記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

プロローグ 依頼の着信

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「……薄い。」
「薄いって何が?先生の髪の毛の話?」
「……違ぇよ。」

…ここはT市の裏通りに構える西馬探偵事務所。
俺は助手のアカリと共に、いつものように昼下がりのコーヒーで一服していた。
「…コーヒーが薄いんだよ。エスプレッソ用に深煎りで淹れたのに…。」
「そんなこと言われても、私コーヒー飲まないし分かんないよ。機械が壊れたんじゃない?」
「そんなまさか…。結構高かったんだぞ。このサイフォン式のコーヒーメーカー…。メンテも毎日やってるし…。」
「知らないよ。壊れるときは壊れるもんなんじゃない?」
「ヨヨヨ……。」
…長い付き合いだったこのコーヒーメーカーが遂に壊れたというのか。物はいつか壊れるものというが、いざその時になると寂しいものがある。
「…いい大人が泣かないでよ。みっともない。」
「だってよう……。俺はずっとコイツのコーヒーばかり飲んできたんだぜ?いわば家族みたいなもんさ。そいつが壊れたとあっちゃ、悲しくてよう…。」
「たかがコーヒーメーカーじゃん。買い換えたらいいだけでしょ?」
むむう…。女って奴は、時に非情な所がある。この長年の相棒を失ったような感覚が分からんとは…。


「おう。西馬。入るぞ。」
「はいるぞー。」

玄関から声がしたかと思うと、秋山がりえちゃんを肩車して入ってきた。もうすっかり本物の親子のような感じだ。
前回の事件の後、秋山はりえちゃんを正式に養子に迎え入れ、今は二人暮らしだ。仕事の間はりえちゃんを俺か須田に預けたりしている。面倒を見る子がまた増えてしまったが、まあとにかく平穏無事に終わって良かった。

「よう。秋山。この時間に二人連れってことは、今日は休みかい?」
「ああ。今からりえちゃんの学校の入学手続きだ。長い事学校に行ってなかったからな。その合間にちょいと立ち寄ったんだ。」
……一丁前にお父さんやってるな。
「いらっしゃい。りえちゃん。お姉さんと遊んでく?」
「うん!」
そう言って、アカリはりえちゃんを連れて事務所の奥へと行った。りえちゃんもアカリによく懐いているようだ。
「…そっか。りえちゃんも10歳だもんな。普通なら小学生か。しかし、途中から入って周りの子に勉強追いつくかね?」
「そこなんだよ。心配なのは。あの子は一時特殊な環境にいたから、その間学校に行けていない。入学しても周りについていけるかどうか…。」
穴取を倒し、りえちゃんとの平和な暮らしを手に入れた秋山。だが本当に大変なのはこれからなのかもしれない……。

「そろそろ時間だ。行ってくる。おーい。りえちゃん。行くよ。」
「はーい!おとうちゃん!」
りえちゃんはタタタッと秋山に走り寄り、アカリに、バイバイ、と手を振る。
アカリもそれに応えて手を振り、二人を見送るのだった。

「…よかったね。秋山さん。りえちゃんと暮らせるようになって。」
「ああ。一時はどうなるかと思ったが、一番いい形に落ち着いた。仇は討てたし、りえちゃんは元気になって、一緒に暮らせるようになって…。すべて丸く収まった訳だ。」
「いいなぁ…。ちょっとりえちゃんがうらやましいな。私はまだずっと一人だから…。」
「アカリ……。」
……かつて俺はアカリから兄を探すように依頼された。こいつは今日まで、家族なしにずっと一人で頑張ってきたんだ。ようやく家族として一歩踏み出せた秋山とりえちゃんには、嬉しいながらも複雑な思いがあるんだろう…。
「……兄さんの手がかり、まだ見つかんないの?先生。」
「む……。えーと、それはだな…。」
俺は言葉に詰まった。
実はこの間まで俺はアカリの兄であるヒカルと共闘していたのだ。「ドリームランド」倒壊で行方知らずだが、あいつのことだ。おそらく無事でいるだろう。
だが一方で、俺にはそのヒカルとの約束もある。

『全ての決着がつくまで妹とは会えない。』

…あいつはそう言っていた。
恐らく闇クラブを全部潰すまでは会う気はないんだろう。
…アカリをヒカルに会わせるのはまだ早い。しかしこれ以上アカリに寂しい思いをさせて良いものか。

「せ~ん~せ~い~?」
言葉を濁す俺に、アカリが返事を催促し始めた。…まずい。勘付かれる。
「えーっと…アカリ。お前の兄貴はな…。」

……『お前を蝋人形にしてやろうか!』…
『お前を蝋人形にしてやろうか!』…
『お前を蝋人形にしてやろうか!』…

…不意に、恐ろしげな男の声が俺の声を遮る。
連続して繰り返す男の声はアカリの方から聞こえる。
「…あ。ゴメン。先生。電話だわ。」
「…お前。その着信音、まだ直してなかったのか。」
声の正体はアカリの携帯の着信音だった。あいもかわらず悪趣味だ。
「…はい。もしも…あ、陳さん?……え?先生?いるけど、変わる?」
二言三言言ってアカリは携帯を俺に渡してきた。
「陳さんから電話か?」
「うん。なんか様子が変だったけど…。」
「…様子が変?」
…気にはなるがとにかく、俺は携帯をうけて陳さんと話すことにした。
「もしもし。陳さん。俺だ。」 
「……おお。西馬か?……すまんな。いきなり…。」
……陳さんの声にいつもの声がない。息も絶え絶えだ。
「陳さん。どうした?何かあったのか?」
「……もう、時間がない。お前さんに…依頼をしたい……。とにかく、わしのところまで、来てくれんか……?」
「陳さんが依頼?なんだって急に……。」
…電話はそこで途切れてしまった。
「…陳さん。何だって?」
「わからん…。とにかく自分のところまで来てほしいと言っていたが……。」

……陳さんのあの様子。ただごとじゃない。なんかいやな予感がする……。

言い知れぬ不安を胸に、俺とアカリは陳さんの待つ診療所へと向かった。
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