記憶探偵の面倒な事件簿

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花園編

エピローグ アカリの依頼

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『…訃報です。美容コメンテーターとしてお馴染みの羽鳥エリさんが、自宅で亡くなられているのが見つかりました。42歳でした。遺体は争った形跡は無く、外傷もないことから、心臓麻痺によるショック死と見られています…。』

…アカリを奪還して数日が経った。マスコミ、メディアは連日のように羽鳥の訃報を伝えている。まあ、有名人だったからな。
俺はと言うと、いつものように探偵事務所でコーヒーを啜りながらテレビを眺めていた。新聞の一面にも羽鳥訃報の報せばかりだ。もうちょい面白そうな記事はないもんかね?

「おう!西馬ーっ!いるかぁー!」
例によって例のごとく、大声と共に秋山が豪快に入ってきた。その姿は全身包帯だらけ、生傷だらけだ。
「よう。秋山。身体は大丈夫なのか?」
「いや!全然だめだ!陳さんがしばらく安静にしろ!だとよ!」
ガハハと笑う秋山。…おいおい。大丈夫かよ…。
「仕事はどうしてんだ?そんななりじゃ、まともに働けんだろ。」
「ああ。だからしばらく休職させてもらった。おかげでりえちゃんともっと長くいられる。」
でへへ…と顔をにやつかせながら、秋山は懐から一枚の紙を取り出した。広げると、そこには子供が書いたと思われる人の顔が紙いっぱいに書かれていた。絵の下の方にはクレヨンで「お父ちゃん」と、これまた子供っぽい字が書かれていた。
「見ろよ。りえちゃんが書いてくれたんだ。俺の似顔絵だとよ。」
「へえ…。よく書けてるじゃないか。」
「だろぉ?こりゃ、将来は絵描きだな。」
幸せそうなアホ面で、りえちゃんの書いた似顔絵を眺める秋山。…やれやれ。俺には将来、どうしようもない親バカになりそうなお前が見えるよ。秋山。

「…で、何しにきたんだ?まさかその似顔絵を自慢しにきただけじゃないだろうな。」
「おっと、失礼したな。いやあまりにうれしかったもんでよう。ここに来たのは、アカリちゃんの容態を見に来たんだよ。どうなったんだ?あれから。」
「ああ…。」
俺は秋山にあの後どうなったのかを説明した。

…俺たちはあの後、陳さんの診療所へと向かった。入って俺たちのなりを見るなり、こっぴどく怒られたのを覚えてる。
「お前ら、たまに来たと思ったらまた大怪我してやって来やがって!そんなに死にてえのか!馬鹿たれが!」
いつもの通り怒鳴りながらも、陳さんはそれでも秋山とアカリの容態を見てくれた。
秋山は全身に打撲、肋骨が何本か折れていた。
そして問題のアカリの目の方も診てもらったが、どうやらこちらの方は心配ないようだった。
「嬢ちゃんのは完全な失明したわけじゃないみたいじゃな。一日に二、三回程よ~く蒸したタオルを目に当てて血行を良くして目を休ませてやれば、早く回復するじゃろ。」
あの時は思いの外軽症で、ホッとしたもんだ。
それからアカリは須田の住んでるアパートに匿う事になった。全てはあいつを守るためだ。須田のアパートは事務所からも近い。何かあったらすぐにでも駆けつけられる。何より、一人で突っ走りがちなアカリを、須田という「しっかりもののお姉さん」が監視役でいてくれる…。


「…そうして数日が経った。須田のやつもアカリと上手くやってるようだ。」
「そうかい。まあ、あの二人は安藤のアジトまで乗り込んだ仲だからな。」
そう。打倒安藤に燃えて以前にタッグを組んでいたあいつらだ。上手くいかないはずがない。あとはまた勝手に自分達だけで闇クラブに喧嘩を吹っ掛けないかが心配だったが、須田は前回自分のせいでアカリを連れ去られたことに責任を感じている。さすがにそこまでの無茶はしないだろう。
「アカリの視力も回復に向かってる。これで一件落着だ。」
「そいつはよかった。俺も大怪我負った甲斐があったってもんだ。」
ガハハとまた秋山が豪快に笑う。

ふと、笑い終えた秋山がテレビに視線を移した。テレビではまだ羽鳥の訃報のニュースをしている。
「しかし…皮肉なもんだな。あの羽鳥という女も。」
「?何が?」
「警察で彼女の遺体の写真と死んでいた時の状況を教えてもらったんだよ。彼女…俺たちが乗り込んだあのアジトの中で、一人で湯船に浸かりながら死んでいたらしい。死んでる彼女は、生前のような若々しい様子はなく、干からびた老婆のようだったよ。」
「若返ろうと躍起になり、美しさを追い求めた女の孤独で醜い最期…か。たしかに、皮肉なもんだ。しかし腑に落ちない。何故今回、マスコミも警察も動いたんだろう?闇クラブに関することは基本的にあやふやにされてきたんだろ?腫れ物触るみたいに。」
「なんでだろうな…?ま、有名人が死んだわけだからさすがに無視できなかったんじゃないか?」
「それだけだろうか…?」
…何か流れが変わって来ている。マスコミらは今まで凶悪事件ですら揉み消してきたというのに、今になって奴らに関連する事件を取り扱い始めた。もしかしたら今回の羽鳥の死亡は、闇クラブの経営に大きなダメージがあったのでは…?

「先生ーっ!」

またしても来客だ。元気な声と共に、アカリとその後ろから須田がやってきた。
「おお!アカリちゃん。もう目の方は大丈夫なのか?」
「あ、秋山さん!うん!もう大丈夫です!ご心配おかけしました!」
はち切れんばかりの笑顔でアカリは秋山に敬礼する。視力の回復と共に、すっかり元の調子を取り戻したようだ。まあ、それはよかったんだが…。
「アカリ。なんでまた出歩いてんだ。危険なんだから外に出ちゃダメだって言ったろ。」
「え…。だって先生に会いたかったし…。」
「だってじゃない!奴らの追手が出歩いてるかも知れないんだ。殺されるかも知れないんだぞ!」
「ご、ごめんなさい…。」
「ちょっと西馬さん。そんな怒らなくても…。」
「お前もだ。須田。一体何の為にアカリを預けたと思ってんだ!」
「そんな…。」
「今すぐ帰るんだ。ここは危険だ。今すぐ帰るんだ!」
「ちょっと、あいさつくらい…。」
「ダメだ!」

「おい。西馬。」秋山が俺を呼び止める。「鏡で自分の顔、見てみろ。」
そう言って手鏡で俺の顔を映してきた。鏡には…まるで仁王のように顔を引きつらせた俺が映っていた。
「あ…。」
「お前…。気持ちは分かるがちょっと気負い過ぎだ。だいぶ参ってるんじゃないか?」
…どうやらそうらしい。自分があんな恐ろしい顔を、無意識とはいえアカリと須田に向けていたなんて…。
「だが…また奴らにさらわれるかも知れないんだ。そうしたらどうするんだ…。」
「そん時はまた取り返せばいい。俺だって協力する。須田も手を貸してくれるさ。そうだろ?」
「そうですよ!西馬さん。なに一人で背負い込んでんですか!私だって今は探偵助手なんですよ!もっと頼って下さい!」
「お前ら…。」
…負けたな。俺はどうやら勝手に一人で自分を追い詰めてたらしい。全部自分で背負いこんで、自分一人でボスや闇クラブの連中と決着をつけようなんて考えていた。
「みんな…すまない。少し神経過敏になってたな。」
「分かればいいさ。…で、アカリちゃん。何か用事があって来たのかい?」
「う…うん。」
おずおずとアカリが近づいてきた。
「先生にね…。依頼したくて来たの。」
「お前が?俺に依頼か。」
「うん…。お兄ちゃんにね…会わせて欲しいの。」
…これはまた無茶な注文が来た。
「アカリ…。それはできない。話は聞いてるだろう?お前の兄貴がお前を殺そうとしてるって。」
「うん…。聞いたよ。でも、それでも私にはたった一人の肉親なの。元々先生に近づいたのも、お兄ちゃんに会う為だったしね。」
「そうだったのか…。しかし…。」
「ワガママ言ってるのは分かってる。でもこのままあの闇クラブを潰して回ってたらお兄ちゃん死んじゃうよ。そうなる前に、一目だけでも…会いたいの。」
懇願するアカリ。一方で俺は、あの時のボスの言動を思い出していた。
…あいつは自分の組織に妹を利用される前に何とかしようとしていただけだった。本当は、妹を殺すなんて本意ではないんじゃないだろうか?
「…分かった。ただし条件がある。」
「何?」
「絶対に危険なことはしないこと。危ないと思ったら迷わず逃げること。これが守れなきゃ、依頼は受けられない。」
「分かった!」
「それから、知らない人についていかないこと。お菓子をあげると言われてもついていかないこと。遊ぼうなんて言われても…。」
「ちょ、ちょっと先生!ストップ、ストップ!いくら何でも子供じゃないんだから…!」
「冗談だよ。…OK。その依頼、受けよう。」
「…よかった。ありがとう。先生。」


…やれやれ。こうしてまた面倒な依頼が増えちまった。だけど同時に、これでやっといつもの探偵事務所に戻った気がした。
アカリが面倒な依頼を持ち込んで、それを俺が嫌々引き受ける…。そんないつもの日常が、やっと戻ってきたんだ…。
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