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離愁編
陳さんの依頼
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裏通りの裏の裏。知る人ぞ知る闇医師診療所…。
陳さんからの電話を受けて、俺とアカリはそこに来ていた。
「しかし…なんで陳さんがお前の携帯番号知ってんだ?」
先程から気になっていた純粋な疑問である。
実のところ、ウチには電話機を置いていない…、というか置けないのだ。以前置いていた事があったが、いかんせん依頼が安定しないため、電話代が払えずに撤去されてしまった。俺の機械嫌いも相まって、それ以来電話機は一度も置いていない。
「ふっふっふ……。実は先生の為に、私ちょっと頑張ってみたんだ。」
不敵な笑いと共に、アカリは自分の携帯画面を見せて来た。画面には大きく、「西馬探偵事務所ホームページ」と書かれている。
「これ…もしかしてお前が作ったのか!?」
「もちろん!だってうちの事務所、電話もなんもないんだもん。それじゃお客さんが来るわけないでしょ?だから私が一肌脱いでホームページ作ってみたの!」
えっへん、と自慢げに胸を張るアカリ。…こいついつのまにそんなことを……。いやしかし待てよ?
「……じゃあ陳さんはこのホームページを見て連絡して来たんだな?」
「うん。多分。」
「…ってことは…。」
俺はホームページの下部を調べてみた。……依頼の連絡用にアカリの携帯番号が載せられている。
「…おい。何で自分の携帯番号載せてんだ。」
「え?だって先生、携帯持ってないでしょ?しょうがないじゃん。」
「お前、自分が追われてる立場ってこと忘れてないか?」
「……あ。」
……忘れていたな。この反応は忘れてた。
「……アカリ。せっかく作ってもらってなんだが、しばらくこのホームページは閉鎖だ。」
「えー…。でも…。」
「でももストもない!お前の携帯番号からお前の居場所が闇クラブの連中にバレるかもしれないんだ!奴らがもしとんでもない化けもんをよこして来たら、俺たちじゃ庇いきれないかもしれないんだぞ!」
ちょっと言葉キツめに叱りつける。アカリの身の安全の為にも大事なことだからだ。
「…はーい…。」
ムクれっ面で返事するアカリ。……やれやれ。この子は事の重大さがわかってるんだが、いないんだか…。
…何はともあれ、俺たちは陳さんの診療所の前まで来た。営業中を示すケロリン人形が今日は出ていない。
「…おかしいな。休みなんて。あの人、滅多な事じゃ休まないのに。」
「やっぱり、なんかあったのかな……?」
「……まあ、ともかく陳さんが待ってる。入ろう。」
俺は玄関を開けて中に入った。
診療所の中はがらんどうとしていて、待合室のソファで陳さんが一人座っていた。
「おお……。西馬。やっと来たか…。待っとったぞ。」
こちらに気づいた陳さんが、しわがれた声で声をかけてきた。陳さんの身体は枯れ木のように痩せ細り、声にもいつもの覇気がない。
「…一体どうしたんだよ?陳さん。何があったんだ?」
「…いやなに。ちょいと病気にかかっちまってなぁ……。医者が病気になるなんて、情けねぇ話だが…。」
ゴホゴホ、と咳き込む陳さん。抑える手からは血が見えていた。
「……!陳さん!血が…!」
「……まさか……。陳さん。その病気、あまり良くないものなのか?」
陳さんは喀血した口をぬぐいながら、ゆっくりと頷いた。
「……末期の咽頭癌じゃ。多分もう助からん。」
「そんな……。」
……陳さんの言葉に、俺は耳を疑った。
俺や秋山を含め、この辺り一帯の訳ありの奴らを善悪関係なしに治療し続けてきた陳さん。その陳さんが病気で死ぬだなんて……。
「なんとか……。なんとかならないのか?まだ助かる方法があるんじゃ……。」
その方法があるなら、俺はどんな犠牲も厭わないつもりだった。世話になった陳さんをこのまま死なせたくない。
だが、陳さんは咳き込みながら笑って答えた。
「…医者のわしが言うんじゃ。間違いねぇ。わしはもう助からない。」
何かの間違いだと、まだ陳さんは助かるんだと思いたかったが、陳さんの返事に、俺は改めてその言葉が現実である事を突きつけられた。
「……なんでだよ。医者のあんたなら、もっと早くに手は打てただろ?なのにどうして……。」
「…決まってるじゃろう。ここに来る奴らの為じゃ。……自分の都合で勝手に休めるかい。」
ゴホゴホとまた咳き込みながらも、陳さんの目は、長年人を救い続けてきた医者として、尚も輝いていた。
「……とはいえ、流石にこの前ヤクザの連中に心配されちまってな。『お願いだから休んでくれ!』なんて、言われちまった。おかげで現在休業中じゃ。まったく余計な心配しおってからに…。」
「……皆、あんたに死んでほしくないんだよ。あんたに救われた命がこの裏通りには何人もいる。…俺も含めてな。」
「…フン。」
陳さんは照れ臭そうにしながら、ゴホン!と大きく咳払いをすると、話を続けた。
「……で、じゃ。そこでお前さんらにちょいと頼みたいことがあるんじゃが…実は病気のことじゃない。」
「病気のことじゃない…?じゃあ一体?」
「ある人を……探してもらいたいんじゃ。」
そう言って、陳さんは一枚の写真を取り出した。一人の若い男が写っている。
「…この人は?」
「ワシの息子じゃよ…。もっとも、この写真は20年前に撮ったもんじゃがな……。20年前、ワシは息子と喧嘩別れして、それきり顔も合わせとらん。そいつに…死に際にもう一度、会いたくなってな。……ジジイの最期のワガママじゃ。どうか聞いてくれんか…?」
……生涯を人助けに捧げた人が、死を目前にして実の息子に会いたいと言っている……
俺に断る理由なんか無かった。
「……やるよ。陳さん。あんたの息子、必ず会わせてやるからな。」
陳さんからの電話を受けて、俺とアカリはそこに来ていた。
「しかし…なんで陳さんがお前の携帯番号知ってんだ?」
先程から気になっていた純粋な疑問である。
実のところ、ウチには電話機を置いていない…、というか置けないのだ。以前置いていた事があったが、いかんせん依頼が安定しないため、電話代が払えずに撤去されてしまった。俺の機械嫌いも相まって、それ以来電話機は一度も置いていない。
「ふっふっふ……。実は先生の為に、私ちょっと頑張ってみたんだ。」
不敵な笑いと共に、アカリは自分の携帯画面を見せて来た。画面には大きく、「西馬探偵事務所ホームページ」と書かれている。
「これ…もしかしてお前が作ったのか!?」
「もちろん!だってうちの事務所、電話もなんもないんだもん。それじゃお客さんが来るわけないでしょ?だから私が一肌脱いでホームページ作ってみたの!」
えっへん、と自慢げに胸を張るアカリ。…こいついつのまにそんなことを……。いやしかし待てよ?
「……じゃあ陳さんはこのホームページを見て連絡して来たんだな?」
「うん。多分。」
「…ってことは…。」
俺はホームページの下部を調べてみた。……依頼の連絡用にアカリの携帯番号が載せられている。
「…おい。何で自分の携帯番号載せてんだ。」
「え?だって先生、携帯持ってないでしょ?しょうがないじゃん。」
「お前、自分が追われてる立場ってこと忘れてないか?」
「……あ。」
……忘れていたな。この反応は忘れてた。
「……アカリ。せっかく作ってもらってなんだが、しばらくこのホームページは閉鎖だ。」
「えー…。でも…。」
「でももストもない!お前の携帯番号からお前の居場所が闇クラブの連中にバレるかもしれないんだ!奴らがもしとんでもない化けもんをよこして来たら、俺たちじゃ庇いきれないかもしれないんだぞ!」
ちょっと言葉キツめに叱りつける。アカリの身の安全の為にも大事なことだからだ。
「…はーい…。」
ムクれっ面で返事するアカリ。……やれやれ。この子は事の重大さがわかってるんだが、いないんだか…。
…何はともあれ、俺たちは陳さんの診療所の前まで来た。営業中を示すケロリン人形が今日は出ていない。
「…おかしいな。休みなんて。あの人、滅多な事じゃ休まないのに。」
「やっぱり、なんかあったのかな……?」
「……まあ、ともかく陳さんが待ってる。入ろう。」
俺は玄関を開けて中に入った。
診療所の中はがらんどうとしていて、待合室のソファで陳さんが一人座っていた。
「おお……。西馬。やっと来たか…。待っとったぞ。」
こちらに気づいた陳さんが、しわがれた声で声をかけてきた。陳さんの身体は枯れ木のように痩せ細り、声にもいつもの覇気がない。
「…一体どうしたんだよ?陳さん。何があったんだ?」
「…いやなに。ちょいと病気にかかっちまってなぁ……。医者が病気になるなんて、情けねぇ話だが…。」
ゴホゴホ、と咳き込む陳さん。抑える手からは血が見えていた。
「……!陳さん!血が…!」
「……まさか……。陳さん。その病気、あまり良くないものなのか?」
陳さんは喀血した口をぬぐいながら、ゆっくりと頷いた。
「……末期の咽頭癌じゃ。多分もう助からん。」
「そんな……。」
……陳さんの言葉に、俺は耳を疑った。
俺や秋山を含め、この辺り一帯の訳ありの奴らを善悪関係なしに治療し続けてきた陳さん。その陳さんが病気で死ぬだなんて……。
「なんとか……。なんとかならないのか?まだ助かる方法があるんじゃ……。」
その方法があるなら、俺はどんな犠牲も厭わないつもりだった。世話になった陳さんをこのまま死なせたくない。
だが、陳さんは咳き込みながら笑って答えた。
「…医者のわしが言うんじゃ。間違いねぇ。わしはもう助からない。」
何かの間違いだと、まだ陳さんは助かるんだと思いたかったが、陳さんの返事に、俺は改めてその言葉が現実である事を突きつけられた。
「……なんでだよ。医者のあんたなら、もっと早くに手は打てただろ?なのにどうして……。」
「…決まってるじゃろう。ここに来る奴らの為じゃ。……自分の都合で勝手に休めるかい。」
ゴホゴホとまた咳き込みながらも、陳さんの目は、長年人を救い続けてきた医者として、尚も輝いていた。
「……とはいえ、流石にこの前ヤクザの連中に心配されちまってな。『お願いだから休んでくれ!』なんて、言われちまった。おかげで現在休業中じゃ。まったく余計な心配しおってからに…。」
「……皆、あんたに死んでほしくないんだよ。あんたに救われた命がこの裏通りには何人もいる。…俺も含めてな。」
「…フン。」
陳さんは照れ臭そうにしながら、ゴホン!と大きく咳払いをすると、話を続けた。
「……で、じゃ。そこでお前さんらにちょいと頼みたいことがあるんじゃが…実は病気のことじゃない。」
「病気のことじゃない…?じゃあ一体?」
「ある人を……探してもらいたいんじゃ。」
そう言って、陳さんは一枚の写真を取り出した。一人の若い男が写っている。
「…この人は?」
「ワシの息子じゃよ…。もっとも、この写真は20年前に撮ったもんじゃがな……。20年前、ワシは息子と喧嘩別れして、それきり顔も合わせとらん。そいつに…死に際にもう一度、会いたくなってな。……ジジイの最期のワガママじゃ。どうか聞いてくれんか…?」
……生涯を人助けに捧げた人が、死を目前にして実の息子に会いたいと言っている……
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