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貧乏神 ターニングポイント
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K夫は金にこまっていた。
上司と諍いを起こして、勤めていた会社を勢いよく辞めたはいいものの、次の就職先も何も決まらない。このままでは今日の晩飯にもありつけるか怪しくなってくる。
「はぁ…。金が降って湧いてくれればいいんだけどなあ。」
「もし…。金にお困りかな。」
不意に頭の中に声が響いた。
「だ、誰だ!?」
辺りを見渡すと、一人の貧相な見知らぬ男がK夫を見ていた。
「誰だ…。あんた…。」
「初めまして。私、貧乏神でございます。」
「貧乏神ぃ!?」
K夫は思わず声をあげた。
「ふざけんな!あんたは取り憑いて金をむしり取っていく神様じゃないか!こっちは金に困ってるって言っただろ!」
「はい…。全くもってお恥ずかしい。その通りでございます。私は取り憑いた人間を不幸にする神…。」
貧乏神と名乗った男は空を見上げ、遠い目線になった。
「しかし、私はそんな人を不幸にし続ける事に、いささか疲れてしまいました。こんな事でいいのか?不幸にする神などがあっていいのか?と…。」
「えーと、貧乏神さん…?」
「そこで私は思ったのです。ならばいっそのこと、人々に財を分け与え、今まで不幸にしてきた人々の分、人を幸せにしていこうと。これからは生まれ変わってやろうと。」
「その…、つまり?」
「要するに、金にお困りの方にお金を恵んでいこうと、そういうわけでございます。」
(ま、マジか!ラッキー!)
喜ぶK夫だったが、少し考えこんだ。
「…いや待て待て。そもそもあんたほんとに貧乏神なの?だいたいどうやってお金をくれるの?」
「分かりました。では、あちらの宝くじ売り場でわたしの指示通りにくじを買ってください。買うくじはスクラッチ。これを5枚で頼むと、店員がいくつか束を出してきます。その中の一番右の束を取ってみてください。」
「スクラッチ5枚で、一番右ね…。」
K夫は指示通りに、スクラッチ5枚で一番右の束を買って、早速削ってみた。
「…お!おお、まじか。ウソだろ!」
見事に一等があたり、100万円が手に入った。
「どうです?信じていただけましたか?」
「も、もちろんですよ!ありがとうございます!」
「喜んでいただけたようで、結構です。それでは…。」
去ろうとする貧乏神をK夫は引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、実は仕事が無くなっちゃって。100万円じゃ、この先とても足りないんです!」
(本当はそんなことないけど。でもこんな滅多にないチャンスを逃してたまるか。)
「そうだったのですか。それは失礼いたしました。では十分にあなたが豊かになるまで取り憑いてみましょう。」
こうして、新生貧乏神とK夫の共同生活が始まった。
貧乏神は少しでも金になることがあればK夫にアドバイスし、その通りに動けばその度にK夫に金が転がり込んできた。
K夫の資産はみるみるうちに増えていき、遂には会社を現金で立ち上げて、社長にまでなった。
「いや~。貧乏神さんのおかげで億万長者ですよ。わっはは。」
「そうですか。それは良かったです…。」
貧乏神はそう言いながらも、どこか浮かない表情をしていた。
「どうしたんですか?貧乏神さん。元気ないですよ~。」
「いえ、別に…。」
社長室で浮かれるK夫と、浮かない貧乏神。
と、突然社長室のドアが開いた。
「あなた!」
「お前…。」
大声と共に、貧相な顔をした女が入ってきた。
「お前…って、貧乏神の奥さん?」
「…いいえ。とうの昔に別れました。今はただの他人です。」
「別れてなんかないわ!あなたがあの時、何も言わずに出ていったんじゃない!」
「…どうしてここが分かった?」
「風の噂に聞いたの。人を金持ちにしている貧乏神がいるって。ピンときたわ。家を出ていく直前、あなたはずっと自分の在り方に悩んでいたもの。」
「…。」
「それで、どう?人を金持ちにして。」
「とてもいい気分だよ。人の役に立てて…。」
「嘘。」
貧乏神の妻は、貧乏神の顔に手を当てた。
「あなた、全然活き活きした顔をしていない。出会った頃のような、情熱的なオーラを感じないわ。」
「そんなこと…。」
「私は貧乏神だったあなたが好き。一番あなたが活き活きしていたのは、やっぱり貧乏神をやってる時だけ。あなたがあなたらしくある時だけなのよ!」
「私が私らしく…。」
「お願い!戻って!あの頃のあなたに!お願い…!」
涙ながらに訴える妻の頭を、貧乏神は優しく撫でた。
「…すまなかった。私は彼を金持ちにしてようやく気付いたよ。自分の本分は、人を不幸にすることなんだと。」
「あなた…!」
「もう一度、私とやり直してくれないか?」
「ええ…!もちろんよ!」
そうして二人は強く抱きしめあった。お互いのまぶたからは涙がこぼれていた。
「いや~、感動しました。奥さんとやり直せて良かったですね。」
一部始終を見ていたK夫は二人を拍手で祝福した。
「K夫さん…!ありがとうございました。すっかりお世話になってしまって…。」
「何をおっしゃる。それはこちらのセリフですよ。」
「感謝の印に、私の復帰第一号になっていただけますか?」
「喜んで…ってちょっと待て…。」
貧乏神は生き生きとした顔で何事かつぶやくと、妻と共に消えていった。
と、同時にバタバタと社長室に幹部陣がなだれ込んできた。
「社長!突然我が社の株価が大暴落しました!」
「提携先との不正取引が発覚しました!マスコミは大騒ぎです!」
「銀行が融資を停止するそうです!資金がとても足りません!」
「「「いかがされますか!?社長!」」」
貧乏神がもたらした絶好調すぎる不幸具合に、K夫はただただ呆然とするしかなかった。
上司と諍いを起こして、勤めていた会社を勢いよく辞めたはいいものの、次の就職先も何も決まらない。このままでは今日の晩飯にもありつけるか怪しくなってくる。
「はぁ…。金が降って湧いてくれればいいんだけどなあ。」
「もし…。金にお困りかな。」
不意に頭の中に声が響いた。
「だ、誰だ!?」
辺りを見渡すと、一人の貧相な見知らぬ男がK夫を見ていた。
「誰だ…。あんた…。」
「初めまして。私、貧乏神でございます。」
「貧乏神ぃ!?」
K夫は思わず声をあげた。
「ふざけんな!あんたは取り憑いて金をむしり取っていく神様じゃないか!こっちは金に困ってるって言っただろ!」
「はい…。全くもってお恥ずかしい。その通りでございます。私は取り憑いた人間を不幸にする神…。」
貧乏神と名乗った男は空を見上げ、遠い目線になった。
「しかし、私はそんな人を不幸にし続ける事に、いささか疲れてしまいました。こんな事でいいのか?不幸にする神などがあっていいのか?と…。」
「えーと、貧乏神さん…?」
「そこで私は思ったのです。ならばいっそのこと、人々に財を分け与え、今まで不幸にしてきた人々の分、人を幸せにしていこうと。これからは生まれ変わってやろうと。」
「その…、つまり?」
「要するに、金にお困りの方にお金を恵んでいこうと、そういうわけでございます。」
(ま、マジか!ラッキー!)
喜ぶK夫だったが、少し考えこんだ。
「…いや待て待て。そもそもあんたほんとに貧乏神なの?だいたいどうやってお金をくれるの?」
「分かりました。では、あちらの宝くじ売り場でわたしの指示通りにくじを買ってください。買うくじはスクラッチ。これを5枚で頼むと、店員がいくつか束を出してきます。その中の一番右の束を取ってみてください。」
「スクラッチ5枚で、一番右ね…。」
K夫は指示通りに、スクラッチ5枚で一番右の束を買って、早速削ってみた。
「…お!おお、まじか。ウソだろ!」
見事に一等があたり、100万円が手に入った。
「どうです?信じていただけましたか?」
「も、もちろんですよ!ありがとうございます!」
「喜んでいただけたようで、結構です。それでは…。」
去ろうとする貧乏神をK夫は引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、実は仕事が無くなっちゃって。100万円じゃ、この先とても足りないんです!」
(本当はそんなことないけど。でもこんな滅多にないチャンスを逃してたまるか。)
「そうだったのですか。それは失礼いたしました。では十分にあなたが豊かになるまで取り憑いてみましょう。」
こうして、新生貧乏神とK夫の共同生活が始まった。
貧乏神は少しでも金になることがあればK夫にアドバイスし、その通りに動けばその度にK夫に金が転がり込んできた。
K夫の資産はみるみるうちに増えていき、遂には会社を現金で立ち上げて、社長にまでなった。
「いや~。貧乏神さんのおかげで億万長者ですよ。わっはは。」
「そうですか。それは良かったです…。」
貧乏神はそう言いながらも、どこか浮かない表情をしていた。
「どうしたんですか?貧乏神さん。元気ないですよ~。」
「いえ、別に…。」
社長室で浮かれるK夫と、浮かない貧乏神。
と、突然社長室のドアが開いた。
「あなた!」
「お前…。」
大声と共に、貧相な顔をした女が入ってきた。
「お前…って、貧乏神の奥さん?」
「…いいえ。とうの昔に別れました。今はただの他人です。」
「別れてなんかないわ!あなたがあの時、何も言わずに出ていったんじゃない!」
「…どうしてここが分かった?」
「風の噂に聞いたの。人を金持ちにしている貧乏神がいるって。ピンときたわ。家を出ていく直前、あなたはずっと自分の在り方に悩んでいたもの。」
「…。」
「それで、どう?人を金持ちにして。」
「とてもいい気分だよ。人の役に立てて…。」
「嘘。」
貧乏神の妻は、貧乏神の顔に手を当てた。
「あなた、全然活き活きした顔をしていない。出会った頃のような、情熱的なオーラを感じないわ。」
「そんなこと…。」
「私は貧乏神だったあなたが好き。一番あなたが活き活きしていたのは、やっぱり貧乏神をやってる時だけ。あなたがあなたらしくある時だけなのよ!」
「私が私らしく…。」
「お願い!戻って!あの頃のあなたに!お願い…!」
涙ながらに訴える妻の頭を、貧乏神は優しく撫でた。
「…すまなかった。私は彼を金持ちにしてようやく気付いたよ。自分の本分は、人を不幸にすることなんだと。」
「あなた…!」
「もう一度、私とやり直してくれないか?」
「ええ…!もちろんよ!」
そうして二人は強く抱きしめあった。お互いのまぶたからは涙がこぼれていた。
「いや~、感動しました。奥さんとやり直せて良かったですね。」
一部始終を見ていたK夫は二人を拍手で祝福した。
「K夫さん…!ありがとうございました。すっかりお世話になってしまって…。」
「何をおっしゃる。それはこちらのセリフですよ。」
「感謝の印に、私の復帰第一号になっていただけますか?」
「喜んで…ってちょっと待て…。」
貧乏神は生き生きとした顔で何事かつぶやくと、妻と共に消えていった。
と、同時にバタバタと社長室に幹部陣がなだれ込んできた。
「社長!突然我が社の株価が大暴落しました!」
「提携先との不正取引が発覚しました!マスコミは大騒ぎです!」
「銀行が融資を停止するそうです!資金がとても足りません!」
「「「いかがされますか!?社長!」」」
貧乏神がもたらした絶好調すぎる不幸具合に、K夫はただただ呆然とするしかなかった。
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