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人形師編
西馬探偵、初の風俗に行く5
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その風俗店の一室は静寂に包まれていた。
エアコンのファンの回る音と、シャワーから滴る水の音。そして二人の男女が絡み合う淫靡な音だけが、その部屋を満たしていた。
…どうしてこうなったんだっけ?そうだ。俺は穴取の行方を追っていて、その情報を持っている女性を紹介されて、その店で聞き込みをして、それで…。
取り留めのないことに思いを馳せている俺をよそに、ゆりあの口づけは激しさを増す。
彼女の唇は俺の上唇から下唇を濡らし、その唇が開いたかと思うと、今度は俺の口の中に舌を侵入させる。
「~~~~!」
彼女の舌は俺の舌に絡みつく。彼女の吐息と俺の吐息が混ざり合い熱を帯び始める。その一方で…。
…『い、嫌っ!やめて!お願い!』…
…これは、彼女の記憶だ。
彼女の体内に近い部分に触れているため、記憶が映像だけでなく、音まで鮮明に聞こえてくる。
「ん…!ん…!」
夢中で舌を絡みつかせるゆりあ。
だが、俺には彼女の記憶が見えてしまう。
……ここはまた違う店の中だ。…全裸の男が跨って、ナイフをチラつかせている…
…『大人しくしろ!俺は客だぞ!』…
…『む、無理よ!痛い!許して!お願い!お願いよ…!』…
…『このあばずれが!一丁前の口聞くんじゃねえ!』…
…男の持つナイフが彼女の体に突き立てられる。…そして彼女の悲痛な叫びが…
「…ぐっ!」
耐えきれず、俺はゆりあを突き放してしまった。
「あっ…!ごめん。苦しかった?」
「…いや。すまない。そうじゃないんだ…。俺は…。」
言いかけて、俺はハッとした。
…ゆりあは、泣いていた。
俺が初体験でうろたえている間、彼女はずっと泣いていたんだ。なんて事だ。そんなことにも気づかなかったなんて…。
俺は何も言わず、彼女の涙を拭った。
「あ…。」
「…あんたの記憶が見えちまった。酷い男に乱暴される記憶が…。その傷、その時についたんだろ?」
言われて、ゆりあは横腹の古傷を隠した。
…やれやれ。彼女の容姿に見とれて、彼女の「傷」に今まで気がつかなかったなんて…我ながら情けない話だ。
「…ふふ。客に気遣われるようじゃ、プロ失格だね。」
「俺は泣いてる女を抱く趣味はない。それだけさ。」
そうカッコつけて、俺はもう一本缶コーヒーを頂いた。
「ふふふ…。言ってくれるじゃない。童貞のクセしてさ。」
「…ぶっ!」
ゆりあに茶化されて、俺は思わず噴いてしまった。
「…さて、と。どうしよっか?時間もなくなっちゃったし…。」
ゆりあは、乱れた衣服を直して俺にそう言った。
「そうだな…。時間までおしゃべりなんて、どうだろう?」
俺の提案に、ゆりあはまたクスっと笑う。
「別にいいけど…。あたいは初めてだよ。プレイよりおしゃべりを頼まれたの。」
「話すのは苦手?」
「まさか。むしろ得意な方よ。嫌な客との時間を過ごすテクだからね。」
…うわ。やな事聞いた。
「…まあいいよ。付き合うよ。おしゃべり。見たとこなんか、悩んでるみたいだし。」
「…何で分かる?」
「顔に書いてある。」
「…参ったな。」
観念した俺は、彼女に胸の内を語る事にした。ここに来る前にあったゴタゴタで、胸につっかえていた事だ。
「実は…俺の相棒の事で悩んでるんだ。」
「あんたの相棒さん?」
「ああ。実はさっきあんたに聞いた穴取にそいつは妻を殺されてるんだ。相棒は奴を見つけ出そうとやっきになってる。」
「復讐のために?」
「そうだ。俺も始め、そいつの復讐の為に協力していた。だけど…。」
「だけど?」
「俺は思い直し始めた。あいつが…俺の相棒が復讐を遂げても、あいつは幸福にはなれない。むしろ破滅してしまうんじゃないかと、ね。だから俺が先に穴取を見つけて、あいつの代わりに穴取を殺そうと思ったんだ。だがあいつは認めなかった。『お前が穴取を殺したら、俺のこの想いはどうなる?俺が苦しんできた10年間は?』…とね。俺は何も言えなかったよ。そうしてそいつとはケンカ別れしちまった。」
…話しながら、俺は悲しい背中を見せながら俺の事務所を出て行く秋山を思い返していた。
「なるほど、ね。あんたも大変ねぇ。…えっと、失礼。」
ゆりあはそう言って、また一本、一服を始めた。
「うーん…。あたいにはあんたが間違ってるとは思えない。あんたの相棒も。お互い、譲れないものがあるんでしょうね。でももし、あたいがあんたの相棒みたく復讐する立場だったら…、多分こう言うだろうね。」
「なんて言う?」
「余計なお世話だ。」
「……。」
あまりにストレートな言葉で、俺は言葉が出なかった。
「やっぱさ。過去の因縁には、自分の手でケリつけたいもんだと思う。あんたがその相棒のことを思う気持ちもわかるけど、あんたに勝手にケリつけられたら、今度はあんたを恨むと思うよ。一生ね。」
「だけど…他にどうしろってんだ。俺はあいつを人殺しになんかしなくない。」
「はあ…。全くアタマが硬いんだから…。」
ゆりあはそう言って、たばこを灰皿に押し付ける。
「別に殺さないといけない訳じゃないでしょ?復讐なんてさ。憎い奴にギャフンと言わせてやれば、それでいいじゃないか。例えば…今のあたいがそうさ。」
「今の…あんたが復讐?どういうこった?」
「あたいは金持ちの男の気まぐれでアスモデウスから抜け出せた。でも…あの男はあたいに飽きて捨てやがった。だからあいつを見返してやんのさ。風俗嬢でNo. 1になって、あんたが捨てた女はこんなにいい女だったんだぞ!…ってね。そんでそいつがそういういかがわしいクラブに通ってたことを世間に公表してやる。それがあたいなりの復讐さ。」
「…エゲツない復讐だな。」
「死んだほうがマシだ、って思えるくらいのことしてやりなよ。これなら殺さなくたっていいだろ?」
「成る程…。そりゃいいな。」
ピピピッ!ピピピッ!
突然、ストップウォッチの音が鳴り出した。どうやらもう時間らしい。
「…終わっちゃった。これでお別れ、だね。」
「ああ。あんたには感謝する。早速あいつに謝ってくるよ。」
「とんでもない。感謝すんのはあたいの方さ。…ひさびさに人間扱いされた気がしたよ。」
俺とゆりあは握手を交わし、お互い笑いあった。微笑む彼女は、煌びやかな風俗嬢じゃない、無垢でそれでいて力強い瞳を秘めた女性の顔をしていた。
エアコンのファンの回る音と、シャワーから滴る水の音。そして二人の男女が絡み合う淫靡な音だけが、その部屋を満たしていた。
…どうしてこうなったんだっけ?そうだ。俺は穴取の行方を追っていて、その情報を持っている女性を紹介されて、その店で聞き込みをして、それで…。
取り留めのないことに思いを馳せている俺をよそに、ゆりあの口づけは激しさを増す。
彼女の唇は俺の上唇から下唇を濡らし、その唇が開いたかと思うと、今度は俺の口の中に舌を侵入させる。
「~~~~!」
彼女の舌は俺の舌に絡みつく。彼女の吐息と俺の吐息が混ざり合い熱を帯び始める。その一方で…。
…『い、嫌っ!やめて!お願い!』…
…これは、彼女の記憶だ。
彼女の体内に近い部分に触れているため、記憶が映像だけでなく、音まで鮮明に聞こえてくる。
「ん…!ん…!」
夢中で舌を絡みつかせるゆりあ。
だが、俺には彼女の記憶が見えてしまう。
……ここはまた違う店の中だ。…全裸の男が跨って、ナイフをチラつかせている…
…『大人しくしろ!俺は客だぞ!』…
…『む、無理よ!痛い!許して!お願い!お願いよ…!』…
…『このあばずれが!一丁前の口聞くんじゃねえ!』…
…男の持つナイフが彼女の体に突き立てられる。…そして彼女の悲痛な叫びが…
「…ぐっ!」
耐えきれず、俺はゆりあを突き放してしまった。
「あっ…!ごめん。苦しかった?」
「…いや。すまない。そうじゃないんだ…。俺は…。」
言いかけて、俺はハッとした。
…ゆりあは、泣いていた。
俺が初体験でうろたえている間、彼女はずっと泣いていたんだ。なんて事だ。そんなことにも気づかなかったなんて…。
俺は何も言わず、彼女の涙を拭った。
「あ…。」
「…あんたの記憶が見えちまった。酷い男に乱暴される記憶が…。その傷、その時についたんだろ?」
言われて、ゆりあは横腹の古傷を隠した。
…やれやれ。彼女の容姿に見とれて、彼女の「傷」に今まで気がつかなかったなんて…我ながら情けない話だ。
「…ふふ。客に気遣われるようじゃ、プロ失格だね。」
「俺は泣いてる女を抱く趣味はない。それだけさ。」
そうカッコつけて、俺はもう一本缶コーヒーを頂いた。
「ふふふ…。言ってくれるじゃない。童貞のクセしてさ。」
「…ぶっ!」
ゆりあに茶化されて、俺は思わず噴いてしまった。
「…さて、と。どうしよっか?時間もなくなっちゃったし…。」
ゆりあは、乱れた衣服を直して俺にそう言った。
「そうだな…。時間までおしゃべりなんて、どうだろう?」
俺の提案に、ゆりあはまたクスっと笑う。
「別にいいけど…。あたいは初めてだよ。プレイよりおしゃべりを頼まれたの。」
「話すのは苦手?」
「まさか。むしろ得意な方よ。嫌な客との時間を過ごすテクだからね。」
…うわ。やな事聞いた。
「…まあいいよ。付き合うよ。おしゃべり。見たとこなんか、悩んでるみたいだし。」
「…何で分かる?」
「顔に書いてある。」
「…参ったな。」
観念した俺は、彼女に胸の内を語る事にした。ここに来る前にあったゴタゴタで、胸につっかえていた事だ。
「実は…俺の相棒の事で悩んでるんだ。」
「あんたの相棒さん?」
「ああ。実はさっきあんたに聞いた穴取にそいつは妻を殺されてるんだ。相棒は奴を見つけ出そうとやっきになってる。」
「復讐のために?」
「そうだ。俺も始め、そいつの復讐の為に協力していた。だけど…。」
「だけど?」
「俺は思い直し始めた。あいつが…俺の相棒が復讐を遂げても、あいつは幸福にはなれない。むしろ破滅してしまうんじゃないかと、ね。だから俺が先に穴取を見つけて、あいつの代わりに穴取を殺そうと思ったんだ。だがあいつは認めなかった。『お前が穴取を殺したら、俺のこの想いはどうなる?俺が苦しんできた10年間は?』…とね。俺は何も言えなかったよ。そうしてそいつとはケンカ別れしちまった。」
…話しながら、俺は悲しい背中を見せながら俺の事務所を出て行く秋山を思い返していた。
「なるほど、ね。あんたも大変ねぇ。…えっと、失礼。」
ゆりあはそう言って、また一本、一服を始めた。
「うーん…。あたいにはあんたが間違ってるとは思えない。あんたの相棒も。お互い、譲れないものがあるんでしょうね。でももし、あたいがあんたの相棒みたく復讐する立場だったら…、多分こう言うだろうね。」
「なんて言う?」
「余計なお世話だ。」
「……。」
あまりにストレートな言葉で、俺は言葉が出なかった。
「やっぱさ。過去の因縁には、自分の手でケリつけたいもんだと思う。あんたがその相棒のことを思う気持ちもわかるけど、あんたに勝手にケリつけられたら、今度はあんたを恨むと思うよ。一生ね。」
「だけど…他にどうしろってんだ。俺はあいつを人殺しになんかしなくない。」
「はあ…。全くアタマが硬いんだから…。」
ゆりあはそう言って、たばこを灰皿に押し付ける。
「別に殺さないといけない訳じゃないでしょ?復讐なんてさ。憎い奴にギャフンと言わせてやれば、それでいいじゃないか。例えば…今のあたいがそうさ。」
「今の…あんたが復讐?どういうこった?」
「あたいは金持ちの男の気まぐれでアスモデウスから抜け出せた。でも…あの男はあたいに飽きて捨てやがった。だからあいつを見返してやんのさ。風俗嬢でNo. 1になって、あんたが捨てた女はこんなにいい女だったんだぞ!…ってね。そんでそいつがそういういかがわしいクラブに通ってたことを世間に公表してやる。それがあたいなりの復讐さ。」
「…エゲツない復讐だな。」
「死んだほうがマシだ、って思えるくらいのことしてやりなよ。これなら殺さなくたっていいだろ?」
「成る程…。そりゃいいな。」
ピピピッ!ピピピッ!
突然、ストップウォッチの音が鳴り出した。どうやらもう時間らしい。
「…終わっちゃった。これでお別れ、だね。」
「ああ。あんたには感謝する。早速あいつに謝ってくるよ。」
「とんでもない。感謝すんのはあたいの方さ。…ひさびさに人間扱いされた気がしたよ。」
俺とゆりあは握手を交わし、お互い笑いあった。微笑む彼女は、煌びやかな風俗嬢じゃない、無垢でそれでいて力強い瞳を秘めた女性の顔をしていた。
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