記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

エピローグ 事件解決!だが…

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どれだけ時間が経ったろうか。


あれから俺は、ヒカルにアカリの事を語り続けた。
兄に会う為に無茶をしたこと、馬鹿やったこと、果ては関係ない日常の話まで、とにかくアカリについて知っている事は思いつく限り全て話した。
ヒカルのやつはその話を、俺の隣で目を細めながら聴いていた。じっくりと、噛みしめるように、俺の一言一言を楽しそうに受け止めていた。


そうこうしているうちに、目の前の手術室の扉が開いた。
中から汗だくの成龍のオッサンが汗をぬぐいながら出てきた。オッサンは俺の姿を認めると、嬉しそうに話しかけてきた。
「…ああ、西馬さん!すいません。急に飛び出してしまって。手術は無事に終わりましたよ。」
「そりゃ、本当か⁉︎じゃあ陳さんは…死ななくて済むのか⁉︎」
「あ…いや、死ぬのが少し先延ばしになっただけで、病気が治ったわけじゃないんですが、ひとまずは、安心でしょう。」
「よかった…。」
陳さんが死なずに済む。
それがわかっただけで、嬉しさが込み上げてくる。
皆にも早く教えてやりたい。きっと皆んな飛び上がって喜ぶはずだ……。

「随分と楽しそうに話すね。成龍さん。」

俺の隣にいたヒカルの言葉に、オッサンの表情が一瞬で凍りついた。
「……ボス……。」
「久しぶりだね。成龍さん。」
「……私を……殺しに来たのですね?」
「……うーん……。」
言葉を濁すヒカル。対して成龍はその場で土下座して、床に擦り付けるほどに頭を下げた。
「どうか…お願いします!今しばらく!今しばらく待っていただけないでしょうか!」
突然の事に、俺もヒカルも驚いてしまった。成龍は顔も上げずにそのまま続ける。
「こんな事を頼める立場じゃないのは重々承知しています!しかし待っていただきたいのです!」
「……顔を上げてくれないか?成龍さん。」
必死に頼み込む成龍に、ヒカルは優しく話しかけた。成龍は言われるがままに顔を上げてヒカルを見た。
ヒカルの顔には、もう先程のような殺気や冷徹な感じはしなかった。まるで旧い友人にでも会うような、一種の親しみ、暖かささえ感じられた。
「君に一つ聞きたい。君はこれから、生き延びてどうしていくつもりだい?」
「…はい。私は今まで、自分だけのために生き、多くの人の命を奪ってきました。もし許されるならば、これからは私が奪ってきた数の命を救う人生を歩んでいきたい…。」
ヒカルの問いにすかさず答えた成龍。その眼差しは力強く光り輝いて見えた。
「この診療所は素晴らしい所です。最新の設備、充分な機材。…父の無骨で真っ直ぐな面影が至る所に散りばめられている…。私はこの診療所を…父の跡を継ぎたいと思っています。」
成龍の真剣な訴えに、ヒカルは吟味するようにしばらく目をつぶっていたが、やがて一つ、ハア、と大きなため息をついてこう言った。

「わかった。僕の負けだ。」
「…へ?」

ぽかんと口を開けながら、成龍は拍子抜けした間抜けな声を出した。
「……負けって、何のことですか?」
「いや気にしないでくれ。こっちの話さ。ただこれだけは言っておく。もし君がまた道を違えたら、その時は今度こそ殺しにいく。いいね?」
「……はい。全て覚悟の上です。」
「……フ……。」
ひとつほくそ笑むと、ヒカルは俺たちに背を向け立ち去っていった。俺は慌ててそのあとを追った。


「おい。待てよ。ヒカル。もう、ほんとにいいのか?」
「彼の始末のことかい?」
「ああ。お前にしちゃ、随分とすんなり許したな、と思ってよ。」
「なんか、含みのある言い方だね。…まあ、仕方ないかもだけど。いやね。彼の態度とか、言動とかを目の当たりにしてさ、納得してしまったんだよ。彼が心の底から変わろうとしているんだってことをね。だから西馬君の言う通りだった。“僕の負けだ”って思ってしまったんだ。」
そう言ってヒカルはもう一度成龍に向き直った。
「あと…実を言うと、僕は彼に救われた気にさえなった。悪事を重ねてきた人間でも、救いの道はあるんだな、って。もちろん皆が皆そうではないだろうけど、でもその罪に向き合うこと、償うことを選んだ彼はとても立派だと思う。」
そこまで言って、ヒカルはためらいがちに俺に尋ねてきた。
「僕も…彼のようになれるかな?」
…そんなこと、決まってる。
「きっとなれるさ。お前がそうなりたいと望んだら、な。」



……てなわけで、この依頼はようやく終わりを迎えた。
ヒカルと敵対することもあって一時はどうなるかと思ったが、やれやれ、無事に終えられてひとまずは良かった、ってところか。
「なんか、ほっとした顔をしてるね。」
思わず顔に出ていたのか、ヒカルがそんなことを言ってきた。
「……ま、なかなか今回は色々としんどかったからな。やっとこさ終わったかぁ、と思ってたんだよ。」
「まあ、それは僕もかな。君と殺し合いにならなくて本当に良かった、と一安心しているよ。」
「…同感、だな。殺し合いじゃあんたにゃ敵う気がしないよ。」
「ははは…。」
「まあしかし、これで闇クラブも壊滅だ。もう今後は面倒な事件には巻き込まれることはないだろう……。」

その時だった。

何やら、慌ただしい足音がこちらに向かってくる。
秋山だ。
秋山が必死の形相でこっちにやってきていた。
「西馬ぁ…!」
「秋山…?どうした?事件ならもうひと段落したぜ…。」
「別の事件が起きちまった!大変なんだ!西馬!」
「別の事件が…?」
よく見ると、秋山は誰かを背負っていた。その誰かは…。
「す…須田⁉︎須田じゃないか⁉︎」
そう。それは俺の正助手、須田だった。秋山の後ろにはリエちゃんもついてきている。
須田は胸から血を流し、グッタリとしていた。
「西馬…さん…。申し訳……ございません。」
「どうした⁉︎一体何があったんだ!」
「アカリちゃんが…アカリちゃんがまた攫われました…。赤髪の男に……。」
「なん……だと……。」


……アカリがまた攫われた。
それは、奴ら闇クラブとの最期の闘いの幕開けを意味していた……。
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