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5『冥々たる紅の運命』
5 第四章第四十二話「ありがとう」
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「んー……」
目を閉じて、イデアは魔力のコントロールに集中する。目の前に広がる湖全体に自身の魔力を広げていき、水全てを包み込む。
時刻は夕方を過ぎようとしていて、陽の光が水面を輝かせていた。
「……えいっ」
その水面が湖から持ち上がる。正確には、湖の水全てが地上から浮かび上がり、膨大な水は球形に留められていた。水球の中にはさまざまな魚類の姿も見え、魚達は驚きながらも優雅に水球の中を泳ぎまわっていた。陽の光に透けて、何だか宝石箱のようにキラキラと光が動いている。
こんなにいろんな種類の魚がいたなんて……。
驚き、そして笑ってしまう。
なら、どうして相変わらずカイは魚が釣れないんだろう。
ここはカイやイデア(たまにゼノ)御用達の湖で、レイデンフォート王国からは少し離れた森中に位置する。カイはよく悩んだらここに来ることが多い。人気もなく、考え事に没頭できるからだろう。
ならイデアは悩み事があるのかというと、そういうわけではない。
イデアは今魔力操作の練習に訪れていたのであった。
目の前に巨大に浮かび上がる水球を見つめながら、彼女は思案する。
「どうにか持ち上げられたけど、これからどうしよう……」
練習と言っても、何をしていいか分からず、とりあえずイデアは湖の水を全て浮かび上がらせてみたのだが、生憎何も計画立てていない。
やはり誰かに魔法について教えてもらえば良かったのかもしれないが、あまりに突発的な思い付きで、それこそ陽の光がまだ橙色ではなかった頃に思い浮かんだのだ。急な話で誰かに迷惑をかけるのもなぁと思って、イデアは一人足を運んだのである。
と言っても、これでも魔力が扱えるようになってから、ミーアに教わったことはあった。ミーアは自分で魔法を作ったりするくらいは精通しているから。けれど、何を言っているか分からなかったというか、直感型というか。彼女の脳内では構築されているのだろうが、何故かこちらに言語として伝わってこないのだった。
ただ、ミーアを見ていて直感というものは大切なのかもしれないと思った。ミーア曰く、「魔法は思い付きだよ」と。こういう魔法があったらいいなぁと思ったら、その魔法の制作に取り組むらしい。そんな簡単に魔法って構築できるものなのか、そういう直感的な発想力が魔法には必要なのだろう。
発想…想像力か……。
膨大な質量を前に何を想像しよう。水。水と言えば流動的で、どんな形にも変化できる。じゃあ、どんな形に変えよう。……小鳥の鳴き声も聞こえてくるし、可愛い魔獣でも生み出してみようかな。
形をイメージしながら、目の前の水球に魔力を流していく。すると水球から分離するように小さな水の球が飛び出したかと思うと、やがて球形から形を変えて空を羽ばたく水の鳥が形成された。
「……!」
イデアのイメージと遜色ない水鳥がどんどん生み出されていき、水球の周りをまるで生きているかのように飛び回っていく。水鳥の中にも魚がいるようで、気のせいかもしれないが、楽しんでいるように見えるのだった。
「それなら……!」
今度は鳥だけでなく馬やグリフォンなど、大小さまざまな魔獣を生み出していく。生み出される度に水球は小さくなっていくが、代わりにイデアの周りはどんどん賑やかになっていった。
凄い、魔法って凄い……!
水で出来た魔獣達に囲まれながら、イデアが楽しそうに笑う。
「うわ、凄いなっ」
「えっ」
そこに声がかけられた。
楽しくて気配に気づかなかったのだ。振り返ると、そこにはカイがいた。驚いたように周囲の水魔獣達を見つめている。
「か、カイ……!?」
目があった瞬間、カイは優しく微笑んでくれて、イデアの体温が急上昇し始めていた。まさかカイが来ると思っていなくて、イデアの心は当然のように動揺する。そして動揺した途端、水で作られていた魔獣達の輪郭が崩れ始めた。
「あ、だ、駄目!」
その水の中には魚達も入っているのだ。このまま地上で弾けてしまっては、その命が危うい。
慌てて全ての水を元の湖へと還していく。どうにか形が崩れる前に、全ての水を湖に戻すことができたらしい。慌てすぎて自分に結構水がかかってしまったが、別にそこはいい。
ふぅ、と安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろす。
そんな濡れた彼女の髪にタオルが被さる。
「ほら、濡れてるぞ」
「か、カイ! だ、大丈夫だよ!」
「そう言って風邪でも引いたらどうするんだ。良いから任せておけって」
「っ……――!」
カイに手を引かれ、濡れていない地面に座り込む。そのままカイは後ろから濡れたイデアの長髪を優しく乾かしてくれた。魔法で暖気も流してくれているようで、ぽかぽかした温度に心が安らぐ。……いや、やっぱりカイが間近にいて落ち着かない! 対面してたら我慢できずに飛び出していたことだろう。
「いやー、やっぱ転移って便利な。離れていてもこうやってタオルを手元に持ってこれるし。お陰で一歩も動かずに生活が成り立ってしまいそうなんだ、最近」
「ら、楽も程々にしないと、だね……」
西日が更に濃くなり、周囲を少しずつ黒に近づけようとしていく。そろそろ帰らないと、辺りは真っ暗になってしまうだろう。
ただカイが変わらず頭を乾かしてくれていて。いや、乾かしているというより、頭を優しく撫でられ、髪を梳かされている気も……。
「か、カイ?」
「イデアの髪って触ってて気持ちいいよなぁ。それに凄い良い匂いするし」
「っ、か、乾かしてくれてありがとう! もう大丈夫だよ!」
これ以上は保たないと、イデアは飛び出すようにカイから距離を取った。カイが残念そうな顔を浮かべていたが、こっちも色々とこう、限界なのである。
「にしても、さっきの、凄い魔力コントロールだったな」
「そ、そうかな……皆できると思うけど」
「まさか!」
何を言うかと、カイが苦笑する。
「あんな多くの対象の形を変えながら使役するなんて、余程の使い手じゃないとできないさ」
「でも、全部水だよ?」
「……じゃあ例えば右手で一つ料理しながら、左手でもう一つ料理できるか?」
「…どうなんだろ。できる人もいる、かな?」
「イデアはそれを、右手で十の料理をしながら、左手でも同じ数料理してるようなもんなんだよ」
「どういう喩えなのかな……」
カイはそう言ってくれるけど、イデアとしてはピンと来ていない。
「使役してるって、そんなつもりなかったよ。まるで本当に命が宿ってるみたいに、形を与えたら水が勝手に動いていた、そんな感じだったから」
それがイデアの正直なところであった。こういう魔獣を作り出したいなと思っていたら、実際に水がそういう形に変わり、実際の魔獣と遜色ない動きをしてくれただけ。別に魔獣を動かしていたつもりはない。
「……イデアがそういうなら、もしかしたら本当に命が宿ってたのかもな」
「え?」
何を言うんだろうとイデアはカイを見つめたが、カイは本当にそう思っているようで、イデアを見て微笑んでいた。
「イデアの力は特別だからさ」
確かにイデア自身に魔力が宿っていること自体特別ではあるけれど。
「きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな」
カイは確信しているように、そう言ってのけた。何故彼がそう思うのか分からないけれど、自信のあるカイの表情を見てると、自分もそうなのではないかと思ってしまうから不思議だった。
カイはイデアに近づき、そして手を差し出してきた。
「ほら、帰ろうぜ。そろそろ良い時間だろ?」
「て、転移で、だよね?」
「まさか! 歩いて帰ることに価値がある!」
「さっきと言ってたこと違うよ……」
「イデアが楽も程々にって言ったんだよ」
これから二人きりで、手を繋いで帰るだけの余裕が心にあるだろうか。いつ緊張と心臓の高鳴りで爆発してもおかしくない。
「ち、ちなみに、どうしてカイはここに?」
「ん? ああ、イデアに逢いたくて探してた」
「えと、何か用事だったの?」
「いや? ただ寂しかっただけ」
「……」
こんなことを言われて、その手を握らないわけにはいかないのであった。
※※※※※
「……ん」
幸せを打ち切るように、瞼が開いていく。いつの間に眠っていたのか、イデアは大きなベッドに身体を預けていた。髪はボサボサでお風呂に入れていないせいで、本来イデアの持つ美しい白髪はその輝きを失っていた。
カーテンの隙間から光が差していて、陽が昇っているのだと分かるが、いつの間に寝てしまったのだろう。
もしかするとルーファが眠らせたのかもしれない。或いは、生理現象的に眠ってしまったのかもしれない。
どちらにせよ、この状況で眠ることのできる自分に、覚醒早々嫌気がさす。
今見ていた夢は、自分を苦しめるためのものなのかもしれない。幸せだった頃の思い出を見せることで、現実の惨状を克明に伝えるための、そんな罰なのかもしれない。
目を覚ましたイデアの先に、同じベッドに、変わらず目を覚まさないカイがいる。
もう目を覚まさないカイがいる。
どうせなら、全部が夢だったら良かったのに。
目を覚ましたら、これまでのことが嘘みたいにカイが起きていて。いつもみたいに屈託のない笑顔を見せてくれたら良かったのに。
でも、彼は変わらず動かない。そして、今は動いている身体機能もやがては動きを止める。魂のない抜け殻の身体は、生命を維持する必要がないから。だから、やがて心臓も血液も、魔力も何もかもが動きを止めて。
カイに完全な死が訪れるのである。
それが分かっているのに、イデアに出来ることはなかった。
どれだけ回復魔法をかけても、カイの魂は戻ってこない。イデアの魔力は回復のエキスパートであるフィグルから受け継いだものであるが、それでもどうすることもできない。
「きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな」
カイの言葉が脳裏をよぎるけれど。
ごめんなさい、カイ。そんなことないの。
私の力じゃどうしようもできない。
一番大事な時に、この力は役に立ってくれないの。
いつの間にか目尻から涙が零れ落ちていく。その涙が、何もかもを事実だと証明するのである。
「カイ……っ」
泣くことしかできず、奇跡を祈ることしかできず。
イデアは動かないカイへと身体を寄せるのだ。
「イデア!」
その直前、大きな音を立てて部屋の扉が開く。光の灯らないイデアの眼に、ルーファの姿が映った。ついさっき起きたばっかりなのか、寝ぐせで髪の毛があちらこちらに飛び跳ねている彼女だが、まったく気にしていないようで、ただまっすぐにイデアを見つめていた。
ルーファは驚いたような表情をしていて、口をパクパクしながらうまく言葉をできないようであった。息を切らした彼女が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「えっと、あの、起きててよかったわ。あなたにどうしても伝えなきゃいけないことがあって。それでその、何から説明していいのか、そもそも私も良く分かってないんだけど、でも、何だか本当みたいで……」
寝起きですぐ走ってきたのか、肩で息をするルーファ。その瞳は何故だか潤んでいる。
要領を得ない彼女を一瞥した後、イデアは再び目の前に横たわるカイへと視線を向けた。何を聞いたところで、もう何も変わりやしないのだから。聞いたところでカイが戻ってくるわけではないのだから。
「……――!」
そんなイデアの小さな背中を見て、ルーファは足早に部屋を駆けた。イデアの傍へ行くのではなく、この部屋の窓へと近づいていく。カーテンを勢いよく開けると、眩しい日差しが起きたばかりの眼を照らしていく。
先程連絡のあった彼らの話が本当かどうかは分からない。けれど、どうしても信じてしまう。信じたいと思ってしまう。
だから、お願い。イデアに伝えてあげて。
ルーファが窓を全開に開ける。柔らかな風が部屋の中へ駆け抜けていき。
「カイはまだ、死んじゃいない」
そして、声が唐突に聞こえたのだった。
「っ!?」
顔を上げたイデア。その声には聞き覚えがあった。まずその声を聴いて生まれる感情は安心感。その後に来るのは罪悪感。今は罪悪感の方がとてつもなく強いが、その前に何故この声が聞こえてくるんだろうか。
「……お、義父…様?」
視線を上げた先。ベッドの向かい側にゼノはいた。ゼノだけではない。セラにエイラ、ミーア、シーナ、そしてライナスとデイナもいつの間にかベッドの傍に並んで立っていた。
何故ここに皆揃っているのか、イデアの閉じた頭では何も理解できなかったが、至極単純な話、ライナスの転移によってレイデンフォート王国からやってきたのである。
伝えるために。
カイは死んでいないのだと伝えるために。
でも、イデアにはまだ聞こえてはいなかった。カイの家族を、大切な人たちを見て心を満たした罪悪感が、言葉の意味を理解させなかった。
「ご、めん、なさい…ごめんなさい…ごめんなさい……!」
そしてイデアは何度も唱えた。自分のせいでカイは死んでしまった。自分を庇ってカイは死んでしまった。私があの場に居なければ、カイはきっと死んでない。
私が、カイを殺してしまったのだ。
今ならべグリフの気持ちも十二分に分かる。愛しい人の命を代償に生き残っても、生まれた絶望が世界を暗く閉ざしてしまう。もう、この世界に価値など感じられない。
大きな瞳から涙がどんどん零れ落ち、同じように謝罪の言葉も溢れていく。
だが、気づけばイデアの身体はセラとエイラ、ミーアに優しく抱きしめられていた。
「もう、大丈夫、大丈夫だから……!」
「どう…して……私に優しくなんてしないで下さい。私が、カイを――!」
弱り切ったイデアと、目を覚まさないカイを見て、彼女達は目尻に涙を溜めながら、ベッドの上に上がって必死にイデアの身体を抱きしめていた。絶望から解放しようと心を温めるように。
「違うんだ、イデアちゃん」
そしてゼノがその傍に寄り、ベッドに腰かける。そして伸ばした手は、目を覚まさないカイの頭を優しく撫でていた。死んだと聞いたときはどんな状態かと思ったが、以前あった時と何も変わらない。
「……イデアちゃん、感じないか。カイの中に流れる魔力を」
「……」
勿論イデアだってカイの中にまだ魔力が流れていることには気づいていた。でも、これは言わば死後残留しているだけのもので、時間が経つにつれて霧散して消えていくものなのだと思っていた。
「魔力は、魂に宿っているものらしい。それは、君が一番実感しているんじゃないだろうか」
「……フィグルさん、のこと、ですか」
フィグルの魂がイデアの身体に宿っていたからこそ、イデアは悪魔族の魔力を有しており、魂が溶け合った今も使用が可能なのである。つまり、フィグルの魂に彼女の魔力が込められていたということだ。
「なら、どうして魂の抜けたカイの身体にまだ魔力が流れている?」
「……やめて、下さい。期待を、させないで、ください」
どれだけ期待したって、願ったってもう……。
それでもゼノは続けていく。
「イデアちゃん、前提が間違ってるんだ。カイは完全に死んだわけじゃない。仮死状態なんだよ」
「…仮死……?」
「そうだ。魂に宿るはずの魔力が身体に残っているのが証拠だ。まだ完全にこの身体から魂が抜けだしたわけじゃないんだ。魂と身体の結びつきがなくなったわけじゃないんだよ。魂こそ冥界にあるかもしれないが、その魂はまだこの身体と繋がってる」
「……でも、セインは消えて無くなりました。私の目の前で確かにカイは死んだのです」
セインの消失はつまり、相手の死を意味しているから。やはりカイは死んでしまったのだ。
カイの死に押しつぶされそうなイデアへ、ゼノは告げる。
「……ソウルス族の女性はセインを心から生み出し、男性はそれを心に仕舞う。セインは心に向けて作られているものなんだ。心の傍に、セインはあるんだよ。なら、君のセインは本当に消えたんだろうか」
「……」
「カイの魂の傍に、セインはあるんじゃないか」
「…!?」
イデアは濡れた瞳を見開いた。消えたはずのセインが、冥界にあるとゼノは言うのだ。
「荒唐無稽だと思うだろうか。でも、それならカイの身体にまだ魔力が宿っていることも説明がつくんだ。君のセインは特殊だ。もっと言えば、ソウルス族として君は特別だ。心炉と呼ばれるソウルス族特有の力を有しながら、同時に魔力を扱うことができる。カイと君が、勝ち目などないと思われたべグリフとの戦いに勝利したように、アイツに刻まれた《紋章》を断ち切ったように、カイと君のセインは不可能を可能にする」
ゼノはカイを撫でていた手を、今度はイデアへと伸ばした。手入れなどされていない、普段の輝きをもたない彼女の白髪を優しく梳かすようにしながら、ゼノは笑った。
「俺はね、イデアちゃん、カイの魂をまだこの身体に繋げてくれているのは、君のセインだと思うんだ。君のセインがあるから、まだカイは死んじゃいない」
何故かここでまた、カイの言葉が脳裏をよぎる。
きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな。
《冥具》の力に立ち向かえるイデアの魔力だからこそ。そんな彼女のセインだからこそ。
ゼノはイデアの瞳をまっすぐに見て、言った。
「君がカイを殺したんじゃない。君がカイを生かしてくれたんだ。……カイはお陰でまだ生きている」
「……………うゔっ、ああ、あああっ!!」
先程よりも大粒の涙が彼女の瞳から零れる。これまでで一番大きな嗚咽がこの部屋に響いていく。
「だから、伝えたかったんだ。ここにいる皆でさ」
ゼノもセラもエイラも、ミーアもシーナもライナスもデイナも。
その場に居た全員が、イデアへ向けて言うのだ。責めるでもなく、罵るのでもなく。
ごめんなさいと謝る彼女へ。
「ありがとう」
実際、カイが本当に生きているかどうかはまだ判然としない。けれど、イデアの力が、その存在がカイの生存を諦めさせない。信じさせてくれる。
今はそれだけで、ここにいる全員が前を向けて歩き出せる。
涙が、嗚咽が止まることはない。昨日からずっと、この部屋は涙と嗚咽で満ち溢れていた。けれど、開いた窓から差し込む日差しのように、優しくカーテンを揺らすそよ風のように。
初めてこの部屋に、希望が生まれたのであった。
※※※※※
断ち切られた鎖が音を立てて床に落ちる。結構大きな音を立てていたが、これからのことを考えると別に構わないだろう。
自由になり、枷痕残る手首をさすりながら、奴が言う。
「……何故俺を助ける」
「何故って、別に深いこと考えてないけど。顔馴染みが捕まってたら、助けたくなるもんじゃないか?」
「それが死闘を繰り広げた相手でもか」
「もう終わった話さ。第一レイニーが会いたがってるからな。このチャンスを棒に振るったらアイツに殺される」
「……ふん、精々後ろから俺に殺られないよう気をつけるんだな」
「どっちの道選んでも殺されるんなら解放するんじゃなかった、よ!」
言下、目の前の鉄格子をセインで切り裂いて牢から出る。
「さぁ、行くか! べグリフ!」
「指図をするな」
「それとも想一郎って呼んだ方が……」
「死にたいらしいな、カイ・レイデンフォート」
カイとべグリフ。
再会を果たしたこの二人が、冥界を震撼させるのにそう時間はかからない。
「まずは服が欲しいな、服!」
「衣服など些末な問題だ」
「いや、全裸で歩いていく俺達の絵面を考えろ!!」
全裸の男二人による冥界珍道中が今始まる。
目を閉じて、イデアは魔力のコントロールに集中する。目の前に広がる湖全体に自身の魔力を広げていき、水全てを包み込む。
時刻は夕方を過ぎようとしていて、陽の光が水面を輝かせていた。
「……えいっ」
その水面が湖から持ち上がる。正確には、湖の水全てが地上から浮かび上がり、膨大な水は球形に留められていた。水球の中にはさまざまな魚類の姿も見え、魚達は驚きながらも優雅に水球の中を泳ぎまわっていた。陽の光に透けて、何だか宝石箱のようにキラキラと光が動いている。
こんなにいろんな種類の魚がいたなんて……。
驚き、そして笑ってしまう。
なら、どうして相変わらずカイは魚が釣れないんだろう。
ここはカイやイデア(たまにゼノ)御用達の湖で、レイデンフォート王国からは少し離れた森中に位置する。カイはよく悩んだらここに来ることが多い。人気もなく、考え事に没頭できるからだろう。
ならイデアは悩み事があるのかというと、そういうわけではない。
イデアは今魔力操作の練習に訪れていたのであった。
目の前に巨大に浮かび上がる水球を見つめながら、彼女は思案する。
「どうにか持ち上げられたけど、これからどうしよう……」
練習と言っても、何をしていいか分からず、とりあえずイデアは湖の水を全て浮かび上がらせてみたのだが、生憎何も計画立てていない。
やはり誰かに魔法について教えてもらえば良かったのかもしれないが、あまりに突発的な思い付きで、それこそ陽の光がまだ橙色ではなかった頃に思い浮かんだのだ。急な話で誰かに迷惑をかけるのもなぁと思って、イデアは一人足を運んだのである。
と言っても、これでも魔力が扱えるようになってから、ミーアに教わったことはあった。ミーアは自分で魔法を作ったりするくらいは精通しているから。けれど、何を言っているか分からなかったというか、直感型というか。彼女の脳内では構築されているのだろうが、何故かこちらに言語として伝わってこないのだった。
ただ、ミーアを見ていて直感というものは大切なのかもしれないと思った。ミーア曰く、「魔法は思い付きだよ」と。こういう魔法があったらいいなぁと思ったら、その魔法の制作に取り組むらしい。そんな簡単に魔法って構築できるものなのか、そういう直感的な発想力が魔法には必要なのだろう。
発想…想像力か……。
膨大な質量を前に何を想像しよう。水。水と言えば流動的で、どんな形にも変化できる。じゃあ、どんな形に変えよう。……小鳥の鳴き声も聞こえてくるし、可愛い魔獣でも生み出してみようかな。
形をイメージしながら、目の前の水球に魔力を流していく。すると水球から分離するように小さな水の球が飛び出したかと思うと、やがて球形から形を変えて空を羽ばたく水の鳥が形成された。
「……!」
イデアのイメージと遜色ない水鳥がどんどん生み出されていき、水球の周りをまるで生きているかのように飛び回っていく。水鳥の中にも魚がいるようで、気のせいかもしれないが、楽しんでいるように見えるのだった。
「それなら……!」
今度は鳥だけでなく馬やグリフォンなど、大小さまざまな魔獣を生み出していく。生み出される度に水球は小さくなっていくが、代わりにイデアの周りはどんどん賑やかになっていった。
凄い、魔法って凄い……!
水で出来た魔獣達に囲まれながら、イデアが楽しそうに笑う。
「うわ、凄いなっ」
「えっ」
そこに声がかけられた。
楽しくて気配に気づかなかったのだ。振り返ると、そこにはカイがいた。驚いたように周囲の水魔獣達を見つめている。
「か、カイ……!?」
目があった瞬間、カイは優しく微笑んでくれて、イデアの体温が急上昇し始めていた。まさかカイが来ると思っていなくて、イデアの心は当然のように動揺する。そして動揺した途端、水で作られていた魔獣達の輪郭が崩れ始めた。
「あ、だ、駄目!」
その水の中には魚達も入っているのだ。このまま地上で弾けてしまっては、その命が危うい。
慌てて全ての水を元の湖へと還していく。どうにか形が崩れる前に、全ての水を湖に戻すことができたらしい。慌てすぎて自分に結構水がかかってしまったが、別にそこはいい。
ふぅ、と安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろす。
そんな濡れた彼女の髪にタオルが被さる。
「ほら、濡れてるぞ」
「か、カイ! だ、大丈夫だよ!」
「そう言って風邪でも引いたらどうするんだ。良いから任せておけって」
「っ……――!」
カイに手を引かれ、濡れていない地面に座り込む。そのままカイは後ろから濡れたイデアの長髪を優しく乾かしてくれた。魔法で暖気も流してくれているようで、ぽかぽかした温度に心が安らぐ。……いや、やっぱりカイが間近にいて落ち着かない! 対面してたら我慢できずに飛び出していたことだろう。
「いやー、やっぱ転移って便利な。離れていてもこうやってタオルを手元に持ってこれるし。お陰で一歩も動かずに生活が成り立ってしまいそうなんだ、最近」
「ら、楽も程々にしないと、だね……」
西日が更に濃くなり、周囲を少しずつ黒に近づけようとしていく。そろそろ帰らないと、辺りは真っ暗になってしまうだろう。
ただカイが変わらず頭を乾かしてくれていて。いや、乾かしているというより、頭を優しく撫でられ、髪を梳かされている気も……。
「か、カイ?」
「イデアの髪って触ってて気持ちいいよなぁ。それに凄い良い匂いするし」
「っ、か、乾かしてくれてありがとう! もう大丈夫だよ!」
これ以上は保たないと、イデアは飛び出すようにカイから距離を取った。カイが残念そうな顔を浮かべていたが、こっちも色々とこう、限界なのである。
「にしても、さっきの、凄い魔力コントロールだったな」
「そ、そうかな……皆できると思うけど」
「まさか!」
何を言うかと、カイが苦笑する。
「あんな多くの対象の形を変えながら使役するなんて、余程の使い手じゃないとできないさ」
「でも、全部水だよ?」
「……じゃあ例えば右手で一つ料理しながら、左手でもう一つ料理できるか?」
「…どうなんだろ。できる人もいる、かな?」
「イデアはそれを、右手で十の料理をしながら、左手でも同じ数料理してるようなもんなんだよ」
「どういう喩えなのかな……」
カイはそう言ってくれるけど、イデアとしてはピンと来ていない。
「使役してるって、そんなつもりなかったよ。まるで本当に命が宿ってるみたいに、形を与えたら水が勝手に動いていた、そんな感じだったから」
それがイデアの正直なところであった。こういう魔獣を作り出したいなと思っていたら、実際に水がそういう形に変わり、実際の魔獣と遜色ない動きをしてくれただけ。別に魔獣を動かしていたつもりはない。
「……イデアがそういうなら、もしかしたら本当に命が宿ってたのかもな」
「え?」
何を言うんだろうとイデアはカイを見つめたが、カイは本当にそう思っているようで、イデアを見て微笑んでいた。
「イデアの力は特別だからさ」
確かにイデア自身に魔力が宿っていること自体特別ではあるけれど。
「きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな」
カイは確信しているように、そう言ってのけた。何故彼がそう思うのか分からないけれど、自信のあるカイの表情を見てると、自分もそうなのではないかと思ってしまうから不思議だった。
カイはイデアに近づき、そして手を差し出してきた。
「ほら、帰ろうぜ。そろそろ良い時間だろ?」
「て、転移で、だよね?」
「まさか! 歩いて帰ることに価値がある!」
「さっきと言ってたこと違うよ……」
「イデアが楽も程々にって言ったんだよ」
これから二人きりで、手を繋いで帰るだけの余裕が心にあるだろうか。いつ緊張と心臓の高鳴りで爆発してもおかしくない。
「ち、ちなみに、どうしてカイはここに?」
「ん? ああ、イデアに逢いたくて探してた」
「えと、何か用事だったの?」
「いや? ただ寂しかっただけ」
「……」
こんなことを言われて、その手を握らないわけにはいかないのであった。
※※※※※
「……ん」
幸せを打ち切るように、瞼が開いていく。いつの間に眠っていたのか、イデアは大きなベッドに身体を預けていた。髪はボサボサでお風呂に入れていないせいで、本来イデアの持つ美しい白髪はその輝きを失っていた。
カーテンの隙間から光が差していて、陽が昇っているのだと分かるが、いつの間に寝てしまったのだろう。
もしかするとルーファが眠らせたのかもしれない。或いは、生理現象的に眠ってしまったのかもしれない。
どちらにせよ、この状況で眠ることのできる自分に、覚醒早々嫌気がさす。
今見ていた夢は、自分を苦しめるためのものなのかもしれない。幸せだった頃の思い出を見せることで、現実の惨状を克明に伝えるための、そんな罰なのかもしれない。
目を覚ましたイデアの先に、同じベッドに、変わらず目を覚まさないカイがいる。
もう目を覚まさないカイがいる。
どうせなら、全部が夢だったら良かったのに。
目を覚ましたら、これまでのことが嘘みたいにカイが起きていて。いつもみたいに屈託のない笑顔を見せてくれたら良かったのに。
でも、彼は変わらず動かない。そして、今は動いている身体機能もやがては動きを止める。魂のない抜け殻の身体は、生命を維持する必要がないから。だから、やがて心臓も血液も、魔力も何もかもが動きを止めて。
カイに完全な死が訪れるのである。
それが分かっているのに、イデアに出来ることはなかった。
どれだけ回復魔法をかけても、カイの魂は戻ってこない。イデアの魔力は回復のエキスパートであるフィグルから受け継いだものであるが、それでもどうすることもできない。
「きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな」
カイの言葉が脳裏をよぎるけれど。
ごめんなさい、カイ。そんなことないの。
私の力じゃどうしようもできない。
一番大事な時に、この力は役に立ってくれないの。
いつの間にか目尻から涙が零れ落ちていく。その涙が、何もかもを事実だと証明するのである。
「カイ……っ」
泣くことしかできず、奇跡を祈ることしかできず。
イデアは動かないカイへと身体を寄せるのだ。
「イデア!」
その直前、大きな音を立てて部屋の扉が開く。光の灯らないイデアの眼に、ルーファの姿が映った。ついさっき起きたばっかりなのか、寝ぐせで髪の毛があちらこちらに飛び跳ねている彼女だが、まったく気にしていないようで、ただまっすぐにイデアを見つめていた。
ルーファは驚いたような表情をしていて、口をパクパクしながらうまく言葉をできないようであった。息を切らした彼女が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「えっと、あの、起きててよかったわ。あなたにどうしても伝えなきゃいけないことがあって。それでその、何から説明していいのか、そもそも私も良く分かってないんだけど、でも、何だか本当みたいで……」
寝起きですぐ走ってきたのか、肩で息をするルーファ。その瞳は何故だか潤んでいる。
要領を得ない彼女を一瞥した後、イデアは再び目の前に横たわるカイへと視線を向けた。何を聞いたところで、もう何も変わりやしないのだから。聞いたところでカイが戻ってくるわけではないのだから。
「……――!」
そんなイデアの小さな背中を見て、ルーファは足早に部屋を駆けた。イデアの傍へ行くのではなく、この部屋の窓へと近づいていく。カーテンを勢いよく開けると、眩しい日差しが起きたばかりの眼を照らしていく。
先程連絡のあった彼らの話が本当かどうかは分からない。けれど、どうしても信じてしまう。信じたいと思ってしまう。
だから、お願い。イデアに伝えてあげて。
ルーファが窓を全開に開ける。柔らかな風が部屋の中へ駆け抜けていき。
「カイはまだ、死んじゃいない」
そして、声が唐突に聞こえたのだった。
「っ!?」
顔を上げたイデア。その声には聞き覚えがあった。まずその声を聴いて生まれる感情は安心感。その後に来るのは罪悪感。今は罪悪感の方がとてつもなく強いが、その前に何故この声が聞こえてくるんだろうか。
「……お、義父…様?」
視線を上げた先。ベッドの向かい側にゼノはいた。ゼノだけではない。セラにエイラ、ミーア、シーナ、そしてライナスとデイナもいつの間にかベッドの傍に並んで立っていた。
何故ここに皆揃っているのか、イデアの閉じた頭では何も理解できなかったが、至極単純な話、ライナスの転移によってレイデンフォート王国からやってきたのである。
伝えるために。
カイは死んでいないのだと伝えるために。
でも、イデアにはまだ聞こえてはいなかった。カイの家族を、大切な人たちを見て心を満たした罪悪感が、言葉の意味を理解させなかった。
「ご、めん、なさい…ごめんなさい…ごめんなさい……!」
そしてイデアは何度も唱えた。自分のせいでカイは死んでしまった。自分を庇ってカイは死んでしまった。私があの場に居なければ、カイはきっと死んでない。
私が、カイを殺してしまったのだ。
今ならべグリフの気持ちも十二分に分かる。愛しい人の命を代償に生き残っても、生まれた絶望が世界を暗く閉ざしてしまう。もう、この世界に価値など感じられない。
大きな瞳から涙がどんどん零れ落ち、同じように謝罪の言葉も溢れていく。
だが、気づけばイデアの身体はセラとエイラ、ミーアに優しく抱きしめられていた。
「もう、大丈夫、大丈夫だから……!」
「どう…して……私に優しくなんてしないで下さい。私が、カイを――!」
弱り切ったイデアと、目を覚まさないカイを見て、彼女達は目尻に涙を溜めながら、ベッドの上に上がって必死にイデアの身体を抱きしめていた。絶望から解放しようと心を温めるように。
「違うんだ、イデアちゃん」
そしてゼノがその傍に寄り、ベッドに腰かける。そして伸ばした手は、目を覚まさないカイの頭を優しく撫でていた。死んだと聞いたときはどんな状態かと思ったが、以前あった時と何も変わらない。
「……イデアちゃん、感じないか。カイの中に流れる魔力を」
「……」
勿論イデアだってカイの中にまだ魔力が流れていることには気づいていた。でも、これは言わば死後残留しているだけのもので、時間が経つにつれて霧散して消えていくものなのだと思っていた。
「魔力は、魂に宿っているものらしい。それは、君が一番実感しているんじゃないだろうか」
「……フィグルさん、のこと、ですか」
フィグルの魂がイデアの身体に宿っていたからこそ、イデアは悪魔族の魔力を有しており、魂が溶け合った今も使用が可能なのである。つまり、フィグルの魂に彼女の魔力が込められていたということだ。
「なら、どうして魂の抜けたカイの身体にまだ魔力が流れている?」
「……やめて、下さい。期待を、させないで、ください」
どれだけ期待したって、願ったってもう……。
それでもゼノは続けていく。
「イデアちゃん、前提が間違ってるんだ。カイは完全に死んだわけじゃない。仮死状態なんだよ」
「…仮死……?」
「そうだ。魂に宿るはずの魔力が身体に残っているのが証拠だ。まだ完全にこの身体から魂が抜けだしたわけじゃないんだ。魂と身体の結びつきがなくなったわけじゃないんだよ。魂こそ冥界にあるかもしれないが、その魂はまだこの身体と繋がってる」
「……でも、セインは消えて無くなりました。私の目の前で確かにカイは死んだのです」
セインの消失はつまり、相手の死を意味しているから。やはりカイは死んでしまったのだ。
カイの死に押しつぶされそうなイデアへ、ゼノは告げる。
「……ソウルス族の女性はセインを心から生み出し、男性はそれを心に仕舞う。セインは心に向けて作られているものなんだ。心の傍に、セインはあるんだよ。なら、君のセインは本当に消えたんだろうか」
「……」
「カイの魂の傍に、セインはあるんじゃないか」
「…!?」
イデアは濡れた瞳を見開いた。消えたはずのセインが、冥界にあるとゼノは言うのだ。
「荒唐無稽だと思うだろうか。でも、それならカイの身体にまだ魔力が宿っていることも説明がつくんだ。君のセインは特殊だ。もっと言えば、ソウルス族として君は特別だ。心炉と呼ばれるソウルス族特有の力を有しながら、同時に魔力を扱うことができる。カイと君が、勝ち目などないと思われたべグリフとの戦いに勝利したように、アイツに刻まれた《紋章》を断ち切ったように、カイと君のセインは不可能を可能にする」
ゼノはカイを撫でていた手を、今度はイデアへと伸ばした。手入れなどされていない、普段の輝きをもたない彼女の白髪を優しく梳かすようにしながら、ゼノは笑った。
「俺はね、イデアちゃん、カイの魂をまだこの身体に繋げてくれているのは、君のセインだと思うんだ。君のセインがあるから、まだカイは死んじゃいない」
何故かここでまた、カイの言葉が脳裏をよぎる。
きっと、その力でイデアに出来ないことはないんじゃないかな。
《冥具》の力に立ち向かえるイデアの魔力だからこそ。そんな彼女のセインだからこそ。
ゼノはイデアの瞳をまっすぐに見て、言った。
「君がカイを殺したんじゃない。君がカイを生かしてくれたんだ。……カイはお陰でまだ生きている」
「……………うゔっ、ああ、あああっ!!」
先程よりも大粒の涙が彼女の瞳から零れる。これまでで一番大きな嗚咽がこの部屋に響いていく。
「だから、伝えたかったんだ。ここにいる皆でさ」
ゼノもセラもエイラも、ミーアもシーナもライナスもデイナも。
その場に居た全員が、イデアへ向けて言うのだ。責めるでもなく、罵るのでもなく。
ごめんなさいと謝る彼女へ。
「ありがとう」
実際、カイが本当に生きているかどうかはまだ判然としない。けれど、イデアの力が、その存在がカイの生存を諦めさせない。信じさせてくれる。
今はそれだけで、ここにいる全員が前を向けて歩き出せる。
涙が、嗚咽が止まることはない。昨日からずっと、この部屋は涙と嗚咽で満ち溢れていた。けれど、開いた窓から差し込む日差しのように、優しくカーテンを揺らすそよ風のように。
初めてこの部屋に、希望が生まれたのであった。
※※※※※
断ち切られた鎖が音を立てて床に落ちる。結構大きな音を立てていたが、これからのことを考えると別に構わないだろう。
自由になり、枷痕残る手首をさすりながら、奴が言う。
「……何故俺を助ける」
「何故って、別に深いこと考えてないけど。顔馴染みが捕まってたら、助けたくなるもんじゃないか?」
「それが死闘を繰り広げた相手でもか」
「もう終わった話さ。第一レイニーが会いたがってるからな。このチャンスを棒に振るったらアイツに殺される」
「……ふん、精々後ろから俺に殺られないよう気をつけるんだな」
「どっちの道選んでも殺されるんなら解放するんじゃなかった、よ!」
言下、目の前の鉄格子をセインで切り裂いて牢から出る。
「さぁ、行くか! べグリフ!」
「指図をするな」
「それとも想一郎って呼んだ方が……」
「死にたいらしいな、カイ・レイデンフォート」
カイとべグリフ。
再会を果たしたこの二人が、冥界を震撼させるのにそう時間はかからない。
「まずは服が欲しいな、服!」
「衣服など些末な問題だ」
「いや、全裸で歩いていく俺達の絵面を考えろ!!」
全裸の男二人による冥界珍道中が今始まる。
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