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迷子編
浮かび上がる手口
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「…で?なんでわしのとこに来たんじゃ。」
事務所を出てしばらく行ったところ、陳さんの診療所に俺は来ていた。
この陳さん、裏世界の人間相手に長年商売をし続けてきたというなかなか肝の据わった医者で、前回の事件では致命傷を負いながら、自力で応急処置を施すという不死身さも見せた。
「診療目的でないんなら帰ってくれ。わしはもうクタクタなんじゃ。」
「すまん。陳さん。そこをなんとか頼むよ。」
…俺は正直追い詰められていた。未だ解決の糸口が見えない依頼、調査が進むごとに不気味さの増すりえという少女、正体の見えない謎の男…。
わからないことがどんどん増すばかり。調査に行き詰まった俺は陳さんに相談することにした。陳さんは裏の世界にも顔が効く。何かしらの情報を知ってるんじゃないか、と踏んだからだ。
「…そもそもそういう迷子のことは秋山の方が専門分野じゃろ。秋山に相談したらどうだ。」
「できたらここに来ちゃいないよ。」
「なんじゃ?秋山には相談できないわけでもあんのか?」
「…。そのりえちゃんが人を殺してる可能性があるんだ。」
「その…10歳くらいの女の子がか?」
「ああ。」
「馬鹿言うない。そんなちっちぇ子に殺しができるわけないじゃろ。」
「俺もそう思いたい。しかし…。」
俺は思い切って打ち明けることにした。その子の記憶に2組の夫婦が縊り殺されている映像があったこと、その合間にストロボ写真を焚くように「殺せ」というメッセージが見えたこと…。
「…信じてもらえないかもしれないが…。」
「…確かに信じたくはないな。じゃがお前が記憶で見たのなら、それはまぎれもない真実じゃ。信じざるを得まい。」
「陳さん。どう思う?」
「…うーむ。推測でしかないが、心当たりならある。」
!!
やはり相談して見た甲斐があった。
「ほ、本当か!?」
「ああ。まずそのストロボ写真みたいに出て来たメッセージじゃが…わしはサブリミナル効果を利用した催眠でないかと思うんじゃ。」
「サブリミナル?」
「テレビなどの映像に、一瞬だけ別の映像を滑り込ませることで、人の潜在意識に訴えかける手法じゃ。こんな例がある。1957年9月から6週間にわたり、市場調査業者のジェームズ・ヴィカリという男が、ニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」の上映中に、「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写した。すると、コカコーラについては18.1%、ポップコーンについては57.5%の売上の増加がみられた、という。」
「1/3000秒…。本当に一瞬だけでそんな効果があるのか。」
「ああ。大アリじゃ。そのあまりの効果ゆえ、1999年には日本民間放送連盟が、それぞれの番組放送基準でサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化しておる。」
「やけに詳しいな。」
「前の事件以来、催眠に興味が湧いてな。個人的に色々調べたんじゃよ。そのうち使ってやろうかと思っての。」
ふぉっ、ふぉっと笑う陳さん。末恐ろしい爺さんだ。前の事件といえば、陳さんは以前に記憶喪失だった依頼人に催眠療法を見よう見まねで施し、見事成功していた。
「じゃあ、りえちゃんは催眠にかけられて殺人を?」
「その子がやったとするなら、その可能性はあるな。」
「しかし…、催眠で殺人など可能だろうか?」
「可能じゃよ。」
陳さんは部屋の本棚から「犯罪白書」なるものを取り出した。
「催眠を使った事件にこんな物がある。1894年、カンザス州で農業を営んでいたアンダーソン・グレイという男性が、近所に住む男によって射殺されるという事件があった。この射殺した男性は被害者については知らず、なんとなく殺さないといけないと思ったから殺した、と供述しておる。後に調べてわかったことじゃが、この男なんと催眠術にかけられていたそうじゃ。」
「なんだって…!じゃあ、りえちゃんに催眠をかけて殺人を指示するということも…。」
「十分にあり得る。」
思わぬところで手がかりが得られた。なるほど、催眠術か…。
「ありがとう!陳さん。何とか手がかりがつかめそうだよ。」
「待て!話はまだ終わっとらん。そのりえちゃんとやらが催眠術にかけられて殺そうとしたところで、たかだか10歳くらいの女の子。対する標的は大の大人2人じゃ。りえちゃんだけじゃ、犯行に無理があると思わんか?」
「確かに…。では共犯者がいるということか。」
「それもある。もしくは…。」
「その夫婦2組にも、催眠術をかけられていたとしたら?」
「な、なんだって!?」
突拍子もない推論にまたも思わず声をあげた。りえちゃんだけでなく、殺された夫婦にも催眠術をかける。そんなことが可能なのか?
「考えられん話じゃない。夫婦にあらかじめ無抵抗になるような催眠術をかけておく。その後、なんらかの理由で夫婦が逃亡した後、同じく催眠術をかけたりえちゃんを追っ手に差しむける。その後、うまい具合に催眠術が発動すれば、夫婦は無抵抗の状態になり、りえちゃんは殺害が可能になる。」
何ともややこしい殺害方法だ。
「…そこまでまどろっこしいこと、できる奴がいるのか?」
「その心当たりもあるにはある。あくまで風の噂じゃがな。」
!!! 驚いた。ここまで核心に迫れるとは。
前進しなかった依頼の進展に興奮しながら、俺は陳さんの次の言葉を待った…。
事務所を出てしばらく行ったところ、陳さんの診療所に俺は来ていた。
この陳さん、裏世界の人間相手に長年商売をし続けてきたというなかなか肝の据わった医者で、前回の事件では致命傷を負いながら、自力で応急処置を施すという不死身さも見せた。
「診療目的でないんなら帰ってくれ。わしはもうクタクタなんじゃ。」
「すまん。陳さん。そこをなんとか頼むよ。」
…俺は正直追い詰められていた。未だ解決の糸口が見えない依頼、調査が進むごとに不気味さの増すりえという少女、正体の見えない謎の男…。
わからないことがどんどん増すばかり。調査に行き詰まった俺は陳さんに相談することにした。陳さんは裏の世界にも顔が効く。何かしらの情報を知ってるんじゃないか、と踏んだからだ。
「…そもそもそういう迷子のことは秋山の方が専門分野じゃろ。秋山に相談したらどうだ。」
「できたらここに来ちゃいないよ。」
「なんじゃ?秋山には相談できないわけでもあんのか?」
「…。そのりえちゃんが人を殺してる可能性があるんだ。」
「その…10歳くらいの女の子がか?」
「ああ。」
「馬鹿言うない。そんなちっちぇ子に殺しができるわけないじゃろ。」
「俺もそう思いたい。しかし…。」
俺は思い切って打ち明けることにした。その子の記憶に2組の夫婦が縊り殺されている映像があったこと、その合間にストロボ写真を焚くように「殺せ」というメッセージが見えたこと…。
「…信じてもらえないかもしれないが…。」
「…確かに信じたくはないな。じゃがお前が記憶で見たのなら、それはまぎれもない真実じゃ。信じざるを得まい。」
「陳さん。どう思う?」
「…うーむ。推測でしかないが、心当たりならある。」
!!
やはり相談して見た甲斐があった。
「ほ、本当か!?」
「ああ。まずそのストロボ写真みたいに出て来たメッセージじゃが…わしはサブリミナル効果を利用した催眠でないかと思うんじゃ。」
「サブリミナル?」
「テレビなどの映像に、一瞬だけ別の映像を滑り込ませることで、人の潜在意識に訴えかける手法じゃ。こんな例がある。1957年9月から6週間にわたり、市場調査業者のジェームズ・ヴィカリという男が、ニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」の上映中に、「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写した。すると、コカコーラについては18.1%、ポップコーンについては57.5%の売上の増加がみられた、という。」
「1/3000秒…。本当に一瞬だけでそんな効果があるのか。」
「ああ。大アリじゃ。そのあまりの効果ゆえ、1999年には日本民間放送連盟が、それぞれの番組放送基準でサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化しておる。」
「やけに詳しいな。」
「前の事件以来、催眠に興味が湧いてな。個人的に色々調べたんじゃよ。そのうち使ってやろうかと思っての。」
ふぉっ、ふぉっと笑う陳さん。末恐ろしい爺さんだ。前の事件といえば、陳さんは以前に記憶喪失だった依頼人に催眠療法を見よう見まねで施し、見事成功していた。
「じゃあ、りえちゃんは催眠にかけられて殺人を?」
「その子がやったとするなら、その可能性はあるな。」
「しかし…、催眠で殺人など可能だろうか?」
「可能じゃよ。」
陳さんは部屋の本棚から「犯罪白書」なるものを取り出した。
「催眠を使った事件にこんな物がある。1894年、カンザス州で農業を営んでいたアンダーソン・グレイという男性が、近所に住む男によって射殺されるという事件があった。この射殺した男性は被害者については知らず、なんとなく殺さないといけないと思ったから殺した、と供述しておる。後に調べてわかったことじゃが、この男なんと催眠術にかけられていたそうじゃ。」
「なんだって…!じゃあ、りえちゃんに催眠をかけて殺人を指示するということも…。」
「十分にあり得る。」
思わぬところで手がかりが得られた。なるほど、催眠術か…。
「ありがとう!陳さん。何とか手がかりがつかめそうだよ。」
「待て!話はまだ終わっとらん。そのりえちゃんとやらが催眠術にかけられて殺そうとしたところで、たかだか10歳くらいの女の子。対する標的は大の大人2人じゃ。りえちゃんだけじゃ、犯行に無理があると思わんか?」
「確かに…。では共犯者がいるということか。」
「それもある。もしくは…。」
「その夫婦2組にも、催眠術をかけられていたとしたら?」
「な、なんだって!?」
突拍子もない推論にまたも思わず声をあげた。りえちゃんだけでなく、殺された夫婦にも催眠術をかける。そんなことが可能なのか?
「考えられん話じゃない。夫婦にあらかじめ無抵抗になるような催眠術をかけておく。その後、なんらかの理由で夫婦が逃亡した後、同じく催眠術をかけたりえちゃんを追っ手に差しむける。その後、うまい具合に催眠術が発動すれば、夫婦は無抵抗の状態になり、りえちゃんは殺害が可能になる。」
何ともややこしい殺害方法だ。
「…そこまでまどろっこしいこと、できる奴がいるのか?」
「その心当たりもあるにはある。あくまで風の噂じゃがな。」
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