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離愁編
探偵チーム、成龍と邂逅す
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「私立探偵の、西馬……?」
俺たちの目の前にいる男、陳成龍は呆けたような顔でそう呟いた。
間一髪、成龍氏が殺される寸前のところで俺たちは陳さんの息子である彼の抹殺を阻止することができた。ようやく見つけたターゲットである彼は、以前陳さんが見せてくれた写真の姿よりも、なんだか弱々しく見えた。
頰はやつれ、身体は痩せこけ、背中を小さく丸くかがみこんだその姿からは、闇クラブのオーナーとしての威厳など微塵も感じられない。見かけは憔悴しきったただの中年の男だが、その顔にはやはりどこか陳さんの面影がある。
「あんたが……成龍さんだな?」
「……そうだ。君たちも父からの依頼で私を探しに?」
「ああ。それともう一人……。」
俺はポケットから、一枚の紙幣を取り出した。くしゃくしゃの、血まみれの紙幣だ。
「それは……?」
「住吉って奴からの依頼料だ。あんたのことを頼むってな。」
「‼︎ 彼は、無事なのか?」
「ああ。ズタボロだったが、とりあえず死んじゃいない。今も俺たちを逃がすため、あの岩田とかいう大男を食い止めてる。」
「そ……そうか。」
ホッと安堵のため息をつく成龍氏。どうやら逃げ出してから住吉のことが余程気がかりだったらしい。
「よし。じゃあ後はあんたをここから連れ出すだけだな。とっととずらかろう。」
「あ……。うむ……。」
俺の呼びかけにイマイチな反応を示す成龍氏。
「ん?どうしたい?」
「……西馬君といったね。私には……やはり父に会う資格がないよ。」
「な…!今更何言ってんだよ!」
「私は今の今まで、私服を肥やすためだけに生きてきた。自分の利益のためなら他人を平気で陥れてきた。……私を恨んでいる人間はごまんといるだろう。そんな今の私の姿を、父は喜んでくれるだろうか?……いや、落胆させるだけだ。それならいっそのこと……。」
うだうだと弱音を吐く目の前の中年男に、俺は次第に怒りが湧いてきた。気づいたら、俺は彼の胸ぐらを掴んでいた。
「が……っ⁉︎何を……⁉︎」
「ふざけんなよ……!ここに来るまでいったいも何人死んだと思ってる!住吉や高松だって今も命をかけて戦っている!それを今になって会う資格はない、だと!ここまできてあんたがいかなくてどうすんだ!」
「……そうだ。私のせいでまた多くの死人が出た。それでは父を悲しませるだけだ。こんな薄汚れた私のせいで死人が出たなんて……。」
まだグダグダと言っているこの男を、俺はさらに締め上げる。
「……いいか。よく聞けよ。くそったれ。俺らもあの住吉も、死んでいった奴らもみんな、誰一人あんたの為に死んだんじゃねえ。あんたの親父さんのために死んだんだ!そうじゃなきゃ、俺だってあんたみたいなボンクラのために死ぬなんざ願い下げだ!」
「む……。」
「あんたがなんと言おうと、引きずってでも連れ帰るからな!あんたには親父さんに会わなきゃならない義務がある!」
「だが…しかし……。」
「まだ言うか!この野郎!」
激昂して目の前の男をなじりつづける俺。……と、そんな俺と成龍氏の間を、ゴツい男の腕がニュウっと割り込んで引き離した。……秋山だった。
「……西馬。その辺にしとけ。」
「秋山……。でもよ……。」
秋山はまだ反論しようとする俺をほっぽって、成龍氏の方へと向いた。
「成龍さん……だったな?俺はこいつとコンビ組んでる秋山ってもんだ。さっきから側で聞いてたんだが、あんた、親父さんに会う資格がないとか言ってたな?」
秋山の問いかけに、成龍氏はゆっくりとうなずいた。
「ああ …。私は私利私欲のために何人もの人間から金をこそぎ取り、陥れた屑だ。こんな私が父のような人に会わせる顔があるはずがない。会っちゃいけないんだ。」
「その事を、あんたの親父さんが知らないと思ってるのか?」
「……え?まさか……。」
「多分、おおよそ承知の上だと思うぜ。あの人はそういう人だ。なんか知らんが、勘がいいんだよ。あの爺さんは。」
「……。」
「自分の身が惨めで会うのが気恥ずかしいとか、億劫に感じるのは分かる。でも、相手が死んじまったら、もう二度と会えないんだ。その時いくら後悔したってもう取り返せねえ。」
そう言って、秋山は懐からジッポを取り出した。奥さんの形見のジッポだ。
「俺にも……かつて妻がいた。気立てのいい優しい女だったよ。そりゃたまには喧嘩もしたりしたが、基本的に仲良くやっていた。……ある男に殺されるまではな。」
「殺された……。」
「大事な人が死んだ時、次々と後悔が湧いてきた。”あの時ああしてやれば”。”もっとあいつにこうしてやれたら”。……でも、いくら考えたところでどうしようもねえ。その人はもう、いないんだから、よ。」
ふぅ、と一つため息をこぼして、秋山はまた成龍氏に向き直った。
「だから死んじまう前に、あんたには会って欲しい。会って伝えて欲しい。あんたの言葉を。あんたの感情を。あんたの親父さんが死んじまう前に。」
「私の……感情……。」
成龍氏はそう呟くと、ポケットから何かを取り出した。彼が手を開くと、そこには古ぼけたオルゴールがあった。
「……それは?」
「小さい頃、父が買ってくれたものだ。私がまだ純粋に医師を夢見ていた頃に、な。」
成龍氏は、そのオルゴールをまたぎゅっと握りしめると、俺たちに顔を向けた。
先程とは違う。力強い眼差しで。
「……すまなかった。私はまた過ちを犯すところだった。ここまで来て、悩んでいる場合じゃあないよな。……案内してくれ。父の元へ。」
俺たちの目の前にいる男、陳成龍は呆けたような顔でそう呟いた。
間一髪、成龍氏が殺される寸前のところで俺たちは陳さんの息子である彼の抹殺を阻止することができた。ようやく見つけたターゲットである彼は、以前陳さんが見せてくれた写真の姿よりも、なんだか弱々しく見えた。
頰はやつれ、身体は痩せこけ、背中を小さく丸くかがみこんだその姿からは、闇クラブのオーナーとしての威厳など微塵も感じられない。見かけは憔悴しきったただの中年の男だが、その顔にはやはりどこか陳さんの面影がある。
「あんたが……成龍さんだな?」
「……そうだ。君たちも父からの依頼で私を探しに?」
「ああ。それともう一人……。」
俺はポケットから、一枚の紙幣を取り出した。くしゃくしゃの、血まみれの紙幣だ。
「それは……?」
「住吉って奴からの依頼料だ。あんたのことを頼むってな。」
「‼︎ 彼は、無事なのか?」
「ああ。ズタボロだったが、とりあえず死んじゃいない。今も俺たちを逃がすため、あの岩田とかいう大男を食い止めてる。」
「そ……そうか。」
ホッと安堵のため息をつく成龍氏。どうやら逃げ出してから住吉のことが余程気がかりだったらしい。
「よし。じゃあ後はあんたをここから連れ出すだけだな。とっととずらかろう。」
「あ……。うむ……。」
俺の呼びかけにイマイチな反応を示す成龍氏。
「ん?どうしたい?」
「……西馬君といったね。私には……やはり父に会う資格がないよ。」
「な…!今更何言ってんだよ!」
「私は今の今まで、私服を肥やすためだけに生きてきた。自分の利益のためなら他人を平気で陥れてきた。……私を恨んでいる人間はごまんといるだろう。そんな今の私の姿を、父は喜んでくれるだろうか?……いや、落胆させるだけだ。それならいっそのこと……。」
うだうだと弱音を吐く目の前の中年男に、俺は次第に怒りが湧いてきた。気づいたら、俺は彼の胸ぐらを掴んでいた。
「が……っ⁉︎何を……⁉︎」
「ふざけんなよ……!ここに来るまでいったいも何人死んだと思ってる!住吉や高松だって今も命をかけて戦っている!それを今になって会う資格はない、だと!ここまできてあんたがいかなくてどうすんだ!」
「……そうだ。私のせいでまた多くの死人が出た。それでは父を悲しませるだけだ。こんな薄汚れた私のせいで死人が出たなんて……。」
まだグダグダと言っているこの男を、俺はさらに締め上げる。
「……いいか。よく聞けよ。くそったれ。俺らもあの住吉も、死んでいった奴らもみんな、誰一人あんたの為に死んだんじゃねえ。あんたの親父さんのために死んだんだ!そうじゃなきゃ、俺だってあんたみたいなボンクラのために死ぬなんざ願い下げだ!」
「む……。」
「あんたがなんと言おうと、引きずってでも連れ帰るからな!あんたには親父さんに会わなきゃならない義務がある!」
「だが…しかし……。」
「まだ言うか!この野郎!」
激昂して目の前の男をなじりつづける俺。……と、そんな俺と成龍氏の間を、ゴツい男の腕がニュウっと割り込んで引き離した。……秋山だった。
「……西馬。その辺にしとけ。」
「秋山……。でもよ……。」
秋山はまだ反論しようとする俺をほっぽって、成龍氏の方へと向いた。
「成龍さん……だったな?俺はこいつとコンビ組んでる秋山ってもんだ。さっきから側で聞いてたんだが、あんた、親父さんに会う資格がないとか言ってたな?」
秋山の問いかけに、成龍氏はゆっくりとうなずいた。
「ああ …。私は私利私欲のために何人もの人間から金をこそぎ取り、陥れた屑だ。こんな私が父のような人に会わせる顔があるはずがない。会っちゃいけないんだ。」
「その事を、あんたの親父さんが知らないと思ってるのか?」
「……え?まさか……。」
「多分、おおよそ承知の上だと思うぜ。あの人はそういう人だ。なんか知らんが、勘がいいんだよ。あの爺さんは。」
「……。」
「自分の身が惨めで会うのが気恥ずかしいとか、億劫に感じるのは分かる。でも、相手が死んじまったら、もう二度と会えないんだ。その時いくら後悔したってもう取り返せねえ。」
そう言って、秋山は懐からジッポを取り出した。奥さんの形見のジッポだ。
「俺にも……かつて妻がいた。気立てのいい優しい女だったよ。そりゃたまには喧嘩もしたりしたが、基本的に仲良くやっていた。……ある男に殺されるまではな。」
「殺された……。」
「大事な人が死んだ時、次々と後悔が湧いてきた。”あの時ああしてやれば”。”もっとあいつにこうしてやれたら”。……でも、いくら考えたところでどうしようもねえ。その人はもう、いないんだから、よ。」
ふぅ、と一つため息をこぼして、秋山はまた成龍氏に向き直った。
「だから死んじまう前に、あんたには会って欲しい。会って伝えて欲しい。あんたの言葉を。あんたの感情を。あんたの親父さんが死んじまう前に。」
「私の……感情……。」
成龍氏はそう呟くと、ポケットから何かを取り出した。彼が手を開くと、そこには古ぼけたオルゴールがあった。
「……それは?」
「小さい頃、父が買ってくれたものだ。私がまだ純粋に医師を夢見ていた頃に、な。」
成龍氏は、そのオルゴールをまたぎゅっと握りしめると、俺たちに顔を向けた。
先程とは違う。力強い眼差しで。
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