記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

文字の大きさ
上 下
93 / 188
人形師編

逡巡する秋山

しおりを挟む
…結局、その日は奴に関する資料が見つからず、「コレクター」についての具体的な対策も立たないまま解散することになった。…くそっ。西馬の奴め。

……落ち着かない。
何かに当たらずにはいられない。じっとしているのがもどかしい。奴を捕まえられないで苛立っているのが自分でもわかる。
5年もの間、追い続けた奴がもう目の前まで来ている。なのに俺は何も手出しができないなんて……!
「くそっ!」
俺は思い切り電柱を殴りつけた。
拳からは血が流れ、激痛が走ったが今は気にもならない。
早く、早く奴を見つけないと…!


……そうして俺は自宅に帰ってきた。
あの日から、色を無くした家…。
俺は上着を脱ぎ、仏壇の妻へ今日あったことの報告をする。
「ただいま。…今、やっとお前を殺した奴が現れたよ。お前の仇を、やっと討つことができる。あと少し、辛抱してくれ……。」
遺影の中の妻は、10年前のあの日のまま、俺に無言で笑いかけた。……いつからか、これが日課になってしまった。毎日の仕事の合間、奴を追い、なんの成果もなかったことを遺影の妻へ語る。そんな虚しい日々が何年も続いた。
だが、それももう間も無く終わるんだ……。俺を「恨み」という名の呪縛で縛り続けた奴がやっと現れた。必ず、必ず妻の報いを受けさせてやる……!

「……ん?」
気のせいか、遺影の妻が泣いているように見えた。嬉し涙ではない。なんだか俺を憐れむような、悲しそうな顔で……。
……いや。錯覚だ。そんなはずなんてない。
「……そうさ。お前が悲しむ理由なんてない。そうだろう?」
俺は遺影の妻へ話しかける。妻は、いつもの笑顔のまま、何も答えない。
俺は一人きりの家の中で独り言を言う自分の滑稽さに苦笑いした。
「……何をしてるんだ。俺は。こうしちゃおれん。こうなったら俺だけでも奴を探さんと…。」
仏壇の妻への報告を終えて俺は立ち上がる。その時…。


ぱたん。


仏壇の横に飾ってあった一枚の絵が、倒れて床に落ちた。
拾い上げて見てみる。そこには「とうちゃんだいすき」という文字と共に、画用紙一杯に、一人の似顔絵が描かれていた。
……りえちゃんが描いた、俺の似顔絵だ。
似顔絵の中の俺は、溢れんばかりの笑顔をしていた。…そうだ。この家はずっと無色だった訳ではなかった。少しの間だったが、ほんの少し、「幸せな色」があった。りえちゃんという「幸せな色」が……。
「…りえちゃん…。」
今の俺は……この似顔絵のように笑っているだろうか?もし奴を殺したら、いつものように、りえちゃんに笑ってあげられるんだろうか?
「……だけど、だけどよ……!」
憎い。俺は奴が憎い。
だが、奴を殺せば俺は「人殺し」になる。もう、今までの日常には戻れない。
…どうしようもない葛藤が涙となって、俺の目から零れ落ちる。くしゃくしゃになってしまった俺の笑顔の似顔絵の上に、一滴、また一滴と零れ落ちる…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

八天閣奇談〜大正時代の異能デスゲーム

Tempp
キャラ文芸
大正8年秋の夜長。 常磐青嵐は気がつけば、高層展望塔八天閣の屋上にいた。突然声が響く。 ここには自らを『唯一人』と認識する者たちが集められ、これから新月のたびに相互に戦い、最後に残った1人が神へと至る。そのための力がそれぞれに与えられる。 翌朝目がさめ、夢かと思ったが、手の甲に奇妙な紋様が刻みつけられていた。 今6章の30話くらいまでできてるんだけど、修正しながらぽちぽちする。 そういえば表紙まだ書いてないな。去年の年賀状がこの話の浜比嘉アルネというキャラだったので、仮においておきます。プロローグに出てくるから丁度いい。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...