記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

一方の、秋山…。

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秋山は、竹田に促されるままに扉を出た直後、全速力で走り出していた。
「ウガーッ!!こんな非常時に喧嘩なんぞやってられるか!待ってろ、須田刑事!アカリちゃん!」
勢いよく走る秋山。と、左頬に何かが当たった。
「ぬッ…!」
秋山が手を当てて見ると、左頬から血が出ている。何かで切られたようだ。
「…お待ち下さい。秋山様。私を倒してから進むように、とのオーナーの指示でございます。」
振り返ると、竹田が立っていた。その手にはナイフが握られている。
「…あくまで喧嘩しようってかい。この傷はあんたのナイフだな?」
「左様でございます。」
「掠らせるように当てるとは大した腕だな。それとも逆に当てるのが下手なだけか?後ろから頭に当てりゃ、一発でお陀仏だったのによ。」
「…あなたを殺すようには命じられておりません。あくまでもてなすようにとの指示ですので。」
「…律儀な奴だ。」

秋山は竹田に向き直り、戦闘態勢に入った。が、ある一つの事実に気づく。
(しまった!拳銃がない!レストランでかけっぱなしの上着の中だ!)
「では参ります。」
竹田が低い姿勢で突っ込んできた。
「ちょ、ちょっと待った!待った!」
秋山の言葉にも聞く耳を持たず、竹田は両手に持ったナイフで、十字に斬りつけてきた。
(くそっ!こうなりゃヤケだ!丸腰だがやるしかない!)
秋山は斬りあげた竹田の腕を掴みにかかったが、寸での所で振り払われた。そのまま、バク転で竹田は秋山との距離をとる。
「チッ。そんな格好でよくそんなに身軽に動けるもんだな。」 
距離を空けた竹田を追う秋山。対する竹田は横一文字に秋山を斬りつけ、尚も距離を取る。

(くそっ。ちょこまかと逃げ回りやがって…。)

続いて竹田は秋山の死角に回り込み、懐に飛び込んでさらに秋山に斬りつけてきた。顔面、腹部と斬りつけた後、またも距離をとる。

(ヒットアンドアウェイってやつか…。ある程度傷つけた後、安全な距離に逃げてまた襲いかかる。厄介だな…。したたかな野郎だ。)

秋山の全身は、既にナイフによる裂傷でズタボロとなっていた。

(…ここまで斬りつけるだけで、致命傷を狙ってこないとは、余程律儀な奴だな。本当に俺を殺す気がないのか…。)

息を上げながら、秋山はナイフを構える竹田を見やった。竹田はいつの間にか、逆手に持っていたナイフを順手に持ち替えている。
「秋山様。お覚悟を。」
またも低姿勢で迫る竹田。今度は斬りつける攻撃に、刺突が加わり一層激しさを増した。刺突は一手一手が全て急所を狙っての攻撃で、秋山は防戦一方。かわすのがやっとであった。

(…違う!こいつに殺す気がないというのは間違いだ!こいつは確実に俺を殺しに来ている。まずヒットアンドアウェイで傷を重ねて、ダメージで弱った所を刺突で仕留めるつもりだ。)

その秋山の論を裏つけるように、竹田の戦法は目に見えて変わっていた。当初、二撃ほど斬りつけた後、一度離れてまた近づくという戦法を取っていた竹田。しかし、ナイフを順手に持ち替えてからは立て続けに攻撃を繰り返し、間合いを空けない。攻撃の狙いも、腕、体、脚よりも、顔面、心臓部への刺突と致命傷になりうる箇所へと変わっていた。
(くそったれが!)
秋山は苦し紛れに竹田に摑みかかろうとした。だが、反撃の兆しと見るや、またも竹田は後ろに飛んで距離を空ける。

(…冷静な奴だ。あくまでも俺を確実に殺したいようだな。その為には無理はしない。余力があると見れば、また間合いを空ける…。)

秋山の弱り具合を無表情で観察する竹田。足元がおぼつかない所を確認し、またも低姿勢で迫る。

(…奴を捕まえさえすれば、勝機はある。だが簡単には捕まえさせてくれまい…。何とか奴を捕まえる手段があれば…!)

思案に暮れる秋山をよそに、竹田の凶刃が迫る。
正中線の斬りさげ、腹部への刺突、腹部への斬りはらい、喉元への刺突…。

(…南無三!)

ズブリ…

鈍い音を立てて、竹田のナイフが秋山に刺さる。ナイフは急所をガードした秋山の右手のひらを貫通していた。
「ぐぬ…!」
苦痛に顔を歪める秋山。ところが…。
「っ!?」
困惑したのは竹田であった。秋山はナイフの貫通した右手のひらで、竹田の片手を握り締めていた。
「つか…まえ…た!」
秋山は握った竹田の手を腕ごと引き寄せ、自分の肩に乗せた。そのまま身を屈めた姿勢で振り返り…。

どおりぃやぁっ!!

一喝、気合いの掛け声とともに、竹田を「一本背負い」で、コンクリートの地面に叩きつけた。
「ガハッ…!」
竹田はしばらく悶絶していたが、激痛の為か、程なくして気を失ってしまった。

「悪いな…。俺は這いつくばってでも生き延びなきゃならねえんだ。部下と知り合いの命、そして帰りを待ってくれる娘がいるんでな。」

竹田を倒した秋山は、おぼつかない足取りで、「VIPルーム」へと向かった。
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