記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

父と子2

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私は無我夢中で診療所の中を駆けた。
ここに来るまで、私は父に会うと言っておきながらどこか及び腰だった。それは自分のしてきたことを今更になって恥じていたからだ。
父がたった一人で人の命の為に身体を張っていた一方で、私は金集めに奔走していた。何人の命を救うか、よりもどれだけ金を稼げるかばかり考えていた。
そんなことばかりを追いかけた果てに、私は一人ぼっちになった。私の身を心配する者は誰一人なく、私の側にいてくれる人も誰一人いない。
一方の父はといえば、この診療所を埋め尽くす程の人がその身を案じ、父の願いの為に命をかけて動く人までいた。
その差に、私はますます自身の身が惨めに感じられて……。

だが今はそんなことはもうどうでもよかった。
父が昏睡状態に陥った。
もう本当に時間がない。
せめて生きている間に、せめて一目だけでも。
せめて……!

「父さん…!」
勢いよく開けた部屋に入ると同時に、私は先程と同じようなヤクザ風の男達の刺すような視線を一斉に浴びた。
「なんじゃあ?オメエは⁉︎」
「ここは病人がおるんじゃ!関係ない奴は入って来んな!ボケェ!」
……いつもの私なら、ここで彼らに気圧されたまま立ち去るところだろう。
だが部屋の中央にいる人物がそうさせなかった。
「父さん…!」
私はヤクザたちに構わず、私は父の元に駆け寄った。
15年振りに見た父は、かつての元気だった頃が嘘の様に変わり果てていた。
ベッドの上で寝込む父の顔や指先は枯れ木のように痩せ細っていた。あんなにいつもがなり立てていたはずなのに、今はヒュー、ヒューと、僅かに空気の抜けるような音で呼吸をしている。
…もはや、末期の症状だ。
「……父さん……!」
私は、馬鹿だ。
この期に及んで、叱られないかだの、笑われないかだの、自分の体裁の事ばかり考えていた。
父が話してくれるなら、なんでもよかったんだ。何を言われたって、父の言葉を聞けたなら、私の想いを伝えられたなら、それでよかったんだ。
だが今はそれももう叶わない…。 

「もしかしてアンタ…、おやっさんの息子さんかい?」
先程のヤクザが声をかけてきた。おやっさん…とは父のことだろう。
「…ええ。息子の成龍です。」
「そうだったのかい。そうとは知らず、すまんかった。よく見りゃ、おやっさんに似て立派な顔してなさる。」
「……。」
私は思わず目を背けた。
私は彼の思うような人物などではない。卑劣で狡猾で、父に会うのもためらっていた臆病者なのだから…。
などと私が思案していると、ヤクザの男は一つの茶封筒を差し出してきた。
「おやっさんから、あんたが来たら渡してくれって頼まれた。中は何かしらんが…。」
男から封筒を受け取り、私は中を開けてみた。
その中には一本のメスと、手紙が入っていた。


『息子へ

お前に会って直に話したかったが、どうやら俺はもうここいらが限界らしい。なので手紙という形でお前に俺の気持ちを伝えさせてもらうことにした。

お前と別れて15年。
片時もお前の事を案じない日はなかった。

あれからお前が院長を務めた病院は、今じゃ立派な大病院になった。あの時のお前の判断は、やはり正しかったようだ。

だが同時期に良からぬ噂も聞くようになった。
お前が人を陥れて、金を掴んでいるという噂だ。

だがそんなことはしちゃいない、と俺は信じちゃいる。お前は俺の息子だ。
だが万一その噂が事実なら、どうかこのメスを見て思い出して欲しい。お前が本当に成し遂げたかった事を。

最後に、お前は俺の……』

…その文の最後は、ペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。
あの父のことだ。照れ臭くなって書くのを途中でやめたのだろう。

私は同封されていたメスを手に取ってみた。
「これは……。」
そのメスには見覚えがあった。持ち手のところに、私の名前が彫られている。間違いない。あの時のメスだ。

もう何年前になるのか。私が初めて外科医として執刀した日、初の手術が成功した私は有頂天になって、記念にとその時使ったメスに自分の名前を掘ったのだ。だが院長だった父にすぐに見つかり、“神聖な医者の仕事道具にキズをつけるな!バカモン!”と一喝され、取り上げられたのだった。

……てっきり捨てられたものだとばかり思っていた。
でもそうか。父は今に至るまで、これを大事に保管していたのか……。

そう思うと、私の胸に熱い感情が込み上げて来た。
そして一つの決意が芽生えてきた。


『……父をこのまま、死なせてなるものか……』


気がつけば、私はそのメスを力強く握りしめていた。
とうの昔に持つことをやめたはずのそれは、懐かしくも心地よく、頼もしげに輝きを放っていた。
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