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死神編
BARにて
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バー『ナポレオン』…。
田口洋一さんの依頼も終えた俺は、久々にここに飲みに来ていた。この店に純粋にただ飲みに来たのはいつぶりだろうか?いつもは情報入手のためにしか寄らないため、こうやって来ると新鮮な感じだ。
カウンターに座ると、無口なマスターがグラスを拭いていた。俺はその前に座ると、早速酒を注文する。
「マスター、ウイスキーをロックで。」
「…かしこまりました。珍しいですね。ここに飲みに来るのは。」
「ちょっと、な。久々に飲みたい気分になったんだよ。」
ぼやく俺を横目に、マスターは砕いた氷をグラスに入れ、ウイスキーを注いだ。
「…何か、あったんですか?」
「ああ…。つい先日、人探しの依頼を受けたんだ。だが、その探していた人物はすでに死んでしまっていた。」
「それは…お気の毒に。」
そう言いながら、マスターは俺の前に、ウイスキーの入ったグラスを差し出した。
「…どうぞ。お待たせしました。」
「ありがとう。いただくよ。」
俺は酒を一口グイッと口に含んだ。アルコールの、灼けつくような熱さを感じながら口から喉へと流す。やがてその熱さは胃へとたどり着き、しばし俺の内腑を温めた。それはまるで俺の虚ろで行き場のない無常感を満たしてくれるようだった。だがその温もりが過ぎると、また無常感が俺を覆い、肚に溜まった空気がまたため息となって吐き出されるのだった。
『忘れてしまいたいことや、どうしようもない悲しさに包まれた時に、男は酒を呑むのでしょう。』
そういえばそんな歌があったな。なんて言ったっけ…。
「やあ。今日は飲んでるのかい?」
聞き覚えのある男の声がした。振り向くとそこには、黒のコートを着た男が俺を見下ろしていた。…ボスだ。
「な…!あんた、なんでここに!?」
「おいおい。僕がここに来ちゃ、駄目なのかい?」
「まさか…俺を殺しに来たのか?」
「いいや。違うよ。僕もここに飲みに来たんだ。こっちも一仕事終えたからね。…隣、座ってもいいかい?」
…俺は少し迷ったが、こいつはなんだかんだ言って嘘はつかない。…多分。奴が殺しにきたのではない、というならそうなんだろう。第一、俺には奴の魔眼を無効化できる「チャーム」がある。何か仕掛けてきても大丈夫だろう。
「…いいぜ。座んなよ。」
「ありがとう。それじゃ失礼するよ。」
そう言ってボスは俺の隣の席に腰掛けた。
「…ご注文は?」
「そうだな…。この店の名前の酒、置いてるかな?『ナポレオン』。」
「もちろんございます。」
「じゃあ、それをロックで。」
「かしこまりました。」
マスターは先程と同じく、グラスに氷を入れ、そこにブランデーを注いだ。
程なくして、グラスを手にしたボスは俺に向かって掲げた。
「じゃぁ、とりあえず乾杯しようか。」
「…何に?」
「そうだな。…僕らの今日の出会いに。」
…全くキザな野郎だ。
「…わかった。乾杯。」
チン…とグラスの当たる冷たい音が鳴る。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?俺と同席するなんて…。」
「なに。今回は君らの姿が見えなかったものでね。おかげで仕事はスムーズに終わったんだが、いないとなるとなんだか気にかかってね。」
「意外と寂しがりやなんだな。あんたも。」
「…そうかもしれないな。」
自嘲気味に笑い、ボスはグラスをあおった。
「仕事が終わった、ってことはまた一つ潰したのか?闇クラブを。」
「ああ。」
「どんなところだったんだよ?今度潰したのは。」
「そうだな…。せっかくの酒の席だ。隠さずに言おう。そこはいわゆる『ドラッグパーティ』を売りにしていたクラブだよ。」
「『ドラッグパーティ』…。麻薬でラリって楽しむパーティってことか。」
「そうだ。参加者は最新の合法ドラッグを使って、しばしの時を愉しむ。効果と安全性は『楽園』の者に人体実験を施して確認する。試験者はまず間違いなくヤク漬けの廃人になる…。」
…『怠惰』。クラブの名前は、おそらく『ベルフェゴール』か。
「…相変わらず、えげつないマネしやがる。なんだってそんな悪趣味なクラブを?」
「ニーズがあると見込んだからさ。人は皆が強いわけではない。だれもが辛い現実から逃げ出したいという欲求があるはずだ、とね。実際、多くの人間がこのクラブを利用したよ。芸能人やら政治家やら…。感情を殺しておべっかを使う者程利用していたようだ。」
カラカラとグラスを回しながらボスは語る。
「今の世の中、本音を押し殺して周りと同調できなきゃ生きていけない。どれだけ辛くとも、周りに”笑顔”を振りまいていないとならない。だがそのギャップに、いつしかついていけなくなるんだ。本人も気づかない内に。その『内からの悲鳴』をかき消すために、人は様々な手段を講じる。ある者は趣味に没頭したり、ある者は薬物に手を出したり…。だがその手段を見出せなかった時、自ら死を選ぶ者だっている。」
自らの死を選ぶ…。
不意に田口洋子のことが思い浮かんだ。
「あるいは…こうしてひたすら酒を飲んで忘れる…とかね。」
「…やれやれ。お見通しか。」
「浮かない顔で男が一人で飲んでたら、なにがあったかなんておおよそ察しが着くさ。何があったんだい?」
隣のボスは食い入るように聞いてくる。
まるで旧友のように。
「…わかった。言うよ。酒の席で隠し事は無し。…だろ?」
「ああ。」
そうして、俺は悩んでいた事を包み隠さず打ち明けることにした。
田口洋一さんの依頼も終えた俺は、久々にここに飲みに来ていた。この店に純粋にただ飲みに来たのはいつぶりだろうか?いつもは情報入手のためにしか寄らないため、こうやって来ると新鮮な感じだ。
カウンターに座ると、無口なマスターがグラスを拭いていた。俺はその前に座ると、早速酒を注文する。
「マスター、ウイスキーをロックで。」
「…かしこまりました。珍しいですね。ここに飲みに来るのは。」
「ちょっと、な。久々に飲みたい気分になったんだよ。」
ぼやく俺を横目に、マスターは砕いた氷をグラスに入れ、ウイスキーを注いだ。
「…何か、あったんですか?」
「ああ…。つい先日、人探しの依頼を受けたんだ。だが、その探していた人物はすでに死んでしまっていた。」
「それは…お気の毒に。」
そう言いながら、マスターは俺の前に、ウイスキーの入ったグラスを差し出した。
「…どうぞ。お待たせしました。」
「ありがとう。いただくよ。」
俺は酒を一口グイッと口に含んだ。アルコールの、灼けつくような熱さを感じながら口から喉へと流す。やがてその熱さは胃へとたどり着き、しばし俺の内腑を温めた。それはまるで俺の虚ろで行き場のない無常感を満たしてくれるようだった。だがその温もりが過ぎると、また無常感が俺を覆い、肚に溜まった空気がまたため息となって吐き出されるのだった。
『忘れてしまいたいことや、どうしようもない悲しさに包まれた時に、男は酒を呑むのでしょう。』
そういえばそんな歌があったな。なんて言ったっけ…。
「やあ。今日は飲んでるのかい?」
聞き覚えのある男の声がした。振り向くとそこには、黒のコートを着た男が俺を見下ろしていた。…ボスだ。
「な…!あんた、なんでここに!?」
「おいおい。僕がここに来ちゃ、駄目なのかい?」
「まさか…俺を殺しに来たのか?」
「いいや。違うよ。僕もここに飲みに来たんだ。こっちも一仕事終えたからね。…隣、座ってもいいかい?」
…俺は少し迷ったが、こいつはなんだかんだ言って嘘はつかない。…多分。奴が殺しにきたのではない、というならそうなんだろう。第一、俺には奴の魔眼を無効化できる「チャーム」がある。何か仕掛けてきても大丈夫だろう。
「…いいぜ。座んなよ。」
「ありがとう。それじゃ失礼するよ。」
そう言ってボスは俺の隣の席に腰掛けた。
「…ご注文は?」
「そうだな…。この店の名前の酒、置いてるかな?『ナポレオン』。」
「もちろんございます。」
「じゃあ、それをロックで。」
「かしこまりました。」
マスターは先程と同じく、グラスに氷を入れ、そこにブランデーを注いだ。
程なくして、グラスを手にしたボスは俺に向かって掲げた。
「じゃぁ、とりあえず乾杯しようか。」
「…何に?」
「そうだな。…僕らの今日の出会いに。」
…全くキザな野郎だ。
「…わかった。乾杯。」
チン…とグラスの当たる冷たい音が鳴る。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?俺と同席するなんて…。」
「なに。今回は君らの姿が見えなかったものでね。おかげで仕事はスムーズに終わったんだが、いないとなるとなんだか気にかかってね。」
「意外と寂しがりやなんだな。あんたも。」
「…そうかもしれないな。」
自嘲気味に笑い、ボスはグラスをあおった。
「仕事が終わった、ってことはまた一つ潰したのか?闇クラブを。」
「ああ。」
「どんなところだったんだよ?今度潰したのは。」
「そうだな…。せっかくの酒の席だ。隠さずに言おう。そこはいわゆる『ドラッグパーティ』を売りにしていたクラブだよ。」
「『ドラッグパーティ』…。麻薬でラリって楽しむパーティってことか。」
「そうだ。参加者は最新の合法ドラッグを使って、しばしの時を愉しむ。効果と安全性は『楽園』の者に人体実験を施して確認する。試験者はまず間違いなくヤク漬けの廃人になる…。」
…『怠惰』。クラブの名前は、おそらく『ベルフェゴール』か。
「…相変わらず、えげつないマネしやがる。なんだってそんな悪趣味なクラブを?」
「ニーズがあると見込んだからさ。人は皆が強いわけではない。だれもが辛い現実から逃げ出したいという欲求があるはずだ、とね。実際、多くの人間がこのクラブを利用したよ。芸能人やら政治家やら…。感情を殺しておべっかを使う者程利用していたようだ。」
カラカラとグラスを回しながらボスは語る。
「今の世の中、本音を押し殺して周りと同調できなきゃ生きていけない。どれだけ辛くとも、周りに”笑顔”を振りまいていないとならない。だがそのギャップに、いつしかついていけなくなるんだ。本人も気づかない内に。その『内からの悲鳴』をかき消すために、人は様々な手段を講じる。ある者は趣味に没頭したり、ある者は薬物に手を出したり…。だがその手段を見出せなかった時、自ら死を選ぶ者だっている。」
自らの死を選ぶ…。
不意に田口洋子のことが思い浮かんだ。
「あるいは…こうしてひたすら酒を飲んで忘れる…とかね。」
「…やれやれ。お見通しか。」
「浮かない顔で男が一人で飲んでたら、なにがあったかなんておおよそ察しが着くさ。何があったんだい?」
隣のボスは食い入るように聞いてくる。
まるで旧友のように。
「…わかった。言うよ。酒の席で隠し事は無し。…だろ?」
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