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人形師編
「ドリームランド」夢の終わり 人形師の最期
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燃え上がる部屋を後にする秋山。
すると、階下からヒカルが登って来ていた。
「やあ。秋山君。復讐とやらは済んだかい?」
「ヒカルか…。今しがた終わったところだ。奴はこの上で泣き叫んでるよ。」
「…ということは、穴取を殺していないんだね?」
「ああ…。」答えつつ、秋山は煤で汚れた顔を拭った。「…約束だからな。」
「そうか。じゃ、僕は僕の用事を済ませてくるよ。」
そう言ってヒカルは階段を登らんと、足を踏み出す。秋山は慌てて止める。
「待て。この上はもう火で溢れかえっている。危ねえぞ。」
「お気遣いなく。僕は奴を殺すためにやって来たんだ。ここまで来て何もせず帰るなんて我慢ならないね。それに策士の奴のことだ。脱出手段のひとつやふたつ、用意してたっておかしくはない。」
「バカな…!部屋はもう火の海だぞ。もうどうやっても脱出は不可能だ…!」
「さあどうかな?…まあともかく、僕は 奴の生死を確認しにいくよ。君らは先に帰っていてくれ。」
そうして、ヒカルは足早に秋山を追い越し、三階へと登っていった。
「あっ!おいっ!」
秋山が呼び止めるがヒカルは御構い無しに突き進む。
「…知らねえぞ。もう…。」
秋山は深追いせず、二階へと下っていった。
…三階は全体に炎が燃え広がっていた。
燃え盛る人形たち。その様をただひたすら嘆く穴取。さながら灼熱地獄を絵に描いたような光景であった。
「…おのれ…!おのれ!秋山め!この恨み、必ず晴らしてやるからな…!」
ひとしきり泣き叫んだ穴取は、無線機を取り出しどこぞに連絡を取った。
『…はい。いかがされましたか?穴取様。』
「“運び屋”!今どこにいる!?」
『私ですか?私ならもう本部に帰還しているところです。』
「何を呑気な!今すぐ戻って私をここから脱出させろ!今すぐだ!」
『今すぐですか?すいませんが穴取様。それは出来かねますねぇ。』
「なんだと!私は依頼主だぞ!その命令が聞けんのか!」
『…穴取様。なぁんか勘違いなさってるようですねぇ。』
「勘違い?なんの話だ!?」
『今回の依頼主はあなたではありません。首領の東郷様です。私の依頼された指令は、ルシフェルの開発した“対魔眼用戦闘員”の派遣と、戦闘のデータの報告です。なのであなたに指令を変更する権限はございません。悪しからず…。』
「そ…そんなバカな…!」
“運び屋”との無線はそこでぷっつりと切れてしまった。
「お…おいっ…!?…くそっ!東郷の奴め!私を捨て駒にする気だったのか…!」
「どうやら…頼みの綱も途切れたみたいだね。穴取君。」
ゆらりと、炎の影から黒衣の男が穴取に近づいて来た。
「ボ…ボス…!」
「やはり万一失敗した場合の脱出手段も考えていたみたいだけど、当てが外れたね。どうやら君は切り捨てられたらしい。」
「う…うう…。わ、私を殺すのか…?ボス…。」
「ああ。だが殺すのは、どちらかといえば彼女たちかな?」
ヒカルの眼が妖しい金の光を帯びはじめる……。
「さあ、悪い子にはお仕置きだ。」
…気がつくと、穴取は真っ暗い空間にぽつんと一人残されていた。辺りには何もなく、ものの影も形もない。
「こ…ここは一体…?」
辺りを見渡すと、こちらを見つめる女性がいる。その女性には見覚えがあった。
「やあ。オーナーさん。しばらくだね。」
「お前は…りさ…!」
「やーね。今はゆりあだって言ったでしょ?女一人の名前も覚えらんないの?」
「バカな…!お前は確か…!」
それは以前髪と乳房を切り取って殺した女だった。その女が生前とほとんど変わらぬ姿で穴取の目の前に立っている。違うところと言えば、美しかった髪と頭の皮が剥がれて頭蓋骨が見えているくらいか。
「どうして…。どうしてお前がここに…!」
「どうしてって…貸したものを返してもらいによ。」
「貸したもの…?なんのことだ…。」
「あたしのオッパイと髪の毛、あんたに貸したでしょ?返してよ。」
「そ、そんなこと、無理に決まって…!」
ゆりあは反論する穴取などに構わず、頭を鷲掴みにする。掴まれた頭は皮膚の部分からゴッソリと抜けていった。
「あ…。ああ…!ああああ…!!」
痛みと恐怖で絶叫する穴取をゆりあはせせら笑う。
「痛いかい?怖いかい?でも人から借りたものはちゃあんと返さないとね。ほら。まだ向こうに返してもらいたがってる人たちがいるよ。」
ゆりあの指差した先。そこには過去に穴取が殺して来た女たちがじっとこちらを見つめていた。皆それぞれ、体の一部をなくしていた。ある者は両腕がなく、ある者は脚がなく、ある者は両目がない…といった具合に。
カエシテ…カエシテ…カエシテ…カエシテ…
女たちが穴取の四肢を掴み、もぎ取っていく。腕のない者は腕を。脚のない者は脚を。眼のない者は眼を…。
四肢をもがれる度に穴取に激痛が走り、そしてもがれた四肢が再び生え変わる。生え変わった四肢はまた別の女にもがれ、そしてまた生えるの繰り返し…。
終わることのない煉獄に、穴取の悲痛な叫びだけがいつまでもこだましていた……。
……燃えていく。崩れていく。
ある男の欲望という名の「夢の国」が。
俺と秋山は一足先に脱出し、焼けくずれていく廃遊園地を眺めていた。
「……終わったな。」
感慨深げに燃え盛る廃遊園地を眺める秋山に、俺はそう声をかけた。
「……ああ。終わったよ。ようやく終わった…。俺の、10年にも及ぶ、長い長い悪夢が……。」秋山は胸元からジッポとタバコを取り出し、一服を始めた。
「……おもえば、俺は妻を殺されたあの日からずっと悪夢をさまよっていた。妻の仇を取ること、それだけを生きがいにして自分の幸せのことなど考えていなかった。もし…もしお前たちやりえちゃんに出会ってなかったら、俺はただの人殺しに成り下がっていただろう…。」
「…秋山。お前の復讐は終わった。…今一番に何がしたい?」
「…そうだな。」
秋山は吸い終えたタバコを踏みつけ、そして笑顔でこう言った。
「…今は我が家に帰りたい。死んだ妻に、仇をとったことを報告して、それからりえちゃんに謝りたい。それから…。」そこまで言って、秋山は嬉しそうに笑った。「…キリがないな。やりたい事が次々浮かんでくるよ。一言じゃ収まりきらない。」
「……そうか。」
秋山は眼を涙で滲ませながら笑っていた。「妻の仇討ち」という呪縛から、こいつはようやく解き放たれた。その実感を少しずつ、噛み締めているかのように。
「まだまだ…やれることはたくさんある。あんたの人生はこれからだよ。秋山。」
「…ああ。」
夢の国が燃えてゆく。男たちの想いを飲み込んで。
その炎に背を向けて、俺たちは歩き出した。俺たちのこれからの明日へ向かって…。
すると、階下からヒカルが登って来ていた。
「やあ。秋山君。復讐とやらは済んだかい?」
「ヒカルか…。今しがた終わったところだ。奴はこの上で泣き叫んでるよ。」
「…ということは、穴取を殺していないんだね?」
「ああ…。」答えつつ、秋山は煤で汚れた顔を拭った。「…約束だからな。」
「そうか。じゃ、僕は僕の用事を済ませてくるよ。」
そう言ってヒカルは階段を登らんと、足を踏み出す。秋山は慌てて止める。
「待て。この上はもう火で溢れかえっている。危ねえぞ。」
「お気遣いなく。僕は奴を殺すためにやって来たんだ。ここまで来て何もせず帰るなんて我慢ならないね。それに策士の奴のことだ。脱出手段のひとつやふたつ、用意してたっておかしくはない。」
「バカな…!部屋はもう火の海だぞ。もうどうやっても脱出は不可能だ…!」
「さあどうかな?…まあともかく、僕は 奴の生死を確認しにいくよ。君らは先に帰っていてくれ。」
そうして、ヒカルは足早に秋山を追い越し、三階へと登っていった。
「あっ!おいっ!」
秋山が呼び止めるがヒカルは御構い無しに突き進む。
「…知らねえぞ。もう…。」
秋山は深追いせず、二階へと下っていった。
…三階は全体に炎が燃え広がっていた。
燃え盛る人形たち。その様をただひたすら嘆く穴取。さながら灼熱地獄を絵に描いたような光景であった。
「…おのれ…!おのれ!秋山め!この恨み、必ず晴らしてやるからな…!」
ひとしきり泣き叫んだ穴取は、無線機を取り出しどこぞに連絡を取った。
『…はい。いかがされましたか?穴取様。』
「“運び屋”!今どこにいる!?」
『私ですか?私ならもう本部に帰還しているところです。』
「何を呑気な!今すぐ戻って私をここから脱出させろ!今すぐだ!」
『今すぐですか?すいませんが穴取様。それは出来かねますねぇ。』
「なんだと!私は依頼主だぞ!その命令が聞けんのか!」
『…穴取様。なぁんか勘違いなさってるようですねぇ。』
「勘違い?なんの話だ!?」
『今回の依頼主はあなたではありません。首領の東郷様です。私の依頼された指令は、ルシフェルの開発した“対魔眼用戦闘員”の派遣と、戦闘のデータの報告です。なのであなたに指令を変更する権限はございません。悪しからず…。』
「そ…そんなバカな…!」
“運び屋”との無線はそこでぷっつりと切れてしまった。
「お…おいっ…!?…くそっ!東郷の奴め!私を捨て駒にする気だったのか…!」
「どうやら…頼みの綱も途切れたみたいだね。穴取君。」
ゆらりと、炎の影から黒衣の男が穴取に近づいて来た。
「ボ…ボス…!」
「やはり万一失敗した場合の脱出手段も考えていたみたいだけど、当てが外れたね。どうやら君は切り捨てられたらしい。」
「う…うう…。わ、私を殺すのか…?ボス…。」
「ああ。だが殺すのは、どちらかといえば彼女たちかな?」
ヒカルの眼が妖しい金の光を帯びはじめる……。
「さあ、悪い子にはお仕置きだ。」
…気がつくと、穴取は真っ暗い空間にぽつんと一人残されていた。辺りには何もなく、ものの影も形もない。
「こ…ここは一体…?」
辺りを見渡すと、こちらを見つめる女性がいる。その女性には見覚えがあった。
「やあ。オーナーさん。しばらくだね。」
「お前は…りさ…!」
「やーね。今はゆりあだって言ったでしょ?女一人の名前も覚えらんないの?」
「バカな…!お前は確か…!」
それは以前髪と乳房を切り取って殺した女だった。その女が生前とほとんど変わらぬ姿で穴取の目の前に立っている。違うところと言えば、美しかった髪と頭の皮が剥がれて頭蓋骨が見えているくらいか。
「どうして…。どうしてお前がここに…!」
「どうしてって…貸したものを返してもらいによ。」
「貸したもの…?なんのことだ…。」
「あたしのオッパイと髪の毛、あんたに貸したでしょ?返してよ。」
「そ、そんなこと、無理に決まって…!」
ゆりあは反論する穴取などに構わず、頭を鷲掴みにする。掴まれた頭は皮膚の部分からゴッソリと抜けていった。
「あ…。ああ…!ああああ…!!」
痛みと恐怖で絶叫する穴取をゆりあはせせら笑う。
「痛いかい?怖いかい?でも人から借りたものはちゃあんと返さないとね。ほら。まだ向こうに返してもらいたがってる人たちがいるよ。」
ゆりあの指差した先。そこには過去に穴取が殺して来た女たちがじっとこちらを見つめていた。皆それぞれ、体の一部をなくしていた。ある者は両腕がなく、ある者は脚がなく、ある者は両目がない…といった具合に。
カエシテ…カエシテ…カエシテ…カエシテ…
女たちが穴取の四肢を掴み、もぎ取っていく。腕のない者は腕を。脚のない者は脚を。眼のない者は眼を…。
四肢をもがれる度に穴取に激痛が走り、そしてもがれた四肢が再び生え変わる。生え変わった四肢はまた別の女にもがれ、そしてまた生えるの繰り返し…。
終わることのない煉獄に、穴取の悲痛な叫びだけがいつまでもこだましていた……。
……燃えていく。崩れていく。
ある男の欲望という名の「夢の国」が。
俺と秋山は一足先に脱出し、焼けくずれていく廃遊園地を眺めていた。
「……終わったな。」
感慨深げに燃え盛る廃遊園地を眺める秋山に、俺はそう声をかけた。
「……ああ。終わったよ。ようやく終わった…。俺の、10年にも及ぶ、長い長い悪夢が……。」秋山は胸元からジッポとタバコを取り出し、一服を始めた。
「……おもえば、俺は妻を殺されたあの日からずっと悪夢をさまよっていた。妻の仇を取ること、それだけを生きがいにして自分の幸せのことなど考えていなかった。もし…もしお前たちやりえちゃんに出会ってなかったら、俺はただの人殺しに成り下がっていただろう…。」
「…秋山。お前の復讐は終わった。…今一番に何がしたい?」
「…そうだな。」
秋山は吸い終えたタバコを踏みつけ、そして笑顔でこう言った。
「…今は我が家に帰りたい。死んだ妻に、仇をとったことを報告して、それからりえちゃんに謝りたい。それから…。」そこまで言って、秋山は嬉しそうに笑った。「…キリがないな。やりたい事が次々浮かんでくるよ。一言じゃ収まりきらない。」
「……そうか。」
秋山は眼を涙で滲ませながら笑っていた。「妻の仇討ち」という呪縛から、こいつはようやく解き放たれた。その実感を少しずつ、噛み締めているかのように。
「まだまだ…やれることはたくさんある。あんたの人生はこれからだよ。秋山。」
「…ああ。」
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