記憶探偵の面倒な事件簿

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花園編

魔女の末路

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薄暗く、澱んだ空気の中、羽鳥は1人、自慢の血風呂を堪能していた。本日二度目の風呂である。
純白であったろうバスタブは、所々血と錆に汚れ、浴室もまた同様に赤黒く汚れていた。
そんな汚い中でも、羽鳥は悦に浸っていた。
「ボスがもうすぐ来られる…。ボスがもうすぐ…。」
バスタブの横の水路からは血が流れ続け、その血がまた浴槽から溢れ出す。隣の部屋からは、犠牲となったであろう少女の断末魔が浴室まで伝わり、その叫び声が、羽鳥の快感を一層強いものにした。

「…如何でございますか?羽鳥様?」
浴室内のモニター越しにスタッフが尋ねた。
「いいわ…。とてもいい…。今搾っているのはどんな子だったの?」
「は…。茜という少女で、この部屋に来ることを強く願っておりました。部屋から連れ出した時は狂ったように喜んでおりましたが、今はもう助けを請う叫びと懺悔ばかりを吐いております。」
「うふふ…。ますます心地がいいわ…!無知な小娘の血を搾り取る…。ここで全てを思うがままにできるのは私だけ…!生意気な小娘共に選択肢などない…!」

あははは…!

高笑いをする羽鳥。その顔は醜く歪んでいた。

「…ところで、ボスの妹の捕獲はどうなっているのかしら?」
「3人が追跡に向かっておりますが、未だに捕まらないようです。」
「情けないわね…。たかだか小娘数人の始末に何を手こずっているの?」
「…申し訳ございません。」
「早急にボスの妹をここに連れてきなさい。いいわね!?」
「かしこまりました。」
黒服の男が一礼したところで、モニターは切れた。

「全く…。いざという時に役に立たないんだから、いやになるわ。」
風呂から上がった羽鳥は、全身にこびりついた血を洗い流し始めた。
その下から妖しくも美しい肢体が現れていく。引き締まった身体。ツンと上向きに張った乳房。たるみのない腹部にカモシカのような脚…。同年代のどの女性にも優るプロポーションがそこにはあった。
脱衣所の姿鏡で己の全身に見惚れる羽鳥。これも日課の一つである。…と、鏡越しに、背後に何者かが立っているのが見える。
「はっ!?」
驚いて振り向く羽鳥。背後に立っていたのは…ボスだった。

「やあ、羽鳥さん。久しぶりだね。」
「…ボス。嫌ですわ。女の風呂上がりをまちぶせるだなんて。無粋な方。」
「これは失礼した。風呂上がりにワインを、と思ってね。」
「ワイン…。」
羽鳥は警戒していた。
ボスはついこの間、組織の抱える闇クラブ「ベルゼブブ」を、オーナーの安藤共々壊滅させている。そして今回の襲撃…。間違いなく次は自分が殺される。
(まさか…毒入りのワイン…?いや、ボスには魔眼がある。そんな回りくどいことはしない…。)
「良ければ、一緒に乾杯したいんだが、駄目かな?」
「…構いませんわ。ここではなんですので、私の部屋まで移動しましょうか。」
笑顔を引きつらせながら羽鳥は考える。
(何にせよ、ここですぐにボスが魔眼を使わないのはラッキーだわ。妹を捕らえるまでそう時間はかからないはず。私はスタッフが妹をここに連れて来るまで時間をなるべく引き伸ばせばいい…。)
悶々と考える羽鳥の後ろで、ボスは不敵な笑みを浮かべていた。


「…さあ、ご足労おかけしました。こちらへおかけ下さい。」
「ありがとう。失礼するよ。」
ボスはテーブルの席に座り、その対面に羽鳥も座る。羽鳥が座ると同時に、ボスはグラスにワインを注ぎ始めた。
「時に、羽鳥さん。ワインはお好きだったかな?」
「…ええ。少々嗜む程度ですが。」
「それはよかった。では…、乾杯といこうか。」
「乾杯…。」
互いのグラスを軽く持ち上げて、乾杯の合図。そしてボスは自分のグラスを空ける。一方の羽鳥は、ワインを飲むのを躊躇していた。
「ハハハ…。そんなに怖がらなくてもいい。毒なんて入っちゃいないよ。」
「そ、そうですね…。ごめんなさい。」
そう言いながら、恐る恐る羽鳥もグラスを飲み干した。
「…なかなか、重厚なワインですわね。何というワインですの?」
「キャンティ・クラシッコ・リゼルバ。イタリアを代表するキャンティワインの中でも、最上の物と言っていい一品さ。ブドウ種はサンジョベーゼ100パーセント。それだけでも素晴らしいんだけど、特筆すべきはその熟成期間だね。同じワインでも、リゼルバと名のつくものは通常よりも長い間熟成されている。このワインは18ヶ月の間熟成されたものだそうだ。」
「博学でいらっしゃるのね。ワインを18ヶ月…。そんなに時間をかけるなんて…。」
「何でも新鮮な物がいいとは限らない良い見本だ。長い熟成期間を経たものの方が良いものなんていくらでもある。」
羽鳥は、先ほどのボスの言い方に少し引っかかった。
「…それは…私への当てつけかしら?ボス?」
「うん?」
「若い子を僻んで、無理やり自分を若く見せている私への…。」
「…そうだ、と言ったら?」
ボスの答えに、羽鳥は見る見るうちに顔を紅潮させ、やがて激昂へと変わった。
「私が間違ってるって言いたいのっ!?美容クラブを勧めたのは貴方じゃないっ!」
「確かに勧めたのは僕だ。それに美容そのものが悪かったとは僕は思わない。その人のもともと持っている美しさを研ぎ澄ますのが目的ならね。でも、貴方のやり方は違う。今の貴方は美しくなどない。」
「わ、私が醜いっていうの!?私のどこが!?」
怒りに顔を引きつらせる羽鳥に、ボスは変わらぬ様子で淡々と語った。
「美しさとは…思うにこのワインのようなものじゃないだろうか。自分自身の生まれ持った長所を引き立て、練り上げ、至上のものへと昇華する。外面、内面、共にね。そこに本来の美しさというものが生まれるんじゃないだろうか。一方の貴方はどうだろう。自分の老いから目を背け、隠し、他人を陥れて、己の見た目ばかりに気を使い、自己満足に浸る…。これが醜くなくて一体なんだい?」
「…っ!言わせておけば…!」
ボスに喰ってかかろうとする羽鳥。

と、その時スタッフが突然部屋に入ってきた。
「羽鳥様!連れてまいりました!」
スタッフの到着にニヤリと笑う羽鳥。
(勝った…!間一髪、間に合ったわね…!)
「もうここまでよ。ボス。あなたの妹を拘束したわ。殺されたくなかったら、おとなしく投降なさい。」
勝利を確信し、思わず口元が緩む羽鳥。だがそれでも、一方のボスは不敵に微笑み続けていた。
「…な、何がおかしいのっ!?」
「ふふっ。いいや。随分と早とちりなんだな、と思ってね。スタッフはまだ、連れてきた、としか言ってないのにさ。」
「な…何強がり言ってるのよ。私のスタッフがこの状況で連れてきたと言ったら、私が捕らえるよう命令した妹しか…!」
「まあまあ。とにかくせっかくスタッフが『連れてきた』んだ。入って貰おうよ。」
そう言ってボスは、スタッフに『連れてきた』者に入ってもらうよう促した。スタッフは頷くと、扉を開けた。そうして入って来たのは…。

「な…何よ。これ…!」
ゾロゾロと入ってきたのは、全身に無数の穴を開けられた少女たち…、羽鳥によって殺された少女たちだった。彼女らは虚ろな目で羽鳥を睨みつけている。
「おやおや。さすが人気だね。羽鳥さん。こんなに貴方に会いたい人達がいるなんて…。」
皮肉を吐くボスの声も、もはや羽鳥の耳には入っていなかった。
(これは…魔眼…!?そんなバカな!私はボスが魔眼を発動した所をまだ見ていない。一体いつから…!?)
困惑する羽鳥を他所に、『来客』はもうそこまで来ていた。彼女らの一人が羽鳥の腕を掴むと、たちまちその腕から煙が上がる。美しかった羽鳥の腕はたちまちしぼみ、干からびていった。
「あ、ああっ!!いや!やめてええっ!!」
抵抗する羽鳥。それにも構わず彼女らはそれぞれ羽鳥の全身を掴んでいく。
脚、腹、胸、首、顔…。
彼女らの掴んだ箇所は例外なくどんどんと干からびていった。
「いやっ!いやっ!いやあああああ!!」



…羽鳥の浴室。
浴槽には、羽鳥が湯船に浸かったまま絶命していた。その姿は生前の美しかった様子は見る影もなく、ただの干からびた老婆の様に変わり果てていた。
…浴室のモニターに、嘲笑う黒服の男が映る。
「さようなら。羽鳥さん。…良い夢を。」
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