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5『冥々たる紅の運命』
5 第三章第三十七話「VSジョー④ ガンブレード」
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思えばこれまでの出来事にヒントは眠っていた。
例えば、べグリフによって悪魔族と化したダリルの奪還作戦。メリルは最初ダリルへのセインを自分で扱っていた。本来、パートナーしか使用できないセインであるが、ダリルの魔力を利用することで自分でも振るっていたのである。
そして、極めつけは実の兄であるレン・フィールスであった。
未だにまるで理解が及んでいるわけではないが、レンはなんと好いた相手がいないにもかかわらず、セインらしき刀を自分自身から生み出したという。レンの出した刀は、斬りつけた物体の性質を逆転させるというものであった。
自分から自分のために作り出したセインと言ったところか。
これまで一度だってレンのような事例を聞いたことはない。もしかしたらレンだけが特別で、本来あり得ない事象なのかもしれない。
でも、もしかすると。
ソウルス族が生み出す《セイン》は、まだ知らない力を有しているのかもしれない。
何より、自分の為にも生み出すことができるのかもしれない。
或いは誰かの為の力を、自分の為に使うことができるのかもしれない。
胸元に青白い光を発現させ、そこからゆっくりとカイの為の《セイン》が姿を現していく。片刃の大剣から放たれる光彩が絶望を照らす光のように、周囲を満たしていく。
カイを想う気持ちを具現化させた《セイン》。普通の長剣と比べて長く且つ剣腹が広いのは、カイが通常とは違う特別を求めていたからだとイデアは思っている。魔法が使えなかった頃のカイが欲していたのは、自分も王族なんだと、他の兄妹や両親と同じように周りとは違う力を持っている、という感覚だったのだろう。
眩い光はカイそのものを表しているようで、見ているだけで心が癒されるような気がする。
「これって……」
ルーファやカルラ、遠くからザドがイデアの一挙手一投足を見つめている。ジョーもイデアの動きを遮ることなく、黙って見つめていた。何をしようと勝利をつかみ取れるという自信なのか、単に好奇心なのか。
だが、好都合だ。
生み出されたカイへの想いに、イデアは自分の魔力を纏わせ始める。
出現したカイの《セイン》は、当然であるがイデアが振るうとなると大きすぎる。
あくまで今目の前にある《セイン》はカイの為に生み出されたもの。
それを、《カイを想う自分の為のセイン》に作り替える。
想いは変わらずカイへ向けられている。でも、想いって決して誰かの為だけに変換されるものではないのだと、イデアは今思っていた。
ダリルを想う気持ちが、メリル自身を突き動かしていたように。
レンが自分への絶望を新たな力に変えたように。
カイへ向けられたイデアの全力の気持ちを、自分に適した形へと作り替えていく。
カイを想うこの気持ちを、自分の力へ変えていく。
実はここに来るまで朝はイデアより得意だったり、食べ物の好き嫌いはなかったり毎回「おいしい!」と無邪気に声に出すことだったり、微笑む時の優しさてんこもりの表情や、突っ込みを入れるときの全力加減も、拗ねた時に口を尖らせてブーブー行ってる時だって、全部好きだ。
第二次聖戦前まではあまりなかったカイから伝えてくる「大好き」という気持ちも、私がカイを直視できなくてあたふたしている時に心配してくれる気遣いも、照れている時に口元を隠す仕草も、たまに頭を撫でてくれる瞬間も、真面目に鍛錬を積んでいる時の横顔も、背丈や筋肉はついたのに昔と変わらない寝ている時のあどけなさも、私へのアプローチを必死に堪える彼の複雑な表情も。
どんな感情にも寄り添おうとするカイの気持ちも。
全部全部全部全部、思い出すだけで力に変わっていく。
結論から言うと、これはイデアにしかできない。誰かの為に作り上げた《セイン》を作り替えるなど、本来できることではない。メリルもあくまでダリルの《セイン》を自分で使用しただけで、レンも最初から感情は自分に向けられていた。
だが、イデアのこれは違う。カイの為に作りあげた《セイン》を再構成しているのである。それを成し遂げることのできる、本来ソウルス族が持ち得ない魔力を彼女が有しているからこそ成せる芸当であった。
想いは力。魔法は想像力。
何よりカイとイデアの《セイン》は、理に干渉することができる。
想い描いた二つの力が、徐々に一つへと纏まっていき。
「これが、私の全力です」
イデアは片刃のガンブレードを手に握っていた。
白と黒で構成されたそれは、先程までと違って通常の長剣とほとんど大差ない大きさに変わっていた。ただ緩やかに曲がったグリップに引き金がついており、六発の弾丸を込められるシリンダーも備わっている。銃口は見当たらないが、剣先が鋭く光っていた。
ガンブレードから溢れ出ていく青白い光。カイが使う本当の《セイン》には到底及ばないけれど。
大好きな彼を想う心が、自分自身の身体に力を漲らせていく。それは決して活性の力では真似できないような、温かくて、安心できて、ずっと支えてもらっているような感覚。
どれだけカイのことを自分が愛しているのかと、込み上げてくる力を以て再認識できて、イデアは思わず苦笑した。
こんなに好きなのに、いや好きだからこそカイの顔を直視できないのだ。仕方ない、そう仕方ないのである。
イデアを取り巻く雰囲気が変わり、ジョーが拳を構える。
「……どうやらそのようだ、な!」
ジョーが拳を振るうと同時に、束になった《真鎖タフムーラス》が勢いよくイデアへと飛び出していく。
これまで束になっては対応できなかったその鎖達を。
イデアは踊るようにガンブレードを振るい、その束をざく切りのように容易く断ち切って見せた。
「……!」
「次は私の番です!」
驚きを見せるジョーへとイデアは飛び出した。咄嗟に同じような鎖の束がイデアへ襲い掛かるが、活性化された脚力で躱しながら斬り裂いていく。
ジョーは瞬時に判断した。今のイデアに《真鎖タフムーラス》の防御力はないに等しいのだと。
だからこそ、眼前まで迫った彼女の一振りをジョーは身を捩ることで回避する。顔すれすれをイデアのガンブレードが通り過ぎていく。
瞬間に、ガンブレードの剣先が青白く光を放つ。
「《ストリーム・ショット》」
剣先がジョーの顔面を通過するタイミングで勢いよくガンブレードから、青白い光の奔流が放たれる。すんでで鎖を広げたジョーの身体が一気に光に飲み込まれて大爆発が起きた。
爆風と共にジョーの身体が地面を何度も転がっていく。
「流石は英雄の、嫁さんだ。正直、この程度かと侮っていたんだが……」
何とか体勢を立て直したジョーの足共に滴る血。
ジョーの額から鮮血が滴り落ちていた。これまで与えられていなかったダメージをイデアがようやく与えたのである。
「こりゃ剣だと思わない方がいいな。リーチは遥かに……」
「まだです!」
ジョーへと飛び掛かっていくイデア。先程までの展開とは真逆でイデアが攻め続け、ジョーは防戦一方であった。
「……ルーファ、彼女は一体」
カルラがイデアから視線を外さずに、ルーファへと尋ねる。きっとカルラは何となくその正体に気づいていて、その答え合わせをしたいというところだろう。
「イデア・フィールス。フィグル・イルミルテンとしてこの学園に転校してきた、カイ・レイデンフォートのお嫁さんよ」
「……!」
そこまで来て、ようやくカルラは昼過ぎの自分の過ちに気づいた。ヴァリウス・イルミルテンがディスペラードの隠し子だと思っていたが、フィグル・イルミルテンがイデア・フィールスなら、その実兄だと思われていた者は誰なのか。
そんなの決まっている。
「参ったな、彼には後で謝らないと。というか最悪極刑かも……?」
「……何やらかしたのかしらないけど、ま、大丈夫でしょ」
一王女であるイデアに対してため口で接しているルーファでも大丈夫なのだから。
「強くはなったが、まだ剣の使い方がなっていないか!」
「……!」
拳に吹き飛ばされるようにして、イデアがルーファ達の傍まで後ずさる。ジョーの言う通り、剣などろくに振り回したことがない。カイ達が近くで使っているのを見ていたり、自分が剣になって感覚として知っているだけだ。実際に振り回してみるのとはわけが違う。
少しの攻防でイデアの剣術の甘さをジョーは見抜いていた。
「振りも隙も大きい。剣先の延長線上に身体が入らないようにすれば、やることは前と大して変わらない」
「いいえ、違いますよ、あなたを倒せるのだと分かったのですから!」
攻撃を躱すということは、当てられたらまずいということだ。
イデアが再びジョーへ向かっていく。そして、
「《灰霊(かいれい)――》」
魔法を唱えようとした、その瞬間。
ジョーの背後に光る凶刃。
「なにっ」
「……?」
背中から襲う殺気がジョーを振り向かせる。だが、イデアの眼にはジョー以外何も映っていない。
振り向いたジョーは目を見開いた。
《冥具》使いとして、《冥力》を身体に通すジョーだからこそ、その存在を五感が捉えようとする。
ジョーの背後には、道化の仮面を被ったザドの姿があった。
「一矢報わせてもらおう!」
《生霊の仮面》を着けている間、その者は生界に生きる者に認識されなくなる。《冥具》のおかげでジョーも気づくことができたが、これまでと違う存在に認識は遅くなってしまった。
隙の生まれたジョーへと魔刀をザドが振るう。
「《炎雷迅刀・斬雨!》」
威力の高い斬撃を連続でジョーへと叩き込む。ジョーは咄嗟に身体に巻きつけていた鎖を前面に広げて斬撃を凌いだが、すぐに後悔した。
ザドの着けた仮面に《冥具》と同じ力を感じ取り、全力で防ぎに行ったジョー。だが、その実《生霊の仮面》を着けたからといって、攻撃力が上がるわけではない。
つまり、容易く受け止められた或いは何もしなくても防げたかもしれない攻撃に、意識と防御を割いてしまったということ。
その隙を、イデアは逃さない。
イデアとしては急に何もいない背後へジョーが振り返ったような感覚だが、ジョーの意識がイデアから離れたのは間違いなかった。
唱えようとしていた魔法を止め、シリンダーに前もって溜めていた魔力を一気に剣先へと流し込んでいく。
「《ストリーム……》」
元々避けられず防げないような特大の一撃を放とうとしていたが、今ジョーが見せている隙には付け入るには間に合わない。
だから、速度マシマシの一撃で。
「《――スラッシュ!》」
イデアが勢いよくガンブレードを振り上げる。瞬間、まるで弾丸が放たれたかのように青白い斬撃が一直線にジョーまで到達した。
後悔と共にイデアへ振り向いたジョーの目の前に広がる青白い斬撃。身体に巻いていた鎖はザドへと回しており、防御は手薄だ。
「くそっ」
全身から魔力を溢れ出させて防御力を高めるが。
次の瞬間、ジョーの身体に深々と斬撃が刻まれたのだった。
「――っ」
ジョーの口から血が溢れ出す。傷が深く内臓にまで到達してしまっているだろう。
激痛に耐えながら、ジョーは《真鎖タフムーラス》を横に伸ばし、離れた位置まで自分の身体を引っ張って後退した。
「待て!」
ザドが仮面を着けたままジョーを追いかけようとし、ルーファとカルラもここが好機だと攻撃を繰り出そうとする。
今なら、ジョーを倒せる。
イデアも前に出ようとしたその時だった。
何かが勢いよく吹き飛んできた。
目にも止まらぬ速さで飛び出してきたそれは、イデア達とジョーの間めがけて落ちた。あまりの速度に大地が衝撃に耐えられず亀裂と共に割れていく。
突然の事態に動きを止めるイデア達。ジョーもまたこの状況を掴めているわけではない。
砂埃の中に見えるのは……人?
その時イデアを襲うのは何故だか焦燥感、いや不安で。
手元に持つセインがその存在に強く反応している気がする。
「さぁて、そろそろお仕置きも終わりにしてやろうかぁ?」
空から聞こえてきた声。そこには真紅のオーラを纏ったシリウスがいて。
「――ば、かを言う、な……!」
砂埃の中からは。
血だらけのカイが姿を現したのだった。
例えば、べグリフによって悪魔族と化したダリルの奪還作戦。メリルは最初ダリルへのセインを自分で扱っていた。本来、パートナーしか使用できないセインであるが、ダリルの魔力を利用することで自分でも振るっていたのである。
そして、極めつけは実の兄であるレン・フィールスであった。
未だにまるで理解が及んでいるわけではないが、レンはなんと好いた相手がいないにもかかわらず、セインらしき刀を自分自身から生み出したという。レンの出した刀は、斬りつけた物体の性質を逆転させるというものであった。
自分から自分のために作り出したセインと言ったところか。
これまで一度だってレンのような事例を聞いたことはない。もしかしたらレンだけが特別で、本来あり得ない事象なのかもしれない。
でも、もしかすると。
ソウルス族が生み出す《セイン》は、まだ知らない力を有しているのかもしれない。
何より、自分の為にも生み出すことができるのかもしれない。
或いは誰かの為の力を、自分の為に使うことができるのかもしれない。
胸元に青白い光を発現させ、そこからゆっくりとカイの為の《セイン》が姿を現していく。片刃の大剣から放たれる光彩が絶望を照らす光のように、周囲を満たしていく。
カイを想う気持ちを具現化させた《セイン》。普通の長剣と比べて長く且つ剣腹が広いのは、カイが通常とは違う特別を求めていたからだとイデアは思っている。魔法が使えなかった頃のカイが欲していたのは、自分も王族なんだと、他の兄妹や両親と同じように周りとは違う力を持っている、という感覚だったのだろう。
眩い光はカイそのものを表しているようで、見ているだけで心が癒されるような気がする。
「これって……」
ルーファやカルラ、遠くからザドがイデアの一挙手一投足を見つめている。ジョーもイデアの動きを遮ることなく、黙って見つめていた。何をしようと勝利をつかみ取れるという自信なのか、単に好奇心なのか。
だが、好都合だ。
生み出されたカイへの想いに、イデアは自分の魔力を纏わせ始める。
出現したカイの《セイン》は、当然であるがイデアが振るうとなると大きすぎる。
あくまで今目の前にある《セイン》はカイの為に生み出されたもの。
それを、《カイを想う自分の為のセイン》に作り替える。
想いは変わらずカイへ向けられている。でも、想いって決して誰かの為だけに変換されるものではないのだと、イデアは今思っていた。
ダリルを想う気持ちが、メリル自身を突き動かしていたように。
レンが自分への絶望を新たな力に変えたように。
カイへ向けられたイデアの全力の気持ちを、自分に適した形へと作り替えていく。
カイを想うこの気持ちを、自分の力へ変えていく。
実はここに来るまで朝はイデアより得意だったり、食べ物の好き嫌いはなかったり毎回「おいしい!」と無邪気に声に出すことだったり、微笑む時の優しさてんこもりの表情や、突っ込みを入れるときの全力加減も、拗ねた時に口を尖らせてブーブー行ってる時だって、全部好きだ。
第二次聖戦前まではあまりなかったカイから伝えてくる「大好き」という気持ちも、私がカイを直視できなくてあたふたしている時に心配してくれる気遣いも、照れている時に口元を隠す仕草も、たまに頭を撫でてくれる瞬間も、真面目に鍛錬を積んでいる時の横顔も、背丈や筋肉はついたのに昔と変わらない寝ている時のあどけなさも、私へのアプローチを必死に堪える彼の複雑な表情も。
どんな感情にも寄り添おうとするカイの気持ちも。
全部全部全部全部、思い出すだけで力に変わっていく。
結論から言うと、これはイデアにしかできない。誰かの為に作り上げた《セイン》を作り替えるなど、本来できることではない。メリルもあくまでダリルの《セイン》を自分で使用しただけで、レンも最初から感情は自分に向けられていた。
だが、イデアのこれは違う。カイの為に作りあげた《セイン》を再構成しているのである。それを成し遂げることのできる、本来ソウルス族が持ち得ない魔力を彼女が有しているからこそ成せる芸当であった。
想いは力。魔法は想像力。
何よりカイとイデアの《セイン》は、理に干渉することができる。
想い描いた二つの力が、徐々に一つへと纏まっていき。
「これが、私の全力です」
イデアは片刃のガンブレードを手に握っていた。
白と黒で構成されたそれは、先程までと違って通常の長剣とほとんど大差ない大きさに変わっていた。ただ緩やかに曲がったグリップに引き金がついており、六発の弾丸を込められるシリンダーも備わっている。銃口は見当たらないが、剣先が鋭く光っていた。
ガンブレードから溢れ出ていく青白い光。カイが使う本当の《セイン》には到底及ばないけれど。
大好きな彼を想う心が、自分自身の身体に力を漲らせていく。それは決して活性の力では真似できないような、温かくて、安心できて、ずっと支えてもらっているような感覚。
どれだけカイのことを自分が愛しているのかと、込み上げてくる力を以て再認識できて、イデアは思わず苦笑した。
こんなに好きなのに、いや好きだからこそカイの顔を直視できないのだ。仕方ない、そう仕方ないのである。
イデアを取り巻く雰囲気が変わり、ジョーが拳を構える。
「……どうやらそのようだ、な!」
ジョーが拳を振るうと同時に、束になった《真鎖タフムーラス》が勢いよくイデアへと飛び出していく。
これまで束になっては対応できなかったその鎖達を。
イデアは踊るようにガンブレードを振るい、その束をざく切りのように容易く断ち切って見せた。
「……!」
「次は私の番です!」
驚きを見せるジョーへとイデアは飛び出した。咄嗟に同じような鎖の束がイデアへ襲い掛かるが、活性化された脚力で躱しながら斬り裂いていく。
ジョーは瞬時に判断した。今のイデアに《真鎖タフムーラス》の防御力はないに等しいのだと。
だからこそ、眼前まで迫った彼女の一振りをジョーは身を捩ることで回避する。顔すれすれをイデアのガンブレードが通り過ぎていく。
瞬間に、ガンブレードの剣先が青白く光を放つ。
「《ストリーム・ショット》」
剣先がジョーの顔面を通過するタイミングで勢いよくガンブレードから、青白い光の奔流が放たれる。すんでで鎖を広げたジョーの身体が一気に光に飲み込まれて大爆発が起きた。
爆風と共にジョーの身体が地面を何度も転がっていく。
「流石は英雄の、嫁さんだ。正直、この程度かと侮っていたんだが……」
何とか体勢を立て直したジョーの足共に滴る血。
ジョーの額から鮮血が滴り落ちていた。これまで与えられていなかったダメージをイデアがようやく与えたのである。
「こりゃ剣だと思わない方がいいな。リーチは遥かに……」
「まだです!」
ジョーへと飛び掛かっていくイデア。先程までの展開とは真逆でイデアが攻め続け、ジョーは防戦一方であった。
「……ルーファ、彼女は一体」
カルラがイデアから視線を外さずに、ルーファへと尋ねる。きっとカルラは何となくその正体に気づいていて、その答え合わせをしたいというところだろう。
「イデア・フィールス。フィグル・イルミルテンとしてこの学園に転校してきた、カイ・レイデンフォートのお嫁さんよ」
「……!」
そこまで来て、ようやくカルラは昼過ぎの自分の過ちに気づいた。ヴァリウス・イルミルテンがディスペラードの隠し子だと思っていたが、フィグル・イルミルテンがイデア・フィールスなら、その実兄だと思われていた者は誰なのか。
そんなの決まっている。
「参ったな、彼には後で謝らないと。というか最悪極刑かも……?」
「……何やらかしたのかしらないけど、ま、大丈夫でしょ」
一王女であるイデアに対してため口で接しているルーファでも大丈夫なのだから。
「強くはなったが、まだ剣の使い方がなっていないか!」
「……!」
拳に吹き飛ばされるようにして、イデアがルーファ達の傍まで後ずさる。ジョーの言う通り、剣などろくに振り回したことがない。カイ達が近くで使っているのを見ていたり、自分が剣になって感覚として知っているだけだ。実際に振り回してみるのとはわけが違う。
少しの攻防でイデアの剣術の甘さをジョーは見抜いていた。
「振りも隙も大きい。剣先の延長線上に身体が入らないようにすれば、やることは前と大して変わらない」
「いいえ、違いますよ、あなたを倒せるのだと分かったのですから!」
攻撃を躱すということは、当てられたらまずいということだ。
イデアが再びジョーへ向かっていく。そして、
「《灰霊(かいれい)――》」
魔法を唱えようとした、その瞬間。
ジョーの背後に光る凶刃。
「なにっ」
「……?」
背中から襲う殺気がジョーを振り向かせる。だが、イデアの眼にはジョー以外何も映っていない。
振り向いたジョーは目を見開いた。
《冥具》使いとして、《冥力》を身体に通すジョーだからこそ、その存在を五感が捉えようとする。
ジョーの背後には、道化の仮面を被ったザドの姿があった。
「一矢報わせてもらおう!」
《生霊の仮面》を着けている間、その者は生界に生きる者に認識されなくなる。《冥具》のおかげでジョーも気づくことができたが、これまでと違う存在に認識は遅くなってしまった。
隙の生まれたジョーへと魔刀をザドが振るう。
「《炎雷迅刀・斬雨!》」
威力の高い斬撃を連続でジョーへと叩き込む。ジョーは咄嗟に身体に巻きつけていた鎖を前面に広げて斬撃を凌いだが、すぐに後悔した。
ザドの着けた仮面に《冥具》と同じ力を感じ取り、全力で防ぎに行ったジョー。だが、その実《生霊の仮面》を着けたからといって、攻撃力が上がるわけではない。
つまり、容易く受け止められた或いは何もしなくても防げたかもしれない攻撃に、意識と防御を割いてしまったということ。
その隙を、イデアは逃さない。
イデアとしては急に何もいない背後へジョーが振り返ったような感覚だが、ジョーの意識がイデアから離れたのは間違いなかった。
唱えようとしていた魔法を止め、シリンダーに前もって溜めていた魔力を一気に剣先へと流し込んでいく。
「《ストリーム……》」
元々避けられず防げないような特大の一撃を放とうとしていたが、今ジョーが見せている隙には付け入るには間に合わない。
だから、速度マシマシの一撃で。
「《――スラッシュ!》」
イデアが勢いよくガンブレードを振り上げる。瞬間、まるで弾丸が放たれたかのように青白い斬撃が一直線にジョーまで到達した。
後悔と共にイデアへ振り向いたジョーの目の前に広がる青白い斬撃。身体に巻いていた鎖はザドへと回しており、防御は手薄だ。
「くそっ」
全身から魔力を溢れ出させて防御力を高めるが。
次の瞬間、ジョーの身体に深々と斬撃が刻まれたのだった。
「――っ」
ジョーの口から血が溢れ出す。傷が深く内臓にまで到達してしまっているだろう。
激痛に耐えながら、ジョーは《真鎖タフムーラス》を横に伸ばし、離れた位置まで自分の身体を引っ張って後退した。
「待て!」
ザドが仮面を着けたままジョーを追いかけようとし、ルーファとカルラもここが好機だと攻撃を繰り出そうとする。
今なら、ジョーを倒せる。
イデアも前に出ようとしたその時だった。
何かが勢いよく吹き飛んできた。
目にも止まらぬ速さで飛び出してきたそれは、イデア達とジョーの間めがけて落ちた。あまりの速度に大地が衝撃に耐えられず亀裂と共に割れていく。
突然の事態に動きを止めるイデア達。ジョーもまたこの状況を掴めているわけではない。
砂埃の中に見えるのは……人?
その時イデアを襲うのは何故だか焦燥感、いや不安で。
手元に持つセインがその存在に強く反応している気がする。
「さぁて、そろそろお仕置きも終わりにしてやろうかぁ?」
空から聞こえてきた声。そこには真紅のオーラを纏ったシリウスがいて。
「――ば、かを言う、な……!」
砂埃の中からは。
血だらけのカイが姿を現したのだった。
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