記憶探偵の面倒な事件簿

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離愁編

血戦!マモン 高松は語る

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……数分が経った。
一服を終わらせた高松は俺たちに頭を下げた。
「……待たせちまったな。さ、行こうか。」
「ああ。もう、いいのか?」
「あまり同じ場所でグダグダやっても仕方ねえ。さっき逃げ出した黒服連中が援軍引き連れてやって来ちまうかもしれねえ。行動は早い方がいい。……陳爺さんの息子さんを見つけるんだ。」
高松の目は潤み赤く充血していた。だが一方で何か吹っ切れたように、力強い眼光をしていた。
「……そうだな。わかった。行こう。」



「それにしても……あんたのあの時の作戦、まさに見事だったよな。」
「ああ……。さっきの。」
黒服の兵士に囲まれた絶対絶命のピンチだった先程の状況を、俺たちは高松の急拵えの策で切り抜けることが出来たのだった。
「なんだってあんな策が思い浮かんだんだ?」
「ありゃあ、『五輪書』の受け売りだよ。」
「ごり…何?」
「『五輪書』。宮本武蔵、って聞いたことあんだろ?その人が書き残した兵法書さ。さっきの作戦は、その中の『火の巻』の教えを応用したもんだ。五輪書   火の巻曰く、『大勢の合戦ではまず弓、鉄砲を打ちかけてからかかってこようとする。同じ手法をとっていては敵にかかっていくことはできない。このような場合には敵が弓を打ちかけている間に素早くかかっていく。敵の攻撃を踏みつけて勝つ思いでかかること。
何事についても崩れというものはある。敵が崩れる拍子を捉えてその間を外さぬようにすることが大切だ。』…とね。」
元の調子が戻ったのか、高松はいつになく饒舌だ。
「あの状況で、奴らは俺たちを囲んだことで先手を取ったつもりでいた。その油断がまず『崩れ』の第一歩だったんだ。油断をしていたから相手の予期せぬ反撃に瞬時に判断できない。そして一人でも欠ければ、俺たちを包囲していた陣形も『崩れ』る。あとはその『崩れ』をどう引き起こすかが問題だった。そこで俺は奴らを観察した。懐に手を入れ始めたところで奴らの次の手が『銃』とわかった時に俺の案は固まった…。」
「…あ!それであの質問か!『殴り合いは得意か』っていう……。」
高松はコクリと頷いた。
「俺が最初に銃をぶっ放したのもあって、奴らは俺たちが銃で反撃してくる、と思い込んでいたはずだ。要はその裏を突いたわけだ。『相手が接近戦でなおかつ3人同時にかかってくる。』そんな想定外な行動に出られたら、一瞬でも相手は怯む。そうなったらこっちのもの、一人は確実に倒せる。」
フムフム。なるほど…。
「そして一人が倒れれば、陣形も崩れると同時に敵陣全体に動揺と混乱が走る。絶対優位と考えていた状況でやられた!とな。だからその後の俺たちの行動にもすぐさま対処できない。ペースは完全に俺たち側に流れる訳だ。あ、ちなみにここは『五輪書』の『水の巻』の応用な。」
淡々と語る高松に、俺は畏敬の念を禁じ得なかった。あの短時間でよもやそこまで考えていたとは…。
「……すごいな。」
「……あ?」
「……いや、あんた、思ったよか勉強家なんだな、と思ってさ。『五輪書』なんて、俺は今まで聞いたこともなかったぞ。」
「……へっ。ありがとよ。まあ半分馬鹿にされた気もするが…。」
「いやいや。正直感服してんだ。俺じゃあんな窮地でそこまで頭回んねえ。一体何でそんなに詳しいんだ?」
「ああ。それは……。」
俺の問いに、高松は少し遠くを見つめて答えた。
「陳の爺さんの影響だよ。」
「陳さんの?」
「ああ。あの爺さんに『逃げるのも才能』って言われてから、俺は開き直ったんだ。『どうせなら逃げを極めてやろう』ってな。……で、たどり着いたのが兵法書ってわけだ。特に孫子の『兵法』なんて、どう勝つか、よりどう負けないか、について書かれたもんだから俺にはうってつけだったわけよ。」
「へぇ…。」
「そんでその兵法は俺個人の喧嘩だけじゃない。さっきみたいな敵味方混じった乱戦にも使えたし、組の活動方針にも応用できた。……で、気づいたら組の運営も任される立場になっちまった。全てあの爺さんの言葉があってこそだ。あの言葉が無けりゃ、俺は今も組の下っ端で腐ってたろうな。」
「……。」
たった一つの言葉が、一人の男の考えを変え、行動を変え、人生を変えた……。つくづく、陳さんという人間の器の大きさを思い知らされる。
「……恩は、返さねえとな。建前は組のためなんて言ったが、ここに殴り込みに来た奴らはみんなあの爺さんに恩があるんだ。……みんなは、俺の計画の甘さのせいで死なせちまった。あいつらへの弔いのためにも、なんとしても息子を連れ帰る。」
「……ああ。」
こうして決意を新たに、俺たちはブラックバンクのさらに奥へと進んでいった。
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