記憶探偵の面倒な事件簿

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楽園編

エピローグ 日常の終わり、日常の始まり

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「楽園」の事件から数日…。
T市警察署にて。
「ちょっと須田君!辞めるって本気かい!?」
「はい。本気です。」
須田は署長にデスク越しに向き合っていた。机の上には辞表が置かれている。
「い、一体どうして!?君ほどの優秀な刑事ならスピード出世も夢じゃないんだぞ?」
「私個人に、思うところがあったので…。」
そう言って、須田は署長に深々とお辞儀をした。
「お世話になりました。失礼いたします。」
「あ!ちょっと…!」
呼び止める署長を尻目に、須田は出て行った。

署長室を抜けた廊下の先に、見慣れた男が須田を呼び止める。
「よお。」
「あ、秋山さん…。」
「聞いたぞ。須田。警察辞めるんだってな。」
「…はい。」
「一体どうしてだ?…俺がちょっと強く怒りすぎたか?」
不安げに顔色を伺う秋山の挙動がおかしくて、須田はつい笑ってしまった。
「…違いますよ。自分にけじめをつける為です。」
「…ああ。そういえば、あの時そんなこと言ってたな。」



あの日…、安藤と別れた後、西馬達は「ベルゼブブ」を脱出し、陳さんの診療所に集まっていた。西馬、秋山、共に怪我を負っていたからだ。
「案の定、大怪我してきやがったな。命があるだけラッキーじゃぞ。全く…。」
ぶつぶつと悪態をつく陳さん。
「…情報目的じゃなく、ちゃんと今日は怪我で来たんだから、そう怒んないでくれよ。陳さん。」
「うるさいわい!わざわざ死にに行くような馬鹿が!」
「まあまあ…。」カンカンに怒る陳さんを秋山がなだめた。
「しかし…あの小娘が見えんな。今回は一緒じゃなかったのか?」
「あ…。それは…。」
「私です!私が悪いんです!」
突然須田が立ち上がり、頭を下げた。
「私が…自分のワガママで、アカリちゃんを連れ出して…!」
「…そう自分を責めんなよ。それに、あんた。どうせアカリの奴に無理やりつきあわされたんだろう?」
「…。」
「…図星だな。大丈夫だ。必ず俺が見つけ出して助けるよ。絶対にな…。」
「西馬さん…。」
遠くを見つめて、決意を露わにする西馬。その眼は、何処か憂いを帯びているようにも見えた。

と、その西馬の背後から、須田に拳骨が飛んで来た。秋山だ。
「あだっ!」
「俺は許さんぞ。無断で捜査をした上、一般人まで巻き込んで、どういうつもりだ!」
「…申し訳ありません。」
「謝って済むか!命が助かったからいいものを…!」
「まあまあ…。」カンカンに怒る秋山を、今度は西馬がなだめた。
「私が未熟なばかりに、アカリちゃんまで巻き込んでしまいました。私…、自分なりのけじめをつけるつもりです。」
「ほう、けじめねえ…。」
須田の言葉に陳さんが反応する。
「嬢ちゃん。簡単にけじめなんて言うが、けじめってのはそんな易しいもんじゃねえぞ。何かやらかした時に、辞める時の常套句みてえに、けじめだの責任とるだの抜かす奴らがいるが、あれはただの逃げよ。けじめなんかじゃねえ。」厳しい眼光で須田を見据える陳さん。まるで本人の覚悟を試すかのように。「嬢ちゃんは、どうけじめをつけるつもりなんだ?」
「…大丈夫です。私は逃げません。向き合っていきます。自分の罪に対して。」
「ほほう…?」
真っ直ぐな眼を向ける須田を、陳さん始めその場の全員が見つめていた。



「…で、結局警察を辞めるのがお前のけじめか?」
「いいえ。違いますよ。これはけじめのための、いわば布石です。」
「布石ねえ…。」秋山は怪訝な顔で須田を見やった。「まあ、お前がそう言うんならそうなんだろうが。」
「秋山さんこそ、警察を辞めないんですか?」
「俺が?どうして。」
「だって…、今回の事で警察の暗部が見えてきたじゃないですか。裏社会との繋がりが…?」
「ああ…。」
闇クラブと警察の上層部が繋がっている…。それ故に、闇クラブに関する事件からは捜査の手が引かれてしまう。安藤から告げられた恐ろしい事実は未だに須田の中ではショックだった。警察は正義の味方だとずっと思っていたのに、それが突如裏切られたのだ。
「私…まだ信じられません。警察がそんなことに手を貸すなんて…。」
「警察だって人間だ。正義の味方じゃない。欲もあるし、悪事もする。俺たちの仕事は法を取り締まることだ。それを使命と感じるか否かは、所詮その人次第なんだよ。」
「…秋山さんは驚かないんですね。」
「汚い奴らを大勢見てきたからなぁ。今更って感じだよ。奴らは奴ら。俺は俺。そんな風に割り切ってる。」
「割り切る…かあ。私には出来そうにないです。」
「そんな立派なことじゃない。自分を騙して現状を守ってるだけさ。お前みたいに思い切って辞めちまう方が、俺は凄いと思うよ。」
「…ありがとうございます。」
「まあ、辞めない理由は他にもあるんだが…、お前はお前でこれから、その、けじめとやらをつけるんだろう?頑張れよ。」
「はい!」
須田は一歩下がって、秋山に深々と礼をした。
「色々とありがとうございました。失礼します。」
一礼終えて、須田はまた走り出した。



…所変わって、西馬探偵事務所。
『笑っていいかも!は本日が最終回となります。今までご愛顧いただき、ありがとうございました。』
「…マジか。いいかもが終わるなんて…。」
…これで俺の楽しみの一つが減ってしまった。
10年以上続いた長寿番組が終わるなんて夢にも思わなかったもんだ。だが、何事にも終わりは必ず来る。
そう…。当たり前と、変わらないと思っていた日常も、いつかはその形を変えてしまう。いつも、この時間になるとやかましい声でアカリが殴り込んできた。それでまた面倒な事件を持ち込んできて、俺を困らせて…。だが、そのアカリが奴らに連れ去られてしまった今、この事務所のなんと寂しいものか。俺にとって、あいつが来ることは大事な「日常」の一部になっていたんだ。
「なんとか…、しなきゃな。」
…安藤の記憶から、恐らくアカリが連れ去られたクラブのオーナーは割り出せた。後はそのクラブの場所さえわかれば…。
「し、失礼します!」
…?誰だろう?アカリ…じゃないよな。
「お久しぶりです。西馬さん。」
「ああ…。あんたは確か秋山んとこの。」
「須田です。…覚えてないんですか?」
「はは…。悪い。あんたのことは、依頼を断った時の印象しかなかったもんでな。」
「もう…!」
そう…。思えば最初の彼女の依頼を断って、アカリと彼女を捜査に同行させなかったのが間違っていたのかもしれない。俺はさらに危険を増すであろう事件の捜査に、彼女らを巻き込みたくなかった。死に目に遭うのは俺だけでいい…などと思っていた。
だが、違った。
俺が思っている以上に、彼女らは行動力と、何より正義感が強かった。まさか、あの二人だけで安藤にたどり着くとは思いもしなかった。始めからあの二人と捜査をしていれば、あるいは違う結果になっていたんだろうか…。

「…で、一体なんの用だ?」
「…はい。私、けじめをつけに来ました。」
「けじめ…?」
ああ、そういえば陳さんのとこでそんなことを言ってたような…。

「思い切って言います!私を探偵助手として雇って下さい!」
「…は?」

「アカリちゃんは私のせいで連れ去られた…。だから、私の手でアカリちゃんを連れ戻したいんです!」
「それはいいが…、あんた本職の方はどうすんだ?警察の仕事も並行してやんのか?」
「そこは大丈夫です。今日、辞表を出して来たとこなので。」
「…おいおい。マジかよ。参ったね。こりゃ…。」
これが彼女の言う「けじめ」らしい。大した覚悟だよ。まったく。
「…もし断ったら、どうすんだ?」
「あなたをこの場でひっぱたいて、その後自力でアカリちゃんを探しに行きますよ。」
「ははっ、おっかねえな。あんたなら本当にやりかねない。」
…正直なところ心強い限りだ。今は一人でも多く人手が欲しい。彼女の捜査力は、きっと役立つ…。
「…いいだろう。よろしく頼むよ。須田さん。」
「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「いやこちらとしても有難い。…そうだ。名前はなんてんだ?」
「名前…ですか?凛ですけど…。」
「須田…凛か。よし、じゃああだ名は『スターリン』なんてどうだ?」
「…あの、その呼び方はやめてもらえませんか?」
「え?駄目?」
「…学生時代のトラウマなんです。」
「ありゃりゃ…。面目ない。」


…何はともあれ、俺に助手が一人できた。一緒にアカリを探す仲間ができたんだ。

いつもの日常というのはいつかは終わる。でもそれは、また新しい日常への始まりなのかもしれない。
俺の新しい日常がこれから始まろうとしていた。
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