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離愁編
亡者の回想
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ーー逃げろ!!
ーーしかし!住吉君、君はどうするんだ!
ーーいいから逃げろ!!
……住吉に言われるがままに、結局私はノコノコと逃げ出してしまった。
一度は死んでも構わないとすら思っていたのに、私という奴につくづく嫌気が差す。
……あの住吉という男は助かっただろうか?
いや、無理だろう。相手が悪すぎる。
あの岩田は「ルシフェル」の中で最強の一角を担う男だ。外部からの衝撃に対して硬質化する特殊体質、痛覚神経の除去による痛みへの恐怖の払拭、そして住吉君は知らないだろうが、彼には元軍人という経歴まである。まともに戦ったところでまず勝ち目はないのだ。
私はそれを知っていながら、逃げ出してしまった……。
……つくづく、私という人間が嫌になる。
このまま私は一体、どこまで愚かで卑怯な行いをし続けるのか。
この「マモン」にしたってそうだ。
そもそもは自分の病院をより大きくするため、といのが発端だった。臓器の闇取引で不当に得た金を病院の運営資金に充て、余った金は自分の懐へ入れた。
……だがそれが間違いだった。
金の魔力は、私の目を簡単に濁していった。次第にそれでは飽き足らず、もっと巨額の金を私は欲するようになっていた。カジノの経営、密輸、密売、人身取引……。金の為なら、私は何にでも手を付けた。
手に入る金が膨れ上がっていくうち、私は医師の本業もそっちのけで金儲けに走った。
……金さえあればいい。人生金さえあればなんだってできる。
自身の生活が豪奢になっていくにつれ、一時は本気でそんな事を考えるようになっていた。だが、そんな物は所詮うたかたの夢だった。
……闇クラブの元ボスが、こちらを潰しに回っている。
そんな噂が広まった途端、私のクラブの会員は次々と離れていった。
巨額の儲けを出していたカジノも経営が立ちいかなくなったため、止むを得ず会員の一人だったギャンブル狂の男に売り払った。
そうして噂は段々と現実味を帯び始めた。
「ベルゼブ」、「レヴィアタン」、「ベルフェゴール」、「アスモデウス」……。
闇クラブとそのオーナー達が次々とボスの手によって消されていった。
明日は我が身か……。居ても立っても居られなくなった私は、早々に世間から身を隠した。
そこで私は思い知った。
……私が居なくなって、私の身を心配する者は、ただの一人もいなかった。
一緒に働いてきた病院のスタッフ達、家族であったはずの妻、かつての知人、友人たち……。
彼らの関心ごとは、私の持つ財産だけだった。心のそれがなければ、私がどこでのたれ死のうが知ったことではなかったのだ。私が金で作り上げてきた絆は、まさに紙切れのように、薄っぺらなものだったのだ。それが分かった途端に、生きる気力も失せてしまった。
父のことを思い出したのは、まさにそんな時だった。自分が死ぬ前に、純粋だったあの頃に戻りたいと思ったのだ。
だから自分の業の象徴である「マモン」システムを凍結し、父の思い出だったオルゴールをあの運び屋に取りに行かせた。これでもう後戻りはできないと覚悟していた……。
あの住吉という男は、父の知り合いだという。
ただの知り合いが父の頼みの為に血を流している。
今更ながら、父の偉大さを思い知らされた。
私などでは作り得なかった絆を、父は既に私の知らないところで築いていた。
自分の血を流してまで動いてくれる知り合いは、わたしには一人としていなかった。
私が金に溺れていた一方で、父は己の信念を貫いていたのだ。
その父が今、危篤であるという。私に会いたがっているという。
果たして、私に会う資格があるのか?
私に会ったら、父はなんというだろうか?
落胆か、あるいは罵るだろうか?
私は、一体どんな顔をして父に会えばいいのだろうか……。
「見つけましたよ。オーナー。」
「ハッ……!」
気づけば、二人の黒服がこちらに銃を向けてたっていた。
……迂闊だった。
施設内にはまだ生き残っている黒服たちがいたのだ。ツラツラと考え事をしているうちにあっさり見つかってしまった。
「命令により、貴方をこの場で処刑します。お覚悟を。」
「くっ……!」
……もはやここまでか。すまない。住吉君。私は君の願いを叶えられそうにない……。
私は目をつぶり、最期の時を待った。
程なくして、二発の銃声がこだまする。
……終わった。なんともあっけない最期だ。
「……あ……れ……?」
しばらくして異変に気付く。
銃声が鳴ったのに、どこも痛くない。
恐る恐る目を開けると、先程まで立ち塞がっていた黒服たちが床に突っ伏していた。……何が起こった?
「なんとか間に合ったか……!」
不意に、後ろから声がした。
振り返ると、銃を構える二人の男が立っていた。服装からして、「ルシフェル」の兵士ではなさそうだ。
「君たちは……?一体……。」
「俺か?俺は私立探偵の西馬ってもんだ。」
「探偵……。」
「あんたの親父さんに頼まれてな。迎えに来たぜ。」
……またしても、私は父の知り合いを名乗る男に助けられたのだった。
ーーしかし!住吉君、君はどうするんだ!
ーーいいから逃げろ!!
……住吉に言われるがままに、結局私はノコノコと逃げ出してしまった。
一度は死んでも構わないとすら思っていたのに、私という奴につくづく嫌気が差す。
……あの住吉という男は助かっただろうか?
いや、無理だろう。相手が悪すぎる。
あの岩田は「ルシフェル」の中で最強の一角を担う男だ。外部からの衝撃に対して硬質化する特殊体質、痛覚神経の除去による痛みへの恐怖の払拭、そして住吉君は知らないだろうが、彼には元軍人という経歴まである。まともに戦ったところでまず勝ち目はないのだ。
私はそれを知っていながら、逃げ出してしまった……。
……つくづく、私という人間が嫌になる。
このまま私は一体、どこまで愚かで卑怯な行いをし続けるのか。
この「マモン」にしたってそうだ。
そもそもは自分の病院をより大きくするため、といのが発端だった。臓器の闇取引で不当に得た金を病院の運営資金に充て、余った金は自分の懐へ入れた。
……だがそれが間違いだった。
金の魔力は、私の目を簡単に濁していった。次第にそれでは飽き足らず、もっと巨額の金を私は欲するようになっていた。カジノの経営、密輸、密売、人身取引……。金の為なら、私は何にでも手を付けた。
手に入る金が膨れ上がっていくうち、私は医師の本業もそっちのけで金儲けに走った。
……金さえあればいい。人生金さえあればなんだってできる。
自身の生活が豪奢になっていくにつれ、一時は本気でそんな事を考えるようになっていた。だが、そんな物は所詮うたかたの夢だった。
……闇クラブの元ボスが、こちらを潰しに回っている。
そんな噂が広まった途端、私のクラブの会員は次々と離れていった。
巨額の儲けを出していたカジノも経営が立ちいかなくなったため、止むを得ず会員の一人だったギャンブル狂の男に売り払った。
そうして噂は段々と現実味を帯び始めた。
「ベルゼブ」、「レヴィアタン」、「ベルフェゴール」、「アスモデウス」……。
闇クラブとそのオーナー達が次々とボスの手によって消されていった。
明日は我が身か……。居ても立っても居られなくなった私は、早々に世間から身を隠した。
そこで私は思い知った。
……私が居なくなって、私の身を心配する者は、ただの一人もいなかった。
一緒に働いてきた病院のスタッフ達、家族であったはずの妻、かつての知人、友人たち……。
彼らの関心ごとは、私の持つ財産だけだった。心のそれがなければ、私がどこでのたれ死のうが知ったことではなかったのだ。私が金で作り上げてきた絆は、まさに紙切れのように、薄っぺらなものだったのだ。それが分かった途端に、生きる気力も失せてしまった。
父のことを思い出したのは、まさにそんな時だった。自分が死ぬ前に、純粋だったあの頃に戻りたいと思ったのだ。
だから自分の業の象徴である「マモン」システムを凍結し、父の思い出だったオルゴールをあの運び屋に取りに行かせた。これでもう後戻りはできないと覚悟していた……。
あの住吉という男は、父の知り合いだという。
ただの知り合いが父の頼みの為に血を流している。
今更ながら、父の偉大さを思い知らされた。
私などでは作り得なかった絆を、父は既に私の知らないところで築いていた。
自分の血を流してまで動いてくれる知り合いは、わたしには一人としていなかった。
私が金に溺れていた一方で、父は己の信念を貫いていたのだ。
その父が今、危篤であるという。私に会いたがっているという。
果たして、私に会う資格があるのか?
私に会ったら、父はなんというだろうか?
落胆か、あるいは罵るだろうか?
私は、一体どんな顔をして父に会えばいいのだろうか……。
「見つけましたよ。オーナー。」
「ハッ……!」
気づけば、二人の黒服がこちらに銃を向けてたっていた。
……迂闊だった。
施設内にはまだ生き残っている黒服たちがいたのだ。ツラツラと考え事をしているうちにあっさり見つかってしまった。
「命令により、貴方をこの場で処刑します。お覚悟を。」
「くっ……!」
……もはやここまでか。すまない。住吉君。私は君の願いを叶えられそうにない……。
私は目をつぶり、最期の時を待った。
程なくして、二発の銃声がこだまする。
……終わった。なんともあっけない最期だ。
「……あ……れ……?」
しばらくして異変に気付く。
銃声が鳴ったのに、どこも痛くない。
恐る恐る目を開けると、先程まで立ち塞がっていた黒服たちが床に突っ伏していた。……何が起こった?
「なんとか間に合ったか……!」
不意に、後ろから声がした。
振り返ると、銃を構える二人の男が立っていた。服装からして、「ルシフェル」の兵士ではなさそうだ。
「君たちは……?一体……。」
「俺か?俺は私立探偵の西馬ってもんだ。」
「探偵……。」
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……またしても、私は父の知り合いを名乗る男に助けられたのだった。
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