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迷子編
エピローグ 不穏な幕切れ
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所変わって探偵事務所。
俺は秋山から、りえちゃんの事の顛末を聞いていた。
「…それで、りえちゃんは無事なのか?」
「命に別状はない。ただ…。」
「ただ?」
「喋らなくなったんだ。」
「喋らない?」
「いや、正確には喋れなくなった、かな。」
りえちゃんはあれから少年院に向かう途中で放心状態になっていたところを秋山が発見し、保護された。しかし保護された後、言葉を一切話せなくなったらしい。いわゆる「失語症」というものらしい。極端なストレスを受けた際に発する精神病の一種だそうだ。
異様だったのはその保護された状況だ。…中の職員が一人残らず虚空を見つめていたらしい。何にも反応を示さず、まるで時間が止まっているかのようにピクリとも動かなかったという。
「…それは異常だな。」
「ああ、全くもって異常だ。きわめつけは監視カメラ。りえちゃんが入ってから俺が発見されるまでの映像がスッポリ抜けているんだ。」
「映像が抜けている?」
「ああ。どうも監視員がカメラに細工したらしい。」
「なんで監視員がそんなことを?」
「分からん。本人は全く意識がなかったらしい。気づいた時にはもうカメラ映像の編集を終えた後だったらしい。」
「…例の催眠術を使う男の仕業か。」
「恐らくな。しかし、こんな大人数の人間に短時間で催眠をかけられるものだろうか?」
「さあな。俺は専門家じゃないからな。」
…カメラの映像が抜けた時間は、たったの五分ほどだったらしい。もしこれだけの人数に五分の間に催眠術をかけたのであれば、一人でやったとは考えにくい。しかし、催眠術をかけられる人間が何人もいた、というのも無理のある話か。それも一瞬でほぼ同時に。うーむ…。
「…西馬?おい西馬!」
「ん?ああ、悪い悪い。ちょっと考え事してた。」
…考えても仕方ない。とにかく、依頼は終わったんだ。りえちゃんの家はあの催眠術を使う男のところで、そこは危険だから少年院で預かることにした。…それでいいじゃないか。これ以上、首を突っ込むこともない。
「まあ、いろいろあったがこれで依頼解決かな。それにしても疲れた…。たかだか迷子の依頼がここまで面倒ごとになるとは。孤児院に聴き込みに行ったり…。」
「あー。その孤児院なんだがな。」
「? なにかあったのか?」
「潰れたよ。りえちゃんを保護したのとほぼ同時刻な。」
「何だって?」
秋山によれば、ひまわり孤児院の職員の一人が突然発狂し、そばにいた職員、孤児を切り刻んだ挙句、自分の喉を笑いながら何度も突き刺して絶命したらしい。その事件が元で孤児院は閉園になったそうだ。
「えげつない事件だな…。」
「ほれ。これが自殺した職員の顔写真だ。」
!?
…聴き込みに行った時に証言したベテラン保育士だ…。
「? この職員のこと、知っているのか?」
「ああ。りえちゃんを引き取った若い男のことを知っていた職員だ。」
「なんて事だ…。じゃあこれも、例の催眠術の男による犯行というわけか。」
「その可能性は高いな。おそらく、口封じだ。」
りえちゃんが捕まったことで、自分にとって不利な証言をするかもしれない。ならば、りえちゃんとその関係者を全て殺し、清算してしまおう。
…大方、こんな感じだろうか。だがそれを女子供もおかまいなしに実行できるなんて、相手は相当非情なやつだ。
「とにかく、これ以上は関わらないのが賢明だ。警察もこれ以上の捜査は打ち切っている。」
「!? 何故だ!こんな事件が起こってんのに。」
「警察も関わりたくない相手ということだ。りえちゃんを引き取った田中夫妻と黒沢夫妻の事件もそうだ。途中で捜査が打ち切られている。お前も深入りしないほうが身のためだ。」
「むう…。それはもちろんだが、なんか釈然としないな…。」
「俺だってそうさ。しかし、相手は少年院の中にも平然と入ってくるし、子供だろうが自分に不利益なやつは容赦なく殺すやつだ。それなりに準備を整えなきゃ、返り討ちだよ。」
「その様子じゃ、捕まえるのを諦めてはないみたいだな。」
「当たり前だろ。りえちゃんをあんな目に合わせたんだ。ただじゃおかねえ。」
秋山は手のひらに自分のパンチを叩き込んだ。その目には怒りでギラギラした炎が見えるようだった。
「そのりえちゃんだが、これからどうすんだ?」
「…とにかく、今は院で大人しくしていた方が無難だ。俺は毎日面会に行くよ。そうした方が、失語症の治療にもいいらしい。全部が終わって、釈放されたら、その時は娘として引き取るつもりだ。」
「そうか…。頑張れよ。」
「ああ。」
秋山は懐からタバコを取り出し、景気付けに一服の火をつけた。
「…あの子には、いやあの子だけじゃない。子供達には、愛情を注いでくれる大人が必要なんだ。何が正しくて、何が間違っているのか、きちんと教えてやれる大人が。」
「秋山。」
「人を殺して喜ぶような人間に、あのこにはなって欲しくない。あの子にはきちんとそれを教えてやりたい。」
「おい、秋山。」
「これから少々忙しくなるかもしれないが、大丈夫。やり遂げてやるよ。全部な。任せてくれ。」
「ここは禁煙だ。」
「…一本くらいいいだろがよ。」
…かっこいいことを言う奴には水を差したくなる。
俺のいたずら心に、秋山はちょっとふくれ顔だった。
俺は秋山から、りえちゃんの事の顛末を聞いていた。
「…それで、りえちゃんは無事なのか?」
「命に別状はない。ただ…。」
「ただ?」
「喋らなくなったんだ。」
「喋らない?」
「いや、正確には喋れなくなった、かな。」
りえちゃんはあれから少年院に向かう途中で放心状態になっていたところを秋山が発見し、保護された。しかし保護された後、言葉を一切話せなくなったらしい。いわゆる「失語症」というものらしい。極端なストレスを受けた際に発する精神病の一種だそうだ。
異様だったのはその保護された状況だ。…中の職員が一人残らず虚空を見つめていたらしい。何にも反応を示さず、まるで時間が止まっているかのようにピクリとも動かなかったという。
「…それは異常だな。」
「ああ、全くもって異常だ。きわめつけは監視カメラ。りえちゃんが入ってから俺が発見されるまでの映像がスッポリ抜けているんだ。」
「映像が抜けている?」
「ああ。どうも監視員がカメラに細工したらしい。」
「なんで監視員がそんなことを?」
「分からん。本人は全く意識がなかったらしい。気づいた時にはもうカメラ映像の編集を終えた後だったらしい。」
「…例の催眠術を使う男の仕業か。」
「恐らくな。しかし、こんな大人数の人間に短時間で催眠をかけられるものだろうか?」
「さあな。俺は専門家じゃないからな。」
…カメラの映像が抜けた時間は、たったの五分ほどだったらしい。もしこれだけの人数に五分の間に催眠術をかけたのであれば、一人でやったとは考えにくい。しかし、催眠術をかけられる人間が何人もいた、というのも無理のある話か。それも一瞬でほぼ同時に。うーむ…。
「…西馬?おい西馬!」
「ん?ああ、悪い悪い。ちょっと考え事してた。」
…考えても仕方ない。とにかく、依頼は終わったんだ。りえちゃんの家はあの催眠術を使う男のところで、そこは危険だから少年院で預かることにした。…それでいいじゃないか。これ以上、首を突っ込むこともない。
「まあ、いろいろあったがこれで依頼解決かな。それにしても疲れた…。たかだか迷子の依頼がここまで面倒ごとになるとは。孤児院に聴き込みに行ったり…。」
「あー。その孤児院なんだがな。」
「? なにかあったのか?」
「潰れたよ。りえちゃんを保護したのとほぼ同時刻な。」
「何だって?」
秋山によれば、ひまわり孤児院の職員の一人が突然発狂し、そばにいた職員、孤児を切り刻んだ挙句、自分の喉を笑いながら何度も突き刺して絶命したらしい。その事件が元で孤児院は閉園になったそうだ。
「えげつない事件だな…。」
「ほれ。これが自殺した職員の顔写真だ。」
!?
…聴き込みに行った時に証言したベテラン保育士だ…。
「? この職員のこと、知っているのか?」
「ああ。りえちゃんを引き取った若い男のことを知っていた職員だ。」
「なんて事だ…。じゃあこれも、例の催眠術の男による犯行というわけか。」
「その可能性は高いな。おそらく、口封じだ。」
りえちゃんが捕まったことで、自分にとって不利な証言をするかもしれない。ならば、りえちゃんとその関係者を全て殺し、清算してしまおう。
…大方、こんな感じだろうか。だがそれを女子供もおかまいなしに実行できるなんて、相手は相当非情なやつだ。
「とにかく、これ以上は関わらないのが賢明だ。警察もこれ以上の捜査は打ち切っている。」
「!? 何故だ!こんな事件が起こってんのに。」
「警察も関わりたくない相手ということだ。りえちゃんを引き取った田中夫妻と黒沢夫妻の事件もそうだ。途中で捜査が打ち切られている。お前も深入りしないほうが身のためだ。」
「むう…。それはもちろんだが、なんか釈然としないな…。」
「俺だってそうさ。しかし、相手は少年院の中にも平然と入ってくるし、子供だろうが自分に不利益なやつは容赦なく殺すやつだ。それなりに準備を整えなきゃ、返り討ちだよ。」
「その様子じゃ、捕まえるのを諦めてはないみたいだな。」
「当たり前だろ。りえちゃんをあんな目に合わせたんだ。ただじゃおかねえ。」
秋山は手のひらに自分のパンチを叩き込んだ。その目には怒りでギラギラした炎が見えるようだった。
「そのりえちゃんだが、これからどうすんだ?」
「…とにかく、今は院で大人しくしていた方が無難だ。俺は毎日面会に行くよ。そうした方が、失語症の治療にもいいらしい。全部が終わって、釈放されたら、その時は娘として引き取るつもりだ。」
「そうか…。頑張れよ。」
「ああ。」
秋山は懐からタバコを取り出し、景気付けに一服の火をつけた。
「…あの子には、いやあの子だけじゃない。子供達には、愛情を注いでくれる大人が必要なんだ。何が正しくて、何が間違っているのか、きちんと教えてやれる大人が。」
「秋山。」
「人を殺して喜ぶような人間に、あのこにはなって欲しくない。あの子にはきちんとそれを教えてやりたい。」
「おい、秋山。」
「これから少々忙しくなるかもしれないが、大丈夫。やり遂げてやるよ。全部な。任せてくれ。」
「ここは禁煙だ。」
「…一本くらいいいだろがよ。」
…かっこいいことを言う奴には水を差したくなる。
俺のいたずら心に、秋山はちょっとふくれ顔だった。
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