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第一章
ハイデル家の箱入りオメガ
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僕はソルバリー侯爵ハイデル家の長男として生まれた。6歳の時の性検査でオメガであることが分かってから、僕には常に二人の護衛がつけられ、ほとんど外に出してもらえなくなった。不埒なアルファから身を守るためである。
オメガは誰彼かまわずアルファを誘い、性交に耽る淫乱で愚かな性だとされている。しかし、だからこそ、たった一人のアルファに操を立て、生涯ただ一人のアルファと番う貞淑なオメガは尊敬された。オメガには二種類しかいない。本能に打ち勝ち、生涯ただ一人の夫を献身的に支える気高いオメガと、本能のまま、獣のように性欲に生きる愚かなオメガ。後者のオメガに人権はない。
オメガは結婚するまで無垢な体でいること、結婚後は不貞を働かないことが法律で義務付けられている。これを破ったオメガは全ての権利をはく奪され、奉公人となって貴族のアルファの性処理に使われるか、娼館に送られて客を取らされるか、二つに一つの道しかないのだ。だから、オメガはその純潔を大事に守る。しかし、アルファがオメガを襲う事件は後を絶たない。そして、罰せられるのは、いつもアルファを誘惑したオメガだけである。
僕がオメガであることが分かって、両親はひどく心配した。両親は二人ともベータで、オメガのことをよく分かっていなかった。ともかくオメガは生来淫乱な性で、アルファに迫られれば簡単に身を任せてしまう。父はそう思っていた。
「いいかい、エドワード。決して護衛から離れてはいけない。どんなに親しい間柄の人でも、決して二人きりになってはいけない。いいね? お父様と約束出来るかい?」
僕がお出かけをするたびに、父は僕にこの約束をさせた。
「はい、お父様!」
僕にはベータの家庭教師がついて、自宅から出ることもまれだった。それが当たり前だったから、幼い僕は特に不満を感じることもなかった。六歳下のアルファの弟は頻繁に他の貴族の子弟と遊んだり、剣術の稽古へ出かけたりしていたが、僕にはごく少数のオメガの友人がいるだけだった。アルファは社交を担い、オメガは家を守る。そうやって貴族社会は動いていくのだ。
しかし一六歳を過ぎた頃から、頻繁に色んな家のパーティーに出席させられるようになった。今思えば、あれは婚約者探しだったのだ。たくさんのアルファと引き合わされた。アルファはみんな僕に優しく、僕をちやほやした。侯爵家に生まれた僕は、いうなればステータスの高いオメガだった。僕をモノにすることは、アルファとして最高の誉れだった。王太子すら僕に夢中で、僕もそのことを知っていた。ベータや下位のオメガに尊大な態度をとるアルファたちが、僕の一挙手一投足に気を配り、たった一言でも僕に言葉をかけてもらおうと必死になるのだ。
それまで屋敷の中の狭い人間関係しか知らなかった僕は、このたのしい社交に夢中になってしまった。見目麗しく、聡明な貴族の子弟たちがみんな、僕に夢中なのだ。僕は有頂天だった。これがデビュタント特有の、婚約が決まるまでの間のただ一時の夢だなんて知らなかった。僕は王者にでもなった気分だった。僕はいろんなアルファに気を持たせ、気まぐれに冷たい態度を取り、ときに屈辱的なことばを投げつけたりした。僕はオメガとしての立場をわきまえていなかった。オメガに侮辱されることが、どれほどアルファのプライドを傷つけるかわかっていなかったのだ。
トマス・オービリーはたくさんいる僕の取り巻きアルファの一人だった。そうそうたるメンバーの中で、トマスはそれほど目立った存在ではなかったから、彼は一生けんめい僕の機嫌を取り、なんでも言うことを聞いて、僕の歓心を得ようとした。しかしバカだった僕は、この便利で言いなりなアルファを軽く見ていた。彼を大勢の前で嘲笑したり、機嫌の悪い日には無視したりした。彼が僕への恨みを募らせていったのは、無理からぬことだったと思う。
ある日、オービリー家で催された昼餐会に招かれた。そう大きな会ではなかったが、そうそうたるアルファ達がつどう、僕のご機嫌を取るための会であることは明白だった。しかし、その日の僕の関心は彼らアルファではなかった。最近オービリー家で飼いはじめたという猫に会いたかったのだ。
「早く連れてきてよ!」
僕はご立腹だった。トマスが猫に会わせてやるというからオービリー家まで来てやったのに、トマスが一向に猫を連れてこないのだ。僕は本物の猫をまだ見たことがなかった。ふわふわのかわいい生き物だという知識だけがあって、憧れていたのだ。
「エドワード。猫は繊細な生き物なんだ。こんなにたくさん人がいる場所に連れてきたら、パニックを起こしてしまうよ」
困ったような顔でトマスが言った。
「じゃあどうすればいいの」
「エドワードから会いに行かないと」
「いいよ。どこにいるの?」
僕が勢いよく立ち上がると、トマスは慌てた。
「待って、エドワード。大勢で行ったら猫が驚いてしまう。僕とエドワードだけで行こう。護衛も連れて行っちゃだめだ」
「え!?」
僕は護衛から離れて行動したことがなかったから、さすがに戸惑った。
「エドワードだってもう大人なんだから、護衛なんかいなくたって平気だろ? それとも怖いのかな?」
「怖くなんかない!」
トマスの物言いは僕のプライドを刺激した。
「じゃあ、こっそり行こう。こっちの扉から出れば、護衛たちには見つからないさ」
トマスはそう言って、使用人たちが使う、台所とつながっているドアを指した。僕は少し迷った。お父様のいいつけを破ってしまうという不安と、はじめての冒険にワクワクする気持ちの両方があった。でも、どうしても猫というものを見てみたい。僕は胸をドキドキさせながら、トマスに付いていった。
オメガは誰彼かまわずアルファを誘い、性交に耽る淫乱で愚かな性だとされている。しかし、だからこそ、たった一人のアルファに操を立て、生涯ただ一人のアルファと番う貞淑なオメガは尊敬された。オメガには二種類しかいない。本能に打ち勝ち、生涯ただ一人の夫を献身的に支える気高いオメガと、本能のまま、獣のように性欲に生きる愚かなオメガ。後者のオメガに人権はない。
オメガは結婚するまで無垢な体でいること、結婚後は不貞を働かないことが法律で義務付けられている。これを破ったオメガは全ての権利をはく奪され、奉公人となって貴族のアルファの性処理に使われるか、娼館に送られて客を取らされるか、二つに一つの道しかないのだ。だから、オメガはその純潔を大事に守る。しかし、アルファがオメガを襲う事件は後を絶たない。そして、罰せられるのは、いつもアルファを誘惑したオメガだけである。
僕がオメガであることが分かって、両親はひどく心配した。両親は二人ともベータで、オメガのことをよく分かっていなかった。ともかくオメガは生来淫乱な性で、アルファに迫られれば簡単に身を任せてしまう。父はそう思っていた。
「いいかい、エドワード。決して護衛から離れてはいけない。どんなに親しい間柄の人でも、決して二人きりになってはいけない。いいね? お父様と約束出来るかい?」
僕がお出かけをするたびに、父は僕にこの約束をさせた。
「はい、お父様!」
僕にはベータの家庭教師がついて、自宅から出ることもまれだった。それが当たり前だったから、幼い僕は特に不満を感じることもなかった。六歳下のアルファの弟は頻繁に他の貴族の子弟と遊んだり、剣術の稽古へ出かけたりしていたが、僕にはごく少数のオメガの友人がいるだけだった。アルファは社交を担い、オメガは家を守る。そうやって貴族社会は動いていくのだ。
しかし一六歳を過ぎた頃から、頻繁に色んな家のパーティーに出席させられるようになった。今思えば、あれは婚約者探しだったのだ。たくさんのアルファと引き合わされた。アルファはみんな僕に優しく、僕をちやほやした。侯爵家に生まれた僕は、いうなればステータスの高いオメガだった。僕をモノにすることは、アルファとして最高の誉れだった。王太子すら僕に夢中で、僕もそのことを知っていた。ベータや下位のオメガに尊大な態度をとるアルファたちが、僕の一挙手一投足に気を配り、たった一言でも僕に言葉をかけてもらおうと必死になるのだ。
それまで屋敷の中の狭い人間関係しか知らなかった僕は、このたのしい社交に夢中になってしまった。見目麗しく、聡明な貴族の子弟たちがみんな、僕に夢中なのだ。僕は有頂天だった。これがデビュタント特有の、婚約が決まるまでの間のただ一時の夢だなんて知らなかった。僕は王者にでもなった気分だった。僕はいろんなアルファに気を持たせ、気まぐれに冷たい態度を取り、ときに屈辱的なことばを投げつけたりした。僕はオメガとしての立場をわきまえていなかった。オメガに侮辱されることが、どれほどアルファのプライドを傷つけるかわかっていなかったのだ。
トマス・オービリーはたくさんいる僕の取り巻きアルファの一人だった。そうそうたるメンバーの中で、トマスはそれほど目立った存在ではなかったから、彼は一生けんめい僕の機嫌を取り、なんでも言うことを聞いて、僕の歓心を得ようとした。しかしバカだった僕は、この便利で言いなりなアルファを軽く見ていた。彼を大勢の前で嘲笑したり、機嫌の悪い日には無視したりした。彼が僕への恨みを募らせていったのは、無理からぬことだったと思う。
ある日、オービリー家で催された昼餐会に招かれた。そう大きな会ではなかったが、そうそうたるアルファ達がつどう、僕のご機嫌を取るための会であることは明白だった。しかし、その日の僕の関心は彼らアルファではなかった。最近オービリー家で飼いはじめたという猫に会いたかったのだ。
「早く連れてきてよ!」
僕はご立腹だった。トマスが猫に会わせてやるというからオービリー家まで来てやったのに、トマスが一向に猫を連れてこないのだ。僕は本物の猫をまだ見たことがなかった。ふわふわのかわいい生き物だという知識だけがあって、憧れていたのだ。
「エドワード。猫は繊細な生き物なんだ。こんなにたくさん人がいる場所に連れてきたら、パニックを起こしてしまうよ」
困ったような顔でトマスが言った。
「じゃあどうすればいいの」
「エドワードから会いに行かないと」
「いいよ。どこにいるの?」
僕が勢いよく立ち上がると、トマスは慌てた。
「待って、エドワード。大勢で行ったら猫が驚いてしまう。僕とエドワードだけで行こう。護衛も連れて行っちゃだめだ」
「え!?」
僕は護衛から離れて行動したことがなかったから、さすがに戸惑った。
「エドワードだってもう大人なんだから、護衛なんかいなくたって平気だろ? それとも怖いのかな?」
「怖くなんかない!」
トマスの物言いは僕のプライドを刺激した。
「じゃあ、こっそり行こう。こっちの扉から出れば、護衛たちには見つからないさ」
トマスはそう言って、使用人たちが使う、台所とつながっているドアを指した。僕は少し迷った。お父様のいいつけを破ってしまうという不安と、はじめての冒険にワクワクする気持ちの両方があった。でも、どうしても猫というものを見てみたい。僕は胸をドキドキさせながら、トマスに付いていった。
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