記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

病に臥せる陳さん

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裏通りの奥にある診療所…。
闇医者の陳が経営している診療所は、今も休業中であった。医師である陳が喉頭癌にかかった為である。
…とはいえ、仕事もなくこれといってやることもない陳は暇を持て余していた。

「おーい。爺さん。生きてるか~?入るぞ~。」
聞き慣れた声が玄関口から聞こえる。近所で探偵事務所を開いている西馬の相棒、秋山の声だ。
「…入りたきゃ勝手に入れ。鍵は開いとる。」
しわがれ声で答える陳。それに応じて、秋山の巨体がのっそりと診察室に入ってきた。
「よお。爺さん。見舞いに来たぜ。どうだ。具合は。」
「…どうもこうもあるか。最悪じゃ。」
挨拶に答える陳。彼が着ている服はいつにも増してブカブカになり、まるで彼が一回り縮んでしまったかのように見える。服の隙間から垣間見える腕や足はまるで枯れ木の枝のようになっていた。
「…爺さん、ちょっと痩せたか?」 
「まあな…。このガンの症状で、物を食うと喉が痛くてかなわんのじゃ。だから自然と食欲も失せちまった。最近は点滴で賄っとるわい。」
「点滴って…。大丈夫なのか?」
「なに、医者の特権じゃ。カッカッカ…!…ゴホ…ゴホ…。」
笑いながらも咳き込む陳。気丈に振る舞ってはいるが、彼の病は確実に進行していた。
「…それより…西馬の奴への依頼はどうなっとる…?」
「ああ。息子さんの捜索だったな。俺も聞いたよ。なんでも昔喧嘩別れしたんだとか。」
「ああ…。互いの意見の食い違いでな。儂が院長をやっていた頃、一度病院が赤字で潰れかけた時があった。診療代を安くしたのが災いしてな。そんときに意見が割れちまったんじゃ。病院の経営を優先させるか、人命を優先させるか…。儂はその時に人命を優先すると主張した。たとえ儲けにならんでも、少しでも安く、多くの人を救う。それが医者の道じゃろう、と。じゃが奴は病院の経営を優先すると言い張りおった。病院自体が潰れてしまっては元も子もないだろう、もっと診察代を上げよう、とな。儂も言い出した手前引くに引けず、あいつも儂に似て頑固じゃったから全く意見を譲らんかった。…そんで、儂は頭にきて『じゃあお前らで勝手にしろ!俺はもう知らん!』と言って飛び出しちまった…。」
陳老人は、壁にもたれて遠くを見つめて言った。
「…正直言うと、あれは逃げ出しただけなのかもしれねえ。面倒ごとを全部あいつに押し付けて、自分のやりたいことやる為に…。あいつには悪い事をしちまった…。」
「爺さん…。」 
肩を落とす陳に、秋山は励ましの声をかけようとした。
その時だった。

「陳の爺さん!大丈夫か⁉︎」

不意にチンピラの格好の青年が心配顔で入ってきた。青年はオロオロとして今にも泣きそうな表情で陳に駆け寄る。
「爺さん…!もうヨボヨボじゃねえか…!まさか…死んじまうのかよ…!」
青年の言葉に、背後の秋山がゲンコツを食らわした。
「い…!いってえなぁ…!何しやがるんだ!」
「病人に縁起でもない事をいうな。バカタレ。なんなんだ。てめえは。」
「イテテ…。俺はこの爺さんの元患者だよ。あんたこそ何モンだよ。」
「ん…。そうだな。この爺さんの知り合いの知り合いってとこかな。」
「…なんだそりゃ。まるっきり赤の他人じゃねえか。」
「そう言うな。俺だってこの爺さんの見舞いに来たんだ。お前さんと同じようなもんだ。」
「…ふん。一緒にすんな。俺はな。この爺さんに命を救われたんだ。俺だけじゃねえ。兄貴も仲間内もみんなこの爺さんに救われた。あんたとは感謝の重みってやつが違うんだよ。」
「感謝の重み…ねえ。」秋山は青年の言葉を受けて陳に視線を移した。「…だそうだぜ。爺さん。」
青年の言葉を、陳老人は目を細めて聞いていた。じっくりと、噛みしめるように。
「あんたが厄介ごとから逃げ出したのかどうかなんて俺には分からねえ。それが正しい判断だったのかも、俺には分からねえ。でもあんたがやろうとしたこと、貫こうとした事はきっと間違いじゃなかったんじゃねえか。俺はそう思うぜ。」
「…そうだな。」
陳老人はしばし目を閉じて、何を思ったか立ち上がるのだった。
「お、おい。爺さん。何するつもりだ?」
「決まっとるじゃろ。診療所を再開するんじゃよ。病気だからって、医者がいつまでも休んでられん。」
「そんな無茶な!休んでなきゃダメだろ!」
「休んでいたって儂の病気は治らん!そんなら最期の時まで一人でも多くの患者を診る!…最後まで、儂のやりたかった事を貫かせてくれい…。」
「しかしその体じゃ……!」
止めようとする秋山の横で、青年が腕まくりし始めた。
「お…おれでもなんか手伝えるかな?おれ、頭悪いけどよ。力仕事くらいなら…!」
青年の言葉に、陳老人は頷きケロリン人形を指差した。
「そんじゃ、そこの人形を玄関口まで運んでくれんか?開業中に出しておく大事な人形じゃ。頼めるか?」
「おうっ!任しとけ!」
言うや否や、青年はケロリン人形を抱えて玄関口に向かった。

「……大丈夫なのか?爺さん。」
咳き込む陳老人を案じながら、秋山は尋ねた。
「……さあてな。じゃが、ここで腐ってるより、働いとる方が儂の性に合っとる。ま、やるだけやってみるわい。」
心なしか血色が戻り活き活きし始めた陳老人に、秋山はそれ以上の言葉はかけられないのだった。
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