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外を歩けば顔がいい人も出会う②

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  ♡ ♡


 かっこいいなぁ……あの男性。

 私は数十m離れているベンチに腰を下ろした男性をじっと見つめる。
 髪色は黒色でアイツと同じだけど、アイツとはすべてが違う。髪もサラサラで前髪の間から見えるかっこいい目、それに似合うようにつけられているメガネにスラッとした顔立ち。これまで生きていた中で見たことのないイケメンさに私は目を奪われてしまう。
 今までは私が奪う側だと思っていたけど、まさか奪われる側になるとは思いもしなかった。この男性は格が違う。こんなの誰が見てもイケメンだと思うし、誰であろうと目を奪われてしまう。

 すると男性もこっちをじっと見つめてくる。もしかしたらずっと見つめている私のことが気持ち悪いと思っているのかもしれない。でも女性の本能が目を逸らそうとしない。自分自身もこの私の目を奪うほどのかっこいい男性から目を逸らそうだなんて考えもしない。

 数分、もしかしたら数十分、周りから不思議な目を向けられてもお構い無しに見つめあう。その間、相手の男性は手に持っている缶コーヒーを一口も飲まずにこちらをずっと見てくる。もちろん私も男性からは目を逸らすことはなかった。
 そんな空間に1人の爽やかな男の声のせいで終わりを迎えてしまう。

「ねぇねぇ君~1人なら俺とちょっと遊ばね~?」

 近づくことに気づいていなかった私は思わず肩が跳ね上がる。
 そしておずおずと男の顔を見上げて口を開く。

「すみません。そういうのは興味がなくて」
「えー?そういうのってー?」
「この時間から遊ぶのは興味がないのです」

 ずっとヘラヘラしていた男に少し強く言いつけると、男は顔をしかめながら不満をぶちまけてくる。

「なに、俺についてくる気はないって言うの?夜に1人でいる時点でそういうのを狙ってるんじゃないの?そうじゃないの?」

 ナンパに慣れている身としてはこんなものは怖くもなにもない。でも少しずつ近づいてくるのは流石に気味が悪い。

   あの男性のことは名残惜しいけど、これ以上絡まれるのは嫌だから帰らせてもらうね。

「すみません。私はこれで」

 そう言い放ち、ベンチから腰を上げて立ち去ろうとしたその瞬間──
 私の手首をがっしりと掴んで飢えた動物のような表情を浮かべた男が──

「どこ行こうとしてるんだよ」

 グイッと男の方へ引き寄せられてしまう。
 さすがの私もこれには恐怖を覚え、顔が真っ青になり、思わず助けを呼ぼうと周りを見渡す。

 そ、そうだ。あの男性は!

 そう思い私は男性が座っていたベンチの方に視線を向けるが──そこには男性はいなかった。
 助けがない状況を感じ取った私は涙目で俯いてしまう。

「……あの、嫌がってますけど?」

 バッと顔を上げて声のする方へと振り向くと、そこにはもういないと思っていた男性が男の肩を掴んでいた。

「なんだおまえ。こいつは俺のだぞ?」
「あなたのとかありませんから……彼女の顔を見てくださいよ」

 いきなりそう言われて私は慌てて顔を伏せる。
 泣きそうな顔を見られたくない、という気持ちが勝ったのだろうか。初めての行動に私自身も驚きながらゆっくりと男の顔を見上げる。

「うっ……」

 なぜかは知らないけど、私の顔を見た男は私の手首を離して半歩後ろに下がってしまう。

「こんな顔もう見たくないでしょ?だからもう帰ってください」

 男性のその言葉がトドメになったのか、男は悔しさと罪悪感の混ざった表情を浮かべ、男性が持っている缶コーヒーを地面に叩き落として去っていく。
 男の姿が見えなくなると男性が心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫ですか?手首とか痛くありません?」
「だ、大丈夫です。本当にありがとうございます」

 私は深々と頭を下げて必死に感謝の言葉を送る。
 すると男性は笑顔のまま、

「いえいえ、俺は特になにもしてませんから。とりあえず顔を上げてください」

 とても肝が座っている。私の最初の感想はそれだった。
 私ほどの美人が深々と頭を下げれば誰もが狼狽えては逆に頭を下げられるばかり。それなのにこの男は取り乱すこともなく、冷静に言葉を返してくるのだ。

 この私を初対面なのに普通の女の子扱いをしてくれている……。

 私は男性に言われた通りに顔を上げ、もう一度お礼の言葉を口にする。

「本当にありがとうございます」
「いえいえー」

 男性は微笑みながらそう返してくれるけど、当の本人である私はというと、あまりにも紳士的な行動と尋常じゃないイケメンが目の前に居ることにいたたまれなくなって目を左右に泳がせていた。
 そんな私に気づいていないのか、男性は地面に転がっている空になった缶コーヒーを拾い上げる。

 そうだ!と頭の中で手をたたき、持ち上げられた缶コーヒーを見つめながら恩返しも兼ねてあることを提案する。

「私が新しいの買いますよ?」
「え?そこまでしなくていいよ?」
「私はそこまでのことをされたのですからこれぐらいさせてください」

 ニコッと微笑みながら男性の目の少し右を見つめながら言うと、街灯の当たり具合のせいなのか、男性の頬が少し赤くなっている気がした。だけど男性はすぐに私から顔を逸らしてしまう。

「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいますね」
「はい!」

 私は男性の横に付き、ゆっくりと歩みを進めながら少し離れた自動販売機へと向かう。

『恋は盲目』という言葉があるけど、今の私に新しい名言を送ってあげる。『イケメンの前では盲目』今の私にはこの言葉がピッタリだ。このイケメンの男性の前では私はなにも手がつけられそうにない。



 ベンチに2人、缶コーヒーを片手に美女と美男が並んで座り、楽しそうに笑い笑われ、話しかけては話しかけられ、そんな2人だけの空間を作り出していた。

「そうなんですか!?それはお気の毒に……」

 私のその言葉を最後に、私達の間には静寂が訪れる。

 自動販売機で缶コーヒーを買い終えた私達は先程まで私が座っていたベンチに戻り、どちらからともなくベンチに腰を下ろしては話しかけ、気がつくとあっという間に数時間が経っていた。

 すると、男性は残り少なくなった缶コーヒーをグイッと飲み干し、私の顔を見つめてくる。
 私も男性の顔を見返すが、数時間話した仲とはいえ、少しだけ恥ずかしさが残った私は数秒で目を逸らしてしまう。

「1つ、頼みがあるんですが大丈夫ですか?」
「は、はい!」

『頼み』という言葉を聞き、なにかを期待した私は逸らした目をすぐに戻す。

「れんら──いえ、また会えますか?」

 途中まで言いかけた言葉に疑問を持ちながらも私は大きく頷き、

「はい!こちらからもお願いします!」
「あ、ありがとうございます!」

 期待していたことが来てくれて嬉しくなった私は満面の笑みを浮かべてしまう。
 だけど、嬉しかったのは私だけではなかったようで、男性も今日一番の笑みを浮かべる。

 次会う日の約束をし、私達はベンチから立ち上がって公園の出口へと向かう。その途中で男性が話しかけてくる。

「時間も時間ですし、家まで送っていきましょうか?」

 その優しさに私はすぐに「はい!お願いします!」といいそうになったが、それをぐっと堪えて言葉を返す。

「時間も時間なのはあなたも同じですから……私は大丈夫ですよ。家もここから近いですし」
「そうですか……」

 男性は名残惜しそうな顔をしているけど、私も同じような顔をしているだろう。
 だけどまた次があると考えればそんな名残惜しさもなくなる、と感じたのは私だけではないようだ。

「では、また公園で」
「はい!また公園出会いましょう」

 再度笑顔を向け合い、その言葉を最後に私達は背を向けあって歩き出す。

 公園から少し離れてから私はふと思い出したかのように独り言つ。

「あ、名前と連絡先聞くの忘れちゃった」

 少し考え、数歩進んでからもう一度独り言を呟く。

「名前は次に聞くとして、連絡先は無理かも……アイツがいるせいでアイコンとホーム画が陰キャっぽくなってるし……」

 家の前についた私はうーんと唸り、

「連絡先だけは我慢しよう」

 名残惜しくもそう決め、玄関の扉を開けると同時にMINEから通知が来る。

『次の日曜日に遊びに行きませんか?』
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