記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

食人鬼

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安藤チヒロ。
一時期メディアで大きく取り上げられた猟奇殺人鬼。俺も名前は聞き覚えがある。
被害者は分かっているだけでも10名以上に上る。特筆すべきはその手口だ。まず遺体をバラバラに解体し、その肉を一片も余すことなく喰う。いわゆるカニバリズムだ。その異様な手口から、マスコミでは連日のように取り上げられ、特番まで組まれたほど。
しかし、この男の確保が失敗に終わった報道の後、嘘のようにパッタリと彼に関する話題が上がらなくなった。最後に彼の自宅の家宅捜索の際に、人間を調理するレシピと被害者の味に関するレビューをまとめた本が押収され、以降彼は「グルメ食人鬼」とあだ名されるようになった。
「…で、その凶悪殺人鬼を探し出してくれと?」
「はい。その通りです。」
…これはまたヤバイ依頼がきたな…。
「大事件だ!大事件だよ!先生!」
「…お前は黙ってなさい。」
久しぶりの大事件に目を輝かせるアカリはノリノリだ。このままじゃ問答無用で受ける羽目になる…。

「この依頼を受ける前に二、三聞いていいか?」
「はい。どうぞ。」
「ではまず一つ目。なぜ今更そいつを追う必要があるんだ?もうその事件は終わっているんだろう?」
「残念ながら終わってはいません。メディアが取り上げないだけで、犯人の安藤は未だに捕まってはいないのです。」
…だとすると、凶悪犯がそのまま野放しというわけか。

「なるほど。じゃ、二つ目だ。なぜ俺に依頼を?警察で捜査を進めたほうが確実だと思うんだが。」
「…安藤に関して、警察ではもうこれ以上の捜査をしないことが決定されています。したがって、警察の協力は期待できません。」
「これ以上の捜査はしない?何故?」
「真相はわかりません。なんでも最後の家宅捜査の際に、何かの組織と繋がりがあるのが分かったとか…。」
…!「何かの組織」!これはまた厄介になってきた…。

「…OK。じゃ、最後の質問だ。あんたが安藤を捕まえようとしていることを、秋山は知ってるのか?」
「…はい。」
しばし間を置いて、うつむきながら須田刑事は答えた。
「本当か?」
「…なぜそんなことを聞くんですか?」
「あんたが追おうとしている安藤。どうにも危険な感じがするんだ。警察も追跡をやめている。個人で捕まえようとすれば、あんたの身も危ないはずだ。あの秋山が自分の部下を危険に晒すような真似はしない、と思うんだがな。」
「…。」
須田刑事はそのまま黙り込んでしまった。どうやら図星のようだな。
「悪いが、秋山に内緒でこの依頼は受けられない。あいつの部下を、俺も危険に晒したくはないからな。」
「そ、そんな!凶悪犯が捕まらないまま野放しにされているんですよ!」
「そーだ!そーだ!探偵の名が廃るぞ!先生!」
「…アカリ。お前はそろそろ学校に行きなさい。」

…彼女らの言っていることはわかる。何人も殺して食い回っている殺人鬼が未だに捕まっていない。それは信じがたい恐ろしい事実だ。だが、安藤とやらが絡んでいる「何かの組織」がもしもあの「催眠男」絡みだとしたら…、恐らくタダでは済まないだろう。

「…とにかくあんたからはこの依頼は受けられない。悪いがお引き取り願う。」
「…分かりました。」
須田刑事は苦々しい顔で立ち上がり、眼鏡越しにこちらを睨みつけた。
「…秋山さんから聞いたのと随分違うのね。とんだ期待ハズレだわ。」
そう言って須田刑事は帰っていった。
「…私も見損なったよ。どうしてあの人の依頼を受けなかったの?」
「…お前もいい加減帰れ。学校の時間だろ。」
「…先生のバカ。」
アカリはイーッと口を横にして出ていった。

「…さて、と。いるんだろ?秋山。」
「…バレていたか。」
物陰からヌッと秋山がそのデカイ体を現した。
「そのデカイ図体とタバコのにおいでな。」
「…さすがに鋭いな。」
「さっきの依頼の話、聞いてたんだろ?」
「ああ。あの須田がお前のことを聞いてきたから気にかかってきてみれば、案の定とんでもないことをしようとしてたみたいだな。」
「今時珍しい熱血刑事だ。いい部下じゃねえか。」
「…正義を振りかざしても、今回は相手が悪い。安藤には恐らくあの男が絡んでいるはずだ。」
「…やっぱり、お前もそう思う?」
「ああ。あいつに安藤を追わせるのは無茶だ。女子供だろうと容赦なく殺す奴だからな。」
…催眠男。奴は前回、10歳程度の少女に催眠術をかけて殺人マシーンにしたり、自分と声を交わした保育士を発狂させて職場の人間もろとも殺した。この事件の裏に奴の組織が絡んでいるなら、間違いなく探った奴は殺されるだろう。
「…さて、安藤探しの依頼だがどうするんだ?」
「受けるよ。あんたが依頼人ならな。」
「…済まないな。」
「構わんよ。命を張るのは俺みたいなはぐれもんの命一つで十分だ。若い奴が死に急ぐもんじゃねえ。」
「…お互い、歳とったもんだな。」
「全くな。ああ~ヤダヤダ。」
秋山はフッ、と笑うと懐から茶封筒を取り出した。
「…今回の依頼料だ。死ぬなよ。西馬。」
「任せとけ。」

こうしてまた俺の面倒な仕事が始まった。
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