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人形師編
西馬と秋山 仲違いする
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翌朝…。探偵事務所にて。
俺はヒカルから教えてもらった情報源となる女性の名前と働いている店について、風俗店の情報誌で調べていた。
彼女は今、「ゆりあ」という名前で働いているらしい。もちろん本名ではない。そのお店での名前だ。
なんでもその女は、「アスモデウス」で働いていた際、金持ちの男に気に入られ、引き取られたらしい。いわゆる「身請け」というやつだ。だが結局その男にも捨てられて、今こうして別の風俗店で働いている。
……やれやれ。まったく男ってのはつくづく勝手な生き物だな。
「先生ぇーー!」
「わっ!ととと…!」
アカリの声に不意を突かれ、慌ててその風俗店の情報誌を隠した。別にやましい気持ちがあって調べてるわけじゃないんだが、やっぱり他人に見られるのは気分のいいもんじゃない。それが女性ともなればなおさらだ…。
「どうしたの?先生。」
「い、いや別に…。そっちこそどうしたんだ?アカリ。」
「うん。秋山さんがね。また事件が起こったって、そこまで来てるの。例の…『コレクター』だっけ?で、この前の見つからなかった資料も出して、いい加減に本格的な捜索を始めよう、って言ってるんだけど…。」
…うーむ。これはまずい事になった。
秋山には、5年前の穴取に関する資料はなくした、ということにして先日引きとってもらったばかりだ。昨日の今日でやっぱりありました、なんて言ったらどうなるか。直情型の秋山のことだ。ややこしいことになるのは間違いない。それにこの事件に秋山は関わらせたくない…。
「……どうする?先生。」
「……仕方ない。入ってもらってくれ。」
やむを得まい。こうなれば胸の内を明かしてスッキリしよう。いずれは言わなきゃならないんだ…。
しばらくして秋山がいつになく神妙な面持ちで入ってきた。どういうわけか、今日はいつものように派手にドアをぶち上げてこない。
「…よお。西馬。」
「秋山…。事件がまた起こったって本当か?」
「本当だ。」
バン!と秋山は一枚の写真を叩きつけるように出してきた。写真には、またしても女性が写っていた。…鼻と耳が切り取られている。
「…これが今度の被害者か。」
「鼻と耳だ。西馬。もうグズグズなんてしていられない。一刻も早く奴を見つけなければ、また次の犠牲者が出る。全てのパーツを集めたら、また奴は姿をくらます。時間がないんだ。」
秋山は俺の襟元を掴む。
「いい加減白状しろ!5年前の奴に関する資料、お前はなくしてないんだろう!」
「…見抜いてたか。」
「当たり前だ!何年お前の相棒やってると思ってる!お前は整理はド下手だが、事件に関する資料は一度としてなくしたことはない!」
…お見通しか。仕方ないな。
「…分かった。全部話すよ。…離してくれ。秋山。」
秋山は襟元を握っていた手を離すと、腕を組み、俺を睨みつけた。その顔は先日俺の事務所にやってきた日のような、仁王のような顔だった。
「…お前のいう通り、5年前の資料は見つかった。なくしたというのは嘘だ。すまん。」
「……何故嘘をついた?俺にとって奴は憎んでも憎みきれない妻の仇だ!お前だって知ってるはずだろう!?」
「知ってるさ。知ってるからこそだ。」
「…なんだと?」
俺は秋山を睨み返す。俺にだって言い分があるんだ。
「秋山…。もし『コレクター』をみつけたらどうするつもりだ?」
「言うまでもない。相応の報いを受けさせてやる。妻が受けた苦痛を倍以上にして…!」
「つまり、殺すってことだよな?」
「…ああ。」
「じゃあ奴を殺した後はどうすんだ?りえちゃんは、どうするんだ?」
「……。」
渋い顔をしたまま、秋山は答えない。
「はっきりと言おう。秋山、この事件から手を引いてくれ。お前にはもう新しい家族がいるだろう。『コレクター』へのケリは俺がつけてやる。」
「……知った風なことを。」
秋山はきびすを返し、出口へと向かっていった。
「秋山!」
「…お前が奴を殺したら、俺の恨みはどうなる?妻の無念は?俺の苦しんできた10年間は?それで晴らせるっていうのか?」
「それは…。」
俺は答えられなかった。
振り返らないまま、秋山は続ける。
「お前が奴を追うというなら、俺は止めん。俺は俺で奴を追う。妻の仇を討つのは俺だ。……もうここには来ない。」
「しかし、秋山!りえちゃんはどうするんだ!?」
「言うな!」
ようやく秋山が振り返った。先ほどまでの鬼のような形相とは打って変わり、今にも泣きそうな顔だ。
「頼む…。それ以上何も言わないでくれ…。」
「秋山…。」
そうだ。考えないはずがない。秋山は娘のように可愛がっていたんだ。復讐を取るか、家族を取るか、こいつもまたひどい葛藤に苦しんでいたんだ。俺は秋山の表情で、ようやくそのことに気づいたのだった。
秋山は出ていった。俺は別れの言葉もかけてやる事はできなかった。
「先生…。秋山さん、いっちゃったよ?」
「……ああ。」
「ほっといていいの?」
「…今のあいつに、どんな言葉をかけろってんだ。何を言っても気休めにしかならない。あいつが苦しんだ10年間は、一言二言でどうにかなるような、軽いもんじゃない……。」
……俺は、間違っていたんだろうか?相棒を傷つけたくない。そう思っていたのは、所詮俺の自己満足に過ぎなかったんだろうか?俺は……。
パンッ!!
突然、ほっぺたを引っ叩かれた。見るとアカリがこっちをにらんでいる。
「しっかりして!先生!秋山さんより先に、『コレクター』の奴を見つけるんでしょ!」
「ああ、しかし…。」
「秋山さん、あんなこと言ってたけどやっぱりほっとけないよ!このままじゃ、秋山さん一人ぼっちになっちゃうよ!」
……!そうだ。何を腑抜けてるんだ。俺は。
「……そうだな。俺のやることが正しいか、間違ってるかなんてどうでもいい。俺は秋山のために、やれることをやるだけだ。」
「そうだよ!そうこなくちゃ!」
「ありがとな。アカリ。目が覚めたよ。」
…よし!そうと決まれば即行動だ!
俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
「早速捜査に出よう!アカリは須田と連絡を取って、奴の殺人について調べてくれ!」
「了解!先生は?…あ。」
「俺は聞き込みだ。奴について詳しい人物がいるらしい。そいつに尋ねてみる。」
「…その人って…もしかしてエッチな人?」
「え…。な、なんで?」
アカリは気恥ずかしそうに、俺の足元を指差した。見ると隠していた風俗情報誌が、丸見えになっていた。俺が立ち上がった弾みで床に落ちたらしい。
「…ええと…これは捜査の一環、ってやつだよね?だから調べてるんだよね?」
「そ、そそそ、そうだ!決まってるだろ!?」
「うん…。そうだよね…。わかってる…。わかってるよ。うん。」
ああ…。絶対わかってない。誤解だ。誤解なんだ。アカリ…。
バレたくなかった風俗情報誌がよりによってこんな場面で見つかるなんて…。
俺はヒカルから教えてもらった情報源となる女性の名前と働いている店について、風俗店の情報誌で調べていた。
彼女は今、「ゆりあ」という名前で働いているらしい。もちろん本名ではない。そのお店での名前だ。
なんでもその女は、「アスモデウス」で働いていた際、金持ちの男に気に入られ、引き取られたらしい。いわゆる「身請け」というやつだ。だが結局その男にも捨てられて、今こうして別の風俗店で働いている。
……やれやれ。まったく男ってのはつくづく勝手な生き物だな。
「先生ぇーー!」
「わっ!ととと…!」
アカリの声に不意を突かれ、慌ててその風俗店の情報誌を隠した。別にやましい気持ちがあって調べてるわけじゃないんだが、やっぱり他人に見られるのは気分のいいもんじゃない。それが女性ともなればなおさらだ…。
「どうしたの?先生。」
「い、いや別に…。そっちこそどうしたんだ?アカリ。」
「うん。秋山さんがね。また事件が起こったって、そこまで来てるの。例の…『コレクター』だっけ?で、この前の見つからなかった資料も出して、いい加減に本格的な捜索を始めよう、って言ってるんだけど…。」
…うーむ。これはまずい事になった。
秋山には、5年前の穴取に関する資料はなくした、ということにして先日引きとってもらったばかりだ。昨日の今日でやっぱりありました、なんて言ったらどうなるか。直情型の秋山のことだ。ややこしいことになるのは間違いない。それにこの事件に秋山は関わらせたくない…。
「……どうする?先生。」
「……仕方ない。入ってもらってくれ。」
やむを得まい。こうなれば胸の内を明かしてスッキリしよう。いずれは言わなきゃならないんだ…。
しばらくして秋山がいつになく神妙な面持ちで入ってきた。どういうわけか、今日はいつものように派手にドアをぶち上げてこない。
「…よお。西馬。」
「秋山…。事件がまた起こったって本当か?」
「本当だ。」
バン!と秋山は一枚の写真を叩きつけるように出してきた。写真には、またしても女性が写っていた。…鼻と耳が切り取られている。
「…これが今度の被害者か。」
「鼻と耳だ。西馬。もうグズグズなんてしていられない。一刻も早く奴を見つけなければ、また次の犠牲者が出る。全てのパーツを集めたら、また奴は姿をくらます。時間がないんだ。」
秋山は俺の襟元を掴む。
「いい加減白状しろ!5年前の奴に関する資料、お前はなくしてないんだろう!」
「…見抜いてたか。」
「当たり前だ!何年お前の相棒やってると思ってる!お前は整理はド下手だが、事件に関する資料は一度としてなくしたことはない!」
…お見通しか。仕方ないな。
「…分かった。全部話すよ。…離してくれ。秋山。」
秋山は襟元を握っていた手を離すと、腕を組み、俺を睨みつけた。その顔は先日俺の事務所にやってきた日のような、仁王のような顔だった。
「…お前のいう通り、5年前の資料は見つかった。なくしたというのは嘘だ。すまん。」
「……何故嘘をついた?俺にとって奴は憎んでも憎みきれない妻の仇だ!お前だって知ってるはずだろう!?」
「知ってるさ。知ってるからこそだ。」
「…なんだと?」
俺は秋山を睨み返す。俺にだって言い分があるんだ。
「秋山…。もし『コレクター』をみつけたらどうするつもりだ?」
「言うまでもない。相応の報いを受けさせてやる。妻が受けた苦痛を倍以上にして…!」
「つまり、殺すってことだよな?」
「…ああ。」
「じゃあ奴を殺した後はどうすんだ?りえちゃんは、どうするんだ?」
「……。」
渋い顔をしたまま、秋山は答えない。
「はっきりと言おう。秋山、この事件から手を引いてくれ。お前にはもう新しい家族がいるだろう。『コレクター』へのケリは俺がつけてやる。」
「……知った風なことを。」
秋山はきびすを返し、出口へと向かっていった。
「秋山!」
「…お前が奴を殺したら、俺の恨みはどうなる?妻の無念は?俺の苦しんできた10年間は?それで晴らせるっていうのか?」
「それは…。」
俺は答えられなかった。
振り返らないまま、秋山は続ける。
「お前が奴を追うというなら、俺は止めん。俺は俺で奴を追う。妻の仇を討つのは俺だ。……もうここには来ない。」
「しかし、秋山!りえちゃんはどうするんだ!?」
「言うな!」
ようやく秋山が振り返った。先ほどまでの鬼のような形相とは打って変わり、今にも泣きそうな顔だ。
「頼む…。それ以上何も言わないでくれ…。」
「秋山…。」
そうだ。考えないはずがない。秋山は娘のように可愛がっていたんだ。復讐を取るか、家族を取るか、こいつもまたひどい葛藤に苦しんでいたんだ。俺は秋山の表情で、ようやくそのことに気づいたのだった。
秋山は出ていった。俺は別れの言葉もかけてやる事はできなかった。
「先生…。秋山さん、いっちゃったよ?」
「……ああ。」
「ほっといていいの?」
「…今のあいつに、どんな言葉をかけろってんだ。何を言っても気休めにしかならない。あいつが苦しんだ10年間は、一言二言でどうにかなるような、軽いもんじゃない……。」
……俺は、間違っていたんだろうか?相棒を傷つけたくない。そう思っていたのは、所詮俺の自己満足に過ぎなかったんだろうか?俺は……。
パンッ!!
突然、ほっぺたを引っ叩かれた。見るとアカリがこっちをにらんでいる。
「しっかりして!先生!秋山さんより先に、『コレクター』の奴を見つけるんでしょ!」
「ああ、しかし…。」
「秋山さん、あんなこと言ってたけどやっぱりほっとけないよ!このままじゃ、秋山さん一人ぼっちになっちゃうよ!」
……!そうだ。何を腑抜けてるんだ。俺は。
「……そうだな。俺のやることが正しいか、間違ってるかなんてどうでもいい。俺は秋山のために、やれることをやるだけだ。」
「そうだよ!そうこなくちゃ!」
「ありがとな。アカリ。目が覚めたよ。」
…よし!そうと決まれば即行動だ!
俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
「早速捜査に出よう!アカリは須田と連絡を取って、奴の殺人について調べてくれ!」
「了解!先生は?…あ。」
「俺は聞き込みだ。奴について詳しい人物がいるらしい。そいつに尋ねてみる。」
「…その人って…もしかしてエッチな人?」
「え…。な、なんで?」
アカリは気恥ずかしそうに、俺の足元を指差した。見ると隠していた風俗情報誌が、丸見えになっていた。俺が立ち上がった弾みで床に落ちたらしい。
「…ええと…これは捜査の一環、ってやつだよね?だから調べてるんだよね?」
「そ、そそそ、そうだ!決まってるだろ!?」
「うん…。そうだよね…。わかってる…。わかってるよ。うん。」
ああ…。絶対わかってない。誤解だ。誤解なんだ。アカリ…。
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