記憶探偵の面倒な事件簿

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死神編

洋一さんを追って

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「田村洋一さんが…殺人犯!?」
秋山の言葉に俺は耳を疑った。「それは一体どういうことだ?」
俺の質問に、秋山は手帳を取り出して答える。
「正確には殺人の容疑者だ。例のT大学生の首吊り死体のな。当初は自殺の線で捜査を進めていたんだが、この大学生の死体からあるものが検出されたんだ。」
「あるもの?」
「クロロホルム。つまり睡眠薬だよ。こいつが二人の遺体から検出された。首吊り自殺をするものが、あらかじめ睡眠薬を飲んでおく、なんてのは考えにくい。首を吊った後で睡眠薬を飲むのもおかしい。なら、考えられるのは一つ。」

「そういうことだ。」
…なるほど。だから自殺ではなく、他殺である、ってわけか。
「しかし、なぜ洋一さんが容疑者に?何か根拠でもあるのか?」
「ああ。大学の学務課の事務員が、洋一さんに授業をやってない教室とその時間を尋ねられた、という証言を出してきたんだ。これは犯行を行うために人目につかない場所を知りたかったから、と考えられる。加えて、洋一さんの自宅、職場など調べたんだが、どうもこの一週間行方をくらましているらしい。」
「それは…確かに怪しいな…。」
納得する一方で、俺は洋一さんが人を殺した、という事実を受け止められないでいた。あんなに娘思いだった洋一さんが何故…。

「…と、いうわけだ。どうだ?俺の依頼、受けてくれるか?」
「…ああ。その依頼、受けるよ。個人的にも調べたい案件だしな。だが、なんで俺にわざわざ依頼すんだ?警察で指名手配なりすればいいんじゃないか?」
「ああ、それがな…。」
言いながら、秋山は少し顔をしかめた。
「…警察はこの事件を自殺という形で終わらせるつもりなんだ。」
「バカな!明らかに他殺だってのにか!?しかも今回は闇クラブとは関係ないんだろ!?」
「関係はない。関係はないんだが…理由は人員不足だ。今現在、マフィア間の抗争がまだ続いていて、長期間の捜査なんぞに人員を割けない。そう判断した上層部の奴らは、この事件を自殺として早々に切り上げようと結論を出した。」
「くそっ…。」
「これは俺の個人としての依頼だ。俺はこの事件をこのままで終わらせたくない。お前だってそうだろう?」
「ああ。もちろんだ。」
くそったれの警察の代わりに、俺たちがなんとかしないとな…。

「しかし、つくづく腐っとるのう。警察という組織は。」
呆れたように陳さんが呟いた。それに対して秋山が反論する。
「全員がそうってわけじゃない。きちんとした人だっているさ。…まあおかしな人もいるんだろうがな。」
「その一部がおかしいせいで全体がおかしく見えちまう。とばっちりを喰らうのはあんたみたいに真面目な奴ばかり。やってられんじゃろ。」
「よせよ。俺は真面目なんかじゃない。自分のやりたいようにやってるだけだ。」
「いいや。真面目じゃよ。なんだかんだで、あんたは本質を見失っていない。『警察』としての本質を。」
「本質…ねえ。」照れ臭そうに顔をポリポリと掻く秋山。「そんな大したもんかね?俺は。」

…本質…か。人はとかく本質を見失いがちだ。
自分が何のために、誰のために生きるのか。成し遂げたい夢は何なのか。為すべきことは何なのか…。
そういう意味では、陳さんはその本質を捉えてるんだろう。「医者」としての本質。人の命を救う、ということを自分の本質と捉えて明確にして生きている。だが他の「医者」はどうか?まっとうに生きている医者もいれば、金儲けに走る医者もいる。初めに自分がこの職で成し遂げたいと思っていたことが「人の命を救う」ことだったとしても、時が経つにつれてその価値観がぶれてしまう。「警察」もまたしかりだ。
欲、保身、差別、怠惰、絶望…。人は皆、感情に従って生きるものだ。その感情が、人を本質から遠ざけてしまう。本質からぶれずに生き続けるというのが、なんと難しいことか…。


「…ねえ。先生。」
思案を巡らす俺に、アカリが話しかけてきた。
「うん?どうした?」
「黒水があの時言ってたこと、覚えてる?」
「『俺たちは本当の死神に気付いていない。』って言ってたことか?」
こくんと、アカリはうなづいて答える。
「あいつが言ってた『本当の死神』って…まさか洋一さんのこと、なのかな…?」
不安げにアカリは尋ねる。彼女は彼女なりに、あの言葉をやはり気にかけていたようだ。
泣きそうな顔で見つめるアカリの頭を、俺は優しく撫でてやった。
「…さあな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから確かめないとな。俺たちは探偵なんだから。」
「…うん。」
そう俺たちは「探偵」だ。
物事の真相を確かめ、善悪を見極める。それが「探偵」の、俺のなんだ。
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