記憶探偵の面倒な事件簿

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人形師編

一方の秋山 ”おわかれ”

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「もしもし…。須田か?」
「秋山さん…ですか?」
西馬の事務所から抜けた後、俺はある頼みごとのため、須田に電話をしていた。
「西馬さんから聞きました。喧嘩別れしてしまったって…。」
「…ち、西馬の奴め。」
「今どこにいるんですか?今からでも会えませんか?」
「いや、駄目だ。須田。お前に電話したのはちょいとお前に頼みたいことがあるからだ。」
「頼みたいこと?」
「……りえちゃんのことだ。俺の代わりに、りえちゃんをお前に頼みたい。」
「あ、秋山さん?それってどういう…。」
「じゃあな。頼んだぞ。」
「あ!ちょっと…!」
須田はまだ何か言いたげだったが、俺は構わず電話を切った。あのまま会話を続けていたら、あいつは間違いなく俺を止めただろう。
…止められる訳にはいかない。これ以上、決心を鈍らせたくない。
俺はそのまま、りえちゃんの元へと向かった。を伝えるために。


面談室でいつものようにりえちゃんを待つ。そうして待っていたら、りえちゃんがやってくる。アクリル板をまたいで俺の姿を見て、満面の笑みを浮かべて近寄ってくる…。この笑顔が、ここ最近の俺にとっての心の救いになっていた。だが、今はその笑顔がかえって俺の胸を締め付ける。
「やあ、りえちゃん。いい子にしていたかい?」
コクコクと、りえちゃんはうなずいた。
闇クラブのボスとやらにやられて以来、りえちゃんは話すことができないままでいる。”失語症”というものらしい。極度のストレスが原因で、当初は俺と会うのも怖がっていた。今は大分症状も落ち着いて、以前のように無邪気に笑ってくれるようになった。あとは喋れるようになれば問題はないのだが…。
りえちゃんが何か足元をゴソゴソとしている。なんだろう?
「どうしたんだい?りえちゃん。」
りえちゃんは足元から、一枚の絵を出してきた。りえちゃんの最近の趣味だ。言葉が喋れない分、人に何かを伝える手段を編み出したんだろう。その絵には、1組の親子が手を繋いで、ニコニコと笑っていた。
「……これは…、俺とりえちゃん、かな?」
りえちゃんはまたコクコクと頷き、無邪気に笑ってみせた。
…いつもなら、これ以上ないほど嬉しいことだ。でも今日は…。

「りえちゃん。実は、俺は今日お別れを言いにきたんだ。」
意を決して、俺は言い放った。りえちゃんは俺の言葉を聞いてキョトンとしていた。
「…父ちゃんはね。ずっと憎んでいる人がいたんだ。そいつがやっと現れた。父ちゃんはきっとそいつを殺してしまうだろう…。俺はりえちゃんを”人殺しの娘”にはしたくない。…何が言いたいのか、分かるね?」
ようやく俺の言葉の意味が分かってきたのか、りえちゃんはだんだんと表情を崩し始め、目から涙が滲み始めていた。
「父ちゃんの知り合いにね。須田、っていうお姉さんがいるんだ。父ちゃんの代わりに、今度はその人が面倒を見てくれる。…心配しなくていいよ。」
俺はなだめたつもりだったが、りえちゃんは必死に首を横に振って、拒否の意思を見せる。
「……俺だって辛いよ。でも仕方がないんだ。…お願いだ。分かってくれ。りえちゃん……。」
尚も首を振るりえちゃんだったが、俺は立ち上がり彼女に背を向けた。
そうして彼女に告げた。言いたくなかった、あの言葉を…。


「さようなら。りえちゃん。」


そして俺は出口へ向かった。
後ろの方で、バンバンと壁を叩く音がする。きっとりえちゃんが俺を呼び止めようと、アクリル板を叩いているのだろう。その顔を涙でクチャクチャにしながら。
だが、振り返る訳にはいかない。振り帰ったら、俺はきっと復讐を躊躇ってしまう。
これでいいんだ…。これで……。
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