カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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5『冥々たる紅の運命』

5 第三章第三十九話「最悪の幕引き」

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 動かなくなったカイを呆然と見つめる。どれだけ見つめても、動く気配はなく。

 そこに魂はなく。

 《セイン》の消失は、愛する人の死を意味しており、カイとの《セイン》は光の泡となって消えてしまった。

 分かってる。分かっている。

 目の前で起きた事象を理解してしまう。

 でも、認めたくない。

 嘘だ、だって。こんなにも思い出せばすぐに愛しいあの人を思い出せるのに。さっきまで動いていたのに。

 それが、急に。

「それは抜け殻。もう、死んだんだよ」





 カイが死んだなんて、嘘だ。





 目元から大粒の涙が零れて落ちていく。

 カイに触れたくて、その身体に触りたくて必死に身体を動かそうとするが《真鎖タフムーラス》がそれを許さない。

「…なして……放して……放してよっ!!」

「イデア……嘘、ホントに――」

「カイ! カイっ!! 目を開けて! お願い、お願いだからぁ!」

 どんなに呼んだって反応してくれない。それが分かっていて、でも止められなかった。

 悲痛な声で叫ぶイデアを見て、ルーファ達もまたカイの死を実感せざるを得なかった。

「カイカイカイカイ、一体誰を呼んでるんだ? そいつ、そんな名前だったか?」

 シリウスがゆっくりと縛られているイデアの元へ歩いてくる。

 カイを殺した張本人が下卑た笑みを浮かべながら、カイの死を嬉しそうに嚙みしめながら。

「シリウス……!」

 ルーファがシリウスを睨みつけるも、一切動じた様子はなく。

「お、なんだ、お前たちもいたのか。無様に捕まって、四代名家の恥さらし共め……お前たちも殺してやりたいところだが、それよりも先に……」

 ルーファ達の前を素通りしていくシリウス。

「……」

 ジョーもシリウスの動きを止めようとはせず、ある程度の距離を取っていた。同じ《冥具》使いではあるが、味方かどうか分からず、万が一敵だった場合に今の体力じゃまともな戦いにならないと踏んでいるからである。

 シリウスは絶望するイデアと倒れ伏すカイの前に立った。

 彼女のその目に光はなく、最早こちらが何をせずとも心が壊れてしまっているようにも見える。

「お願い……目を、開けて……」

「いいなぁ。その声。ゾクゾクするよ。どれだけ声に出しても届かない。それが分かっていても伝えてしまう。……魂ってのは難儀だなぁ。どれ、何なら今ここでお前も魂ごと絶望から解放してやるか」

 ニヤリと笑って、《絶白モルグル》の銃口を再びイデアへと向ける。カイが命を賭して守ろうとしたものを、シリウスは当然かのように壊そうとしていた。

「っ、やめなさい!」

「君って奴は……!」

 ルーファやカルラがどうにか身体を動かそうとするも、やはり抜け出せない。

 そして、同じく捕らわれのザドは。



「……シャーロット?」



 ザドが見ていたのは別の方角。シャーロットがいる巨大なシールドだった。

 その中でシャーロットは最前列に陣取っていたらしい。恐らく飛び出したイデアのことが心配だったんだろうが。

 そこでシャーロットは蹲っていた。

「う、うう……!」

 頭を押さえ、まるで痛みに堪えるようにして唸っている。

 そして、その桃色の髪が。



 徐々に真紅に染まり始めていた。



「ようやく任務達成か。しかし、意外だったな」

 ジョーもシャーロットの変化に気づいていた。

 ジョーが与えられていたのは、「ディスペラードの隠し子を見つけろ」というものであった。そして、恐らく隠し子は自分がそうであることを知らない可能性がある。だから、《真鎖タフムーラス》で繋げば、何かしらの理由で共鳴して出てくるだろうと言われていた。

 何故《冥具》の存在で、隠し子が判断できるのか今まで分からなかったが、なるほど。

 わざわざ《真鎖タフムーラス》を繋がなくとも、今このセインツ魔法学園には《冥具》が三つ(正確には《冥竜ドラゴノート》も入れて四つ)揃っている。

 十分すぎるほどここ周辺には《冥界の力》が漂っていた。

 だから、共鳴してしまったのだろう。

「ガアアアアアアアア!」





 イデアの張ったシールドから、真紅の怪物が飛び出した。





 シールドは容易く砕け散り、中にいた生徒達が喧しく悲鳴を上げる。

 結んでいた髪紐は解け、真紅の長髪が重力に逆らって逆立つ。鋭利な爪が両の手足から伸びており、それが先ほどシールドを容易く引き裂いたのだ。

「まさか、隠し子がとんだ化け物だったとは」

「ガガガガガガッガガガアアアアア!」

 同じ制服姿なのに、どうしても同じ存在には見えない。

《シャーロット》だったソレは、勢いよく咆哮したかと思うと、一目散にシリウスへと飛び掛かった。

「っ、何だこいつは!」

 イデアから銃口を《シャーロット》へ変えて、《絶白モルグル》を放つ。だが彼女の俊敏性を以て避けるのは造作もなかった。

「ガアッ!」

「ぐっ」

 そのまま距離を詰めて、勢いよくシリウスを蹴り飛ばす。《冥具》二個持ちのシリウスを容易く吹き飛ばしてしまえる膂力が《シャーロット》にはあった。

「よせ、シャーロット! やめろ!」

 ザドが精一杯《シャーロット》へと叫ぶ。

「正気に戻れ! お前は誰かを傷つけるような奴じゃない! 頼むから!」

「ガアアアアアアアア!」

 ザドの言葉虚しく、《シャーロット》は今度ジョーへと飛び掛かっていった。

「おいおい、見境ないな……」

 《シャーロット》の繰り出す連撃を、重い身体でどうにか躱しながら、彼女の身体へ《真鎖タフムーラス》を繋げる。

 動きが止まる《シャーロット》。

「そこの坊主、今だぞ」

「それは、僕に言っているのか!」

 言われるまでもなく、シリウスは動きを止めた《シャーロット》へと《絶白モルグル》の引き金を引いていた。当たれば即死の弾丸が、動けない《シャーロット》の元へ。

「グッ………ゴゴゴゴガガガガガガアアアア!」

 だが次の瞬間、《シャーロット》は《真鎖タフムーラス》を引きちぎり、凶弾をその手で弾いてみせた。

「「なにっ」」

 驚いている間に、《シャーロット》の鋭い爪がジョーの身体を抉る。

「――っ!」

 イデアの斬撃程ではないが、肩の辺りをざっくりと持ってかれていた。

「今日は絶対割増請求してやる……!」

「ガアアアアアアアア!」

 引き下がろうとするジョーを追いかける《シャーロット》と、彼女を最も危険視したがゆえに襲い掛かっていくシリウス。

「やめろ、やめてくれ!」

 それをザドが悲痛な声で止めようとしていた。

 相手を傷つけるのも、アイツが傷つくのも。

 そんなの、お前のしたいことじゃないだろ!!

「シャーロット……エルっ!!」



 次の瞬間、イデア達を縛っていた鎖が断ち切られた。



 イデアが目を見開く。

 願いが通じたのか。

 イデア達の目の前には確かに。



 カイが立っていた。



「カ、カイ……」

 だが、近寄ろうとして。

 イデアは違和感に気づいた。

 カイがいつの間にか手に持っていた真紅の大鎌もそうだが、それ以上に。

 自分の魂が、違うと叫んでいる。

 そこにいるのは、カイじゃない。

「あなた、誰……!?」

 イデアの声に反応するように、振り返る彼の両眼は。



 真っ赤に怪しく光っていた。



 カイの姿をした何者かが言う。

「説明している暇はない。私がカイの身体を借りて顕現していられる時間も僅かだ。まずはあの娘を大人しくさせようか」

 その視線の先、シリウスとジョーと死闘を繰り広げているところへザドが飛び出そうとしていた。

「エル!」

 当然、ザドがそこに飛び込むのは死にに行くようなもの。だから、彼なのか彼女なのか、とにかくカイの声が呼ぶ。

「《真鎖》、《大剣》」

「っ!?」

 その声が呼ぶと同時に、シリウスとジョーの意志を無視して、《真鎖タフムーラス》が《シャーロット》を縛り上げてザドの方へと放り投げた。更に、《大剣ハドラ》を握ったシリウスがそのままジョーへと襲い掛かっていく。

「っ、やはり味方ではないか!」

「なんだ、これは……!?」

 振り下ろされた一撃をどうにかジョーが躱す。すると、すぐに元の感覚が二人に戻った。

 操られたのは一瞬。でも確かに、《冥具》の所有権が一瞬だけ自分たちに存在していなかったのだった。

「っ、ルーファ・アルデンティファ!」

 ザドが振り向かずに、ルーファの名前を呼ぶ。それだけで今ザドが何をしてほしいのかが分かった。急いで彼女へ向かって駆けながら唱える。

「《スリーピング・バスケット》」

 初めてあの《シャーロット》と対面した時のように、《シャーロット》を光でできた揺り籠の中で眠らせようとする。

「グ、グガガアアア!」

 真紅の鎖に縛られながらも、必死に暴れまわろうとする《シャーロット》をザドが身体で抑え込んでいた。

「頼む、頼むから……!」

「グガアアア!」

 一部の鎖を引きちぎって、《シャーロット》の爪がザドの腹を抉る。

「ぐっ……!」

 血が口元から溢れ出していくが、ザドは微笑んで《シャーロット》を見つめていた。

「いい、俺が傷つくのはいい。だから、今はゆっくりお休み」

「グ、ガ……ァ」

 やがて、その真っ赤に燃える瞳が閉ざされていき、その髪色も元の桃色に、爪も通常の長さへ戻っていく。

 揺り籠の中には普段と変わらないシャーロットがあどけない表情で眠っていた。

「……エル」

 安堵の息をつくザドへと、シリウスが《絶白モルグル》を向ける。

「何終わった感じを出しているんだよ!」

「……《絶――》」

 真紅の弾丸を放とうとするシリウスへ、またカイの声が聞こえようとして。





「今日はこれくらいでお開きにしようか」





 場にそぐわない、なんとも能天気な声と共にレゾンが空からゆっくり降りてきた。

 レゾンは黒ローブに身を包みながらも、その顔は晒している。銀色の短髪にギザギザの歯、そして眼球全てを真紅に染めた不気味な様相。

 そのギザギザの歯を見せながら、レゾンは笑っていた。

「まぁ序章にはちょうどいいんじゃないか」

「レゾン……!」

「一か月ぶりくらいだな、トーデル」

 カイの身体を借りる、トーデルへとレゾンがニヤリと笑う。

「久しぶりの肉体はどうだい? と言っても、ここに冥力が充満している間だろうけどね」

「……っ!」

 悔しそうな表情を浮かべるトーデル。レゾンの言うとおりであり、カイの身体を借りているとはいえ、本調子には程遠い。このままではレゾンには勝てないと分かっていた。

 レゾンは散歩のようにスキップしながらジョーとシリウスの元へ近づいていく。

「ジョー、無事隠し子を見つけられて良かったなぁ」

「……あんたは初めから誰だか分かっていたんだろう」

「そりゃまぁ。でも、結末が分かっている物語ほどつまらないものはないでしょ」

 ジョーの肩を叩き、今度はシリウスの元へ。

「けど、この結末は想定内でいて予期せぬものとなってしまった。想像を超えてくる、という意味ではエンタメで面白いんだが。シリウス、君は厄介なものを送ってくれたようだ」

「……どういう意味だ」

「いずれ分かるさ。向こうもやられた分はやり返したいだろうし」

 二人に馴れ馴れしく肩を回すレゾン。シリウスもジョーも嫌そうに払いのけ、レゾンが残念そうな表情を見せる。

「貴様……どういうことだ!!」

 その時、ザドが殺気と共にレゾンを睨みつけた。

 決して初対面などではない。



 ザドにとって、レゾンが全ての元凶なのだから。



「なぜエルの封印が綻びはじめているんだ!」

 先程からザドが呼ぶエルとはシャーロットのことなのか。近くでルーファが聞いている限りではそうなのだが、じゃあ封印とは一体……。

 そんな彼を見つけて、レゾンは嬉しそうに顔をほころばせる。

「お、久しぶりだな! 元気してたか!」

「答えろ!!」

 怒りを孕んだ言葉に、やれやれとレゾンが首を振った。

「答えろも何も、魂が足らなくなった。ただそれだけさ」

「……!」

「あの時、言ったはずだ。いずれ限界が来るぞと。一か月前に変貌した理由もそれさ。足らなくなったのさ、生命を維持するための魂がね。まぁ発作みたいなもんだ。そして、あの時吸った命のお陰でこの一か月はどうにか持たせることができたってだけ。俺が何かをしたんじゃない」

「っ、貴様が――」

「むしろ感謝してほしいくらいだ。俺がいなかったら、その子はとっくに死んでるよ?」

「……っ!」

 ザドが拳を握りしめる。

 くそっ、くそっ! 間に合わなかったというのか……!

 何のために俺がゲームに参加したと……。

「まぁ、今日こうして充満した冥力で補充されたはずさ。それに、ジョーとシリウスに飛び掛かりながら《冥具》からも吸っていたし。また一か月くらいは持つだろう。だが、猶予はないんじゃないか?」

 親切心から教えてるんだぞ、とレゾンが自分の優しさに浸っているところに、背後から声がかけられる。

「何故ここにあなたが?」

「お、クランツ!」

 血まみれの白衣を着たクランツが、眼鏡の位置を直しながら悠々と歩いてくる。そこへレゾンがまた気安く触ろうとするところを見て、初めてこの場にいる学園勢が、クランツが裏切者であることを知るのだった。

「あなたのこと、あまり好きじゃないんだ。触らないでもらおう」

「連れないなぁ……」

「そっちの仕事は済んだのか、クランツ」

「当然。少し興が乗ってやり過ぎてしまったけどね。ジョーの方は?」

「見つけはした。これ以上を望むのはなし。引き際を間違えないように、だ」

 クランツが来た方向は、元々最初に爆発があった方向で、そっちにはダリルとメリルが向かってくれているはずだった。

 なのに彼らは来ず、そしてその白衣にこびりついた血の跡が示すものは。

「さて、とりあえずはこれで全員だ」

 レゾンが宙にふわふわと浮き上がっていくと、それに続くようにジョー、シリウス、クランツも上がっていった。

 そして、レゾンがこの場に居る全員に聞こえるように告げる。

「今回は登場人物紹介と言ったところ。序章はこれにて終了。次なる物語は更なる波乱が待ち受けていることをここで宣言させてもらおう」

 恭しく低頭して、レゾンは冷徹に笑った。



「冥界の門を、三王都にいる全員で開こうじゃないか」



 その言葉は宙に飲み込まれることなく、ずっとこの場に残っているようで。

 誰もが呆然とレゾンを見つめる中、彼らは言葉を置き去りにして姿を消した。

「……」

 これまでの騒動が嘘のように、静寂がこの場を支配する。

 突然自由を与えられても、人間動き出せるものではなくて。

「……」

 誰もいなくなった虚空を、まだ全員が見つめている。

 敵がいないのに、心を蝕むこの感情はなんなのだろう。



「……ごめんと、任せたと彼は言っていた」



「え?」

 イデアがその声に視線を向けるのと、カイの身体が崩れ落ちるのはほぼ同時だった。

「っ、カイ!」

 慌てて抱きしめるけれどその身体に力は入っておらず、重みで一緒に倒れこんでしまう。

 その重みに、命を感じなくて。

 震えそうになる身体を必死に押さえつけて。零れてきそうな涙をぐっと堪えて。

 どうにか身体を起こしてカイの身体へすぐに手をかざす。

 これでも回復魔法のエキスパート、の魔力を持っているのだ。さっきは縛られていてできなかったけれど、回復して治してあげれば、きっといつもみたいにカイは笑ってくれる。

 まだまだ問題は山積みだけど、カイと一緒ならどうにかできる気がする。

 ザドとシャーロットの問題とか。ダリル達がどうなったのかとか。

 レゾンの目的とか。他にもたくさんあるけれど。

 でも、カイと一緒だったら私、どんなことでもできると思うの。

 カイだってそう思わない?

 ……。

「ねえ、カイ……」

 外傷は回復していくのに、カイの身体に魂を感じない。

 そこに大好きな人がいるのに、生気を感じない。

「どこに行っちゃったの?」

 どれだけ回復しても、声をかけても、願っても。



 カイはここにはいない。



 ごめんなんて、このままじゃ許さないよ?

 任せたなんて、カイがいないと駄目なんだよ?

 分かってない、カイは分かってない。

 私がどれだけカイがいないと駄目なのか。

「お願い、帰ってきて。帰ってきてよぅ……」

 イデアの悲痛の声に、誰も言葉をかけることはできず。

 彼の身体に覆いかぶさるようにして涙する彼女を、止めることもできなかった。

 大勢が目撃する中で、この日。





 確かに、イデアの前でカイは死んだのだった。





※※※※※





 ひた、ひたと歩く音がする。まぁ自分が出している音なんだけれども。

 恐らくここは洞窟のようだが、自信がない。

 何故かというと、白い靄で洞窟中が満たされていて全然暗さを感じないからである。

 とりあえず、行く当てもないので壁に手をつきながら真っすぐに歩いているところだ。たまにゴツッとした石を踏んで足の裏は痛むけれど、気にせず歩き続けていく。。

 頭が若干ボーっとしていて、ここに来るまでの前後をあまりよく覚えていない。気づいたらこの洞窟内にいた。そんな感じだった。

「……出口へ向かっているのか、それとも深奥を目指しているのか、どっちだこれ」

 途中、上り坂になったり下り坂になったりで全然分からない。何故だか魔力も使えないので、辺りを照らすこともできないし。



 手元にあるのは《セイン》だけ。



 それに何故、俺は今全裸なのでしょう。いやまぁ、不思議と暑さも寒さも感じないから構わないんだが。

 なんというか、こう、誰も見ていないのに恥ずかしさを覚えてしまうと言いますか。

 むしろここで新たな性癖を見出せとでも?

 生憎周りは赤黒い岩ばかりで、服に出来そうなものは何一つない。

 この格好で今イデアの前に出たらイデアは悶絶もんだろうなぁ。

「ははっ」

 顔を真っ赤にして慌てふためく彼女を想像して、思わず笑ってしまう。声が洞窟内に反響して、出した声以上の音量で返ってくる。

 が、生憎自分以外の言葉が返ってくることはなかった。

 ……とりあえずひたすら歩き続けるか。

 何もない洞窟の通路をただ歩く。何が目的なのか、ここがどこなのか、今自分がどういった状態なのか分からないまま、とりあえず突き進み続ける。

 ふと、気づけば細い通路ではなくなっていた。

「……わっ!」

 大きな声を出してみても、反響しない。洞窟じゃなくなったのか?

 だが、相変わらず白い靄のせいで周りが良く見えない。もしかして永遠とこの状況が続くんじゃないだろうな。

 そう思った時に手元の《セイン》が淡く光り出した。片刃の大剣が青白く光を見せたかと思うと、その剣先からある方向へ真っすぐに光が伸びていく。

 そこへ、行けってことか。

 どうせ行く宛もないので、その光に沿って歩いていく。

 すると、段々と白い靄が晴れて、ようやく外界の様子が見えるようになってきた。

 そして、驚愕する。

「げっ」

 驚きと共に出た第一声はそれだった。

 先程の明るさとは打って変わって、真っ暗闇が目の前に広がっている。その暗闇を照らすのは紅く燃える松明一つで、その紅に照らされるように男が一人、両手足を鎖に繋がれていた。

 いつのまにか大きな牢屋の中だった。

 カイと同じように全裸で、男の身体中には酷い拷問の後がある。白と黒の混じった長髪も以前は手入れされていたのか敵ながら綺麗に見えたものだが、今は見る影もない。

「だ、第一村人発見……」

 ボロボロの身体。だが、その瞳だけは何も変わらなかった。

「……何故お前がここにいる」

「そりゃ、こっちの台詞だ」

 まさかこんな形で再会するとは思わなかった。





「べグリフさんよ……!」





 全てを射抜くような鋭い眼光で、べグリフはカイを睨んでいたのだった。
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