春の憂いは桜の花と共に

梅丘 かなた

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春の憂いは桜の花と共に

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 情事が終わった後に、夏樹なつきは寂しげに問う。
翔馬しょうま、俺が先に死んだら、どうする?」 
 思いがけない言葉に、翔馬は、しばらく沈黙した。
「とりあえず、泣く」
「葬式に来てくれる?」
「男同士の秘密の関係だから、葬式には出られない。だから、陰に隠れて泣くしかない」
「俺は、翔馬が死んでも、泣かないと思う」
 その言葉に翔馬は思う。夏樹は正直な男だ。
「別に、泣く必要はない」
「悲しすぎて泣けない、という意味だよ」
 二人は、しばらく黙っていた。
 やがて、口づけを始める。翔馬の体は、心地よさに震えた。
 
 翔馬は、夏樹と一緒に桜の並木道を歩き、花の雨を浴びている。
「桜は、いいな。春に、必ず花が咲く。そして、散っていく。それでいて、桜の木はずっと同じところでたたずんでいる」
 夏樹の顔色は、輝いている。
「散っている桜を見ると、悲しくなる」
 翔馬は、髪や肩についた花びらをうっとうしげに払う。
「だから、いいんだよ。悲しくなるのは、別におかしいことじゃないから」
 その瞬間、夏樹の姿が、はかなげに見えた。翔馬は、夏樹の片手をつかみ、強く握りしめる。その手にしっかりと存在する体温。彼は、確かにここにいる。翔馬は安心して、その手に込めた力を緩めた。

 翔馬は、仕事中、ふとした瞬間に夏樹のことを考えている。あの桜並木と夏樹の姿をたまに思い出す。脳裏に浮かぶ彼の姿がどこかはかなげで、翔馬の胸は痛んだ。
 ある夜、夏樹から翔馬に電話が掛かってきた。
「翔馬? 今、何してる?」
「これから寝るところ」
「今すぐ会いに来て」
 その夏樹の声から、翔馬は、切実で痛ましいものを感じた。
「分かった、今から行く」

 ナイフで切り裂かれたキャンバスが、床に無残に転がっている。アパートの一室。翔馬が合鍵で部屋に入ると、床にじかに座り込む夏樹の姿があった。翔馬は、夏樹のそばに、かがみ込んだ。
「大丈夫か? 何か、必要なものとか、あるか?」
「ない。翔馬さえいてくれれば」
「何があった?」
「別に、何も。ただ、急に全てが嫌になって」
 翔馬が、黙っていると、夏樹が続ける。
「メンタルクリニックに通っている。だから、安心して」
 彼がなぜ精神を病んだのか、その理由を聞く必要はない。翔馬は、ただそばにいようと思った。
「満開の桜が見たい」
 やがて、夏樹がつぶやいた。小さめではあるが、確かに力強い声だった。そう言われて、翔馬も、急に咲き誇る桜が見たくなった。ここ、関東ではもう見ることができない。
 素早く携帯電話で調べる。一週間後なら、東北で見ることができる。
「来週、東北のどこか……どこでもいい、見に行こう」
 春が訪れて、二度目の桜。今から、心が躍る。
「いいね。楽しみだ」
 夏樹が、やっと笑顔を見せた。
「翔馬、抱きしめて」
 翔馬は、夏樹を引き寄せ、抱きしめた。
 二人にとって、春は、憂いを感じる季節だった。けれど、今は幸福の気配が、二人を包み込んでいる。


                                 (完)
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