記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

不恰好な決着…

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…あれから何発パンチを打ったろう。
俺の打つ拳はことごとく安藤にかわされ続けた。そしてその度に、俺の腕に安藤はかぶりついた。
今や俺の両腕は安藤の噛み跡で真っ赤に染まっていた。打てども打てどもあたらない拳。だが、俺にはがむしゃらに奴に打ち続けるしか、手は思い浮かばなかった。

「…君にはいささかがっかりしたよ。いつまで不毛な攻めを続ける気かね?」
呆れ顔で安藤の奴が呟いた。
「…うるせえ。お前に一発当たるまでだ。」
俺の答えに安藤はやれやれと首を振る。
「その意気込みは買うがね。このままでは一発も私に当てられないまま終わるのは火を見るよりも明らかだ。まさかもう手が尽きた訳じゃないだろ?」
「…うるせえ。」
やぶれかぶれに拳を突き出す。
だが、安藤は難なくこれをかわしてしまった。
「もう君の肉は食い飽きたよ。食すまでもない。」
「…うるせえ。まだまだ…!」

当たらない…!

まるで雲と戦っているようだ。いくら殴っても、実体はゆるりと流れて俺の腕をすり抜けてしまう。

「…君は何故そんなに私を倒そうと躍起になっているんだ?」
唐突に安藤がたずねてきた。
「…うるせえ。これが依頼だからだ。」
「君はただの探偵だろう?たとえ依頼だからだといってもここまで体を張る必要はないはすだ。何故そこまでに私にこだわる?」

何故…?

俺は何のために、誰のために体張ってるんだ?

俺はしばらく黙って考えた。

…決まっている。あいつに、秋山に頼まれたからだ。いや、本当言うと、あいつに頼まれる前から、「催眠男」に関わっているかもしれない時点で安藤を探すのは決めていた。
それは何故…?

「…あいつは…、秋山はああ見えてずっと孤独だったんだ。妻を殺されて以降、ずっとその殺人犯を追いかけてきた。心の傷をひたすら抑えながらな。あいつにとって、唯一の生きがいが妻の仇を取ることだった。」
俺の言葉に、安藤は静かに耳を傾けている。
「だが最近になって、あいつに新しい生きがいができた。血は繋がっちゃいないが、娘が1人できたんだ。それからのあいつは、忙しさは増したが前よりも活き活きとし始めた。」
「子供…。家族か…。」
「その娘と秋山が安心して暮らすには、ある男の存在が脅威なんだ。…そうだ。俺はその男の詳細を知るためにここに来た。」
なんて事だ…。感情に任せて、俺は為すべき事をおろそかにするところだった。あのアカリと須田刑事の報告を聞いてから、2人の救出のことばかりしか頭になかったんだ。
「少しは頭が冷えたかね?」
「…ああ、おかげで頭に血が上っていたのに気づけたよ。あの2人はきっと秋山が救い出す。俺はあいつを信じて、俺がやるべきことをやる。」
俺の言葉に、安藤は満足気に微笑んだ。


…さて、一つ冷静になったところでどうするかを考え直さないとな。
まず現状を考える。

一、俺の両腕は既にボロボロ。多分、打てるパンチは後、一発か二発が限度だろう。それ以上は腕が使いもんにならなくなる可能性がある。

一、俺の手の内は奴にすでに見切られている。冷静になったとはいえ、一、二発のパンチでは難なく避けられるだろう。何か、一工夫が必要だ。

一、ここまでの奴との戦闘で、俺はずっとオーソドックス。つまり右でストレートを打ち込む構えをとっていた。今の奴には、俺がやる構えはこの構えだという先入観が植え付けられている。

ここで俺が取るべき行動は…。

「よ~し…!」
一つ妙案が浮かんだ。
一か八かの勝負だが、やってみる価値はありそうだ。
「…顔に自信と落ち着きが戻った。いい手が浮かんだようだね。」
「おかげ様でな。行くぞ!」
オーソドックスのまま、俺は奴に突っ込んだ。そのまま左で牽制のジャブを打つ。
「またか…!」
奴は難なくこのジャブを躱した。

…ここだ!
俺は瞬時に前の軸足を左右入れ替えた。
「…む!スイッチ!?」
俺はオーソドックスからサウスポー(左打ち)に切り替え、奴に向けて渾身の左ストレートを放った。


…ボクシングにおいて、右打ちと左打ちを切り替えるボクサーをスイッチヒッターという。
通常は左、右、いずれかの構えを極め練習を重ねるのがセオリーだが、ごく稀にこのスイッチヒッターが生まれる場合がある。
ある者は生まれ持った才能で、ある者はフォームの矯正の途上で、それぞれがそのスタイルを身につけた。
が、スイッチヒッターになるのは至難の技。身につけられた者は、プロでもよっぽど器用であるものに限る。
ましてや、プロでも何でもない、素人に毛が生えた程度の探偵風情にそんな芸当が出来るはずもなく…。


スカッ


俺の渾身の左ストレートは、的を射抜く事なく盛大に空振りした。
「おっ、と…!」
フォームも無茶苦茶な状態で打ったため、俺はバランスを崩して前のめりに倒れ…。
気づくと俺は安藤を押し倒す形で、地面に倒れた。

「…まあ、その、見事だ。西馬君。見事に私を『倒した』な。」
「…皮肉のつもりか。この野郎…。」
「いやいや。皮肉じゃない。この勝負は君の勝ちだ。」
「…どうも。」
なんだか気を遣われた気がする…。
勝つには勝ったが、こんなみっともないKO。誰にも自慢できんな…と、俺は思った。
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