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第2章

ファダール祭

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 サミルトン王国では、七月は建国記念のお祭り、ファダール祭の季節である。
 この国を東西に流れるファダール川は、かつて毎年氾濫し、大きな被害を出す暴れ川だった。国土を統一したサミルトンの初代国王が治水工事をすすめ、氾濫が起きないようにしたことで、この国はどんどん豊かになった。
 曲がりくねったファダール川をまっすぐに矯正し、護岸し、おとなしくさせた様を、王が川の女神を調教し、屈服させ、隷属させたという寓話に落とし込んだのがこの国の建国神話である。つまり、ファダール川の女神はサミルトン国王に仕える奴隷であり、奴隷ファダールを意のままに扱うことでこの国に繁栄をもたらすのがサミルトン国王の仕事なのだ。そのため王族付の奴隷は(性別関係なく)よく女神に例えられる。

 七月の十五日には、国王か皇太子がこの寓話をなぞる神事を行うことになっている。王(もしくは皇太子)が伝説の初代国王を演じ、その奴隷がファダールの女神を演じるのだ。今年は、皇太子に冊立されたばかりのアンソニーと、その奴隷であるアイルがこの神事を行うことになっていた。
 神事を行う三日前から、二人は潔斎のため神殿に籠っており、今日はついに儀式当日。儀式が行われる神殿前の広場には群衆が詰めかけていた。
 この儀式は王族、貴族たちも観覧する。ミゼルは王族たちの観覧席の近くに侍り、雑用をしていた。しかし、儀式の間は皆熱心に儀式を鑑賞するから、そんなに雑用を申し付けられることもない。ミゼルもアンソニーとアイルの儀式をゆっくり見られるはずだ。ミゼルはさりげなく舞台がよく見える場所を持ち場にすることに成功し、儀式がはじまるのを今か今かと待ち構えていた。

 やがて神殿の扉が開き、中からアイルが出てきた。真っ白な薄衣をまとっている。透けるようで、ギリギリ透けない、絶妙な衣だ。
 アイルはゆったりした動きで、舞を舞いはじめた。アイルが動くとその薄衣がふわりとたなびき、夢のように美しい。徐々に音楽は激しくなり、それにつれてアイルの踊りもテンポが速く、激しくなっていく。アイルは身をくねらせて、あえやかな喘ぎ声を漏らしはじめた。観衆は、その美しくも艶やかな姿に皆魅せられて、固唾を飲んで見守っていた。音楽はますます激しくなる。アイルの踊りもどんどん激しくなり、やがてアイルは舞台上に設えられた草花や果実の実った木々などの大道具をなぎ倒す勢いで暴れまわり、踊り狂った。荒れ狂うファダールの女神・アイルが、豊かなサミルトンの地を洪水で押し流していくのだ。観衆はそれをじっと眺めていた。そして、音楽が最高潮に盛り上がった瞬間、舞台にアンソニー王子が現れた。
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