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仮面編
事件が終わって…
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『昨日、連続猟奇殺人事件を起こした犯人と思われる男性が遺体で発見されました。警察は自殺と見ています…。』
「はあ…。」
おめでたいニュースの報道に、俺はため息をついていた。
あれから、俺の元から逃げ出した容疑者が遺体で発見されたのだ。どういう訳か、自分の顔をメスで骨まで削ぎ落とした姿で…。
はっきり言って異常な死に様なのだが、顔を削ぐのに使ったであろうメスは本人がしっかり握っていたし、周りに人もいなかった事から自殺だろう、というのが警察の判断だった。
ところで俺はというと、結論から言えば依頼料をもらい損ねてしまった。
秋山からの依頼は、犯人を取り逃がした、という事で依頼未達成とされてチャラ。始めのアカリからの依頼も、払ってくれるはずの依頼人が自殺。
というわけで、俺は今回の事件、骨折り損のくたびれもうけで終わったわけだ。
「はあ…。」
…ため息しか出ない。あともうちょっとで、いい報酬がもらえたってのに。
「先生~!元気~!?」
アカリの声だ。
…来たな。疫病神め。
「…今の俺が元気に見えるか?」
「う~ん。ちょっと見えないかな…?」
こいつ…。
「…今日はもう一人にしてくれ。しばらく依頼は沢山だ…。」
俺はシッシッ、と手を振ってアカリを追い返そうとした。
「秋山さんがなんかお土産持って来てたけど。」
「通しなさい。」
お土産という言葉に思わず反応してしまった。そういう事は早く言いなさいよ、全く…。
「おお!西馬!生きてるか~!」
「…ああ、かろうじてな…。」
正直、彼が来るまで死んでいた。これもお土産効果だな。
「ところで、お土産って?」
「ああ…。まあ報酬は出せないんだが、捜査も協力してもらったからな。一応粗品という事で、ほれ。」
秋山は持っていた紙袋から、菓子らしきものを取り出した。
「これは…!」
「何これ?ビスケット?」
「いや、これはカントッチョだ。イタリアで食べられる、コーヒーとの相性抜群の菓子だよ!」
滅多に食えないものを見て俄然テンションの上がる俺。
「まあ、喜んでもらえたようで、良かった。それはそうと、今回の事件の犯人についてなんだが。」
「ん?ああ、なんか新しくわかったのか?」
「まあ、わかったと言っても継ぎ足し程度の情報だがな。まず、犯人の名前は牛島建雄。26歳。ちょっと前までW大付属病院で働いていた外科医だ。」
「まあ、名前以外はもう知ってる事だな。」
俺は秋山の報告を聞きながら、コーヒーを淹れていた。早速、カントッチョを食べたかったのだ。
「牛島は職場でえらいいじめられていたらしいな。職場で一緒だったナースが言っていたよ。」
「それも本人が言っていたよ。ほとんど孤立状態だったそうだ。」
「…なんか、可哀想だよね。いじめられて、居場所も無くなって…。」
「…だからと言って、人を殺していい理由にはならないさ。結局、あいつの殺人ら、その状況から逃げ出すための身勝手な理由からだからな。」
「…そうだね…。」
しばらくしてコーヒーと紅茶も入り、俺は秋山とアカリの三人でまったりティータイムを取っていた。
「…しかし、皮肉なもんだな。」
「何が?」
「牛島だよ。あいつは誰かに成り代わろうと、他人の皮を剥ぎ続けた。他人の人生を得るために。でも最期は結局何者にもなれなかった。自分の顔すら捨て去って…。」
「……。」
「……。」
秋山もアカリも、黙りこんでしまった。
「『他人の人生を欲しいと思ったことはあるか?』奴はそう言っていた。俺だってそんなこと思ったのは、一度や二度じゃない。」
「俺もだ。」
秋山が口を開いた。
「もう一度、人生をやり直して妻を取り戻せたら…。何度も思ったよ。でもそのうちそんな考えは捨てた。」
そう言って、秋山は飲みかけのコーヒーを飲み干し、プハー、と一息入れた。
「…人生をやり直す。それはあいつと出逢ったことも、愛し合ったことも、そして殺されたことも全てなかったことにする事だ。そう考えたら、やり直したいなんて考えは吹っ飛んじまった。…あいつとの思い出をなかったことになんてできない。」
「そうだな…。人は皆、何かしらを生きてるうちに背負っちまう。そいつがあまりに重いもんだから、時に逃げ出したくなる。でもそこから逃げ出した時点で、牛島のような末路をたどる…。辛くても、生きてくしかないのさ。自分の面でな。」
「…先生にも、逃げ出したい何かって、あるの?」
俺たちの会話を黙って聞いていたアカリが問いかけてきた。
「あるさ…。」
色々と思い出してしまう…。過去のこと、因縁。果たせなかった約束…。
「例えば…どんなこと?」
…俺はかぶりを振った。過去のことは過去のこと。それも含めて俺なんだ。…全部背負ったまま生きてやる。牛島のようにはならない。
「ねえ!逃げ出したいことってどんなこと?」
「そうだな…。例えばお前の持ち込んでくる依頼とかかな。」
…今日のところははぐらかしとこう。いつか言う日が来るかもしれない。その時はその時さ。
「はあ…。」
おめでたいニュースの報道に、俺はため息をついていた。
あれから、俺の元から逃げ出した容疑者が遺体で発見されたのだ。どういう訳か、自分の顔をメスで骨まで削ぎ落とした姿で…。
はっきり言って異常な死に様なのだが、顔を削ぐのに使ったであろうメスは本人がしっかり握っていたし、周りに人もいなかった事から自殺だろう、というのが警察の判断だった。
ところで俺はというと、結論から言えば依頼料をもらい損ねてしまった。
秋山からの依頼は、犯人を取り逃がした、という事で依頼未達成とされてチャラ。始めのアカリからの依頼も、払ってくれるはずの依頼人が自殺。
というわけで、俺は今回の事件、骨折り損のくたびれもうけで終わったわけだ。
「はあ…。」
…ため息しか出ない。あともうちょっとで、いい報酬がもらえたってのに。
「先生~!元気~!?」
アカリの声だ。
…来たな。疫病神め。
「…今の俺が元気に見えるか?」
「う~ん。ちょっと見えないかな…?」
こいつ…。
「…今日はもう一人にしてくれ。しばらく依頼は沢山だ…。」
俺はシッシッ、と手を振ってアカリを追い返そうとした。
「秋山さんがなんかお土産持って来てたけど。」
「通しなさい。」
お土産という言葉に思わず反応してしまった。そういう事は早く言いなさいよ、全く…。
「おお!西馬!生きてるか~!」
「…ああ、かろうじてな…。」
正直、彼が来るまで死んでいた。これもお土産効果だな。
「ところで、お土産って?」
「ああ…。まあ報酬は出せないんだが、捜査も協力してもらったからな。一応粗品という事で、ほれ。」
秋山は持っていた紙袋から、菓子らしきものを取り出した。
「これは…!」
「何これ?ビスケット?」
「いや、これはカントッチョだ。イタリアで食べられる、コーヒーとの相性抜群の菓子だよ!」
滅多に食えないものを見て俄然テンションの上がる俺。
「まあ、喜んでもらえたようで、良かった。それはそうと、今回の事件の犯人についてなんだが。」
「ん?ああ、なんか新しくわかったのか?」
「まあ、わかったと言っても継ぎ足し程度の情報だがな。まず、犯人の名前は牛島建雄。26歳。ちょっと前までW大付属病院で働いていた外科医だ。」
「まあ、名前以外はもう知ってる事だな。」
俺は秋山の報告を聞きながら、コーヒーを淹れていた。早速、カントッチョを食べたかったのだ。
「牛島は職場でえらいいじめられていたらしいな。職場で一緒だったナースが言っていたよ。」
「それも本人が言っていたよ。ほとんど孤立状態だったそうだ。」
「…なんか、可哀想だよね。いじめられて、居場所も無くなって…。」
「…だからと言って、人を殺していい理由にはならないさ。結局、あいつの殺人ら、その状況から逃げ出すための身勝手な理由からだからな。」
「…そうだね…。」
しばらくしてコーヒーと紅茶も入り、俺は秋山とアカリの三人でまったりティータイムを取っていた。
「…しかし、皮肉なもんだな。」
「何が?」
「牛島だよ。あいつは誰かに成り代わろうと、他人の皮を剥ぎ続けた。他人の人生を得るために。でも最期は結局何者にもなれなかった。自分の顔すら捨て去って…。」
「……。」
「……。」
秋山もアカリも、黙りこんでしまった。
「『他人の人生を欲しいと思ったことはあるか?』奴はそう言っていた。俺だってそんなこと思ったのは、一度や二度じゃない。」
「俺もだ。」
秋山が口を開いた。
「もう一度、人生をやり直して妻を取り戻せたら…。何度も思ったよ。でもそのうちそんな考えは捨てた。」
そう言って、秋山は飲みかけのコーヒーを飲み干し、プハー、と一息入れた。
「…人生をやり直す。それはあいつと出逢ったことも、愛し合ったことも、そして殺されたことも全てなかったことにする事だ。そう考えたら、やり直したいなんて考えは吹っ飛んじまった。…あいつとの思い出をなかったことになんてできない。」
「そうだな…。人は皆、何かしらを生きてるうちに背負っちまう。そいつがあまりに重いもんだから、時に逃げ出したくなる。でもそこから逃げ出した時点で、牛島のような末路をたどる…。辛くても、生きてくしかないのさ。自分の面でな。」
「…先生にも、逃げ出したい何かって、あるの?」
俺たちの会話を黙って聞いていたアカリが問いかけてきた。
「あるさ…。」
色々と思い出してしまう…。過去のこと、因縁。果たせなかった約束…。
「例えば…どんなこと?」
…俺はかぶりを振った。過去のことは過去のこと。それも含めて俺なんだ。…全部背負ったまま生きてやる。牛島のようにはならない。
「ねえ!逃げ出したいことってどんなこと?」
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