記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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終幕編

動き始めた計画

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「運び屋」零野がとうとうこの事務所に現れた。
須田は銃を構えて威嚇する。
「何しに来たの…!今すぐ立ち去りなさい!」
凄む須田に対して、零野はヘラヘラと笑いながら答える。
「おお、怖い怖い。相変わらず気の強い女だねぇ。」
「ふざけないで!撃つわよ!」
「やってみな。」
挑発する零野だったが、須田はすぐに引き金を引けなかった。銃口を向けたままで相手を睨むのがやっとだった。
そんな彼女を、零野はまたしても笑うのだった。
「どうしたんだよ?お嬢さん。撃つのが怖いのか?」
「う…うるさい!本当に撃つわよ!」
「やれやれ…。」
須田の虚栄に狼狽を示す零野。
と、次の瞬間、まさに須田が瞬きをする間に、零野が忽然と姿を消した。
「え…。」
驚くのもつかの間、背後からの銃声が須田の片腕と片脚を貫く。
「あぁっ…!」
撃たれた片腕を押さえながらその場に倒れこむ須田。その背後では、零野が不敵に笑いながら立っていた。

須田は混乱していた。
事務所の玄関口の幅は人一人分の広さしかなく、後ろに回り込むには横向きになって滑り込まなくてはならない。それでもかろうじて通れるかどうかという幅なのだ。
だというのに、この零野という男は、一瞬にして背後をとり須田を撃ち抜いた。

(一体、どうやって背後を…?)

疑問ばかりが須田の脳内を巡る。
先程のことばかりじゃない。何故ここの場所が分かったのか、何故西馬と秋山のいないこの絶妙な時間にやってきたのか、疑問ばかりが頭に浮かぶのだった。

そんな須田を嘲るように、零野は依然としてヘラヘラと笑う。
「いいざまだねぇ…。このまま殺してやってもいいんだが、あいにくそれだとこちらの計画が狂っちまう。残念だがそのまんま大人しくしてな。」
(……計画……?)
激痛で意識が朦朧とする中、事務所の奥から誰かがやって来るのが見えた。
異常を聞きつけたアカリがやって来たのだ。
「須田さん!大丈夫⁉︎」
「あ…アカリちゃん…。ダメ…。逃げて…。」
須田はかろうじて声を振り絞って呼びかけたが、アカリの耳には届かず、既に目の前の赤髪の男に対して敵意の眼差しを向けていた。  
「お前がボスの妹か。やっと会えたな……。」
「よくも須田さんを…!許さない…!」
アカリの両眼が金色へと色を変える。身内である須田を傷つけた零野に対して、“魔眼”を発動したのだ。だが……。
「へえ~。綺麗な金色だねぇ。魔眼ってそんな色してんだ~。」
「っ⁉︎」
アカリはたじろいだ。自分はたしかに魔眼を放った。にも関わらず、零野は平然として相変わらずケタケタと笑っているのだ。
「嘘…。そんな…バカな…。」
驚くアカリを零野はまた笑う。
「信じられない、って顔だな。お嬢ちゃん。悪いがアンタの魔眼の事はよーく知ってるんだよ。」
そう言って零野は懐から首飾りを取り出した。その型に、アカリは見覚えがあった。
「それは…先生が持ってた…!」
そう。魔眼に効くとされる魔除けチャームだった。かつて西馬が安藤から譲り受けた物と少々型は違うが、基本的なデザインは酷似していた。
「これがあると、魔眼が効かなくなるんだよな。少々金はかかったが取り寄せた甲斐があったぜ。」
「…うう…。」
「加えて、お嬢ちゃん、アンタは魔眼を発動した後しばらく視力が落ちるんだってな。もう俺に抵抗する手段もなくなったわけだ。」
この一言で、須田はある確信を得た。

(この男…!調べ尽くしてるんだ!私たちのことを…!)
零野がこの時にやって来たのは決して偶然などではなかったのだ。
彼はこの事務所の住所から、アカリとその周囲の人間に関する情報、さらにそのスケジュールまで綿密に調べ尽くしていた。今日の正午に西馬と秋山が「ブラックバンク」に乗り込むことももちろん把握していた。そこにヒカルが向かう事も計算の上だろう。だからこそ、もっとも手薄になる今だからこそ、アカリたちの前に現れたのだ。

「こう見えて俺は慎重派なんだ。準備にぬかりはないぜ。」
そう言って零野は小さなスプレーを取り出し、立つのもままならない状態のアカリに得体の知れない煙を吹きかけた。程無くして力無く倒れたアカリを担いで、零野は足元の須田を一瞥した。
「さて、お次はアンタに一つ伝言を頼もうかな。」
「……ふざけないで……!アカリちゃんを…返して……!」
「おお。怖い怖い。」
決死の形相で訴えかける須田を軽くあしらい、零野は事務所を後にする。


「ボスに会ったら伝えてくれ。『妹は預かった。返して欲しくば“コキュートス”まで来い。』…とね。」


……そうして須田の意識はここでプッツリと切れた。
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