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第二章
本当のこと
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「はい。皆、仕事に戻りなさい」
一番前に立っていた男性が、集まった使用人たちを解散させて、僕の方に近づいてきた。
「わたしは、家令のアーサーです」
顔を上げると、冷たい表情で僕を見下ろす美丈夫がいた。
「よ、よろしくお願いします」
ペコリ、とお辞儀すると、アーサーさんはフンッと鼻で笑った。
「あの公爵様があそこまで言うなんて……あなた、とんでもない淫乱オメガなのですね」
「そんな……、僕は」
「いいですか、アルファと必要以上に会話しないこと。特に、決して公爵様に近づかないように。分かりましたね」
「……」
そう言われて、思わず僕は黙ってしまった。だって、僕はグラニフ公爵に申し上げたいことがあるのだ。それはシャーロット嬢の将来のために、ぜひとも伝えなくてはならないことだ。
「聞いているのですか!」
アーサーさんに声を荒げられ、僕はアルファのプレッシャーに思わず首をすくめた。
「わ、わかりました」
僕はそう言うしかなかった。
「よろしい。では屋敷内を案内しましょう。ついてきなさい」
アーサーさんは屋敷の中を一室一室案内してくれた。グラニフ公爵邸はタウンハウスといえど広くて、一度で屋敷の構造を覚えるのは難しかったが、客人をもてなす公共のゾーンと公爵らの私室のあるプライベートゾーンの境目だけは覚えなければならなかった。
「ここから先は、公爵様とその他アルファの居住区です。オメガの者は基本入らないことになっていますが、特にあなたは絶対に立ち入り禁止です」
「はい……」
「それからこちらはオメガの居住区です。ここは逆に私は立ち入れませんので、誰かに案内してもらわなければならないのですが……、あなたを他のオメガと関わらせるのは不安ですね」
「あの、アーサー様」
恐る恐る声を掛けてきたのは、僕をこの屋敷まで案内してくれた、あの親切なマリーだった。
「オメガの居住区は私が案内いたしますわ」
「それはありがたいですが……、しかし、マリー。くれぐれも気を付けるのですよ。この男には油断せぬように」
アーサーのことばにコクリ、とうなずいて、マリーは「さ、行きましょう」と言った。
オメガの居住区は本館とつながった別棟になっていて、その渡り廊下には鍵がかけられるようになっていた。
「この渡り廊下は、夜になると施錠されるの。鍵を持っているのはオメガだけ。あなたにも渡しておくわ」
僕が鍵を受け取ると、マリーはドアの前の大きな台の中を覗き込んだ。そこには僕が持ってきたボストンバッグが置かれていた。
「アルファはこの先には入れないから、この台に置いていくのよ。あなたの荷物はドアマンが運んでくれたからここに置いて行ったのね」
「ドアマンが荷物を運んでくれたんですか?」
「そうよ。だいたい、アルファの方が体ががっしりしているから、このお屋敷では力仕事はアルファがやることが多いの」
僕はもうびっくりしてしまって、言葉もなかった。たしかにオメガは華奢な者が多く、アルファは体格の良い者が多いが、優れた頭脳を持つアルファが力仕事のような単純作業をすることは、普通はあり得ないからだ。
「さ、じゃあ入りましょう」
マリーに誘われて、僕はオメガの居住区に入った。マリーが渡り廊下のドアを閉める。
「三階はシャーロット様のお部屋だから上がらないで。私たちの部屋は二階。これがあなたの部屋よ」
その部屋はこじんまりしていたが、小さいながらも窓があり、清潔で、申し分ない部屋だった。マリーはパタン、と部屋のドアを閉めて、窓も閉めると、小さな声で言った。
「ごめんなさいね。私、公爵様があんなことをおっしゃるなんて、思いも寄らなくて。きっとあの方があなたの力になってくれると思ったのだけど」
僕は慌てた。
「い、いえ! マリーさんが謝ることじゃありませんよ!」
「それから、あの……、さっき公爵様の言っていたことは本当なの? あなたが公爵様を襲ったとか、シャーロット様に害をなしたとかっていう……」
「あ……」
僕は一瞬悩んだ。あれはトマスに強要されたことだけれど、そのことを人に話していいんだろうか。トマスの奉公人だった間は絶対にそれは明かしてはならないことだったけれど、もう僕はあいつの奉公人じゃない。それにあいつの悪事を暴くことは、シャーロット嬢を救うことにも繋がる。
「公爵を襲った件は、前の主人に命令されて……」
「まあ! そんなことだろうと思った! バカなアルファが考えそうなことだわ!」
マリーはすぐに僕のことばを信じてくれた。
「僕がシャーロット様に害をなそうとしたことはありません。ただ、あの男と結婚するのは、シャーロット様のためにならないと思って、お話をしたかったのですが、その……うまくいかなくて」
「まあ……」
マリーはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「わたしは貴方の話を疑っているわけじゃないけれど……、私では公爵様を説得することはできないと思う。一応、メイド長には話しておくけれど、それでもお聞き入れくださるか……。そして、公爵様があなたを敵視している以上、私はあなたの味方をすることは出来ないの。私も、……ここを追い出されたら行くところがないから」
「分かっています。気にしないで」
オメガの奉公人が主人であるアルファに逆らえるはずがない。
「本当にごめんなさい」
マリーのその悲しい表情に、僕は返す言葉がなかった。
一番前に立っていた男性が、集まった使用人たちを解散させて、僕の方に近づいてきた。
「わたしは、家令のアーサーです」
顔を上げると、冷たい表情で僕を見下ろす美丈夫がいた。
「よ、よろしくお願いします」
ペコリ、とお辞儀すると、アーサーさんはフンッと鼻で笑った。
「あの公爵様があそこまで言うなんて……あなた、とんでもない淫乱オメガなのですね」
「そんな……、僕は」
「いいですか、アルファと必要以上に会話しないこと。特に、決して公爵様に近づかないように。分かりましたね」
「……」
そう言われて、思わず僕は黙ってしまった。だって、僕はグラニフ公爵に申し上げたいことがあるのだ。それはシャーロット嬢の将来のために、ぜひとも伝えなくてはならないことだ。
「聞いているのですか!」
アーサーさんに声を荒げられ、僕はアルファのプレッシャーに思わず首をすくめた。
「わ、わかりました」
僕はそう言うしかなかった。
「よろしい。では屋敷内を案内しましょう。ついてきなさい」
アーサーさんは屋敷の中を一室一室案内してくれた。グラニフ公爵邸はタウンハウスといえど広くて、一度で屋敷の構造を覚えるのは難しかったが、客人をもてなす公共のゾーンと公爵らの私室のあるプライベートゾーンの境目だけは覚えなければならなかった。
「ここから先は、公爵様とその他アルファの居住区です。オメガの者は基本入らないことになっていますが、特にあなたは絶対に立ち入り禁止です」
「はい……」
「それからこちらはオメガの居住区です。ここは逆に私は立ち入れませんので、誰かに案内してもらわなければならないのですが……、あなたを他のオメガと関わらせるのは不安ですね」
「あの、アーサー様」
恐る恐る声を掛けてきたのは、僕をこの屋敷まで案内してくれた、あの親切なマリーだった。
「オメガの居住区は私が案内いたしますわ」
「それはありがたいですが……、しかし、マリー。くれぐれも気を付けるのですよ。この男には油断せぬように」
アーサーのことばにコクリ、とうなずいて、マリーは「さ、行きましょう」と言った。
オメガの居住区は本館とつながった別棟になっていて、その渡り廊下には鍵がかけられるようになっていた。
「この渡り廊下は、夜になると施錠されるの。鍵を持っているのはオメガだけ。あなたにも渡しておくわ」
僕が鍵を受け取ると、マリーはドアの前の大きな台の中を覗き込んだ。そこには僕が持ってきたボストンバッグが置かれていた。
「アルファはこの先には入れないから、この台に置いていくのよ。あなたの荷物はドアマンが運んでくれたからここに置いて行ったのね」
「ドアマンが荷物を運んでくれたんですか?」
「そうよ。だいたい、アルファの方が体ががっしりしているから、このお屋敷では力仕事はアルファがやることが多いの」
僕はもうびっくりしてしまって、言葉もなかった。たしかにオメガは華奢な者が多く、アルファは体格の良い者が多いが、優れた頭脳を持つアルファが力仕事のような単純作業をすることは、普通はあり得ないからだ。
「さ、じゃあ入りましょう」
マリーに誘われて、僕はオメガの居住区に入った。マリーが渡り廊下のドアを閉める。
「三階はシャーロット様のお部屋だから上がらないで。私たちの部屋は二階。これがあなたの部屋よ」
その部屋はこじんまりしていたが、小さいながらも窓があり、清潔で、申し分ない部屋だった。マリーはパタン、と部屋のドアを閉めて、窓も閉めると、小さな声で言った。
「ごめんなさいね。私、公爵様があんなことをおっしゃるなんて、思いも寄らなくて。きっとあの方があなたの力になってくれると思ったのだけど」
僕は慌てた。
「い、いえ! マリーさんが謝ることじゃありませんよ!」
「それから、あの……、さっき公爵様の言っていたことは本当なの? あなたが公爵様を襲ったとか、シャーロット様に害をなしたとかっていう……」
「あ……」
僕は一瞬悩んだ。あれはトマスに強要されたことだけれど、そのことを人に話していいんだろうか。トマスの奉公人だった間は絶対にそれは明かしてはならないことだったけれど、もう僕はあいつの奉公人じゃない。それにあいつの悪事を暴くことは、シャーロット嬢を救うことにも繋がる。
「公爵を襲った件は、前の主人に命令されて……」
「まあ! そんなことだろうと思った! バカなアルファが考えそうなことだわ!」
マリーはすぐに僕のことばを信じてくれた。
「僕がシャーロット様に害をなそうとしたことはありません。ただ、あの男と結婚するのは、シャーロット様のためにならないと思って、お話をしたかったのですが、その……うまくいかなくて」
「まあ……」
マリーはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「わたしは貴方の話を疑っているわけじゃないけれど……、私では公爵様を説得することはできないと思う。一応、メイド長には話しておくけれど、それでもお聞き入れくださるか……。そして、公爵様があなたを敵視している以上、私はあなたの味方をすることは出来ないの。私も、……ここを追い出されたら行くところがないから」
「分かっています。気にしないで」
オメガの奉公人が主人であるアルファに逆らえるはずがない。
「本当にごめんなさい」
マリーのその悲しい表情に、僕は返す言葉がなかった。
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