記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

文字の大きさ
上 下
159 / 188
離愁編

亡者の回想

しおりを挟む
ーー逃げろ!!

ーーしかし!住吉君、君はどうするんだ!

ーーいいから逃げろ!!




……住吉あのおとこに言われるがままに、結局私はノコノコと逃げ出してしまった。
一度は死んでも構わないとすら思っていたのに、私という奴につくづく嫌気が差す。

……あの住吉という男は助かっただろうか?
いや、無理だろう。相手が悪すぎる。
あの岩田は「ルシフェル」の中で最強の一角を担う男だ。外部からの衝撃に対して硬質化する特殊体質、痛覚神経の除去による痛みへの恐怖の払拭、そして住吉君は知らないだろうが、彼には元軍人という経歴まである。まともに戦ったところでまず勝ち目はないのだ。
私はそれを知っていながら、逃げ出してしまった……。

……つくづく、私という人間が嫌になる。
このまま私は一体、どこまで愚かで卑怯な行いをし続けるのか。

この「マモン」にしたってそうだ。
そもそもは自分の病院をより大きくするため、といのが発端だった。臓器の闇取引で不当に得た金を病院の運営資金に充て、余った金は自分の懐へ入れた。
……だがそれが間違いだった。
金の魔力は、私の目を簡単に濁していった。次第にそれでは飽き足らず、もっと巨額の金を私は欲するようになっていた。カジノの経営、密輸、密売、人身取引……。金の為なら、私は何にでも手を付けた。
手に入る金が膨れ上がっていくうち、私は医師の本業もそっちのけで金儲けに走った。
……金さえあればいい。人生金さえあればなんだってできる。
自身の生活が豪奢になっていくにつれ、一時は本気でそんな事を考えるようになっていた。だが、そんな物は所詮うたかたの夢だった。

……闇クラブの元ボスが、こちらを潰しに回っている。

そんな噂が広まった途端、私のクラブの会員は次々と離れていった。
巨額の儲けを出していたカジノも経営が立ちいかなくなったため、止むを得ず会員の一人だったギャンブル狂の男に売り払った。

そうして噂は段々と現実味を帯び始めた。
「ベルゼブ」、「レヴィアタン」、「ベルフェゴール」、「アスモデウス」……。
闇クラブとそのオーナー達が次々とボスの手によって消されていった。
明日は我が身か……。居ても立っても居られなくなった私は、早々に世間から身を隠した。
そこで私は思い知った。


……私が居なくなって、私の身を心配する者は、ただの一人もいなかった。


一緒に働いてきた病院のスタッフ達、家族であったはずの妻、かつての知人、友人たち……。
彼らの関心ごとは、私の持つ財産だけだった。心のそれがなければ、私がどこでのたれ死のうが知ったことではなかったのだ。私が金で作り上げてきた絆は、まさに紙切れのように、薄っぺらなものだったのだ。それが分かった途端に、生きる気力も失せてしまった。

父のことを思い出したのは、まさにそんな時だった。自分が死ぬ前に、純粋だったあの頃に戻りたいと思ったのだ。
だから自分の業の象徴である「マモン」システムを凍結し、父の思い出だったオルゴールをあの運び屋に取りに行かせた。これでもう後戻りはできないと覚悟していた……。


あの住吉という男は、父の知り合いだという。
ただの知り合いが父の頼みの為に血を流している。
今更ながら、父の偉大さを思い知らされた。
私などでは作り得なかった絆を、父は既に私の知らないところで築いていた。
自分の血を流してまで動いてくれる知り合いは、わたしには一人としていなかった。
私が金に溺れていた一方で、父は己の信念を貫いていたのだ。

その父が今、危篤であるという。私に会いたがっているという。

果たして、私に会う資格があるのか?
私に会ったら、父はなんというだろうか?
落胆か、あるいは罵るだろうか?
私は、一体どんな顔をして父に会えばいいのだろうか……。



「見つけましたよ。オーナー。」



「ハッ……!」 
気づけば、二人の黒服がこちらに銃を向けてたっていた。
……迂闊うかつだった。
施設内にはまだ生き残っている黒服たちがいたのだ。ツラツラと考え事をしているうちにあっさり見つかってしまった。
「命令により、貴方をこの場で処刑します。お覚悟を。」
「くっ……!」
……もはやここまでか。すまない。住吉君。私は君の願いを叶えられそうにない……。


私は目をつぶり、最期の時を待った。
程なくして、二発の銃声がこだまする。
……終わった。なんともあっけない最期だ。


「……あ……れ……?」
しばらくして異変に気付く。
銃声が鳴ったのに、どこも痛くない。
恐る恐る目を開けると、先程まで立ち塞がっていた黒服たちが床に突っ伏していた。……何が起こった?

「なんとか間に合ったか……!」

不意に、後ろから声がした。
振り返ると、銃を構える二人の男が立っていた。服装からして、「ルシフェル」の兵士ではなさそうだ。
「君たちは……?一体……。」
「俺か?俺は私立探偵の西馬ってもんだ。」
「探偵……。」
「あんたの親父さんに頼まれてな。迎えに来たぜ。」

……またしても、私は父の知り合いを名乗る男に助けられたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...