記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

食人鬼の夢 安藤の最期

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「本当にしばらくだね。安藤さん。このレストランができて以来かな?」
「…そうですな。もうそんなになりますかな。」
VIPルームを抜けた先、楽園へと向かう廊下で、安藤とボスは向かいあっていた。
「…さっき楽園にいた人たちを片付けてきたよ。いっぱいいたけど、大したことはなかったね。」
「そうですか。」
「案外冷静だね。もっとうろたえてるもんだと思ってたけど。」
「…あなたが組織からいなくなってから、何となくこんな日がくるような気がしていました。今さら逃げるつもりもありません。」
「流石は安藤さん。じゃあ、これから僕がしようとしていることも、お見通しかい?」
「ええ。」
安藤はボスをじっと見つめたまま歩み寄った。その表情は怯えるでもない、怒るでもない、親しい友人に話すような、実に穏やかな表情をしていた。
「私を殺すつもりでしょう?」
「…わかってたんだね。それでも逃げないのかい?」
「ええ。」
「僕に恨み言でも吐くのかい?」
「まさか。私はボスには感謝しているんです。私のような殺人鬼のたわいない夢を叶えてくれて…。おかげで長年の夢だった、私が思う最高のレストランを作り出せた。」
「そう…。じゃあ、君がここにいるのは死ぬため、なのかな?」
「それも少し…違いますな。」
安藤は目の前の若い男に真剣な眼差しを向けた。

「死ぬ前に、あなたにこの老いぼれのお説教を聞かせたかったんですよ。」

「お説教?」
安藤はうなづき、話を続けた。
「ボス…。あなたは自分自身にけじめをつけるため、自分に関わる全ての人間を殺すつもりだ。そして自らも。」
「…。」 
「あなたにはまだ妹という幸せになれる可能性がある。だがそれすらもあなたは放棄するつもりか。」
「…今さら遅いさ。それに妹は君たち組織が追っているんだろう?君らに捕まれば、妹は死ぬまで君らに利用される。僕の魔眼の代用として。そうなる前に、せめてこの手で葬る。」
「まだ間に合うさ。妹を保護してくれるように、私が個人で依頼した連中がいる。彼らなら、きっと大事に守ってくれるだろう。」
「所詮は赤の他人さ。いざ我が身に危険が迫れば、妹を差し出す。人間なんてそんなものさ。信用できない。」
「どうですかな?そんな赤の他人のために血を流してまでここにたどり着いた連中だ。少しは期待してもいいかもしれませんぞ?」
「…これ以上の説得は時間の無駄だよ。僕は自分のやることを変えるつもりはない。」
「…頑固な方だ。ならば、私の死を以って聞き入れてはいただけまいか。」

安藤は懐から小瓶を取り出し、その中身を一息に飲み込んだ。

…毒である。

「!  何を!」
「…ボス。あなたは私の恩人だ…。妻を殺してから、人を殺し続けた、こんな私の夢を叶えてくれた…。だがね…、気付いてしまったんだよ…。私が夢だと思っていたことは、ただ自分の罪から逃げるための口実だったと…。」
「安藤さん…。」
毒が回ったのか、安藤は咳き込みはじめた。
「私が…初めて人を喰ったのは…自分の妻だった…。…些細な喧嘩だったよ。夕食の味付けに、私が…文句を言って…喧嘩になったんだ。…気付けば、私は妻を殴り殺していた…。気が動転した私は…その場で、妻の肉を…。」
話しながらも咳き込む安藤。咳からは血が出ていた。
「…その日から、私は食人鬼として生きた…。妻を喰ったのは、私が食人鬼だからだ、そう言い聞かせるように…。いつしか、人の肉を食うことにも慣れたころ、一つの夢ができた…。それがこのクラブを作ることだった…。」
…ボスは黙って聞いていた。まるで全ての言葉を受け止めるように…。
「…だが…だが…、夢が実現しても…私の気が晴れることは…なかった…。その時に、気付いてしまったんだよ…。ああ、私はただ逃げ回っていただけだったんだ、とね…。」
ゴホゴホと安藤は激しく咳き込み、大量の吐血をした。ボスは慌てて駆け寄った。
「もういい…。もうしゃべるな。安藤さん…!」
「ボス…。あなたはまだ若い。まだ、やり直す時間は残っている…。希望はまだ、残っている…。どうか…諦めないで…。」
「…ああ…。」
うなづくボスを見て、安藤はニッコリと笑った。

「…さようなら。ボス。いい夢を見させてもらった…。私は、先に…逝かせて…もらい…ます…。」
「…いいや、夢はまだこれからだ。」
ボスの金色の目が、安藤を覗き込んだ。




……?ここ…は……?
私は……確か…毒を飲んで…死んだはず…。

目を覚ました安藤の眼には、いつかの見慣れた風景が映っていた。
(ここは…わたしのかつての家…?馬鹿な…。)
「あら、あなた。やっとお目覚めですか?」
安藤のいる部屋に、初老の女性が入ってきた。
「あ、アキエ…!」
「…?何を驚いているんです?さ、夕食にしましょ。」
隣の部屋では、すでに夕食の準備がされていた。

(間違いない。…あの日だ。私が初めて人を喰った日…。妻のアキエを殺した日…。)
困惑する安藤にアキエは微笑みながら語りかける。
「あなた。何をぼうっとしているんですか。せっかくの料理が冷めてしまいますよ。」
「あ、ああ。」
安藤は食卓に妻と向かい合わせで座った。
見覚えのある料理の数々を眺め、安藤は思い出していた。
(そうだ…。あの日、私と妻はディナーの料理対決をしたんだ。…戯れのつもりだった。それがつい議論に熱が入ってしまって…。)
「さ、いただきましょうか。」
回想にふける安藤をよそに、アキエは食卓の料理を次々と口に運ぶ。
「美味しい…!悔しいけど、やっぱりあなたの料理にはかなわないわね…。」
「…そうかい?アキエの料理もなかなかのものだよ。」
「あら、本当に?」
「ああ。どこの有名レストランの味よりも遥かに美味い。」
「あらあら。あなたが私をおだてるなんて、明日は雨でも降るんじゃないかしら?」
「お世辞じゃない。本心さ。」
にこやかに笑い合う二人。和やかに、二人の食事は進んでいた。
(本当に、美味い食事だ。愛するものと笑いながら食事をする。ただ、それだけで良かったんだ。私があの日求めた美食など、取るに足らないものだったのだ…。)
「…?あなた、泣いているの?」
「ん?ああ…。そう、みたいだ。」
「何か、あったの?」
「…いや。」
安藤は妻のアキエを見つめた。
「…お前にずっと言ってなかった言葉があるのを思い出したんだ。」
「あら、なあに?」
「…愛しているよ。そして長い間、本当にすまなかった。許してくれ。」
安藤の言葉を聞いて、アキエはまるで少女のように顔を真っ赤にして笑った。
「やだ!もう!今日のあなた、本当に変よ。」
「ふふ、そうだな。すまない。さあ、ディナーを続けよう。」

(随分と遠回りをしてきた。だけど、私の求めた夢は、こんな当たり前の日常に戻ることだったのかもしれないな…。)




…安らかな顔で、安藤は逝った。
ボスは安藤の死を確認し、立ち上がる。
「さようなら。安藤さん。どうか、良い夢を…。」
安藤の亡骸を残し、ボスは楽園を後にした。
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