記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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死神編

エピローグ 本当の死神

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そうして、洋一さんは女子大生2人を殺害した罪で逮捕された。調べに対して洋一さんは「間違いありません」と素直に容疑を認めたのだった。
しかしここで警察のあり方が批判された。当該事件を自殺として捜査を進めなかったのはいかがなものか、との世論が高まったのである。結果、警察のお偉いさん方が集まり謝罪会見を開いて頭を下げるという異例の事態になってしまった。
それに対して、洋一さんの犯行については賛否両論出ている。娘を思っての復讐だった、と同情的なコメントがあるかと思うと、たとえ娘が殺されたとはいえ同年代の女の子を殺すなどどうかしている、と否定的な意見もあった。

しかし、なにはともあれ、これで事件は終わった。俺の依頼も終了というわけだ。
俺はというと、いつもの通り事務所で1人コーヒーを啜っていた。今日は報酬もそこそこ貰えたから、久々のブルマンコーヒーだ。

「こんちわ!先生!」
「相変わらず暇そうですね。西馬さん。」
そうしていつものように元気な声でアカリが、嫌味を垂れながら須田が入ってきた。
「よお。今から出勤か。」
「はい。なので、今日もまたアカリちゃんをお願いします。」
「はいよ。」
須田はいつもの仏頂面で淡々と話す。アカリをウチの事務所で預かるのも日課になってしまったな。…あ、そうだ。
「なあ、須田。」
「なんです?」
「今回は助かったよ。お前が情報をいち早く、根気強く調べてくれたおかげで事件を解決できた。ありがとな。」
「…当然のことをしたまでです。仕事があるのでそれでは。」
そう言ってクールに去ろうとする須田。だが出て行く直前に小さくガッツポーズを取るのを、俺は見逃さなかった。意外とかわいい奴だ。

「…ねえ、先生。」
「うん?」
「今回の事件でさ。結局わからずじまいのことがあるんだけど…。」
「わからずじまいのこと?」
「うん。黒水が言っていた、『本当の死神』。あれって結局、なんだったのかなあ?」
「さあなぁ。それを言った本人がもうだからなぁ。」
「死神」こと黒水聡は、逮捕された後も狂乱状態のままだった。常に物陰に怯え、ただひたすら謝る。そんなことを四六時中やっていてまともに会話もできない状態らしい。そんなわけで拘束後は精神病院に移され、そこでの永久収容が決定した。ま、自業自得だ。
「あいつがどんな意図があってあんな言葉を吐いたのかわからんが、だがなんとなく俺には見えたような気がする。」
「本当に?一体なんなの?『本当の死神』って。」
「ああ、それは…。」
言いかけて俺は言い淀んだ。とても一言で言い表せそうにない。

「そうだな…。まずアカリは死神の顔を直でき見たことあるか?」
いつかの酒の席でボス…ヒカリに聞かれた質問だ。
「ううん。あるわけないよ。あんなの想像上の存在でしょ?」
「そう。死神は想像上の存在だ。実体なんてない。だがそれは確かに存在し、田村洋子さんを死に至らしめた…。」
「??どういうこと?『ある』けど『ない』。『ない』けど『ある』って…。」
「つまり、奴が言っていた『本当の死神』ってのは、特定の誰かなんかじゃない。概念みたいなもんなのさ。多分。死神っていう、人を死に至らしめるような…。」
俺の話に、アカリはまだ納得いかない様子だ。
「うーん。死神が概念なのは分かったけど、だから結局それは一体なんなの?」
「ああ。だからその正体は…まあ、一概には言えないし、俺の推論なんだが…人の感情や言葉、といったもんなんじゃないか、って思うんだ。」
「感情や言葉が…死神なの?」
まだピンときていないアカリに俺は説明を続ける。
「ああ。今回の洋子さんにしたって、自殺をしたいという彼女に追い打ちをかけた無情なコメントが、彼女を死に追いやった。あれがもし、もっと違う内容だったなら…黒水に会うなんて選択はしなかったろう。」
「洋子さん…いじめにもあってたしね…。」
たとえ言った本人たちにその気はなくとも。それが『本当の死神』の正体さ。」
…それはよくよく考えたら恐ろしい話でもある。は俺たち一人一人の中に棲み着いているということなんだから。


ふと、俺はおもむろにCDプレーヤーのスイッチを入れた。
「どうしたの?先生。」
「いやな。ちょっと一曲聞きたくなったんだ。ある曲をな。」
電源の入ったプレーヤーは、その曲を流し始めた。聞きかけで終わっていたのか、再生されたのは曲の途中からだったが。

〽︎誰かが人生みちでつまづいたら

    さしのべる思いやりが欲しい

    人は皆淋しさを背負っていきている

    頬を突き刺す怖さがあっても

    立ち向かう勇気が欲しい

    曲がりくねった迷路で
    
    本当の自分を探すんだ…


「…いい曲だね。なんて曲?」
「長渕剛の『HOLD YOUR LAST CHANCE』って曲だ。古い曲なんだが、沈んだ気分の時に、なんか聞きたくなるんだよ。もっとがんばろう、って気にしてくれそうでさ…。」
…そう。この歌詞にもある通り、人はけなしたり、バカにしたりするだけじゃない。苦しんでいる人に手を差し伸べる優しさを備えているはずだ。目の前の人間の苦しみに目を向ける事だってできるはずだ。俺はそう信じたい…。

曲に耳を傾け、コーヒーを口に運びながら、俺は亡くなった洋子さんに思いを馳せていた。
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