食クラブ「ベルゼブ」のオーナーで、「グルメ食人鬼」の異名を持つ猟奇殺人鬼だ。…あの男との決闘は今でも忘れない。俺の猛攻をかいくぐりながら、あの男は俺の腕を食い続けてきた。人間の肉を食い続けてきた彼は、筋肉の動きで次の動きを予測するという離れ業を持っていたのだ。だが、俺はそんな奴に対して、とっさに思いついたスイッチ戦法で見事に…(…そういうことにしておこう)彼に勝利したのだった。
安藤チヒロは殺人鬼ではあるが、同時にヒカルのことを敬愛しており、ヒカルに妹のアカリを殺させぬよう保護してくれ、と俺に依頼してきた程だ。
「あのオッさんが取り扱ってるのって…人肉だけじゃなかったのか?」
「そりゃ誤解だよ。彼の経営していたレストランはありとあらゆる食材を扱っていた。人肉はあくまでメニューの一つさ。」
「ふうん……。」
「彼は殺人鬼だったけど、同時に一流のシェフだった。料理や食材に対してはどんなものでも丁重に扱った。彼なりの美学さ。決してそこは曲げたりしなかった。そんなところがある意味で憧れでもあった……。」
寂しげにグラスを回しながら語るヒカル。……そういえば、安藤にトドメをさしたのはヒカルなんだった。安藤は俺たちを逃がすために一人残り、ヒカルを食い止めていたんだっけ。
「やっぱり…後悔してんのか?かつての仲間だったんだろ?」
俺の問いにヒカルはしばし考えていたが、やがて首を横に振った。
「……いや。実を言うと、僕は安藤さんを殺してないんだ。安藤さんは、僕の目の前で毒を飲んで死んだ。……僕の考えを改めさせようと、その身を持って訴えたんだ。おかげで……今は少し前向きになれた。」
「……そうだったのか。」
初耳だった。てっきり安藤はヒカルが殺したのだと思っていたのだが、まさか服毒自殺だったとは…。
ヒカルはグラスを回しながらなおも続ける。
「……あの人は、僕にとって父親のような人だった。おおらかで、色んなことを教えてくれた。最期まで、本当に最期まで僕の身を案じていた。あの人の言葉がなければ、僕は君の協力も仰がなかったし、先の穴取との戦いには勝てなかったろう。…全く、人の縁というのは分からないものだ。」
「確かに、な……。」
俺も同感だった。俺もあの時安藤にボスの妹を守って欲しい、なんて頼まれなかったら、ヒカルと手を取り合うだなんて思いもしなかったろう。いや、もしかしたらどこかでヒカルに殺されていたかもしれない。
「命は消えても魂は消えず、か……。死んじまった人には、なんか不思議な力があんのかもしんねぇな……。」
「……。」
しばしの間俺たち二人は何も語らずに、思いを託して死んでいった男を偲びながら互いにグラスを傾けた。
ふと、思い出したかのようにヒカルが俺に向けてグラスを掲げた。
「……遅くなったけど、ここで一つ乾杯といかないかい?せっかく久々に再会したんだから…さ。」
「ん?……ああ。」
俺も応じてグラスを持つ。
「そんじゃ、二人の再会に。」
「乾杯……。」
チン…と、静かなバーにグラスの重なる音が響く。
「いやしかし、ちょうど良かったよ。実はちょっと頼みごとがあって君を探していたんだ。」
「へえ…。そりゃ驚いた。実は俺も頼みごとがあってあんたを探してたんだよ。」
「本当かい?それは嬉しいな。一体なんだい?」
「ああ。実は……陳成龍という男について知ってないかと思ってな。」
「……なんだって?」
ヒカルが目を見開いてこちらを見ている。明らかに何か知っているような反応だ。
「やはり…なんか知ってんだな?」
「知ってるも何も…。その男、ちょうど僕が君に探して貰おうと思っていたんだよ。」
「…ええ?」
…驚いた。まさかヒカルも成龍氏を探していたとは。
この偶然の一致。果たして喜ぶべきか否か?
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