記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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人形師編

嘲る者と抗う者

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予定していた60分も終わり、俺は事務所へと向かう。
店の入り口までは、ゆりあが見送りに付き添ってきてくれた。
「なんか…ゴメンね。ちゃんとあげられなくて。」
「いや、そりゃこっちの都合のせいだよ。あんたが悪いんじゃない。」
「…だとしても、やっぱさ…。」
申し訳なさそうに、ゆりあは俺の横に寄り添う。
「…いつか…あんたにも抱ける女ができたらいいね。あんたがその人の記憶も全部受け入れられるような…。」
「はは…。できるかね?俺なんかに。」
「できるよ。きっと。だって……。」
…話の途中で、出口まで来てしまった。
「……ここで、お別れだね。」
「ああ…。ありがとうな。色々。」
「そんな。こちらこそだよ。あんたみたいな優しい人と話せて良かった。穴取って奴ぶっ飛ばしてきて。あたいと、あいつに殺された人達の分もさ。」
「ああ。任しとけ。」
「そんで…全部終わったらさ。また来なよ。あんたならサービスしたげるよ。」
「それは…考えとく。」
…俺はきっとまた変な顔をしていたんだろう。ゆりあは俺をみて可笑しそうに笑っていた。心なしか、頰を紅く染めて。


……午後11時。
「おつかれさまでした~。」
勤務時間を終え、身支度を整えてゆりあは帰宅する。2月の夜風はまだ肌寒く、彼女は厚手のコートで身を縮めて急ぎ足で自宅へと向かった。
「う~…。寒…。まだ冷えんね~。2月は。」
などと独り言を呟きながら。
(…あの探偵さん。また来てくれるかな。来てくれたらいいなぁ…。)
今日の来客に想いを馳せて、ゆりあはため息を吐く。吐息は真っ白な靄を作り、そして虚空へと消えていった。
(いい人…だったな…。もう…来ないかな…。)
泣きそうな面をパンとはたき、ゆりあは空を見上げた。空では満点の星空が、彼女を優しく見下ろしていた。
「…メソメソすんなっ!らしくないっ!」
彼女は自分にそう言い聞かせ、また家路へと向かう。


…ダンッ!!



寒空の下、銃声が響き渡る。
ゆりあは、糸の切れた人形のようにその場に倒れこんだ…。



…目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。ゆりあは椅子に両腕、両脚をくくりつけられていた。目の前には何かの置物がある。布がかけられていて、何かはわからない。
(ここは…どこだろう…?あたいは一体…。)
ゆりあはあたりを見回した。暗闇の向こうに、何人かの人影が見える。だが、その人影からはなぜか生気を感じない。

「やぁ…。目が覚めたかね?」


どこからか男の声が聞こえてくる。そしてコツコツと、革靴の音が響いてくる…。
暗闇からヌッと顔を見せたのは、頰のこけた色白の男だった。
「あ、あんたは…!」
「お会いするのは初めてだったかな?ちゃん。」
「…今はだよ。バカ。もうあのクラブの女じゃないんだ。」
「ああ、そうだったな…。だが私にとっては、君はいつまでものままだよ。りさちゃん。」
男はククッと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「…あのクラブのオーナーが今更あたいに何の用だい?連れ戻す気かい?」
「いやいや。違うよ。私ももうあのクラブから抜け出したんだ。今はこうしてを楽しんでいるんだ。」
「…あんたの趣味ならよく知ってるよ。あたいを気なんだね?そんであたいを犯す気なんだろ。」
「それも少し違う。実は君を私のコレクションの一つに加えたいと思ってね。」
「コレクション?」
「そう。のようにね。」
そう言うと、その男、穴取は部屋の明かりをつけた。そして人影の正体が見えた。
人形だ。女性の人形がずらりと並べられている。その一体一体はとても精巧にできていた。まるで生きているように…。
「…何よ。これ。あんたお人形遊びが趣味だったの?」
「ただの人形じゃない。彼女たち全てにを使っている、私の魂そのものだ。」
ゆりあは並べられている人形をじっと見つめて、そして察した。
穴取やつの性癖…。そして先ほどの言動…。それらから連想される答えを。
「…このクソ野郎。これだけの人形揃えるのに、一体何人殺したんだ。」
「人聞きの悪い。私はこうすることで、彼女達の美を守ってあげているんだ。彼女達は私のとして永遠に残り続ける。そして今、またもう一体の作品が出来上がりそうなんだ。見たまえ。」
穴取はゆりあの眼前に置いてある置物の布を取り払った。
そこには、が置かれてあった。顔は眼をくり抜かれ、鼻、耳、首筋に不自然なツギハギが見える。両腕、両脚も同様で、胴体部分にこれもまたツギハギが施されていた。その胴体には…肝心の乳房が削ぎ落とされていた。
ゆりあはその人形の風貌と、放たれる異臭に顔をしかめた。
「あと少しなんだ…。あとは髪と、乳房と、目が手に入れば、彼女は完成する。目の方は、誰のものを入れるか、もう決めてある。君には、その髪と乳房をいただくとしようか。」
「なんてことを…。」
穴取はテーブルの引き出しから注射器と糸のこを取り出し、ゆりあに近寄ってきた。
「さあ、始めよう。心配しなくともいい。君には少し眠ってもらって、そのあとで殺してやる。好きなだけ喚くといい。君の悲鳴が、私の作品をより美しくする…。」
「…あたいが、あんたの思い通りに喚くと思うかい?」
優越感に浸る穴取を、ゆりあはキッと睨み返す。
「なめんじゃないよ。生身の女を抱く度胸もない、腰抜けのヘナちん野郎…!」
「な…何…?」
ぺっ、とゆりあは穴取の顔にツバを吐きつけた。
「こ、この売女が…!」
「あんたみたいな奴の望むプレイなんて何一つしてやるもんか。あたいみたいな売女でもね、プライドがあんだよ。さ、殺すなら早く殺しな。」
「…いいだろう…!」
穴取は青筋を立てながら引き返し、テーブルの引き出しからハンマーを取り出した。
「ならお前の望み通りにしてやる…!」


(ごめんよ…。探偵さん…。あたいもう、あんたに会えそうにないや…。どうかあたいの代わりに、こいつをぶっ飛ばして。お願い…。)
ゆりあは悲鳴をあげそうな唇をキュッと噛み締め目を瞑る。
穴取はそんな無抵抗な女の頭上めがけてハンマーを振り下ろすのだった…。
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