記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

一方の二人 「セミナー」

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またまた某日。
警察署にて、須田刑事に先輩の刑事が話しかけてきた。
「須田刑事。最近、すぐに帰ること多くないか?」
「え?そうですか?」
「同僚の秋山も『しばらく休みをいただきます!』なんて言って欠勤しちまうし…。ちょっとたるんでるんじゃないか?」
「そ、そんなことありません!別に遊んでるわけじゃありませんから!」
「ならいいんだが。最近はこっちの仕事だって暇じゃないんだから、さぼんじゃないぞ。」
嫌味を言って、先輩刑事は去って言った。
(私の方がずっと真面目にやってますよ…!)
心の中でむくれながら、須田は家路についた。

「凛さーん!」
走りながらアカリがやって来た。
「あらアカリちゃん。どうしたの?」
須田の前で止まったアカリは、息も絶え絶えに答えた。
「例の…ハア…楽園の…ハア…ハア…場所…!」
「…ちょっとそこで休みましょうか。」
見かねた須田は、近くの喫茶店に入ることにした。


「…プハー!生き返ったー!」
「あんまり大声出さないの。それで調査の方、なんか分かったの?」
「そう!それ!そのことで会いに…!ゴホッ!ゴホッ!」
アカリがむせている。飲んだジュースが気管に入ったようだ。
「ゴホッ!ゴホッ!ゲェホ!」
「…落ち着いたら喋ってね。」
アカリがおちつくまで、またしばし時間がかかった。

「…落ち着いた?」
「…なんとか。」
胸元を叩きながら、アカリは親指を立てた。
「…ふう。なんかごめんね。凛さん。」
「構わないわよ。それで何か分かった?」
「あのチュー太郎って人が運営してたサイトにアクセスしてみたの。あいつあんな奴だけど、そこそこ情報は集まってたわ。」
「ま、そこだけは評価できるわね。」
「で、そのサイトには次に楽園に招待されてる情報も載ってた。書いてある所も日時もバラバラだったけど…。」
「多分ほとんどがデマの情報ね。根も葉もない情報を流して人気を頂こうって狙い。あのクズ男と同類だわ。」

(凛さん、チュー太郎のことまだ怒ってんのかな?結構根に持つタイプかも…。)
この人は怒らせないようにしよう、と密かに思うアカリであった。

「…それで何か分かったの?」
「ああ、えーと、その後そこに書いてあった情報を頼りに裏を取ってみたの。凛さんの言う通りほとんどがデマだったけど、でもちゃんとした情報も見つけた。とある場所でセミナーが行われるっていう書き込みをね。その会場に問い合わせたら、確かにその日時でセミナーの予約が取ってあった。」
「なるほど…。で、その場所と日時は?」
「場所はSビルの2階。ここからそんな遠くないよ!日時は…。あ!」
言い終わる前に、アカリはぐいっと須田の腕を掴んだ。
「今日の夜7:00だよ!さ、急がなきゃ!」
「え?え?ちょっとアカリちゃん!?」
言うが早いか、アカリは須田を掴んで会場へ走り出した。思わず店員が呼び止める。
「あ、ちょっとお客さん!お勘定…!」
叫ぶ店員の顔に、ベシッと万札が叩きつけられた。
「釣りはとっといて!」
「あ、どうも…。」
嵐のように走り去るアカリたちを、店員は呆然と眺めていた。


午後6時50分。Sビル二階…。
辛うじて間に合った二人は、またもや息も絶え絶えの状態になっていた。
「…あ、アカリちゃん…。事情を事前に言ってくれたら、私だって空けとくから…。だからこんな走り回るハメになるのだけはやめて…。」
「ご、ごめんなさい…。」
「あのう…。セミナーに参加される方ですか?」
会議室前で受付らしき青年が声をかけてきた。
見た目は20代半ばといったところで、白シャツに青いジーンズと、どうみても一般人である。
「あ、はい。そうです…。」
「どうぞ。会場はこちらです。もう少しで始まりますよ。」
ニコニコと笑いながら、青年は二人に会議室にはいるよう促した。服装といい、応対の態度といい、好印象な青年である。
ぺこりと会釈をして会議室に入るアカリと須田。青年もその会釈に会釈で返す。

「うわあ…!」
会議室には、50人近くの人が座っていた。それぞれが誰かの紹介で来たのか、隣の人と話し合っている。
「す、すごい人数だね…!」
「ええ。それに見て。このパンフレット。」
須田がいつの間にか受け取っていたパンフレットには、デカデカと「楽園にようこそ」という文字と、その下に幸せそうな笑顔の男女の絵が書かれていた。
「なんか怪しい感じ…。」
「かなり手が込んでるけど、これはマルチ商法や新興宗教のような手口ね。誰かの紹介でこのセミナーに連れ込んで勧誘する。渡されるパンフレットには綺麗事が書かれていて、あたかもそれが正しいことのように信じ込ませる。でも信じたら最後、死ぬまで痛い目に合ってしまう。それも騙された本人が気づかないうちにゆっくりと…。」
「なんか凛さん、プロみたいですね。」
「一応プロなんですけど…。」

話しているうちに、セミナーが始まるようだ。
壇上には講師らしき男が立っている。
「皆さん!こんばんわー!」
場違いなほどの明るい声。ハツラツとした空気。
「本日はお忙しい中、ようこそ当セミナーにお越しくださいました!私このセミナーの講師をさせていただきます。藤原と申します。どうか宜しく!」
自己紹介が終わったところで、会場から拍手が湧いた。アカリたちも釣られて拍手する。
「ところで皆さん!毎日、辛いことばかりじゃないですか?仕事のストレス。家族間のストレス。将来の不安。あげればキリがありません。」
会場の聴衆はウンウン、とうなづく。
「しかし、そんな不安のない所があるんです!そこでは悩むことも、争うこともありません!労働も必要ありません!なんの苦しみもなく、健康的な生活が死ぬまで保障されているんです!それが今回我々が皆さんにお勧めする『楽園』なのです!」
おぉ~…とどよめく声。
講師はその後、「楽園」についての詳しい説明をプロジェクタを用いて行った。

「…うーん。凛さん。もしかして、これはただの詐欺集団で安藤には関係なかったかな…?」
「…いいえ。そうとは限らないわ。あの写真の右下、よく見て。」
須田が指差した写真。プロジェクタの写した写真には、「楽園」創設メンバーが映されていた。その写真の右下に中年の男性が写っている。
「あっ!あれって、もしかして…!」
「間違いない。安藤よ。この『楽園』にあの安藤が一枚噛んでるのは間違いない。」
「凛さん…。こうなったら、行ってみる?『楽園』に…。」
「もちろんよ。」

「…以上で、セミナーを終了します。ご静聴ありがとうございました。それでは皆さんを『楽園』へご招待いたします。こちらへ…。っ!?」
会場にきた人間の中で、アカリと須田の二人だけ、闘気剥き出しの目で講師を睨みつけていた。
いつもの流れで参加者を送ろうとした講師の藤原は一瞬戸惑ったという。
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