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5『冥々たる紅の運命』
5 第四章第五十二話「行動開始」
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王都リバディへ発つのは、夕方頃になった。出発の支度が必要であること、そしてルーファ達が実家に無断で出るとまた面倒なことが起きそうだからである。正直カルラは実家へどれだけ迷惑をかけようとどうでもいいと思っている節があるが、ルーファは違う。ただでさえ王選もなくなり、愛娘のいる学園も襲撃されたのだ。その上急に娘が消息を絶ったら家はとんでもないことになるだろう。
幸い、ゼノ・レイデンフォートという免罪符が傍に居る。彼を混ぜながらあることないこと話せば問題なく集合できるはず。
ルーファがそう言うので、トーデルとゼノの二人は王城セレスタで待機をしている。
イデアとシャーロット、そしてザドはどうしたのかと言うと、実は今こっそりと寮へ戻っていた。こちらも支度のためであり、まずイデアとシャーロットがシャワーを浴びたがっていたこと、そして私服を取るためである。制服で王都リバディへ行くことはできるだけ避けたかった。ザドの言う通り、リバディの女王スウェルが全く無関係な白であればいいのだが、万が一にも冥界と関わっていた場合、簡単に存在がバレるような恰好はしない方が良いに決まっている。
トーデルもといカイの身体の分は、イデアが調達する予定だ。寮の部屋の位置も分かっているし、彼女のことだ、スニーキングすれば気づかれずに部屋へ到達することができるだろう。
トーデルもついていけばいいだけの話ではあったのだが、そうすることはなかった。ゼノが話をしたいと留めておいたのである。
二人きりの空間で、ゼノがカイの姿をした彼女に問う。
「カイは、カイの魂は本当に冥界の扉とやらを開けば戻って来られるのか」
カイの魂は今冥界にあるが、肉体自体はこうして機能している。その魂を呼び戻すには冥界と生界を繋げる必要があると、トーデルは言っていた。
トーデルが頷く。
「二つの次元が繋がりさえすれば、どうにかなるだろう。カイの魂と肉体の結びつきは想像以上に強固だからな」
「その扉はどうやって開けばいいんだ?」
「……通常、開くには多くの魂がいる。それこそ、レゾンが開いているバトルロイヤルのようにな」
「っ、それは駄目だろっ」
思わずゼノが声を荒げる。
カイのことを復活させたい。ただそのために犠牲を出してしまえば、復活したカイが何と言うか。親子の縁はまず間違いなく切られるだろうな。
それをトーデルも理解しているらしく。
「分かっている。奴と同じやり方で扉を開くつもりはない。……《冥具》を使うんだ」
「《冥具》を……?」
「ああ。アレには多くの冥力が込められているからな。複数の《冥具》の力を借りれば、なんとか開けるはずだ」
「確か《冥具》って、冥界の審判員とやらの魂を《女王》が作り替えることで生まれたものだよな」
王都ディスペラードへ来るまでの間、ゼノ達は既にカイと同じように冥界についての情報をトーデルから聞いていた。
「そうだ。……尤も、今となっては彼らの魂でなくても《冥具》を作ることはできるようだが」
「どういうことだ?」
「冥界の審判員は元々十人いた。その内の八人が《冥具》化されたわけだが、これまで出てきた《冥具》の数が合わないんだ」
《真鎖タフムーラス》。繋いだ者の身動きを取れなくする鎖。
《死神サリエル》。真紅の大鎌で、斬った対象を瘴気に蝕む力を持つ。
《大剣ハドラ》。使用者に通常の《冥具》以上に膂力を与え、且つ斬りつけた相手の寿命を削る。
《霊命ケルビエル》。弓から放たれた冥力に触れた先から、まるで凍ったかのように物質の動きは停止していき、やがては死に至る。
《死斧ヘルメス》。大斧で殺した相手の魂を操ることができ、その魂を身に取り込むことで更なる力を得ることができる。
《冥竜ドラゴノート》。その巨躯は国一つをも超え、放たれる一撃は一瞬にして全てを塵に変えるほどの威力をもつ。
《海禍レオスケイサ》。烏賊に似た怪物で、その体表は赤黒い棘状の鱗に覆われている。
《吸命ヴァイア》。心臓型の《冥具》で、その中に多くの魂を吸収、保管することができる。
《絶白モルグル》。その銃が放つ死の弾丸は、触れただけで対象の魂と肉体を分離する。
《生霊の仮面》。使用者の肉体を魂だけの状態にし、周囲から肉眼では確認できなくする。
以上、確認できているだけでも《冥具》は十種類存在している。
「私が覚えている範囲でも《冥竜》は当初存在していなかったように思う。《海禍》を見なくなったことを考えると、《海禍》が《冥竜》へ変わった可能性もあるが、《生霊の仮面》のこともある。ばら撒かれた数からすれば、《冥具》を量産しているのが分かるだろう」
「そんな簡単に作れるもんなのか、《冥具》って」
「いや、そんなことはない。冥界の審判員の魂は通常のそれとは違うからな。だが、《女王》は既に狂っている。複数の魂を用いることで再現することは可能だろう」
「……何がしたいんだ、そいつは」
今の話からすると、ザドとシャーロットの運命を変えた《クラーケンの悪夢》を引き起こしたのもレゾンだ。《海禍レオスケイサ》を使役して遊覧船イカロスを襲わせておきながら、死したシャーロットへ《吸命ヴァイア》を与えている。
とんだ自作自演だ。
「だから、《女王》を止めなければならない。そうしなければ、根本的な解決にはならない」
「冥界の扉を開いてカイを復活させて、そのまま《女王》を倒す。それが俺達の目標ってわけか」
「その為にはまず、生界にある《冥具》を集めなければ」
ジョーが持つ《真鎖》、クランツの《冥竜》、そしてシリウスの《大剣》と《絶白》があれば、何とか冥界の扉を開くことは可能だとトーデルは踏んでいた。
「その為にも、親玉探しは重要だな」
彼らが誰の下で動いているのか。それを探る旅にこれから出かけるのである。
「ただいま戻りました!」
その声に視線を向けると、全員戻ってきたようで。
青のボタンシャツに白のショートパンツを履いたイデアが姿を見せる。黒のショルダーバッグも提げていた。
動きやすさを重視しているのか、ルーファもシャーロットも膝丈くらいのスカートになっており、ルーファはその中に黒ストッキングを。カルラは伸縮性のある黒ズボンを履いている。
ザドは七分丈のズボンにパーカーという出で立ちだ。
「カイ、じゃなかった。トーデルさん、服の着替えを持ってきました」
「ありがとう」
イデアから服を貰ったトーデル。イデアに似た黒のボタンシャツに、青系統の動きやすいデニムズボンだ。するとトーデルはその場で上着を脱ぎ始めた。カイの筋肉質になってきた上半身と義手が露わになる。
シャーロットは小さく悲鳴を上げ、ルーファはそっぽを向き、カルラは感心したように肉体を見つめ。
そしてイデアは慌てながら怒っていた。
「と、トーデルさん! それ、カイの身体なんですよ! 分かってますか!?」
「ん? 勿論分かっているが……」
「いいえ、分かっていません! 私の気持ちにもなってください!」
好きな人の身体を他の人に見せたくないんです!
イデアに引っ張られる形でトーデルは部屋からいなくなった。流石は冥界人と言ったところ。魂重視ゆえに、周囲の視線などを意識することはないのである。
「ゼノ様も。服のご用意が出来ました」
「ああ、悪いな」
ゼノの着替えについては、ルーファが実家から父親の衣服を取ってきてくれることになっていた。
「新しく買っても良かったのですが……」
「いや、いいって。断ったのは俺だろ? それに、ちょっと着古している感じの方が変装っぽい」
白いTシャツにクリーム系のチノパン、その上に黒コートを受け取って、そのままゼノも着替えのために部屋を出ようとする。
「ゼノはどこ!?」
瞬間、扉が勢いよく開かれてゼノの身体は弾かれた。スローモーションのようにゼノは宙を舞い、勢いそのままに壁へと激突。誰が見ても痛そうで、ルーファ達も思わず眼を瞑ってしまった。
その原因である彼女は目を回しているゼノを見つけると、黄色い長髪を揺らしながら、凄い速度で詰め寄り、その胸元を掴むと前後に振った。
「ちょっと、カイに何があったのよ!」
「あばあばあばあああああばあああ」
怪力凄まじく、ゼノの姿が霞むほどの揺さぶり速度で。
その場にいる全員が唖然としているところに、イデアが帰ってきた。
「全くもう、トーデルさんには困りました……あれ、皆さんどうしたんですか?」
ルーファ達の様子に首を傾げながら、視線を追い。
「え、シロさん!?」
ゼノに馬乗りしているシロの姿に驚きを隠せなかった。
呼ばれてシロが振り向く。ゼノは既にその意識を手放して倒れていたので使い物にならず。
「イデア!」
ゼノから離れてシロはイデアへと抱きつくように距離を詰めた。
「大丈夫!? 今何か大変なんでしょ!? 無理してない!? カイ、カイは――」
まくしたてている最中にカイの姿をしたトーデルが着替えを終えて戻ってくる。
「って、何よ、元気じゃない!」
「――……?」
首を傾げるトーデルと落ち着かないシロに苦笑しながら、イデアが尋ねる。
「シロさんはどうしてここに?」
「セラに言われたの。カイを助けてあげてほしいって。だから、ライナス使ってここに来たんだけど」
使ってって……。
「では、お義父様が呼んだ助っ人ってシロさんのことでしょうか」
つまりは、王都ディスペラードのことはシロに任せて出発することに……。
「いや、シロはいっしょに、行くぞ……」
意識を取り戻したのか、ゼノが判然としない脳でどうにか話してくれる。どうやらシロは一緒に王都リバディへ行くようだ。
「なら、どなたが……」
「アイツのことだ。すぐに飛んでくる。……とりあえず、これで準備はできたな」
痛む前身と頭を我慢しながら、どうにかゼノは身体を起こした。
「ゼノ、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
「道中言うさ。とにかく、シロの力を貸してほしいんだ」
「私って、本当に都合の良い女よね……」
シロがそれはそれは深々とため息をつく。そして、ゼノをちらっと見ればため息をつき、見てはため息をつき。何度も何度もため息をついていた。
流石にこのアピールに触れないわけにもいかず。
「……ご褒美は何がいいんだ」
「一週間ゼノのこと独り占めさせてもらうわ!」
「あー、分かった。それで手を打とう」
「やった!」
嬉しそうに跳ねるシロを横目に、ゼノが全員へ声をかける。
「それじゃあ行こうか、王都へ。目立たないように陸路で行くぞ」
「それなら魔獣を借りていきましょう。彼らに乗れば、二日で着くと思います」
ルーファの言葉に頷き、ゼノがシロと一緒に部屋の外へ出て行く。その後ろを追いかける形で、イデア達も部屋を後にした。
そして、舞台は王都ディスペラードを離れて王都リバディへ。目指すはその女王スウェル。
彼女の力を借りるために向かう一行を待つのは。
果たして、生か死か。
真紅の輝きは、より色濃く、深く。
その血流に乗るように、誘われるように、イデア達は王都ディスペラードを発つ。
※※※※※
「……ついに動き出す時が来た」
ずっと何かを考え込んでいたケレアが座っていた椅子から立ち上がる。
ケレアが長考に入ったのはカイが自分の身に起きている現状を説明してからだ。次元を繋ぐ魔力のお陰なのか、イデアのセインのお陰なのか、魂と肉体が分離している状態。
ケレアが言うように《女王》に対して肉体が必要なのであれば、肉体さえ取り戻せばカイでも《女王》に対抗できるということだ。ケレアはシャーロットもといエルを切り札と考えていたようだが、彼女にそんな危険な橋を渡らせるわけにはいかないだろう。
何かエルに奥の手でもあれば別だが……。
という旨を伝えたのちの長考の末、ケレアの先程の発言だった。
「動くって、どこにだよ」
「《霊門》へ向かう」
《霊門》……?
ケレアの言葉にすっかり覚醒していたエルが声を上げる。
「っ! 来たんだね、この時が……! 私、準備してくる!」
そう言ってエルは屋敷から足早に飛び出していった。あの様子だとエルは《霊門》が何かを知っている様子だが。
「なぁ、《霊門》って何だ?」
「冥界にいる魂は記憶も魔力も何もかもを濯いだ後、生まれ変わって生界へと送られる。その際に通る門が《霊門》だ」
要は《霊門》にさえ行けば生界へ戻ることができるのだろう。
「なら、最初から《霊門》を目指せば――」
エルもすぐに魂を肉体に戻せたのでは、と続けようとしたが、ケレアが遮る。
「おいおい、冥界における超重要ポイントだぞ? 一切の警備警戒なく通れると思うか?」
「あー、それもそうか」
《霊門》を通れば生界へ戻ることができる。それを聞けば、どんな魂だって《霊門》へ押しかけるだろう。何も濯がれていない状態で生界へ戻ることができれば、もしかしたら生き返ることも可能かもしれないのだから。
「てことは、《霊門》にとんでもない番人がいるのか」
「そういうことだ。順番待ちの列を無視して《霊門》へ向かおうとする悪者を排除するとんでもない化け物がいるんだ。だから、無暗に《霊門》へ近づくのは避けていたんだ。これまでの準備を全て無駄にするわけにも行かなかったからな」
ケレアが冥界へ送られてから三十年近く。生きていた時間よりも長く彼はここにいるのだ。その言葉の重みをどうしても感じてしまう。
「それに、もう一つの問題もあったんだ」
「問題?」
「考えてもみろ。アイツを生界に戻したとして、どうやってこっちに戻ってくる?」
「……あ」
「肉体を有した状態で冥界へ来ることができる状況を確立しない限りは、《零門》へ向かう訳には行かなかった。……だが、お前が来たことで状況は変わったんだ」
少し思案した後、ケレアがカイへ尋ねる。
「カイ、もしお前が肉体を取り戻したら、その特異な魔力で冥界へ戻ってくることは可能か?」
「え、あー……どう、だろうな」
なるほど。だからケレアはカイの訪れで状況が変わったと言っているのだろう。カイの転移で冥界へ行くことさえできれば、《霊門》を通っても戻ってくることができる。
ただ、確信をもってできるとは言えない。だって、実際にやってみたことがないのだから。
「でも、たぶん、何とかなる気がする」
それでもカイは、できるような気がしていた。確たる証拠もないのに、カイは再び冥界へ戻ってこられる気がしていたのだ。勘と言えば勘で、場合によっては失敗してしまうかもしれないけれど。
でも、イデアが居る。
今彼女達がどんな状況かは読めないけれど、きっとイデア達も冥界絡みの状況を解決するために動いているはずだ。必ずどこかで再び交わることができるはず。
「その『たぶん』、信じていいんだろうな」
ケレアの言葉に、カイはしっかり頷いた。その様子にケレアも満足に頷き返す。
「よし、なら行こうか。《霊門》へ!」
そうして、カイ達は屋敷から外へと出て行った。
カイとエルを《霊門》から生界へ送り、肉体へ戻すために。
※※※※※
そして、べグリフはと言うと……。
「……誰だ、貴様は」
真っ黒な背景の中、縁どられたようにはっきりとした集落のど真ん中で奴が言う。
「そう言えば初対面か。レゾンだ、どうもお見知りおきを。魔王様」
思ってもいないくせに、恭しくレゾンが低頭する。
べグリフとレゾン。
両者は冥界のにひっそり佇む村にて邂逅していた。
幸い、ゼノ・レイデンフォートという免罪符が傍に居る。彼を混ぜながらあることないこと話せば問題なく集合できるはず。
ルーファがそう言うので、トーデルとゼノの二人は王城セレスタで待機をしている。
イデアとシャーロット、そしてザドはどうしたのかと言うと、実は今こっそりと寮へ戻っていた。こちらも支度のためであり、まずイデアとシャーロットがシャワーを浴びたがっていたこと、そして私服を取るためである。制服で王都リバディへ行くことはできるだけ避けたかった。ザドの言う通り、リバディの女王スウェルが全く無関係な白であればいいのだが、万が一にも冥界と関わっていた場合、簡単に存在がバレるような恰好はしない方が良いに決まっている。
トーデルもといカイの身体の分は、イデアが調達する予定だ。寮の部屋の位置も分かっているし、彼女のことだ、スニーキングすれば気づかれずに部屋へ到達することができるだろう。
トーデルもついていけばいいだけの話ではあったのだが、そうすることはなかった。ゼノが話をしたいと留めておいたのである。
二人きりの空間で、ゼノがカイの姿をした彼女に問う。
「カイは、カイの魂は本当に冥界の扉とやらを開けば戻って来られるのか」
カイの魂は今冥界にあるが、肉体自体はこうして機能している。その魂を呼び戻すには冥界と生界を繋げる必要があると、トーデルは言っていた。
トーデルが頷く。
「二つの次元が繋がりさえすれば、どうにかなるだろう。カイの魂と肉体の結びつきは想像以上に強固だからな」
「その扉はどうやって開けばいいんだ?」
「……通常、開くには多くの魂がいる。それこそ、レゾンが開いているバトルロイヤルのようにな」
「っ、それは駄目だろっ」
思わずゼノが声を荒げる。
カイのことを復活させたい。ただそのために犠牲を出してしまえば、復活したカイが何と言うか。親子の縁はまず間違いなく切られるだろうな。
それをトーデルも理解しているらしく。
「分かっている。奴と同じやり方で扉を開くつもりはない。……《冥具》を使うんだ」
「《冥具》を……?」
「ああ。アレには多くの冥力が込められているからな。複数の《冥具》の力を借りれば、なんとか開けるはずだ」
「確か《冥具》って、冥界の審判員とやらの魂を《女王》が作り替えることで生まれたものだよな」
王都ディスペラードへ来るまでの間、ゼノ達は既にカイと同じように冥界についての情報をトーデルから聞いていた。
「そうだ。……尤も、今となっては彼らの魂でなくても《冥具》を作ることはできるようだが」
「どういうことだ?」
「冥界の審判員は元々十人いた。その内の八人が《冥具》化されたわけだが、これまで出てきた《冥具》の数が合わないんだ」
《真鎖タフムーラス》。繋いだ者の身動きを取れなくする鎖。
《死神サリエル》。真紅の大鎌で、斬った対象を瘴気に蝕む力を持つ。
《大剣ハドラ》。使用者に通常の《冥具》以上に膂力を与え、且つ斬りつけた相手の寿命を削る。
《霊命ケルビエル》。弓から放たれた冥力に触れた先から、まるで凍ったかのように物質の動きは停止していき、やがては死に至る。
《死斧ヘルメス》。大斧で殺した相手の魂を操ることができ、その魂を身に取り込むことで更なる力を得ることができる。
《冥竜ドラゴノート》。その巨躯は国一つをも超え、放たれる一撃は一瞬にして全てを塵に変えるほどの威力をもつ。
《海禍レオスケイサ》。烏賊に似た怪物で、その体表は赤黒い棘状の鱗に覆われている。
《吸命ヴァイア》。心臓型の《冥具》で、その中に多くの魂を吸収、保管することができる。
《絶白モルグル》。その銃が放つ死の弾丸は、触れただけで対象の魂と肉体を分離する。
《生霊の仮面》。使用者の肉体を魂だけの状態にし、周囲から肉眼では確認できなくする。
以上、確認できているだけでも《冥具》は十種類存在している。
「私が覚えている範囲でも《冥竜》は当初存在していなかったように思う。《海禍》を見なくなったことを考えると、《海禍》が《冥竜》へ変わった可能性もあるが、《生霊の仮面》のこともある。ばら撒かれた数からすれば、《冥具》を量産しているのが分かるだろう」
「そんな簡単に作れるもんなのか、《冥具》って」
「いや、そんなことはない。冥界の審判員の魂は通常のそれとは違うからな。だが、《女王》は既に狂っている。複数の魂を用いることで再現することは可能だろう」
「……何がしたいんだ、そいつは」
今の話からすると、ザドとシャーロットの運命を変えた《クラーケンの悪夢》を引き起こしたのもレゾンだ。《海禍レオスケイサ》を使役して遊覧船イカロスを襲わせておきながら、死したシャーロットへ《吸命ヴァイア》を与えている。
とんだ自作自演だ。
「だから、《女王》を止めなければならない。そうしなければ、根本的な解決にはならない」
「冥界の扉を開いてカイを復活させて、そのまま《女王》を倒す。それが俺達の目標ってわけか」
「その為にはまず、生界にある《冥具》を集めなければ」
ジョーが持つ《真鎖》、クランツの《冥竜》、そしてシリウスの《大剣》と《絶白》があれば、何とか冥界の扉を開くことは可能だとトーデルは踏んでいた。
「その為にも、親玉探しは重要だな」
彼らが誰の下で動いているのか。それを探る旅にこれから出かけるのである。
「ただいま戻りました!」
その声に視線を向けると、全員戻ってきたようで。
青のボタンシャツに白のショートパンツを履いたイデアが姿を見せる。黒のショルダーバッグも提げていた。
動きやすさを重視しているのか、ルーファもシャーロットも膝丈くらいのスカートになっており、ルーファはその中に黒ストッキングを。カルラは伸縮性のある黒ズボンを履いている。
ザドは七分丈のズボンにパーカーという出で立ちだ。
「カイ、じゃなかった。トーデルさん、服の着替えを持ってきました」
「ありがとう」
イデアから服を貰ったトーデル。イデアに似た黒のボタンシャツに、青系統の動きやすいデニムズボンだ。するとトーデルはその場で上着を脱ぎ始めた。カイの筋肉質になってきた上半身と義手が露わになる。
シャーロットは小さく悲鳴を上げ、ルーファはそっぽを向き、カルラは感心したように肉体を見つめ。
そしてイデアは慌てながら怒っていた。
「と、トーデルさん! それ、カイの身体なんですよ! 分かってますか!?」
「ん? 勿論分かっているが……」
「いいえ、分かっていません! 私の気持ちにもなってください!」
好きな人の身体を他の人に見せたくないんです!
イデアに引っ張られる形でトーデルは部屋からいなくなった。流石は冥界人と言ったところ。魂重視ゆえに、周囲の視線などを意識することはないのである。
「ゼノ様も。服のご用意が出来ました」
「ああ、悪いな」
ゼノの着替えについては、ルーファが実家から父親の衣服を取ってきてくれることになっていた。
「新しく買っても良かったのですが……」
「いや、いいって。断ったのは俺だろ? それに、ちょっと着古している感じの方が変装っぽい」
白いTシャツにクリーム系のチノパン、その上に黒コートを受け取って、そのままゼノも着替えのために部屋を出ようとする。
「ゼノはどこ!?」
瞬間、扉が勢いよく開かれてゼノの身体は弾かれた。スローモーションのようにゼノは宙を舞い、勢いそのままに壁へと激突。誰が見ても痛そうで、ルーファ達も思わず眼を瞑ってしまった。
その原因である彼女は目を回しているゼノを見つけると、黄色い長髪を揺らしながら、凄い速度で詰め寄り、その胸元を掴むと前後に振った。
「ちょっと、カイに何があったのよ!」
「あばあばあばあああああばあああ」
怪力凄まじく、ゼノの姿が霞むほどの揺さぶり速度で。
その場にいる全員が唖然としているところに、イデアが帰ってきた。
「全くもう、トーデルさんには困りました……あれ、皆さんどうしたんですか?」
ルーファ達の様子に首を傾げながら、視線を追い。
「え、シロさん!?」
ゼノに馬乗りしているシロの姿に驚きを隠せなかった。
呼ばれてシロが振り向く。ゼノは既にその意識を手放して倒れていたので使い物にならず。
「イデア!」
ゼノから離れてシロはイデアへと抱きつくように距離を詰めた。
「大丈夫!? 今何か大変なんでしょ!? 無理してない!? カイ、カイは――」
まくしたてている最中にカイの姿をしたトーデルが着替えを終えて戻ってくる。
「って、何よ、元気じゃない!」
「――……?」
首を傾げるトーデルと落ち着かないシロに苦笑しながら、イデアが尋ねる。
「シロさんはどうしてここに?」
「セラに言われたの。カイを助けてあげてほしいって。だから、ライナス使ってここに来たんだけど」
使ってって……。
「では、お義父様が呼んだ助っ人ってシロさんのことでしょうか」
つまりは、王都ディスペラードのことはシロに任せて出発することに……。
「いや、シロはいっしょに、行くぞ……」
意識を取り戻したのか、ゼノが判然としない脳でどうにか話してくれる。どうやらシロは一緒に王都リバディへ行くようだ。
「なら、どなたが……」
「アイツのことだ。すぐに飛んでくる。……とりあえず、これで準備はできたな」
痛む前身と頭を我慢しながら、どうにかゼノは身体を起こした。
「ゼノ、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
「道中言うさ。とにかく、シロの力を貸してほしいんだ」
「私って、本当に都合の良い女よね……」
シロがそれはそれは深々とため息をつく。そして、ゼノをちらっと見ればため息をつき、見てはため息をつき。何度も何度もため息をついていた。
流石にこのアピールに触れないわけにもいかず。
「……ご褒美は何がいいんだ」
「一週間ゼノのこと独り占めさせてもらうわ!」
「あー、分かった。それで手を打とう」
「やった!」
嬉しそうに跳ねるシロを横目に、ゼノが全員へ声をかける。
「それじゃあ行こうか、王都へ。目立たないように陸路で行くぞ」
「それなら魔獣を借りていきましょう。彼らに乗れば、二日で着くと思います」
ルーファの言葉に頷き、ゼノがシロと一緒に部屋の外へ出て行く。その後ろを追いかける形で、イデア達も部屋を後にした。
そして、舞台は王都ディスペラードを離れて王都リバディへ。目指すはその女王スウェル。
彼女の力を借りるために向かう一行を待つのは。
果たして、生か死か。
真紅の輝きは、より色濃く、深く。
その血流に乗るように、誘われるように、イデア達は王都ディスペラードを発つ。
※※※※※
「……ついに動き出す時が来た」
ずっと何かを考え込んでいたケレアが座っていた椅子から立ち上がる。
ケレアが長考に入ったのはカイが自分の身に起きている現状を説明してからだ。次元を繋ぐ魔力のお陰なのか、イデアのセインのお陰なのか、魂と肉体が分離している状態。
ケレアが言うように《女王》に対して肉体が必要なのであれば、肉体さえ取り戻せばカイでも《女王》に対抗できるということだ。ケレアはシャーロットもといエルを切り札と考えていたようだが、彼女にそんな危険な橋を渡らせるわけにはいかないだろう。
何かエルに奥の手でもあれば別だが……。
という旨を伝えたのちの長考の末、ケレアの先程の発言だった。
「動くって、どこにだよ」
「《霊門》へ向かう」
《霊門》……?
ケレアの言葉にすっかり覚醒していたエルが声を上げる。
「っ! 来たんだね、この時が……! 私、準備してくる!」
そう言ってエルは屋敷から足早に飛び出していった。あの様子だとエルは《霊門》が何かを知っている様子だが。
「なぁ、《霊門》って何だ?」
「冥界にいる魂は記憶も魔力も何もかもを濯いだ後、生まれ変わって生界へと送られる。その際に通る門が《霊門》だ」
要は《霊門》にさえ行けば生界へ戻ることができるのだろう。
「なら、最初から《霊門》を目指せば――」
エルもすぐに魂を肉体に戻せたのでは、と続けようとしたが、ケレアが遮る。
「おいおい、冥界における超重要ポイントだぞ? 一切の警備警戒なく通れると思うか?」
「あー、それもそうか」
《霊門》を通れば生界へ戻ることができる。それを聞けば、どんな魂だって《霊門》へ押しかけるだろう。何も濯がれていない状態で生界へ戻ることができれば、もしかしたら生き返ることも可能かもしれないのだから。
「てことは、《霊門》にとんでもない番人がいるのか」
「そういうことだ。順番待ちの列を無視して《霊門》へ向かおうとする悪者を排除するとんでもない化け物がいるんだ。だから、無暗に《霊門》へ近づくのは避けていたんだ。これまでの準備を全て無駄にするわけにも行かなかったからな」
ケレアが冥界へ送られてから三十年近く。生きていた時間よりも長く彼はここにいるのだ。その言葉の重みをどうしても感じてしまう。
「それに、もう一つの問題もあったんだ」
「問題?」
「考えてもみろ。アイツを生界に戻したとして、どうやってこっちに戻ってくる?」
「……あ」
「肉体を有した状態で冥界へ来ることができる状況を確立しない限りは、《零門》へ向かう訳には行かなかった。……だが、お前が来たことで状況は変わったんだ」
少し思案した後、ケレアがカイへ尋ねる。
「カイ、もしお前が肉体を取り戻したら、その特異な魔力で冥界へ戻ってくることは可能か?」
「え、あー……どう、だろうな」
なるほど。だからケレアはカイの訪れで状況が変わったと言っているのだろう。カイの転移で冥界へ行くことさえできれば、《霊門》を通っても戻ってくることができる。
ただ、確信をもってできるとは言えない。だって、実際にやってみたことがないのだから。
「でも、たぶん、何とかなる気がする」
それでもカイは、できるような気がしていた。確たる証拠もないのに、カイは再び冥界へ戻ってこられる気がしていたのだ。勘と言えば勘で、場合によっては失敗してしまうかもしれないけれど。
でも、イデアが居る。
今彼女達がどんな状況かは読めないけれど、きっとイデア達も冥界絡みの状況を解決するために動いているはずだ。必ずどこかで再び交わることができるはず。
「その『たぶん』、信じていいんだろうな」
ケレアの言葉に、カイはしっかり頷いた。その様子にケレアも満足に頷き返す。
「よし、なら行こうか。《霊門》へ!」
そうして、カイ達は屋敷から外へと出て行った。
カイとエルを《霊門》から生界へ送り、肉体へ戻すために。
※※※※※
そして、べグリフはと言うと……。
「……誰だ、貴様は」
真っ黒な背景の中、縁どられたようにはっきりとした集落のど真ん中で奴が言う。
「そう言えば初対面か。レゾンだ、どうもお見知りおきを。魔王様」
思ってもいないくせに、恭しくレゾンが低頭する。
べグリフとレゾン。
両者は冥界のにひっそり佇む村にて邂逅していた。
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